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...栄光も挫折も潔く受け止めた名牝
彼女との出会いを思い出してみた。
私も、つい最近までは『競馬』と言うものには興味がなかったものでした。
競馬はギャンブル、馬は可愛いけど、かわいそう。そんな事を漠然と思っていた娘の一人。
たまたまバイトの休みだった日曜日につけていたテレビで、あるレースを見ました。
そのころのお嬢、ライデンリーダーは
世間では もう一目も二目も置かれていた存在で、
しかも「笠松」という岐阜県にある地方競馬場から
「中央」に陣取るプライドも実力も誇り高いエリート集団との対決を
たった一人で威風堂々と戦線布告していた時期。
私はそんな複雑な事情を全く知らない一娘だったわけですが、
でもでも、テレビの中で バンビのようにぴょんぴょん跳ねているお嬢に
いつのまにか釘付けになっていたのでした。
…無理か、やっぱり出てこれないか、ライデンリーダー。…
そんな実況がお嬢の耳に聞こえたかのように。
「バカニシナイデヨ、チョット」
そんなお嬢の声が聞こえてきそうな勢いで、
生まれも育ちも品も良さそうな娘達をごぼう抜きしていったあのレース。
彼女との出会いは こんな感じ…
私は、お嬢の顔がとても可愛い、女の子らしい、
そんな風には断じて感じ取れなかった。
この年、その翌年辺りの この春のクラシックレースに出てくる女の子達、
雑誌で見かける限りではとても少女っぽい ほんとまだあどけない感じで、刺々しさもなくって
新しい環境にウキウキしてるような、全然当たりが良さそうな優しい感じ。
顔だちだって、とっても美人で可愛らしくて…。
そんな女の子達ばっかりに見えてたから、
お嬢なんて ほんとごつごつしてて、いっつも怒ってる感じで、それはもう高飛車な風貌に見えてた。
でも それも無理もない話だったのかもしれない。
お嬢は 今までホーム・グラウンド、そして同じ地区の名古屋で一度も負けてないんだから。
だれも、お嬢の前に立ちはだかるお馬がいなかったんだから。
ちょっと移動場所が中京地区を越えたからって、
足元がさらさらしてる砂から ちょっと固い土と草に変わったからって、
今まで 一番前しか味わった事のない自分に自信がないはずがない。
まして 自分を分かってくれる人達に囲まれて、
自分をいっぱい引き出してくれる人達に囲まれて、
弱気になる隙もあるはずないんだから。
「これはすごい!!!!!」
もちろん評価も人気も鰻昇り。
桜花賞はダントツの一番人気だった。でも、彼女の人気は強さだけなんかじゃない。
「…勝って欲しい!!」
この気持ちが後押しされているなんて。すごいね、本当に凄い人気者だったんだから。
結果は、というと。
プライド高き中央の乙女達、ジョッキー達に完全にマークされて
指定席、そう 一番前に行くことが出来なかった。
それでも4着を確保するんだから ものすごい負けず嫌いなんだな。素直にそう思った。
…でも 運命は前途多難で切ない道を用意してしまった。
人気は衰えをしらない。
あんな事があったからこそなおさら勝って欲しい。そんな気持ちでいっぱいの一番人気。
すごいよ、ほんとうにすごい。
距離の不安も囁かれていた。でも、女の子達みんな、2400mは未知の世界。
そんな事で人気は揺るがなかった。
…
なんで失速しちゃったんだろう…。
あっけなかった幕切れ、13着。初めての掲示板外、しかも2けた着順。
…でも、いいじゃない。
無事だ。無事に完走した。もちろん、お嬢のプライドはズタズタに切り裂かれたかもしれない。
でも、そんなに早く頂点に昇りつめる事なんてなくていい…
安堵の気持ちがこの時私の胸に広まったのが、正直な感想…。もういい、もういいよ…。
それからしばらくして、またホームで勝ちを決めた。
そっか。心の傷は 癒えたんだな…。
私は自分勝手に解釈してみた。なんだかんだ言って本当は、勝ち続けて欲しかったから…。
そして、エリザベス女王杯TR。結果はご存じのように3着。出走権はもぎとった。
私は、春を思い浮かべた。桜花賞での負けず嫌いなお嬢を。
負けず嫌いなアンカツと一緒に意地で走ったあのレースを…
すごい、やっぱりすごいよお嬢。
それから、彼女はだんだんとおとなしくなっていく。
桜花賞での傷は、なかなか癒える事がなかったのだろうか。
エリザベスでの敗戦から、今度はダート路線で中央にやってきた。
でも、大得意なはずの砂でも脚色も成績もタイムもそんなに伸びることがなくなった。
それが、ホーム・グラウンドでさえも。
そして、脚に不安を抱えてしまった。
そして、癒えない傷は、戦いのドラムを鳴らさなくなってしまった…。
それでも彼女は1度復活したのだ。また先頭に立ったのだ。
…
そして。
お嬢は、戦いのドラムを戦場に置いた。
優しい瞳の女の子に戻ったのだ。
翌年、とうとう一度も先頭でゴールを突き抜けないまま、
彼女は引退の日を迎えた。最後の着順は、掲示板ギリギリの5着だった。
…でも、立派だよ、お嬢。ドラム無しでもきちんと走リ抜いたんだから。
お嬢はきっと、自分の節目をわかっていたんだと思う。
プライドが高いからこそ、悟った事実を受け止めたんだ。
「アタシノ ハシリヲミセルノハ モウココマデヨ」
自分の引き際を受け止めて、さっさと普通の女の子に戻ろうとした、
もし本当にそうだとしたら…。
かなり 『感嘆これ久しゅうする』 だよ、お嬢。
お嬢の引退式が、97年5月21日に決まった。
このあと、お嬢は北海道に戻って、ママになる。
お嬢がいつかフィールドのどこかに落とした戦いのドラムを
我が子が見つけ 打ち鳴らし
母の足跡を称え、そして継いでいくのを見届けて行きたい。
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