死活問題

夢があるから

官営の限界

広がる格差

再生は可能か





「死活問題」赤字という重馬場.....1.....
道営競馬の年間発売額は、バブル期1991年度の454億円を最高に毎年減少し、一昨年(1998年)は242億円でした。
93年度に特別会計の基金を取り崩し、一般会計からの借り入れを始めました。
1日1人当たりの平均購入額も91年度の39,000円から98年度は25,000円に減少してしまいました。



1948年に発足したホッカイドウ競馬が
今 最大の危機に直面しています。
売り上げは不振、赤字額は昨年度に100億円---------
道営競馬は再び快走できるのでしょうか。


(答申は)馬事文化の側面など競馬の意義に
道民の理解を得られるものでなければならない-



1999年8月13日の北海道地方競馬運営委員会(11委員)で、

委員長岩崎札幌大学教授で述べています。

この日の会議は道営競馬の今後を「廃止」の二文字から守り、

あくまでも存続を前提に再建策を検討する考えで一致しました。

が、厳しい道内世論を意識して、同委員長は「道民の理解」を主張。

競馬関係者が中心だった委員会構成を、

道民全体の意見を反映させるようになった為です。





関係者にとってこれまで「道営廃止」への言及はタブーでした。

調教師や厩務員、臨時職員ら約1,000人もの大量失業、

馬主への補償問題が生じるだけではなく..............。

全国の軽種牡馬生産頭数の95%を占める馬産地の胆振、日高管内の

地域の死活問題、そして今まで産出された尊い命が失われることに...。

日高軽種牡馬農協(日高管内浦河町)は 1999年7月、

廃止により日高管内の生産者約1,200戸のうち、1割が廃業か兼業化に追い込まれると

試算結果を出しました。しかし、地元からは

「1割ではすまない。5割は路頭に迷う」との指摘が相次ぎ出ています。





地方競馬の赤字は北海道に限らず、全国25の主催者のうち、

馬券発売額が前年度より伸びたのは 船橋、川崎など3箇所のみ。

売り上げ減と赤字経営が大半で

「馬産地を抱える道営競馬の廃止となれば、全国の地方競馬がドミノ式に倒れる」

と上記の関係者が物語ります。



生産される馬達のうち、中央競馬への登録は毎年4割に過ぎません。

無論、地方競馬が倒れれば残り6割の受け皿を一気に失うことになります。

同委員会でも、廃止論に危機感を抱いた谷川弘一郎浦河町長ら馬産地、競馬関係の委員が

こうした深刻な問題について懸命の訴えを起し、他の委員達との間に

「廃止は簡単ではない」との空気が広がりました。




しかし、前途多難なことはデータからも明白です。

本来、地方競馬は自治体財政への貢献を前提として、

道営競馬も過去に黒字の恩恵で計290億円を一般会計に繰り入れてきました。

しかし今、累積する赤字がただでさえ危機的な道財政を圧迫しているという状況なのです。



馬産地・北海道の競馬を守る。しかし膨らみ続ける赤字。

存続の先に見える光が見い出せない、危機的な状況をどう捉えるのでしょうか。




地方競馬から受けた恩を仇で返すまねだけはなせてはなるまいだろうに...。






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夢があるから

官営の限界

広がる格差

再生は可能か





「夢があるから」苦しくてもがんばっていける.....2.....
道営出身で中央に移籍して活躍した例を上げると、1989年の皐月賞馬ドクタースパートが思い出さるのではないでしょうか。
3歳時に道営で活躍すると、賞金の高い中央や大井競馬などに移るケースが少なくないですよね。
でも、この現象が逆にスターホースの不在を招いて売り上げ不振の要因になっているのではないでしょうか?
只、最近では中央から道営にきたオースミダイナーが、ホッカイドウ競馬で行われた交流重賞レースで
13歳という年齢で見事優勝した事が全国に衝撃を与え、おおいに道営競馬を盛り上げました。
ちなみに、このレースでは道営勢でワンツーフィニッシュでした。




嫌な話題が広まる道営競馬でも、良い知らせが去年あったことは記憶にも新しい所です。

1999年8月1日、函館競馬場の中央競馬「函館3歳S(G3)」で、

道営所属のエンゼルカロが優勝しました。

中央地方の交流戦で、道営所属馬が優勝したことは初めての事。

馬主の白井氏は日高管内門別町で牧場を営んでいます。

エンゼルカロは種付け料40万円と地味な血統の牝馬で買い手がつかず、自ら馬主になりました。

道営ではこのような生産者馬主は約700人の馬主全体の約半数を占めています。





道営競馬はデビューしたばかりの3歳馬競走の割合が全体の45%と、

他の地方競馬に比べて極端に多いのです。

関係者の間では、

「夏の中央競馬北海道開催に出てくる道営所属3歳馬は狙い目」の説もあるほど。

道営競馬では3歳新馬が中央より早く春からデビューして、

夏の時点では育成、調教が中央より進んでいるからなのです。




生産地に最も近い競馬として、道営競馬はエンゼルカロのような

無名の金の卵的存在を発掘する役割を担っています。

愛馬の活躍に白井氏も「安い馬でも可能性があるのが競馬」とお話なさっています。



ハイセイコー、オグリキャップも地方競馬出身。無名の金の卵でした。





日高で草分けの豊洋牧場を経営する門別町の古川氏は

「道営など地方競馬が衰退し生産頭数が激減すれば、中央のレベルも低くなりファンも離れ、

日本の競馬全体が崩壊しかねない」と警鐘を鳴らし続けています。

軽種馬生産は種付け料など経費もかさみ、リスクも高い。

繁殖牝馬10頭に種付けしても、不受胎や事故もあり

無事に育つ子馬達は6,7頭。

全て買い手がつくとは限らず「結局、半分の5頭を売れれば上出来」と同氏は語ります。

その先では、出走にこぎつけても勝ち上がるのはごく一部という淘汰が待っているのです。

生産を減らせばその分名馬は生まれなくなる-----と。





しかし、取り巻く環境も容赦なく厳しいのが悲しい現状です。

日本軽種馬協会によると、

北海道が9割を超える全国の軽種馬生産頭数は94年以降減り続け、

98年は9,876頭と25年振りに10,000頭を割ってしまいました。

バブル崩壊と長引く不況、外国産馬自由化、アラブ系競走廃止、縮小。

そして地方競馬の不振。

日高軽種馬農協の組合員数も現在1,358戸と、ここ10年で約200戸減っています。






旭川競馬場で行われる 1着賞金5,000万円と道営最高の重賞競走

「ブリーダーズゴールドカップ」が夏に行われています。

10年前に前出の古川氏が先頭に立ち、道営競馬振興に一役買おうと

生産者団体が自ら賞金を出す初の試みで始まったレースです。

中央の人気騎手も参戦し、いつになく活気がつく日もある。

道営所属馬が中央勢を抑えて横綱相撲を取る日だってある。

高齢馬が先頭でゴールを駆け抜け希望を与える日だってある。

中央で戦力外となった馬達がヒーローになる日がある。

地方競馬だって捨てたもんじゃない---。



「現実は苦しいが、競馬に夢があるからがんばっている」

そんな声が、馬産地から聞こえてきます。

いつかきっと、道営競馬にも人が戻って来る

その日を夢見ながら。






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「官営の限界」手詰まり.....3.....
北海道は門別競馬場開設に伴い、1998年に帯広、岩見沢開催から撤去していきました。
また経費削減策として馬主の出走手当をカット。これに馬主が反発し、
出走頭数、レースが減り、売上不振を加速させるという悪循環を招く事に...。
また、旭川ナイトレースや場外発売拡大も売り上げ増大につながっていないのも現状です。



彫刻の馬像、大型スクリーン付の馬券売り場、綺麗なゲストルーム、素敵なレストラン。

地方競馬唯一の芝コース------。

これがメイセイオペラの地元、岩手競馬の盛岡競馬場です。



岩手県の人口は約142万人と札幌市より少ないのですが、

岩手競馬の1998年度売り上げはなんと道営競馬の2倍以上の約522億円。

全国3位と地方競馬運営のお手本的存在となりました。

この岩手と道営を比べてみると、道営が「官営競馬」なのに対し、

岩手は60年代から県、盛岡市などで一部事務組合化し、専門組織で長期計画に沿って運営しています。




96年開設の盛岡競馬場は総工事費約400億のうち

150億は収益の一部を積み立てた基金で賄いました。

一方、道営は黒字時代に稼いだ290億を全て道の一般会計に繰り入れていた為、設備投資はゼロ。

当初、小樽市銭函に道営競馬の競馬場を所有していた事がありましたが、53年に廃止されました。

以来、札幌、帯広、岩見沢など中央競馬や地元の競馬場を借りるジプシー生活を強いられています。

97年にトレーニングセンターを改修して、

新たに道営競馬専用競馬場『門別競馬場』(日高管内門別町)を馬産地に作りましたが、

所有人員はわずか500人と規模がかなり小さいものに。

また、交通の便も良い訳ではなく、北海道の人口最大の地札幌からは車で約1時間半程かかる場所。

公共機関も北海道は過疎地に行くに連れて本数、路線が極端に少ないため頼りには出来ないのが事実。

牧場地帯の直ぐ傍に作ったという美点は評価されていますが、

「道財政も厳しく、大胆な設備投資が出来ず、中途半端な施設になってしまった」

と、悔やむ声が大きく出ています。





道地方競馬運営委員の岡島日高軽種馬農協副組合長は、岩手競馬と比較して

「役人と、競馬のプロの姿勢の差」と手厳しい評価を出しています。



岩手競馬は、一部事務組合化してプロによる運営をしているのですが、

実は道営競馬でも、この運営を目指す議論が古くからあったそうなのです。しかし、

「一時的に売り上げが良くなると、道も収益を手放したくないためこれが影を潜めてしまった」

との話があります。

まさにお役所的思考が浮き彫りに出てきて招いた悲劇とも言えるのではないでしょうか...。



抜本改革が避けられなくなった現在、

道とともに門別町が組合に参加する構想も検討されてはいますが、

地元は「経営改善計画を立て赤字解消にメドをつけることが前提」と慎重な姿勢を見せています。

..............馬産地からは悲痛の声が響いています。

「……全国一の馬産地なのに、道は競馬を収益の対象とだけ見て、

どこまで馬産振興に取り組んでくれてたのか………。」





「活躍した名馬の顕彰制度や乗馬普及など、競馬の裾野を広げるために

地域の基幹産業としての馬産を盛り上げる必要がある。」

今更ながら芽生えた馬産振興の機運が

実を結ぶまでの時間的余裕があるのでしょうか。

北海道の役人根性が馬産地にもこんなに影響しているという事実を忘れる訳にはいかないのです。







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「広がる格差」2つの競馬.....4.....
中央競馬...1861年に横浜で行われた居留外国人による洋式競馬
地方競馬...神社の祭典で奉納される神事競馬
これが日本の競馬各々の起源とされています。
1948年に競馬法制定され、中央競馬は初め国営だったものが
1954年にJRA発足で現在の体制に移行しました...。



国内最大級の馬産地を抱える北海道、道営競馬の不振にはJRAも

「多大な感心がある」

との見解を出しています。

1昨年度(1998年)3兆8千億円の売り上げを誇るJRAの関与が道営競馬再建には不可欠と

関係者の間に根強い希望を生み出しているのが今現状の現実でもあります。

戦後、地方競馬全体の売り上げは中央競馬を上回った時期もありました。

しかし、1968年度に逆転して以降、格差は開くばかり。

1昨年度(1998年)の地方全体の売上高6577億円は

中央競馬の2割に達せられない程まで落ち込みました。

競馬場改装、場外発売拡大などの積極的な『営業』努力が実った中央競馬会に、

経営体力や競馬運営のノウハウで劣る地方は完全に取り残されてしまったのです。





『地方』競馬・『中央』競馬の垣根を低くして競馬界全体を活性化しようと

JRAは数年前から、地方・中央の交流競走と

勝てば地方に在籍したまま中央に出走資格を得られる3歳認定競走の賞金を

地方競馬に拠出する支援策を実施し始めるようになりました。

特に馬産地の道営競馬には全国の認定競走全体の約1/3を配分し、

1昨年度(1998年)の道営への賞金は総額約8億9千万にも上りました。

さらに札幌競馬場などの施設使用料も割り引き、

門別競馬場の設備費約3割を助成するなど、JRAも道営を特に支援の手は差し伸べているようです。

しかし、競馬法で中央・地方が独立の主催者として存在する現行制度では

側面支援に限られ、JRAが経営を直接支援する訳にはいかないという限界があるのです。

それに道営だけに肩入れすると、赤字の他の地方競馬が黙っていない事情も無視は出来ないはず...。



そもそも、元を正せば競合相手のはずのJRAにすがるこの皮肉が、

道営の置かれた窮状を物語ってしまっているのではないでしょうか。

中央の競馬場2つ(札幌・函館)、場外馬券売り場4箇所がある道内では

中央競馬が浸透している上、中央の施設を借りている(札幌競馬場)道営は

土・日開催が出来ないという 致命的な弱点を抱えています。

馬券を買うファンの目を平日開催の道営競馬に向けさせるのは

残念ながら容易なことではありません。





同じ国に中央・地方と違う競馬が2つあるのは日本だけなのです。

「共存共栄」-JRA関係者は表向き中央と地方の関係をこう表現しますが...。

JRAが巨大化する一方、道営など地方競馬の改革論議を突き止めると

将来的には統合をも含めた中央・地方の抜本的再建という大きな課題が

横たわっている事実に気付きざるおえなません。

この決定的事実は、誰が立ち向かい、どうやって解決できるものなのでしょうか...?

我々は、まず見守る事しか出来ないものなのか。

真剣に、道営競馬存続の危機をあせらなければいけない時が来ています。







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広がる格差

再生は可能か





「再生は可能か」財政優先の現実.....5.....
NARは1993年にも、当時の道農政部長も加わった懇談会で「地方競馬についての緊急提言」をまとめました。
生き残りに地方競馬同士の連携・協調が必要として、交流競走の拡大や馬券の相互発売、
馬券の種類の多様化等の活性化策が徐々に実行されてきています。



〜〜1999年の高知競馬検討委員会にて〜〜

累積赤字50億円を達した高知競馬の存廃を議論するのが目的で発足。

県、高知市の一部事務組合が運営する高知競馬には、

道営と違い馬産地を守る、という大義名分はありませんでした。

それだけに、主張の対立は鮮明、明快になりやすいものに。

地元新聞社が「好転の兆しがなければ路は限られる。」との社説を打ち出し、

それに対する馬主、調教師、騎手らで作られた地元高知や全国の地方競馬関係9団体は

存続を求める約2万人の署名を委員会などに提出しています。





「動物と人間が共同して営む競馬は自然と共生するスポーツ文化」

高知競馬存続の珍陳情書にはこう書かれていました。

札幌で行われた道地方競馬運営委員会でも競馬の意義が話題となり

「馬ほど人間がふれあって気品を感じさせる動物はいない」などの声が多く上がりました。

「馬産地への影響とか守りの存続論だけでなく、

競馬を知らない人に対しても積極的な存在価値を訴える必要がある」との声も。



地方競馬を統括する地方競馬全国協会(NAR)が90年、

余暇開発センターに委託して作成した報告書

「21世紀に向けた地方競馬のニュービジョン」は、競馬の目的について

「財政競馬からレジャー競馬への革新」をうたっています。

48年制定の競馬法は、戦災復興に向けた自治体の「財政上の必要性」を

地方競馬の開催目的にしていました。

これに対し、90年の報告書は欧米と日本の競馬の社会的地位の差を指摘し、

日本の財政最優先の発想を

「競馬を単なるギャンブル、財政資金を得る必要悪とみなし、

競馬が醸成するレジャー文化に配慮を欠く」と厳しく批判しています。



ですが、報告書の理想とは裏腹に長引く不況や多様化するレジャーの中で

財政のお荷物となった地方競馬に、

自治体当局は冷ややかな視線を浴びせているのが紛れもない現実なのです。

道地方競馬運営委員会の検討が道営競馬の「存続」を前提としたことにも、

「存廃そのものを真剣に検討しないと抜本的な解決にならない」と不満を漏らすのも

無理はないでしょう。

地方競馬は立場が格下...そもそもこの認識から覆えしていかない限りは

今の日本で『地方競馬廃止続出現象』を廃止させる事は困難なのではないでしょうか。





高知競馬の関係者の一人、Zさんは時折北海道を訪れ、

そこで仲間の道営調教師と互いの現状を話し合うのです。

「赤字でこれ以上苦しむならやめたほうが楽だ」と弱音を吐く仲間達に

「競馬の灯は一度消えたら戻らない。競馬を失ったら我々はただのオッサンや。」

と励ま続けています。

小さな力でも手を取り合い、未来を灯し続ける人達が

地方競馬を支え続けています。いつまでも消えないように。




生産者。馬主。調教師。騎手。ファン。

1頭の馬に大勢の人間が夢を託すスポーツ。

この壮大なるスポーツには恥ずかし気もなく「ロマン」と言えてしまう。

血が織り成すロマンと多くの人を興奮させる国技。

そんなロマンにのしかかる赤字の重圧。

地方競馬が21世紀に向かって解き放たれる再生ゲートが心置きなく開かれる日は来るのでしょうか。

我々人間たちにのしかかった責任は、

無垢で人間を信用してくれている主役、

馬達に対して顔向け出来る答えを出すことではないのでしょうか。

なによりの犠牲者は紛れもなく多くの馬達です。

主役達を大事に…それが難しい、そんな一言で片付けないで…彼らを、彼女らを。大事な命たちを。

消す・なくすという行為は簡単だけど、

簡単にしてはいけない事だと、私なんかは思うのです。





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