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お嬢、ライデンリーダーは
最後のレース 中央騎手招待競走にて5着に入線し、
なんとか無事に競走人生を終える事が出来ました。
脚部不安との戦い、
そして 激しい気性が落ち着きをみせ、
戦う女の子から 普通の女の子に戻りかけていた…。
だからお嬢は平穏な優しい日々を望んでいた。
だからお嬢にとって、この引退が待ちどおしかった。
…そう信じていたい、何も出来ない1ファンの私なのでした。
1997年5月21日。
ラスト・ラン。
ホームグラウンド 笠松競馬場で、
一番輝いていたあの頃、
報知杯阪神4歳牝馬特別優勝のペナントを肩に下げて。
お嬢はもう走る事はない砂の感触を噛みしめながら
もう何も怖がることも 強がることも
闘志を出すこともなく 気分のまま走る。
思い出を振り返る事もなく 走る。
そしてバックグラウンドサウンドは、
あの日、阪神4歳牝馬特別の実況テープだったのです。
お嬢の有終の美の日は平日だというのに
5621人も集まったといいます。
笠松を大きく飾った名牝に 最後逢うために。
拍手と歓声に包まれた彼女は、
何を思ったのだろう。
これからの人生が
幸せに包まれるように。
これからの人生を約束された場所、早来・吉田牧場へ
このあと彼女ははばたいて行きました。
これからは、普通の女の子としての人生。
旦那さんを見つけて、ママになる。
…優しい顔をした、普通の女の子に、ライデンリーダーは帰っていく。
その後、笠松競馬の番組に
彼女の功績を称え、
ライデンリーダー記念が設立されました。
年末に行われる、3歳(2歳)のオープン戦です。
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