鬼石夏祭りの歴史

始まりは〜
江戸時代後期。当時は花車といわれる万灯型の笠鉾で、相の道、中町、下宿の三台がそろって鬼石神社に登上したそうです。

明治十八年〜
本格的な山車が引き出されるようになりました。それは組み立て式の山車で人形が飾られる形のものでした。

昭和になると〜
屋根付きの屋台がつくられ、昭和45年に相生町が屋根付きを新造して5台となり現在の姿になりました。

昭和50年〜

祇園祭りの名称が「宗教色がある」との理由で鬼石夏祭りに変更されました。

平成11年〜
かつては7月14/15日に行われていましたが数年間の論争の末、14,15日以後の直近の土日に開かれるようになりました。

平成13年1月〜

各町内のお囃子が鬼石町の重要無形民族文化財に指定されました。

平成18年〜
1月1日藤岡市と合併しこれまで主催が鬼石町商工会・当番区5町となっていましたが、鬼石夏祭り実行委員会が組織され主催となりました。

平成22年〜
お祭広場に観客用の桟敷席が出来る。
2日目の寄合いがおまつり広場で行われる。

*加筆訂正等ございましたらお申し出下さい。


大正3年頃・新田坂下方より上町


相生町


昭和9年・現おまつり広場前信号

























































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