緊急特集!プロ野球再編問題についてのつれづれ
かねてから取りざたされていたプロ野球のストライキが実施された。前日まで「団交」がなされたが、17日21時過ぎの会見で決定された。しかしテレビは感情をあおるね。しかもあるTV局は「どちらが正しいか別にしてテレビからの訴えかけは選手側の方が伝わりますね」などと堂々と言っている。「古田はがんばっているから」とかそりゃ感想はそうかもしれないけど、そういうことを電波に乗せてあおらなくたって良いじゃないの。そんなに選手会を支援するのなら、損害賠償されないように球団に中継しなかった分の放映権料払ってやれば良い。そんなことする気もないのに、内心おもしろがりながらやってるんだから全くふざけた話だ。
この問題だけに限らないが、今回のオリックスと近鉄の合併問題に端を発したプロ野球の再編問題は、マスコミ関心事としてメディアを賑わしたことによって、メディアによって構成された問題設定に流されているようなならない。やれ1リーグ制−2リーグ制、オーナー(ナベツネ)−選手、メジャー方式−日本方式等、さまざまな観点からの議論が錯綜している。野球界の構造改革の問題と、プロ野球選手の「労働問題」が混同されている。それに乗せられる形で結局選手会がはっきりいって余計な問題である「合併反対」を要求事項にして戦うという奇妙な構図になった。それがこの期に及んでも経営側・選手側双方が引くに引けない「空気」を「世間」に醸成してしまった。スト自体の原因はここにあるだろう。第一、来期参入といっても、ライブドアと楽天の二社が手を上げたということになる。そうすると、7と6になってしまう。5と6で都合悪くて7と6なら良いのかという単純な議論が俎上にも上らない。増してやマスコミでも大きな話題にもならない。これでは「新規参入」がというのは全く不可解である。
そもそも個人事業主であるプロ野球選手が「労働組合」というのが全く解せない。選手たちが職能集団「ギルド」として、雇用条件について戦うのなら理解できる。また、職人が自分の身を削って、年俸を下げて努力する姿勢で交渉するなら評価もできる。中村ノリヒロの給料が近鉄の赤字の半分(100%ホントとは思わないが)を占めている状況の中で、しかしそれを「労使」という関係にあてはめて持っていったこと自体が無理がある。まあ、本人たちが名乗るのは勝手でまあどうぞやってくださいだけども、許せないのは、労働組合の親分である「連合」が「労組選手会」を同じ労働組合として支援するなどというバカなことをやったおかげで、先述の間違った構想が世間一般に固定化してしまった。これだけリストラの名の下に、公務員さえ給料が下がっている中で、高額年俸の選手会を連合が支援するなどいうのは、組合費を給料から差し引かれている私は末端労働者としてこれほど不快なことはない。個人商店や同じ立場の人々が怒り出さないのが不思議なくらいだ。ただ、逆に考えれば、それだけプロ野球は70年の歴史があり、何だかんだいってもプロ野球に関心を失っていないということだろう。野球はあってほしいから怒りを抑えていると思いたい。
しかしこの問題に対して乱れ飛ぶ言葉がなんと空虚な事か、ファンの思いだ、最大限の努力だ、たかが選手だ、耄碌オーナーだ、そして極めつけ「青少年・子どもの夢をどうする」などという言葉がある。私はこういう言葉は大嫌いだ。それなら、「盗塁」だの「死球」だの「捕殺」「刺殺」「挟殺」「併殺」「邪飛」「犠打」などの言葉のオンパレードじゃないの。しかも野球の問題は黒い霧だの江川問題、桑田問題、脱税だのもうありとあらゆる問題は出ている。それをいまさら「青少年・・・」なんていってもリアリティもない。気持ちが入っていない常套句だ。だいたいが「夢」だけ与えて現実を教えないから青少年にすべてがヴァーチャルな感覚に陥らせて、フラストレーションをエスカレートさせているのではないのかと思ってしまう。
話を戻そう。私も野球ファンの1人として概観するのは、本来10年前にこのような問題は突きつけられていたのだ。当時特に92年は史上最高の死闘といわれたヤクルト野村・西武森の日本シリーズ第7戦が、「貴りえ婚約」という芸能ネタに敗れ去ったという出来事に象徴されるプロ野球の低迷が言われた年だった。そこでの切り札が長嶋茂雄の監督復帰だった。しかし翌93年にはJリーグが発足し爆発的なブームになる。CMはサッカー選手一色になり、TVドラマでサッカーを題材にしたのが乱造されるなど、もう野球は古いといわんばかりの雰囲気だったことを記憶している。これに際して、この年すでに話題になった1リーグ論議は緊急的なJリーグ対策に打ち消された。そして落合の巨人移籍を初めとしてFA制が導入、ドラフトの逆指名も導入された。そして94シーズン。この年こそ、プロ野球界がお客を呼ぶために最も努力した年だと言えるだろう。良否は別として、予告先発やアンパイアのピンマイクなど細かいことだがエンターテイメント的に努力していた。そしてペナントレースもセでは、ゴジラ松井と巨人独走が夏場からフラフラになって結果的に国民的行事という10・8の同率首位決戦になり、パでは常勝西武にかげりがみえつつダイエー・近鉄の個性と、なんといってもイチローというニューヒーローの誕生があった。そして巨人西武の日本シリーズは30年ぶりにナイター開催を行い驚異的視聴率を上げた。長嶋巨人の日本一に伴う相乗効果で、野球ファンが「ありがとう」と叫んだ。まさに「野球復権」というそういう雰囲気だった。
そこで!そこで!本来の改革が始まるはずだった。ところがこれによってJリーグの危機感も薄れた野球界は改革が止まった。これは今日にツケを回す結果となった。95年以降は近鉄と喧嘩別れした野茂がメジャーに移籍して以来メジャーの試合に日本人の目は慣れてきているにもかかわらず、長嶋におんぶに抱っこできてしまった。いつしか審判のピンマイクも無くなった。FA残留が恒常化して年俸が高まった、Wカップ出場でJリーグが盛り返してきた。そんななか21世紀に入り、ON対決を花道にするようにして長嶋が勇退。そして相次ぐ球界主力のメジャー移籍というところで野茂を結果的に追い出した近鉄が合併、という時系列で流れてきた。思えば「職業野球」として高校野球や大学野球、都市対抗と比較して必ずしもメジャーじゃなかったプロが、六大学のヒーロー長嶋が入った事によって国民的な娯楽に成長していった。高度成長とのシンクロの物語性もあった。長嶋が元気であれば、こういった球界の問題はよきにつけ悪しきにつけ長嶋を中心にまとまっていただろう。しかし、長嶋を五輪代表監督に据えながらプロ野球機構側はペナントレースを中止せず、長嶋が望んだ日本代表としての戦力の結集の要望を拒否した。そして長嶋が倒れ、五輪の金メダルを逸し、ストライキまでなだれ込んでしまった。結局、長嶋を頼りにせざるを得なかったプロ野球が長嶋を粗末にして、倒れたら野球も倒れたということで終わってしまうのか。瀬戸際におちいっている。長嶋に頼らずに球界刷新をしなければならない。選手出身の重鎮といえば野村か広岡あたりだろうが、2人とも個性が強すぎて表に出る禍根を残している。コミッショナーが放棄してしまったなかでどうするのか。課題は山積である。ファンが支持しているというが、身銭を切ってまで同意するというわけではないでしょう。6球団維持するために値上げしたらそれでも行くというひとがドレくらいいるのか。メジャーを比較対象にして、メジャーの野球の成り立ちとアマチュア野球から始まった日本野球の歴史がシンクロするのかどうか。マスターズリーグがなんで客が入るのか。いま日本を覆っているのは懐古趣味の文化であるなかで、メジャーの目に慣れたなかで、スーパースターではなく等身大ヒーローを求める世になってきた(スーパースターがメジャーに行ってしまったこともあるが)なかで年俸だけがスター並というのは通用しない。
ストの流れが変わらなかったのは、1リーグの影ちらつきの混乱で、堀江ライブドア社長のTシャツが命取りになったということ、その後の出版の売名行為に受け取られたことでしょう。外見ではなく中身をと主張できるのは教育現場だけ、もっと言えば「夢」の段階で許されるのみで、実際評価されようとする場合には、中身が評価されやすいようにするテクニックを考えなければ…。曲がりなりにも日本のプロスポーツでは長い70年の伝統格式の世界に、ネット長者にありがちな倣岸不遜な部分をみせながら参入表示をしたことで、こんなにに買収されるくらいならという風に動いてしまった点は否めない。その点では楽天の社長のほうが受けが良いでしょう。楽天が先に参入表明していたら流れは変わったかもしれないですがね。
まあ、もうストライキやってしまったんだからね。どうせなら選手会の自主開催で球場を借りて試合をやれば良いじゃない。それで客がはいればいいんだよ。そういう努力さえしていないところでサイン会やって「ファナティック」な「ファン」を相手によろしくやっていれば良いんだからね。今回のストライキはガス抜きの「祭り」じゃないのかと思ってしまう。ストだからサイン会やるっていうのはおかしいんじゃない。じゃあ毎日ストのほうが選手と触れ合えて良いじゃないってことになるでしょう。また、鉄道でもストに突入しても交渉は続けるものなのになぜ土曜日にも交渉しないのか両方とも回避の努力がポーズだったのではと勘ぐってしまう。まあここで一回破壊的な出直しするには双方が痛い目を見た方が良い。産業再生機構からみでダイエーもどうなるかはわからないしね。
理想論をあえて語れば、もうプロもアマもなく、野球に天皇杯がないんだから、総理大臣杯でもつくって、サッカーの天皇杯と同じく、プロアマを問わない硬式野球の日本一を決めるような大会をつくるような意気込みで、NPB、学生野球連盟、高野連 ノンプロを収斂するような全日本の統一硬式野球連盟を常設して、プロアマの問題などを総括的に考える組織をつくるべきだ。もっといえば、高校野球も監督はベンチ外にいて、選手だけでなくスタッフや審判も高校生でできるような大会になればより面白く、選手だけでなくマネージメントや審判で「甲子園」を目指すような競技になればなどと、感じているのですがね。
ここまでパンドラの箱をあけてしまったら、最後の希望が出で来るまで悪いものを出し切らなければならないだろう。その間ファンが残るか。ファンが残るためにどうすれば良いのかを関係者一体となって考えなければ未来はないと考えます。おそらく少数意見などでしょうが、あまりにも画一的な報道振りと「ファン」の反応が「子どもっぽい」のでこのようなことを書いてみました。