父の作品について
二十歳なる 衣裳の袖に 出る素手の
      白魚如く 孫の愛らし
孫姫の嬉しい成人式。晴着に身を包み、美しくなった姫達はどの子も可愛いのです。
吾一病 大事にせしと 励ましつ
      優しき夫は 旅立ち逝きぬ
心臓の病気を持つ母の事を気遣いながら 先に逝ってしまった父でした。
骨波田の 長々垂るゝ 藤波は
      夫と想い出 仰ぎ見た日よ
父が自分の病気を押してまで 母に見せたかった骨波田の藤・・
その時の感動をずっと語っていました。
鬼払う 息子の声の 余りにも
      夫の声似て 耳疑わし
「鬼は外〜!福は内〜!」・・兄の声が父に生き写しだったので我が耳を
疑ったとか・・
怪我に倦み 友の贈りし チューリップ
      彩り如き 優しさ溢れ
膝の怪我をし長いこと療養していた時に 友達から頂いたチューリップに
癒されました。
子や孫に 感謝の念に 絶えん日々
      余生の幸と 吾は想いし
77歳の「喜寿の祝い」を皆で賑やかにお祝いしました。
その時に母が皆に感謝の気持ちを歌にしたものです。
恥多き 現世に長居 今日の日ぞ
      八十路に近し 祝の嬉し
長生きしたからこそ嬉しい日も迎えられました。親孝行らしき事ができて良かったです。
怪我再三 なれど優しさ 包まれし
      介護に甘え 今ん日至る
何度も怪我をし、家族に甘えながらも無事に喜寿まで生きてしまった・・と
終戦の 苦しみ越えて 幾年や
      吾も八十路で 二病息災
戦争体験の苦しみを乗り越えてきた母・・その後も苦労をし、持病を抱えな
がらも 80歳まで元気にいてくれた事が嬉しかったのです。
嘆くとて 足腰痛さ 負う定め
      愚痴言うたとて 救うすべなし
怪我をした事が悔しくて、つい愚痴も言いたくなりますよね。
老を生く 吾なり余生 うた心
      時を刻むる 寂を紛らし
余生を自己流ながら短歌など作り、気ままに過ごせていた母は幸せ者でした。
八十路坂 ペースメーカーの 入換に
      贈りくれたり 余命の幸を
80歳を超えて 2度目の命拾いが出来た時は 心から良かったと思いました。
事多き 越えきし吾も 手術後は
      安堵の心 食の進みぬ
ペースメーカーの入換え手術が無事に終わりホッとして とても食欲旺盛な
母でした♪
吾誓う 円かな心 持ち行くと
      夫へ安らか 朝の香たき
みんなの幸せを祈り お仏壇へのお線香は毎朝欠かせませんでした。
夜桜の あとの楽しき カラオケに
      今宵余生の 幸せなりて

      
お友達と出掛けた夜桜見物の後のカラオケが楽しかったのでしょう・・
視界なき 朝霧中の 散歩道
      小犬の連れも 支えとなりて
当時飼っていた柴犬が 母の良き散歩友達でした。
川辺の 菜花毎年 ふえ行きて
      人目満たせし 咲き誇り居て
前の土手に咲く菜の花は どこよりも早く春の匂いを運んでくれました。
老いぬれば 相槌うつも 難聴で
      会話ちぐはぐ 苦笑で紛らし
耳が遠くなった母は、聞こえたふりで相槌をうって後で会話の真意が見えた時
そこは笑って誤魔化すしかなかったのです。
兄逝きて いにしえ偲び 墓に佇ち
      兄弟亡くし 寂しさひしと
兄と弟の大切なふたりを亡くしてしまいました。お墓に佇むと色々と思い出して
しまいます。
カラオケで 楽しき世界 娘の美声
      吾年忘る 幸のひと時
母娘でよくカラオケに行きました。難しい新曲を何曲も覚えては歌ってくれました。
歌を聴くことも歌うことも大好きな母でした。
眠り入る 名草起こさる 暖冬に 暖かい冬に草花などが春と勘違いして咲いていたのでしょう・・
川添の 歩調緩ます 鴨の群れ 前の川は鴨の楽園と化しています。その土手を散歩するのが母の日課でした。
夫逝きて 趣味に一すじ 毛糸編み 夫が亡くなり 趣味の編み物をする時間も増えました。
夫の座も 吾が座となりし 炬燵かな いつも炬燵の決まった席にいた夫 今は自分がそこに座ることになるなんて・・と
貯えの 手元狂はす お年玉 毎年 お年玉をどの孫にも平等に奮発してくれました。 それが楽しみだったのです。
若葉風 試歩のゴルフを 楽しみて 膝の怪我をして手術後 久々にグランドゴルフを楽しんだのですね。
役終えて 安堵の余生 幸の春 地区役員の任期が終わり ホッとしたとよく言っていました。
春愁や 母の忌となり 里帰り 母方の祖母が亡くなったのが 4月頃だったと思います。優しく凛とした人でした。
娘と共に 寺苑廻りの 牡丹花 美しい牡丹の花を眺めながら娘とデート・・・楽しかったのです・・
孫の唄 添えたす童謡 夕涼み 可愛い孫と一緒に 歌を歌いながらの夕涼み・・楽しいひと時です♪
湯ぼてりに 川のせゝらぎ 夕涼み お風呂上りに土手に立つと 風が涼しくて気持ちが良いのです♪
何や可や 果ての日暮れの 冷素麺 夏の日の夕飯メニュー・・あれこれ考えても結局冷たい素麺に・・
ゴルフして 老いるも愉し 秋日和 友人とのグランドゴルフ・・練習も大会もとても愉しかったのです。
老いて尚 衣裳に迷う 秋の旅 幾つになってもお洒落を楽しんでいた母・・旅の衣裳選びにも気合が入るのね。
菊作り 一念徹す 夫余生 菊作りが得意だった父・・好きな趣味で余生を送れた事 幸せだったと思います。
夫の友 温情指導 菊薫る 父亡き後、父の友人が母に菊作りを教えてくれました。
思いのほか綺麗に咲いて感激していました♪
友訪ね のんびり語る 秋の雨 雨の日に友人とお茶しながら過ごす楽しいひと時だったのでしょう・・
苦を捨てて 迎う年の瀬 希望持ち 一年の終わりと一緒に嫌なことも忘れ 希望を持って新年を迎えたのです。
赤城山 遥かに見ゆる 薄化粧 うっすらと雪が積もった赤城山が とても綺麗に見えました。
幸せに 浸れる母の日 娘のありて 母の日は娘が居て良かったと しみじみ思えたのです。
下手な嘘 聞き手上手の 四月馬鹿 エイプリルフールの嘘に騙されたふりをしたのでしょう・・(笑)
梅干して 嫁の腕前 確かなり 毎年作るお嫁さんの梅干が いつも上手にできて、毎日欠かさず食べていました。
温もりの 孫車椅子 桜道 満開の桜の中を、孫が車椅子を押してくれ 母娘一緒にお花見ができた事が
とても嬉しそうでした。
想い出の向こうから

いつも笑いながら語りかけてくれる父と母

これが静岡懸崖づくり・・
2年越しで世話をし咲かせます。
毎年、関東菊花大会などに出展する為に
咲かせる自信大作だったのです。

大輪の色々な種類を何十鉢と咲かせて
盆栽菊も幾度となく賞を頂くなど 
菊作りは 父にとっての生甲斐でした。

母の遺品を整理していた時に、父の歌作りノートの存在を知りました。
父もおそらく母と同じ頃に短歌や俳句作りを趣味として始めたものと思われます。
そんな遺作ノートを母は自分のノートと一緒に大切に仕舞っていたのでした。
そして、歌を読み進むうち 父にもこんな感性があったのかと驚いたものです。

父は68歳であちらの世へ逝ったので、歌は320首ほどでしたが
そのうちの85首を歌集としてまとめてみました。
こうして歌集にできた事は、きっと母の導きであったと感じています。
その中のいくつかですが ご紹介したいと思います。

母の作品について


晩年の母は 優しい家族や友人に囲まれ 趣味の編み物や短歌・俳句作りなど
楽しみながら心穏やかに過ごせていたと感じます。

歌作りは60歳くらいから始め 亡くなる86歳までの間に
俳句は400首、短歌は300首にもなりました。
そして、160首ほどを選び それらを妹と共に 歌集としてまとめ
供養にもなるかと思い 法事の際に親戚や友人たちにも見ていただきました。

ほんの一部ですが、母の人柄などを感じ取りながら
読んで頂けたら幸いです。

俳句・川柳・短歌

編み物

※夫=「つま」と読み・・

俳句

ふたりの俳句・短歌集

母の編み物作品は主にセーターやベスト・・ 本の編み図などは使用せず
全て編んでる最中に模様やデザインが決まっていたようです。

帽子やマフラーなども幾つも作り、友人などにあげ喜ばれていました。
母はもう居なくなってしまったけれど 今も尚みんなに温もりと優しさを
こうして与え続けてくれています。

生前に編んだセーターやベストがタンスなどから出てくる出てくる・・
大きなダンボール3箱にもなるほどでした。
 今はそれらを 親戚や友人などにもお裾分けして着ていただいています。
ここでご覧頂くのは ほんの一部です。^^

短歌

父母の作品を見てくださり ありがとうございました。m(__)m

ふたりとも様々な苦労はありましたが、家族の理解や支えもあり

趣味の歌作り、編み物、菊作り・・また旅行などもたくさん楽しめて
それぞれ幸せな晩年であったと思っています。

こうして ふたりの作品をUP出来た事は
家族にとっての大切な想い出、そして宝物となりました。
当のふたりはきっと 向こうで「恥ずかしい〜!」・・っと
照れ笑いしているに違いありません・・
(*^m^)/

卓上に 咲きし紅白 ボケの花 盆栽が好きだった父・・ボケの花を飽かず眺めていたのでしょう・・
妻の手の 器用に障子 貼りにけり お正月を迎えるにあたり、一緒に障子の貼り替えをする
    老夫婦の微笑ましい姿が見えます。
秋日和 孫に合わせて 縄跳びす 孫と一緒に縄跳びをして楽しい時間を過ごしました。
笹竹を 孫と造りし 星飾り 七夕の笹を準備し 孫たちと一緒に飾ったのです。
皆の願いが叶いますようにと・・
行く秋を 落ち葉と語る 露天風呂 露天風呂にハラリと落ち葉が舞い降りて 晩秋の旅の情景です。
ひまわりに 孫が寄りそい 背伸びをす
ヒマワリとの背比べ・・さて、どちらが大きかったのかしら?・・
菊の露 こぼさぬ程の 朝の風 穏やかな風が吹く朝、今日もたくさんの菊に水遣りを終えて
やれやれだったのでしょう。
大菊の 金賞光る 菊花展 静岡懸崖づくりの菊に精魂を込めていた父・・金賞を頂いた時は
満面の笑みでした。
何十鉢 菊に余生を 託す我 菊作りが生甲斐だった父・・毎年見事な花を咲かせていました。
花水木 咲いて眩しき 日和なり 逆光に輝く花水木の花を眺めていたのでしょうか・・
吹き下す 風に逆らふ 蝶の舞 自然がいっぱいの故郷・・ひとひらの蝶も華麗に舞います。
笑い合う 妻と娘の 長電話 母娘とはいいな〜・・と羨ましく思っていたのかも?(笑)
字を聞かれ 眼鏡は何処と 時稼ぎ メガネを探す間に さて、思い出したでしょうか・・(笑)
孫一人 連れて気疲れ ショッピング 孫を連れてのショッピングは楽しいけど、神経で疲れるものです。
積もりたる 花びら掃除 僅かなる
     ほうきの先の 風と遊ばむ
菊の花びら?もしくは山茶花の花びらなのでしょうか?
掃除しながらも散り行った花を思ったのです。
枯れて尚 香りを残す 菊の花 
     炎の中に いさぎよく燃ゆ
咲き終わった菊を片付ける時は寂しい・・でも、また来年の楽しみの
始まりでもあります。
明日手術 真夏の夜の 病室の 
    影無き影に 我はおびゆる
ポリープの摘出手術を繰り返していた父・・いくら強がってみても 
さすがに前日には不安だったのです。家族もいつも無事成功を祈っていました。
せせらぎに 笹舟浮かす 孫と居て
    幼子に帰る 春の陽まぶし
童心に返り 笹舟遊びを孫と楽しんだのです。暖かい春の情景・・
芋の葉に まるく朝露 きらめきて 
      心安らぐ 鍬を持つ手も
ころんとした朝露が陽に光り とても綺麗でつい見入ってしまった。
作業をする手も止まってしまいます。
村はずれ 地蔵はひとり 夕暮れて
     線香の煙 風に消え行く
長閑な田舎の夕暮れ・・どこか旅先の情景でしょうか・・
足腰の 痛みこらえて 辿りしが
     奈良保ダムの 美しき紅葉
足腰の痛みを抱えながらも 水上方面の美しい紅葉を楽しみに
山道を進んで行ったのです。母とよく旅行に出掛けていました。