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「夢があるから」苦しくてもがんばっていける.....2.....
道営出身で中央に移籍して活躍した例を上げると、1989年の皐月賞馬ドクタースパートが思い出さるのではないでしょうか。
3歳時に道営で活躍すると、賞金の高い中央や大井競馬などに移るケースが少なくないですよね。
でも、この現象が逆にスターホースの不在を招いて売り上げ不振の要因になっているのではないでしょうか?
只、最近では中央から道営にきたオースミダイナーが、ホッカイドウ競馬で行われた交流重賞レースで
13歳という年齢で見事優勝した事が全国に衝撃を与え、おおいに道営競馬を盛り上げました。
ちなみに、このレースでは道営勢でワンツーフィニッシュでした。
嫌な話題が広まる道営競馬でも、良い知らせが去年あったことは記憶にも新しい所です。
1999年8月1日、函館競馬場の中央競馬「函館3歳S(G3)」で、
道営所属のエンゼルカロが優勝しました。
中央地方の交流戦で、道営所属馬が優勝したことは初めての事。
馬主の白井氏は日高管内門別町で牧場を営んでいます。
エンゼルカロは種付け料40万円と地味な血統の牝馬で買い手がつかず、自ら馬主になりました。
道営ではこのような生産者馬主は約700人の馬主全体の約半数を占めています。
道営競馬はデビューしたばかりの3歳馬競走の割合が全体の45%と、
他の地方競馬に比べて極端に多いのです。
関係者の間では、
「夏の中央競馬北海道開催に出てくる道営所属3歳馬は狙い目」の説もあるほど。
道営競馬では3歳新馬が中央より早く春からデビューして、
夏の時点では育成、調教が中央より進んでいるからなのです。
生産地に最も近い競馬として、道営競馬はエンゼルカロのような
無名の金の卵的存在を発掘する役割を担っています。
愛馬の活躍に白井氏も「安い馬でも可能性があるのが競馬」とお話なさっています。
ハイセイコー、オグリキャップも地方競馬出身。無名の金の卵でした。
日高で草分けの豊洋牧場を経営する門別町の古川氏は
「道営など地方競馬が衰退し生産頭数が激減すれば、中央のレベルも低くなりファンも離れ、
日本の競馬全体が崩壊しかねない」と警鐘を鳴らし続けています。
軽種馬生産は種付け料など経費もかさみ、リスクも高い。
繁殖牝馬10頭に種付けしても、不受胎や事故もあり
無事に育つ子馬達は6,7頭。
全て買い手がつくとは限らず「結局、半分の5頭を売れれば上出来」と同氏は語ります。
その先では、出走にこぎつけても勝ち上がるのはごく一部という淘汰が待っているのです。
生産を減らせばその分名馬は生まれなくなる-----と。
しかし、取り巻く環境も容赦なく厳しいのが悲しい現状です。
日本軽種馬協会によると、
北海道が9割を超える全国の軽種馬生産頭数は94年以降減り続け、
98年は9,876頭と25年振りに10,000頭を割ってしまいました。
バブル崩壊と長引く不況、外国産馬自由化、アラブ系競走廃止、縮小。
そして地方競馬の不振。
日高軽種馬農協の組合員数も現在1,358戸と、ここ10年で約200戸減っています。
旭川競馬場で行われる 1着賞金5,000万円と道営最高の重賞競走
「ブリーダーズゴールドカップ」が夏に行われています。
10年前に前出の古川氏が先頭に立ち、道営競馬振興に一役買おうと
生産者団体が自ら賞金を出す初の試みで始まったレースです。
中央の人気騎手も参戦し、いつになく活気がつく日もある。
道営所属馬が中央勢を抑えて横綱相撲を取る日だってある。
高齢馬が先頭でゴールを駆け抜け希望を与える日だってある。
中央で戦力外となった馬達がヒーローになる日がある。
地方競馬だって捨てたもんじゃない---。
「現実は苦しいが、競馬に夢があるからがんばっている」
そんな声が、馬産地から聞こえてきます。
いつかきっと、道営競馬にも人が戻って来る
その日を夢見ながら。
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