若葉通り商店街の事件

青田葉月

 若葉通り商店街、白昼の凶行。通行中の老婆を暴漢が殴り倒して、財布を奪って逃走した。衆人環視の中、あっという間の出来事だった。これを目撃した通りがかりの若者が、目の前の八百屋の店先に山積みされた卵の一つを咄嗟につかむと、逃げていく男に向かって、「待ちやがれっ!」と叫びつつ投げつけた。卵は暴漢のすぐ足元に落ちて割れ、飛び散った白身の一片がかすかにズボンにかかったかのようだった。だが犯人はもちろんそんなことには構わずに、走り去った。
 この騒ぎを聞いて、巡回中の警官が駆けつけた。
「卵を投げたのはこの人です!」八百屋で買い物をしていた主婦が若者を指さした。
「君が卵を投げたんだね?」そう警官は言うと、突然若者を組み伏せた。――「器物損壊の現行犯で逮捕する!」
 翌日、八百屋「八百杉」の店員が警察に出向いて、警察が用意した告訴状にサインした。後日検察が若者を起訴したのは言うまでもない。
 それからしばらく経った先日、私の知人が町内会の会合で「八百杉」の店主に会った時に、告訴の件について尋ねてみたそうだ。
「当店が告訴したのでございますか?」と店主は逆に聞き返してきたそうだ。「それは存じ上げませんでした。当方は当事者ではございませんから詳しいことはわかりかねますが、お上のなさることならば、とやかく言う筋合いでもございますまい。それにしましても、目的の為に手段を選ばないというのは、たとえ卵投げではあっても、人殺しの『赤軍』と変わらないのではございますまいか?」
 ところで、かわいそうな老婆は一体どうなったのか? また、逃走した強盗は捕まったのか? 私に聞かれても困る。そんなことは、実際この「事件」では全く問題にされていないのだから。

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