Yamate254

横浜・山手にある服飾資料博物館<岩崎ミュージアム>スタッフによる情報告知用HPです。

プロフィール

1964年 川崎市に生まれる。1990年 和光大学人文学部芸術学科卒業。現在、横浜市鶴見区在住。スケッチ40%を主催。舞台美術の制作を皮切りに、抽象具象、平面立体を問わずジャンルをクロスオーバーしながら制作活動を行っている。…その為、「専門は?」と問われるのが一番の弱み。近年はこの岩崎ミュージアムをはじめ、川崎市市民ミュージアム、郡山市立美術館、いわき市立美術館などでワークショップの講師を数多くつとめるほか、横浜市教育文化プログラムの一環で、小学校への出前造形教室を行い、美術の楽しさを広める活動にも力を入れている。

COLUMN 2021

隠し砦の三悪人⁉︎

磯子区西町

2021年9月

 
『たぶん良くなるだろう』ではコロナに打ち勝つことはできない。(岸田文雄 前自民党政調会長)
 
珍しく調子が悪い。少し喉に違和感を感じる。アレルギー持ちなので、鼻水が出るとすぐに喉がやられるのだ。
あっ、違った。そうじゃなくて…もう一度はじめからやり直し。
 
 珍しく調子が悪い。暑すぎるのだ。熱帯夜で夜中に何度も目を覚まし、朝起きるとぐったりしている。午前中はほぼ、欠伸ばかりで使い物にならない。
すでに1週間棒に振った。迷路にはまり途方に暮れている、そんな感じだ。一応…書くには書くのだ…書きはするのだが後で読み返すとつまらないから片っ端から削除してまた書き直す。その繰り返しで一向に埒があかない。
いつも上手くいく訳じゃないってことは重々承知をしている。いるが…。
先週は結局佐藤賢一の『オクシタニア』という小説を読んでしまった。イライラしながら机にへばりついていても仕方がないからだ。
オクシタニアとは今の南フランスのことで、13世紀、トゥールーズ伯領のアルビを中心に広がりを見せた異端カタリ派を巡るお話。
カタリ派(アルビジョワ派ともいう。)の名前の由来はギリシャ語の『カタロス(清浄)』。グノーシス主義の流れを汲むマニ教の影響を受け善悪二元論を説く。
どうでもカタリ派が救われないのは、その教えの根本に二神論を据えているからだ。…中略…。ここに世界の創造は二重に解釈されてしまう。「オムニア(万物)」を創造したのは神であり、「ニヒル(虚無)」を創造したのは神ならぬ悪魔であると。〈注1〉
 異端狩りに追われたカタリ派はピレネーの山奥に潜む廃城でその最後を迎えることになる。
 随分前になるが、絵画教室で美術史を何回かに分けて話したことがあった。その時、「ただの思い付きですが、1世紀に東方(ギリシャ)で生まれたグノーシス主義は、光(アフラ=マズダ)と闇(アーリマン)の闘争を主旋律とするゾロアスター教の強い影響下にあります。グノーシス主義が中世からルネッサンスにかけてネオプラトニズへと形を変え西方世界に根付いていき、その過程でルネッサンスの文芸・美術と切り離せない関係を取り結ぶのですが、だとしたら、対比を軸におく西洋美術の、とくにキアロスクーロ(明暗法)なんかの淵源はここかもしれません」と。
 
 さて、磯子区西町と書いてもあまりピンと来ないか?
ここら辺を磯子と呼ぶべきかそれとも根岸と呼ぶべきかを少し迷う。おそらく八幡橋(やわたばし)を越えれば磯子でこちらが根岸。住所表記は無視して、概ねそれで良いんじゃないかしら?
行きつけの自転車屋が大桟橋から磯子プールの脇に引っ越したので、こちらにくる機会が増えた。友達がやってるケーキ屋もすぐ近くなので、その点では都合が良い。〈注2〉
 本牧の山頂公園から旧根岸米軍住宅地まで連なる高台と、本牧通りから間門を経て伸びる国道16号線に挟まれた狭いエリアの、特に根岸辺りの路地に足を踏み入れると、コンビナートが視界を遮り海が遠くなってしまってはいるものの、昭和30年代までは半農半漁を営む漁村だったその面影がいまでも微かに感じられて、路地好きの胸を強く揺さぶられる思いがする。根岸なつかし公園となっている旧柳下邸もこのご近所。
絵をご覧いただこう。路地の突き当たりを右に折れると根岸八幡(はちまん)神社が急斜面にへばりつく様に隠れている。八幡橋の袂にあったものが明和3年(1776年)にこの場所に遷座した。創建は欽明天皇12年(551年)のことだというから随分古い。〈注3〉
 さて、その路地を曲がりこちらに向かってくるのは隠し砦の三悪人…いやいや根岸の3人のおばさま達。示し合せてお出かけ?それとも市長選挙の投票日だから、この脇の小学校で投票を済ませて、それからお買い物なのか?
 『隠し砦の三悪人』は言わずと知れた黒澤映画。敗国の姫君を守る侍大将三船敏郎と行動を共にする千秋実と藤原鎌足の凸凹百姓コンビが、スターウーズのC3POとR2D2の元ネタだということは有名な話…と書いてはみたものの、いまの若いもんは知らないね、たぶん。〈注4〉
 

2021年9月5日 齋藤 眞紀

 


注1 『オクシタニア』佐藤賢一著(集英社)。上下2段組で総ぺージ数が622もありかなり読み応えがあった。
注2 正式名称は横浜プールセンター。現在は施設の老朽化の為営業休止中。
注3 根岸八幡(ねぎしはちまん)神社があった八幡橋の袂にいまは八幡(やわた)神社があります。
注4 『隠し砦の三悪人』1958年12月公開。東宝映画。第9回ベルリン国際映画祭監督賞・国際批評家連盟賞受賞。

鎮守の杜にて

師岡熊野神社(港北区)

2021年8月
 

 梅雨明けから蒸し暑い日がつづく。今日も最高気温は35°C。叶うことなら出掛ける用事は作りたくない。オリンピックが開幕して都内の人出が幾らか減ってはいるみたいだが、それは多分この夏の暑さが原因だろう。先週まで川崎の鹿島田で個展を開いていたが、時計が12時を回るとパタっと人の足が遠のいた。
『27°C』とタイトルを付けた絵を描き下ろした。日除けの天幕が張られたBejaベージャ旧市街の、カフェやレストランが立ち並ぶ通りを油絵で描いたものだ。当然「27°Cって何ですか?」と聞かれる。もちろんそこがこちらの狙い。
 ぼくがBejaのあるBaixo Alentejoバイショ・アレンテージョ地方を旅したのは、2017年の9月終わりから10月にかけてのこと。
秋の彼岸を過ぎると暑さが峠を越す日本と違い、ポルトガルはまだ夏の盛りだった。リスボンでも33°C、内陸部のBejaやMéltoraメルトラでは日中は35°Cを超えて、日差しがひりひりと焼きつけ通りから人影が消える。
 
 先日オンラインのポルトガル語講座で、É UMA PESSOA CONTROLADORA?という文章に取り組んだのだが、この〈controlador / controladora〉に該当する上手い日本語がない。
 簡単にいうと、なんでも管理したがって、予定通りにことが運ばないとイライラするタイプの人のことを言う。
 この文章の主人公ジョナスは、娘の帰りが遅いと「遅いじゃないか!今どこにいて、何をしてるんだ!」といちいち電話をし、「友達とカフェテリアでコーラを飲んでた。」と娘が答えると、「友達?どの?マルタならさっきスーパーで見かけたぞ。」と詮索が止まない。また家族旅行でも細かいタイムスケジュールを事前に組み、ディナーで行くレストランももちろん下調べをすることが必要だと堅く信じている。
 ちなみに、ぼくの持ってる葡日辞典では「統制者、管制官」とあるが、この場合はどうかな…。〈注1〉
 で、これじゃ流石にまずいと思ったこのジョナスは自分の性格を直そうとカウンセリングを受けに行き、カウンセラーから全ての行動、例えば旅の行き先、ホテル、レストラン、その日何をするかまで全てサイコロで決めるひとり旅をしなさいと勧められる。
 
 ぼくも若い頃は暇さえあれば新宿や渋谷でレコード漁りをしていた。いわゆる「ジャケ買い」って奴だ。だから意外と鼻が利く。たぶんその経験が生きているのだろう、ぼくの場合は無計画でも、旅先で入るレストランをまず外さないない。街をぶらつけばどこの街にも家族経営で、地元の料理を出す小さなレストランがあり、そんな感じが狙い目だ。

 結局、雨の降り頻る朝、空港でサイコロを振り、ポルトガル南岸のAlgarveアルガルベ地方のFaroファーロに行くことになったジョナスの旅は…。
 
 Quando estive naquela praia, comecei a pensar sobre minha vida. Reparei que já não estava nada nervoso. Percebi que a vida continua e até pode ser bela sem tentarmos controlar tudo à nossa volta. Foi um belo fim para a minha viagem e uma boa lição para o resto da minha vida.
 
 「あの海岸で、私の人生について考え始めた。ふと気づくとイライラはもう治っていた。人生はまだ続く、そして自分たちの周りのこと全てをコントロールしようとしなければ、人生は美しくなりさえするのだということに気づいた。私の旅の締めくくりにふさわしい、残りの人生のための良いレッスンだった。」〈注2〉
 
 この文章には、ちょっとした心理テストがあって、ぼくは3段階で一番下の Você não gosta e não saber ser controlador.(あなたはcontroladorを好まないし、なる資質もない。)だって。

 あっ、しまった!熊野神社について書く余裕がなくなってしまった。
 

2021年8月6日 齋藤 眞紀

 


 
注1 プログレッシブ ポルトガル語辞典 市之瀬敦ほか(小学館)
注2 Passaporte para Português 2 Roberto Kuzka / José Pascoal(LIDEL)

 
maneira de ser.(マネイラ・ド・セール)

横溝屋敷(鶴見区獅子ヶ谷町)

2021年7月

 
 
 今朝、下末吉の交差点で原付とたぶん車かトラックの接触事故があったのだろう、警官の姿と、路上に散乱しているコンビニで買ったと思しきカップ麺、飲み物、雑誌、それに携帯の充電器などがその事故の様子を物語っている。
気のせいかもしれないが、このところ事故が増えた気がする。千葉県の八街市では下校途中の小学生が酒気帯び運転のトラックに轢かれる凄惨な事故があった。
 飲酒は論外として、この種の事故が起きるたびに「日本は道が狭いから…」という声を聞く。でもそうかな…と。ヨーロッパだって幹線道路を除けば日本と事情はそんなに変わらない。
 こちらもつい先日の事。ツールドフランスの第一ステージで、「ALLEZ OPI OMI! おじいちゃん、おばあちゃんがんばれ!」と書かれた看板を手にコース上に割り込んだ女性と選手がぶつかり大落車を引き起こした。ニュース映像を見ればわかるけど、この道もずいぶん狭い。〈注1〉
 例えばヨーロッパの狭い道で前に自転車がいれば、大抵無理には抜かない。けどこの横浜では、30km/h制限の道をロードバイクで、そうだなぁ…35~7km/hくらいで走っていたとする。(もちろんもっと出せるけど、危ないから…えっすでに制限速度違反⁈)そうすると、何が気に食わないのかこれ見よがしにアクセルを吹かし、猛スピードで追い抜いていく車ばかりだ。
「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く。」要するに事故の大半は運転する人間の度量というか、有り様しだいなんじゃないかな…。
 自分は絵を描き、エッセイを書いているが、長年こんなことをしていると、気をつけなきゃいけないことはどっちも同じなんだとつくづく思う時がある。
スティーブン・キングがこんなことを書いていて、「ドアを閉めて書け。ドアを開けて書き直せ。言いかえるなら、最初は自分ひとりのものだが、次の段階ではそうでなくなるということだ。原稿を書き、完成させたら、あとは読んだり批評したりするものになる」。〈注2〉
É certo o que ele fala.(彼が言ってることは正しい)描き(書き)ながら自分の絵(文章)を面白がれなけりゃダメだよね。
maneira de serを日本語に訳すと有り様または在り方。今回は有り様について考えている。
 一年半に及ぶこのコロナ禍で、ずいぶんと人様の有り様がみえてきた。自分のことは棚にあげるが、コロナだろうとなんだろうときちんと仕事をする奴はするし、しないやつはしない。人間はサボり癖がつくと止めどがない。当たり前だろう…誰だって楽な方がいいに決まっている。
 A vida é assim.(人生なんてそんなもんさ)
 母親の介護もあって、山手が遠くなった。その分近場の景色に目が行くようになった。もちろん山手の様に瀟洒な洋館などないけれど、存外良い絵が描けている。
 横浜市鶴見区獅子ヶ谷にある横溝屋敷は江戸時代後期の文庫蔵、穀蔵、長屋門と明治時代に建てられた主屋と蚕小屋からなる。
 この屋敷は江戸詰になった領主(旗本)が名主の横溝家に譲ったものなのだという。
 主屋のちょうど真上(絵の右側)、いまはみその公園になっている裏山には獅子ヶ谷城という中世からの山城があった。
 そもそも獅子ヶ谷という地名自体が珍しい、きっと何か謂れがあるに違いない…と思って、調べると「獅子ヶ谷の地名の由来は熊野権現の所領で、獅子舞を受け持ったことによると伝承されている。」と出てくる。〈注3〉
そう言えば大倉山の山裾にあるのは確か…熊野神社!
この近隣には熊野神社に纏わる珍しい地名が幾つか残されていて、鶴見区の駒岡は神馬を奉納していた地区(駒はまさに馬のこと)のことだし、港北区大口では神社に上る勅使が大口袴に着替えをしたという。同じ港北区樽はお神酒を入れる樽を作り、また大豆戸(まめど)は大豆を奉納していたことがその由来だと言われている。
梅雨が明けたら、鎮守の森を訪ねて見ようかと思う。

2021年7月7日 七夕に 齋藤 眞紀

 


注1 「逮捕の観客、自分の愚かさを恥じる」https://news.yahoo.co.jp/articles/01fdad55262d4c3cbc5e5fbe4124fb50a34d0d27
注2 『書くことについて “On Writing” 』スティーブン・キング著/田村義進訳(小学館文庫)
注3 https://4travel.jp/travelogue/10546298

ミニについての覚書

鶴見区馬場2丁目

2021年6月

 
The answer is absolutely yes.〈注1〉
アトリエの屋根の軒下には巣箱があって、毎年椋鳥がここで子育てをする。この原稿を書いているいまも、ひっきりなしに餌を求める雛鳥たちの囀りが喧しい。
先ほど書斎の小窓から雛鳥の姿を垣間見ることが出来た。覗き見されているとは知らずに小さく尖った嘴を目一杯広げて親に餌を要求している。もう巣箱の丸い穴から体を覗かせるくらいだから、ずいぶと大きい。
もう直ぐ関東地方も梅雨に入るだろう。昨日は一日冷たい雨だった。それでもお腹を空かせた雛鳥の要求は止むことがない。巣立ちに備え、親鳥も大変だ。
時折ぎゃーぎゃーという濁声が混ざる。周囲を警戒しているのか?
実は…椋鳥の親子にとっていまが一番危ない。やんちゃな雛が身を乗り出し過ぎて落下しかねないからだ。
パーゴラの上に落ちればまだしも、地面直撃は助かる見込みがほぼない。しかも…運良く助かったとしても、まだ飛べないから猫やカラスの格好の餌食だ。
一度だけ、猫との競争に勝ったことがあった。近所の小鳥屋で鳥籠を買ってきて入れ、2階の窓際に置いてやったのだが、如何せん親鳥のように世話ができるるわけでもない。だからどうしようもない。結局雛は一日持たずに死んでしまった。
アトリエの、猫の額ほどの庭にはこうした椋鳥の雛が何羽か眠っている。
国道1号線を跨ぐめがね橋(響橋)から鶴見配水池の脇を下りて花木園へ折れるすぐのところでこの車が目についた。
ぼくはあまり詳しくは無いが、80年代の日本で随分と人気があったらしい。
塗装が施されていない金属剥き出しの地をおそらくわざと削ったのだろう、グラインダーでさらに荒っぽく仕立てている。残念ながら絵ではちょっとその様子は描ききれなかった。長いこと野ざらしにされているとみえて、ところどこに錆が浮かんでいるが、それも味というものだ。ルーフキャリアにはシールがベタベタ貼られたリモワのジェラルミン製スーツケース。
仮定の話をする。もしぼくが車を買うとしたらクラシックタイプのミニが良い。なぜかって?こんな車で旅に出たら、さぞ楽しかろう。
ミニ(ローバー・ミニ)は、イギリスのBMC(British Motor Corporation)という会社が第二次中東戦争によるガソリン高騰をきっかけに、欧州の狭い道でも扱い易い、コンパクトで高燃費な車として開発し、1959年から2000年まで生産されたものだという。
 最近、フェラーリやランボルギーニなどのいわゆるスーパーカーを街で見かけることが珍しくなくなった。
 ポルトガルが好きだった高倉健さんが新聞のインタビューに答えてこんなことを…
 「東京・六本木では、若い連中がフェラーリなんかに乗ってます。一方、ポルトガルにはそんなのは一台もない。でも、何とも言えない豊かさがある。何百年も前に豊かさの極限を知ってしまった民族というんでしょうか。落ち着きます、ポルトガルって。」〈注2〉
 小学生の頃、池沢さとしの『サーキットの狼』を夢中で読んでいたから、スーパーカーに乗りたい気持ちがわからないではない。いやいや、漫画だったらミニだって負けないよ。北條司の『シティーハンター』で冴羽獠の愛車がまさにモーリス・ミニクーパー1275S MK-1。因みにミニクーパーはミニのスポーツモデルだ。
 もちろん映画の中でもミニは活躍する。1969年公開のイギリス映画『ミニミニ大作戦』では、フォッグランプをつけたユニオンジャックカラーの3台のミニが、強奪した金塊を乗せてトリノの街中を縦横自在、階段を駆け下り、狭い水路を通り抜け、川を渡る…こんな痛快な芸当ミニじゃなきゃできんだろう?〈注3〉
 The answer is absolutely yes.(答えはもちろんイェスだ。)
 

2021年6月1日 齋藤 眞紀

 
追記;6月4日の午前中、2羽の椋鳥の子供たちは呆気ないほど簡単に巣立ちを終えた。住人の姿が絶えた巣箱は中空で寂然としている。
 



注1 最早説明は不要か?、IOC副会長ジョン・コーツの発言。

注2 「高倉健さん、毎日新聞のインタビューに応える。」2012年7月19日付

https://blog.goo.ne.jp/indec/e/f47da0dc4dc5a9c92d09df8cb55a1e0d

注3 『ミニミニ大作戦(The Italian Job)』https://ja.wikipedia.org/wiki/ミニミニ大作戦_(1969年の映画)
※2003年にハリウッドでリメイクされているが、1969年版の方がはるかに面白い。因みに、2003年版にはBMW製のミニが登場する。

O melhor é não se preocupar.

保土ヶ谷区鎌谷町

2021年5月

 
 
“O melhor é não se preocupar.”を訳すと、“心配し出したらきりがない”という意味。〈注1〉
じゃ、いきますか。
 
「眞紀さんは57歳か…。ワクチン打ちます?」
「はい、打ちましょう。」
「じゃ、キャンセル待ちに入れておいて良いですか?」
「?」
「お仕事で出掛けるのはいつですか?」
「基本的に土曜日以外はだいたいアトリエにいます。」
「キャンセルでワクチンが廃棄されてるじゃないですか。」
「そうですね!」
「テレビが余計な事を流すから…ワクチンに副反応が全く無いとは言いませんが、接種が停止されたりしてるのは、ほかの製薬メーカーなのにみなさんごっちゃにしてしまって…。」
「あっでも、ちゃんと見てればファイザーのじゃないって分かりそうなもんですよね…。」
「ちゃんとなんか見てないんですよ!しかし、それは流石にもったいないし、大臣も許可出したから、キャンセルが出たら打てる人に打っちゃおうと。半日しか持たないんですよ、あれ。だからすぐ打てる人じゃないと…。」
「そう言う事ならぜひお願いします。」
「じゃ、キャンセル待ちのリストに入れておきますね。」
「お電話頂ければ、すぐに飛んできます!」
 
ファイザーという製薬会社には、米軍やアメリカ政府から多額なお金が投入されている。世界中に米軍を展開するためにはさまざま風土病やウイルス、それにバイオテロに対抗するワクチンが必要不可欠だからだ。
実は日本でも、東京大学医科学研究所の先生が2015年にファイザーと同じmRNAワクチンの開発を政府に提言していたそうだ。しかし、事もあろうに臨床試験に必要な予算をカットされてそのプロジェクトが頓挫したのだという。出来の悪いアプリに何十億も積み込んで…先を見る目が無いというか…為政者たちの頭の出来が違うんでしょうね…(やれやれ)。〈注2〉
 
「これ、ワクチン打たないと終りませんから。打っても終わらないかもしれないけど、とりあえずは…。」
「いわゆる無限ループってやつですよね。増えたり減ったり、増えたり減ったりを際限なく繰り返す。」
「岩田健太郎さんていたじゃない。あの人が今回のウイルスにはハンマー&ダンスという従来の感染症対策じゃダメだって言い出してる。」
「はい、それは読みました。ゼロコロナを目指せと。」
「いきなりゼロって突拍子も無いと思っちゃうけど、過去の事例に囚われて思考停止しているよりはまだマシでしょう。」
「テレビに出てくる専門家の人って、人流を減らせ、3密を回避しろの一点張りで、終息させる道筋を一向に示しませんからね…。それくらい自分でも言えます。」
「そうですよ。しかも緊急事態宣言などというものはそんなにしょっちゅう出したり引っ込めたりするもんじゃない。」〈注3〉
 
さて、風景を描く時、切り取り方次第でいろんな見え方がする。例えば住宅街の一角であったとしても、鬱蒼と茂る樹木をメインに据えれば、どこか片田舎の景色にも見えたりして、こちらとしては嘘をついているわけでもなく、あり様に忠実にしたがっているだけなのだが、実際、出来上がった絵を見てみると、自分でも些か誇張が過ぎはしまいかと心配になるがそれでも、思いもしない効果が出ていて満更でもない。
絵の題材は、探せば幾らでも道端に転がっている(と思う)。特に横浜は、山手に限らず丘が多く結構凸凹。でも、凸凹ってことは起伏に富んで複雑な地形だってことだから、どこかに必ずこちらの気を引く景色が隠れていて、それに出会しさえすれば、あとは…多少素材が不味くても(あっ…いやその…)料理人の腕次第でいくらでもごまかしが効くだろう。
今日のスケッチは、保土ヶ谷区鎌谷町。簡単に言えば三ツ沢公園の裏手に当る。陸上競技場に沿う道をちょっと外れると緑豊かな鎌谷公園があって、そのご近所さんなのだが、自分自身も不案内なため、説明に要を得ない。少しひしゃげたお茶屋さんの看板の、手書きの書体が良い味を醸し出している。
 

2021年4月22日 齋藤 眞紀

 
 
追記:この原稿は、銀座での個展が4月27日からゴールデンウイークにかけてあるため、その前に書いいて、実際の、自分の掛かり付け医との会話が元になっている。なので、少々話題が古いかもしれませんが、その点はご容赦ください。
 


注1 直訳すると、心配しないことが一番だ。
注2 なぜ日本はワクチン開発に出遅れたのか? 連載・東大のワクチン開発の現状を追う①mRNAワクチン開発と研究環境 
https://www.todaishimbun.org/covid_19_vaccine_20210414/ 
注3 予防的措置で東京都に出された今回の緊急事態宣言が、法的に妥当かどうか甚だ疑問です。
それに自分の個展がドンピシャ当たってしまってしまい良い迷惑!

 
MO紙

神奈川区六角橋

2021年4月
 
独創的な発見と思うが以前に学んだことであった。基礎の積み重ねが独創となる〈注1〉
 
母親が2月に体調を崩し、3月初めには2週間ほどの入院を余儀なくされて、退院後のいまはその介護で、ほぼ自分の仕事をする時間がない。この原稿もその合間を見ながら書いているが、あと30分もすると夕飯の時刻だ…と、こんな調子で一日の大半が終わり一向に埒が明かない。
今年も4月の末からゴールデンウイークにかけて銀座で個展がある。幸いこちらの仕事は2週間の入院期間であらかた方を付けてしまった。いまはコロナで見舞いが出来ず、それがかえって有り難かった。なんと!コロナ様様だ。残すは版画の刷り増しだけなので、ぼちぼちやればなんとかなるだろう。
以前に較べて仕事が速くなった。もともと手は早かった(仕事の!)が、油絵などは描き始めてしまえばもう此方の物、ほぼ仕損じることがない。頓にデッサンに狂いが無くなったのが大きい。
デッサンを習い始める人は皆さん、「絵の基礎からちゃんと学びたい。」と言う。じゃ、絵の基礎ってなんだろう。「正確な形が取れること。」まぁ、確かにそうだよね。でもこっちだってデッサンに自信を持てるようになるまで30年以上かかっている。これから30年ひたすら基礎練習をしますか…?
 
ぼくが好きな水彩紙にMO紙というのがある。手漉き和紙の里越前で作られていた手漉きの水彩紙。
「作られていた」と書いたのも、この紙を漉いていた沖圭司さんは既にお亡くなりになられていて今は抄造されていないからだ。メーカー(杉原商店)にもすでに在庫がないらしく、どこかの画材屋の倉庫かなんかに運良く眠っていない限り、もはや手に入れることは難しいだろう…。
MO紙に似た紙はあるか?と聞かれれば、「ない」と答えるしかない。だから困る。替えが効かないのだ。
ぼくの友達の、磯子のケーキ屋さんにMO紙を使って描いたエストレモスの絵が飾られていて、我ながら見る度に「良い絵だな~」と感心するのだが、鉛筆による線描の質、水彩絵具の濃度と余白…そのバランスが絶妙だ。
MOというのは、この紙を考案した初代沖茂八の頭文字を採った。軍靴の音が聞こえ始めた昭和のはじめ、入手が難しくなったヨーロッパ製の水彩紙に代わるものが作れないかと思案しできたものだという。〈注2〉
紙の表面は真っ白というよりか、生成りの自然な白。それこそ和紙のように優しく穏やかな表情をしている。水彩絵具もスーと静かに染み込んでいき水との相性が抜群に良い。滲み留めを施された紙でも、予め水を敷く必要はないだろう。紙質は華奢かと思えばそれでいて、適度な腰を持ち波立つこともない。薄塗りでも綺麗に発色するので、力を抜いた鉛筆の、淡い黒鉛の色味を阻害することなく繊細で透明水彩ならではのニュアンスを生かし切ることが、このMO紙だと難なくできるような気がするのだ。
 
今日のスケッチでこの紙を使ったかって?
こんな希少な紙、もったいなくって使えますか!
タイトルに偽りじゃん!〈注3〉
 
さてさて、いつも最後になってしまうのだが、今日のスケッチは神奈川大学と神大寺のある神奈川区六角橋。正確には神大寺4丁目。新横浜と三ツ沢公園のちょうど中間あたりにある岸根公園の、道路を隔てた向かいにあるマンションの脇を入っていくと…
緩やかな傾斜地一面に広がる畑。おそらく誰しもが都会の真ん中で、こんな広々とした光景にいきなり出くわすとは夢にも思わないだろう。ただし、ぼくが子供の頃は東神奈川から横浜線に乗ると住宅よりも畑の方が目に入ったものだった。つまりその名残りをいま目にしているのだと思えば何ら不思議はないのだ。
絵のちょうど中央左の、桜の木があるこんもりとした雑木林に囲まれて見える屋根は日枝神社。神楽殿がある。今でも御神楽が奉納されているのかは定かではない。
 

2021年4月1日 エイプリーフールに 齋藤 眞紀

 


注1 3月20日の運勢(東京新聞3月20日朝刊)
注2 MO紙ー杉原商店 http://www.washiya.com/shop/mo/index.html
注3 『齋藤眞紀展~ポルトガル、五島列島 そして…~』 2021年4月27日(火)~5月8日(土)、於ギャラリー惣(銀座7-11-6 徳島新聞ビル3F/日曜休廊)
詳しくは、http:www.gallery-sou.co.jp ※MO紙で描いた水彩一点と今回は銅版画をこの紙で刷っています。

 私的風景画論

鶴見区北寺尾

2021年3月
 
 MJQの名曲 “Softly, as in a morning sunrise” のタイトルを拝借した絵がある。(もちろんぼくの油絵です。)円筒形を4つ合わせた独特な形の城と村の屋並みが朝日を浴びている、アレンテージョの小高い丘の上にあるエボラモンテという小さな村の城壁から見晴らした光景を描いたものだ。
 F30号のキャンバスの左隅に Maki Saito’19 のサインが入っている。2年前の銀座での個展に出品した。オレンジ色の屋根とオリーブの木々が立ち並ぶ水平面からいきなりのっぺりとした4本の茶筒(城のこと)が空に聳えるので、とにかくバランスをとるのに苦労した。
 実は、先ほどアトリエでP10のキャンバスにこれをリライトしたものを描き終えたところだ。
 流石に一度描いているから筆の運びは滑らかで滞りなく、油絵特有のざっくりとしたタッチを生かしてうまく纏められたように思う。
 得てして絵は雑な方が良い。雑で悪ければ粗削りか大雑把か〈注1〉。その方が勢いがあってかっこいい。だから油絵に限ってはなるべく描きこみたくない。鮮度を保ちたいからだが、よく他人(ひと)から「難しいことをしている」と言われる。でも本人はねちねち(丁寧に?)描くよりは手数をかけずに程よく好い加減に済ませる方が楽だと思っているだけで、「油絵とはこうあるべき」という通念に逆らってる(しているけど…)つもりは毛頭ない。
 
 昨年の2月3日。横浜港沖に停泊したクルーズ船ダイアモンドプリンセスの乗客から採取した検体が新型コロナウイルスの陽性反応を示した。ぼくの記憶ではCovid-19の感染が身近に差し迫った始めがそれだったと。
 この一年ほとんどの国が国境を閉ざしてしまった。その煽りでぼくらのような風景描き達も、取材が思うに任せず皆一様に苦労している。
 ヨーロッパ委員会が、域内の移動の自由を担保するためにワクチンパスポートの導入を目指していて、おそらく日本からEU圏内に入る時もPCR検査の陰性証明とワクチンの接種義務が生じるだろう…そう考えると、日本のワクチン摂取の遅れはちょっと痛いかな…
 という訳で、いまは銀座の個展に向け、いままでの取材帖をひっくり返しながらなんとか格好をつけようとアトリエで悪戦苦闘しているいるところなのだが、
「私は過去の旅の道中でカメラを壊したことがある。前半は写真を撮りまくったが、後半は立ち寄ったところをスケッチすることで充足したのだ。ところが、長い年月が経過した今、前半の記憶はほとんど欠落したものの、静かな時間をかけてスケッチした後半の場所と風景は瞼に甦る。」〈注2〉
そう、まさにその通り。スケッチを通して得た記憶は容易く忘れ去るものではない。
 はじめに “Softly, as in a morning sunrise” をMJQの名曲だと書いた。まぁ、それに間違いはないが実際は1928年のオペレッタ『The New Moon』のために書かれた失恋を悔やむタンゴ調の曲だったという。邦題は『朝日のようにさわやかに』だが、直訳すると「朝日のように、ソフト(優しく、静かに)に」。“Oh, flaming with all the glow of sunrise a burning kiss is sealing the vow that all betray(ああ、日の出と共に燃え上がる熱いキスと誓い。それは不実な誓い)”と、あれれ…「さわやか」か?。〈注3〉
 さて、緊急事態宣言下で、不要不急の外出が憚られ、今月は比較的にアトリエから近いところの絵になったのはご容赦を願いたい。
 ただし、早咲きの桜で、しかも個人のお宅(屋敷)に生えてる桜の木で、これ程見事な桜はそうざらにあるものではない。
 場所は、横浜市鶴見区北寺尾。ざっくりいうと、水道通りから花木園のある馬場を通過して、二ツ池から獅子ケ谷方面に伸びる国道111号線沿いの馬場小学校のすぐ隣。鶴見は山が多いが、ちょうど谷間になる感じかな?
 まぁ、そう言われてもピントくる人はいないか!
 

2020年3月5日 啓蟄に 齋藤 眞紀

 
 


注1 ①細かいところまで注意が行き届かないさま。粗雑。
    細かいところを気にせず全体を大づかみにするさま。大体。あらまし。(大辞林)
注2 『今週のことばー人間が常に動きまわる現代の習慣は、大きな価値をもつある種のものを破壊しつつある。バートランド・ラッセルー』 松本章男(東京新聞3月1日付け朝刊)
注3 Oscar Hammerstein Ⅱオスカー・ハーマスタイン2世作詞、Sigmund Rombergシグムンド・ロンバーグ作曲

独去独来(どっこどくらい)

前田橋(元町)

2021年2月
 
 
 アトリエの垣根の脇から千両が生えていて、冬枯れの寂しいこの時期に可愛らしい赤い実をつけこちらの目を楽しませてくれている。千両(センリョウ)の花言葉は「富」、「利益」、「裕福」、「恵まれた才能」だそうだ。縁起が良いことから万両(マンリョウ)と共に正月の飾りに使われることが多い。我が家でも庭のをひと枝拝借して花瓶に挿し玄関に飾っている。
この千両、こちらに植えた覚えが無いから勝手に生えたのだろう。垣根と庭石のほんの小さな隙間に根を張っている。実は万両も道路に面した塀際の、木蓮の後ろの狭っ苦しい日当たりの悪い場所に生えていて、これもやはり勝手に居座った。
 千両と万両が揃って大家の許しもえず間借りをしている割には大家の方が一向に富や利益と無縁なのは些か看板倒れじゃないかと憤るのだが、とりあえず、絵を描く才能だけはなんとかしてくれたようで、まぁ…飯にありつけているうちはそれで良しとしようか。
一月の終わり頃から、草珊瑚とも呼ばれる千両の赤い実が鳥に啄ばまれはじめた。おそらく後一週間もすると丸裸にされるのではないかと思う。ただし…実が赤くなってからここまではずっと鳥の餌食にならずにいたので、察するに、さして美味しくないんじゃないかと。
鳥の方でも真冬で餌に窮し、仕方がないから啄んでみようかくらいなニュアンスなのだろう。もっともそのお陰で大家の方は正月中めでたい気分でいられたので、上手くできている。
 食べ物の話の次いでに…。
 最近ずっと凝っているのが「豚肉と葱の塩胡椒炒め」。『孤独のグルメ』と言うTV番組の、新丸子の中華屋さんの回で紹介された料理を見様見真似で作ってみたら、これがまた安くて簡単で、あっという間に出来ちゃうし、しかも美味い!文字通り豚肉と長ネギを胡麻油で炒めて塩胡椒を振りかけたただけの物だけど、病み付きになるくらいだから意外と奥は深い。豚肉はバラでもロースでもこま切れ肉でも良いと思う。バラだと多少脂っこいが、これはこれで白いご飯が進むので悪くない。そして出来れば葱はたっぷり使いたい。葱の甘味が決め手になっている。〈注1〉
 最近は仕事の合間に作ることが多く、いつも簡単時短メニュー。忙しい時はこれに限る。特段料理が好きなわけではないが、晩飯くらいは家でゆっくり食べたいものだし、そもそも外食が苦手なのでしょうが無い。
さてさて見出しの「独去独来」は、「独死独生独去独来」(どくしどくしょうどっこどくらい)という釈迦の教え。出典は『大無量寿経(無量寿経)』。意味は読んで字の如く、人間はひとりで生まれて、ひとりで死んでいく。ひとりで来て、ひとりで去ってゆく。
コロナ禍の不安定な時代、ストレスを溜めずに生きていく上で、人との繋がりが大事だと言う人がいる。〈注2〉
 でもお釈迦様はそんな甘っちょろいことは言わないよ。「人在世間愛欲之中、独死独生独去独来 当行至趣苦楽之地、身自当之、無有代者(人は世間の情にとらわれて生活しているが、結局独りで生れて独りで死に、独りで来て独りで去るのである。すなわち、それぞれの行いによって苦しい世界や楽しい世界に生れていく。すべては自分自身がそれにあたるのであって、だれも代わってくれるものはない。)」〈注3〉
 身も蓋もない無いようだが、所詮人生は孤独なひとり旅みたいなものだ。この、いつ終わるともしれないコロナが、改めて我々にこれを突きつけている。
 

2021年2月2日 節分に 齋藤 眞紀

 


注1 『孤独のグルメ』は、原作・久住昌之、作画・谷口ジローの漫画を、松重豊主演でテレビ東京が実写化したもの。シーズン2#1、「神奈川県川崎市新丸子のネギ肉イタメ」(BSテレ東、2020/12/27 18:15 OA)
注2 『どうでもいい話がしたい…「会えない時代」こそ大切なつながりを作る4つの方法』https://www.businessinsider.jp/post-211634
注3 『現代語訳 無量寿経(巻下)』http://labo.wikidharma.org/index.php/現代語_無量寿経_(巻下)

Esta pintura é muito boa, não é?
(エスタ ピントゥーラ エ ムイント ボア、ナオン エ? 良い絵でしょう?)

中区池袋
2021年1月

 
  この原稿はコロナの感染状況悪化で再三手直しを迫られているが、そもそもの楽観的な基調は変えずにいる。ただし…大晦日に東京での新規感染者数が1,000人の壁を越えてからたった一週間で今度は2,447人。既に欧米同様の感染爆発のステージにあるとみて間違いはない。このままだと、今週早々東京だけで5,000人という数字もありえない話ではない。しかしながらそれも物書きの宿命と思い甘んじよう。
 未知のウイルスによる疫病の大流行は山火事と同じだと思っている。山火事はボヤのうちならまだしも一旦燃え広がると、彼方此方から火の手が上がり消すのが容易ではない。消火の手立てといってもせいぜい樹木を帯状に伐採して防火帯を作り自然に鎮火するのを待つぐらい。到底人間の手に負えるものではない。
同様に感染症の歴史を紐解いてみても人間の対策が功を奏した試しがない。SARSもMARSもそうだった。気が付いたら跡形もなく何処かに消え去っている。
 例えば感染症の専門家はすぐに都市封鎖やロックダウンを匂わすが、ヨーロッパ各国でいくら行動規制の強化をしてみても、このCOVID-19の感染拡大の勢いを止めることができないでいる。それは燃え広がった山火事を消せないのと同じ理屈だからだ。程度の差こそあれ東京もそう。だから効かないよ今度は、たぶん…。
 でもさぁ、イギリスでは遂に1日の新規感染者数が6万人を超えたけど、東京で2,500人。全国で8千人。イギリスに較べれば…そんなに慌てる必要があるのかな?
 朝日新聞のアンケートで実に70%近くの人が、コロナに罹った場合、健康よりも家族や職場でどう見られるかの方が心配だと答えていて、要するに、指定感染症1、2類相当というのが問題なので、コロナが問題の核心じゃないんだよ、もう。〈注1〉
 それに、第一波の頃からこの冬の感染拡大は既に予想されていた。しかし、自らの過ちを決して認めようとしないこの国の政府と厚生労働省、自分で責任を取りたくない東京都の体たらくが結局この状況の悪化を招いている。第三波が到来する前に対コロナ用に医療リソースの組み替えをすべきだった。それだけのことだ。
本来なら去年の秋に、生徒を連れてスペインのアンダルシア地方へスケッチ旅行に行く予定だった。そしてぼく自身はツアー最後の宿泊地のアルコス・デ・ラ・フロンテーラでみんなと分かれてポルトガルを1週間ほど回って帰る算段をしていたのだが…。
さてさて今の状況を鑑みると、この旅行がいつ実現できるかはかなり心許無い。〈注2〉
日本でのワクチン接種は、2月下旬から医療従事者へ、おそらく一般に始まるのは3月に入ってからだということで、この遅れが、感染収束のタイミングを欧米各国よりも半年程度遅らせることになるだろうという予測が出ている。〈注3〉
 
 今月の絵は、本牧山頂公園から延びる貝塚通りが、YC&AC通りと名称が変わる辺りの、横浜カントリー&アスレティッククラブのテニスコートやサッカー場(かな?)の前にある、斜面に立つマンションの上の小さな公園からの眺め。気温も午後には10度を少し超えるだろうという予報だし、折りからの日差しに恵まれ、寒い思いをせずに済むのは何よりもありがたい。
 いつもの正月より空が澄んで綺麗な気がする。海の向こうのヴェネチアでは運河の水が綺麗になったというし、横浜から東京湾越しに千葉の海岸線がこれほどくっきり見えることもそう多くはない。
 実は座り込んでしまうと(もっとも道路に座り込む訳にはいかないが…)せっかくの景色が見えなくなってしまう。ちょっと骨が折れるのだが、立ったままで描く苦労を厭わずなんとかこの爽やかな感動を表せないものかと苦心する(Esta pintura é muito boa, não é? 良い絵でしょう?)。
 

2021年1月10日 齋藤 眞紀

 
 


注1 2021年1月10日の朝日新聞朝刊。
注2 国際航空運送協会(IATA)は声明で、「全世界の旅客数が以前の状態に戻るのは、1年遅れて2024年になる見込み」と発表した。
注3 日本がワクチン開発で遅れをとるのは、ファイザー、モデルナ(アメリカ)やアストラゼネカ(イギリス)といったメガファーマーがないのと、感染者(臨床試験をするためのサンプル)の絶対数が足りないからだ。ファイザーとアストラゼネカは日本法人を通して、モデルナのワクチンは武田製薬が供給する。一方、ワクチン接種が他国より遅れる理由は、この緊急事態にもかかわらず日本での治験を義務付けているからだ。まぁ、つまりオリンピックは出来ないということです。