番外49
翁(01/08/09)
|
||||||||||||||||||||||||
コメント やっと、翁に行くことが出来た。そして、今頃になって翁なのである。 翁を作った高橋さんは、すでに翁にはいないようである。広島に新しく作った「達磨」と言う店に移った。今の翁は、お弟子さんがやっている。 でも、翁は翁であった。いろいろな意味で。 隣の白州町でキャンプをやっていて、ココには是非行こうと言うことになっていた。前日の夕方に場所だけ確認した。本当に山の中にある。長坂から白州に通じる道の峠にある。清春白樺美術館と言う建物のさらに先、杉林の中である。店の裏側の道を隔てては、トウモロコシ畑。のどかな場所である。 平日だから、1時間も待てば食べられるだろうと、車の中で話しながら、店に到着したのは12時。駐車場には車が溢れている。20台くらい。県外のナンバーが多い。店の外にも沢山の人(写真をみてもわかると思う)。もしかして、食べ損なうかと思ったが、意外と人の流れは早い。それでも席に着けたのは1時間後だった。 杉林の中の店は、ガラスが大きく周囲の風景を楽しめるようにできている。白を基調とした和洋折衷の作り。厨房のスペースは広め。客席中央には暖炉があり、これを囲むようにテーブル席が5つと座敷。座敷は堀になっている大きなテーブル。詰めれば12人ほど座れる。 メニューの中で、蕎麦はたった2種。ざると田舎である。その他は飲み物くらい。日本酒は、神田和泉屋などから入れているようでその種類は多いようであるが、銘柄はメニューにはなかった。 この店を始めるとき、蕎麦だけでは経営が成り立たない時の事を考えて天ぷらなどが作れる厨房設備も用意したそうであるが、結局は店を始めた時の2種の蕎麦メニューだけで今に至っている。 メニューに「田舎」があることからも想像できるが、この店を始めた高橋邦弘さんが修行をしたのは、足利と宇都宮の一茶庵である。このお店も一茶庵系となる。修行の後、東京の豊島区に店を出し、服飾デザイナーの水野正夫、グルメの山本益博などによってマスコミに紹介され有名店となるが、あっけなく店をたたみ、長坂に翁を作った。 長坂に移ったのは、良い水と自家製粉のそば粉を作るため。水の方は、当初井戸を掘って良い水が出たそうだが、その後鉄分が増えてしまった為、水道水を電気処理した後、炭を入れて8時間寝かしたものを使っているとか。 でも、あのあたりって、水道水でも十分にいい水。白州には、サントリーの白州工場がある。良い水を求めて作られた醸造所。「南アルプス天然水」もこの工場から出荷されている。石英の中をくぐり抜けてきて水は、程良いミネラルを持った質の良い軟水である。蕎麦にはいちばんいい水だろう。 思い入れのあるお店だけに、前置きが長くなってしまった。食べたお蕎麦の感想に移りましょう。 もちろん、ざると田舎の両方を食べました。 ゆつ 本返しに、鰹節出しのつゆ。鰹節の薫製臭がはっきりとわかる物で雑味がない。良質の鰹節をふんだんに使っていることが一口飲んでわかる物。返しに使われている醤油は濃厚であるが塩がきつい物ではない。長期熟成されたものか、再仕込みの醤油であろう。 辛くもなく、甘くもない。蕎麦の味を引き立たせるためのあくまでも脇役の味であった。 麺 私はね。はっきり言って期待していなかった。だって、8月だよ。蕎麦のいちばん不味いときでしょ。それなりの蕎麦が食えれば、まあいいかと思っていた。1時間待つだけの価値があるかどうか。不安であった。 ざると田舎の2枚を頼んだが、ちゃんと時間をずらして出てきた。最初はもちろんざるの方から。 出てきた蕎麦には、新蕎麦のあの緑色はなかった(当たり前)。艶もあんまりないな〜。などと思いながら、つゆも入れていない蕎麦猪口に蕎麦を取って口に運んだ。 衝撃であった。口の中から鼻腔へと広がる蕎麦の香りは、そこらの新蕎麦を凌ぐ物であった。そして噛みしめる度ににじみ出る甘み。いい蕎麦である。気がつけば、ざるの半分ほどをつゆもつけずに食べていた。玄蕎麦をそのまま冷蔵保存して、その日の朝に天候にあった含水率のものを自家製粉していると言う。良質の玄蕎麦を使うこと、そして、しっかりした保存を行うことで、ここまで蕎麦の味と香りが維持されるのであろうと思った。 腰は弱い。これはやっぱり時期的なものであろう。つなぎの量が多いのも(2割程度)しかたの無いところだと思った。 田舎の方は、あの一茶庵の田舎。太い挽きぐるみものである。芯に生の部分を残すこともなく絶妙の茹で加減。つゆにどっぷり浸けても薬味を入れても、決して負けない蕎麦。これも、良くできた蕎麦であった。 薬味 ワサビ、大根下ろし、ネギ。 ワサビは、甘みを感じるようなもの。つゆに溶かすより、蕎麦に直接つけてワサビの付いた部分を舌に持ってくる方が香りを楽しめる。大根は、季節もあるだろうが、普通の青首大根だった。 蕎麦2枚で1600円。これに交通費や、待ち時間まで加わる訳であるが、それでも価値ある蕎麦一杯である。 すでに高橋さんの去った翁。家主を失った犬小屋がそれを語っていた。それでも、翁には高橋さんの陰があった。 翁は、老舗ではない。でも、創設者がいなくなってもその味を受け継いで、いつまでもその味を維持できるのなら、それが老舗と言うものになって行くのあろう。 |