Cobaku of Yamate 254


  横浜・山手にある服飾資料博物館<岩崎ミュージアム>の関連情報を紹介しています。



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2012-05-18

コソダテアートプロジェクト in 山手ゲーテ座 「子そだては爆発だあ」cobaku

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子育てはアートである!!をテーマにした親子で楽しむワークショップです。
音楽家、中ムラサトコがナビゲーターとなり、毎回様々な面白アーティストと共に、新しい視点で子どもたちを見つめ、観察し、子どもの中にある表現、生きているエネルギーの素晴らしさを、音楽やパフォーマンスを通じて発見します。

中ムラサトコ プロフィール

1999年、陶太鼓の製作をきっかけに「叩き歌い」を始める。強烈なボイスパフォーマンスで、大道芸、画家、舞踊家など、ジャンルを問わず、多くのアーティストとのライブを行う。即興的な音楽を使って、美術館などで様々なワークショップを展開。2007年秋、ノルウェーの作曲家グリーグの没後100年を記念して、グリーグの楽曲を使った子どもの為のワークショップを企画、ノルウェー大使館と青山こどもの城にて開催し好評を博す。
近年は足踏みオルガンを使ったライブも展開。「でたらめで誠実で楽しげ」が人生のテーマ。スープのレシピ本付きCD「13のスープのお話」チングルベル出版より絶賛発売中!!

LinkIcon中ムラサトコ公式HP中ムラサトコ公式HP

次のコバクは?! コバクは毎月の第4木曜日ごろ開催です!

2012年5月24日(木)「春にガサゴソ!まぼろしの虫」
ナビゲーター/中ムラサトコ・映像/ドゥイ

光と音の野原で、まぼろしの虫を発見?!?!

料金:各回とも1500円(保護者1名+幼児2名まで)
ご予約・お問い合わせ
岩崎ミュージアム
TEL.045-623-2111

中ムラサトコのコバク日記 <2012>

タイトルをクリックすると中ムラサトコの日記(?)が読めます。

2012年2月 どんどん大きくなるんだね。

あんなに小さかった赤ちゃんが、気がつけば勝手に、どんどん大きくなってる。
こちらは、面倒みさせてもらいたくって必死なのに、いつの間にか一人で出来るようになっちゃって、育ててるつもりが、育ててるような気分にさせてもらって事に、ある日はっきりと気づかされる。
子どもはいつまでも子どもじゃないのねぇ。
わかっちゃいたけど、さみしいわ、母さん。

子どもに甘えられたり、わがままに振り回されたりしてた時間って、なんて素敵な事だったんだろうって今頃気がついても、もう彼女は、すっかり大人。

甘えてもくれませんね。むしろ、少しずつ距離置かれて、老いていく私を冷静な眼差しで見て、あんまり無理とかしないほうがいいよ、なんて労ってもらう始末。
寂しいわぁ、母さん。

コンタクトレンズなんかしちゃって、はっとするくらい可愛い。
こりゃ、あっという間に誰かさんとくっついて新しく自分の家族作っていくんだろうなぁ。

女の子って、なんとも独特な成長の仕方するんだ。
自分もこうだったんだね。あたしの母さん、さみしかったね、あの時。

歴史は繰り返される。

この寂しさは、ありがたい事なのだ。
次につながっていく時の矢印のさきっちょ。
ここまで、私の可愛い子どもでいてくれてありがとう~。

これからは、大人の女性として、また色々な話しを聞かせてほしいな。

今年で16歳。
高校入学おめでとう。

いよいよのびのびと、楽しい大人になって下さい。

あなたは、私にとって、いつもキラキラと眩しくて美しい娘。
最後の眼鏡の写真。
あどけないこの表情は、もう写真だけか。

母さん、うれし寂しいっす。

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2012年1月「お父さんになる方法」

私の子供達はお父さんが二人いる。
15歳の娘と9歳の息子の父親は、あまり忙しく仕事はしなかったけど、もの凄く几帳面で、丁寧に子供を可愛がる人だった。
冬の寒い朝には、前日からストーブの前にきっちりと畳んだ洋服が用意してあって、娘が起きる30分前にストーブがついて、ほかほかになったところで、娘は当たり前に洋服を着ていた。
やり過ぎじゃないの?とよく喧嘩した。
学校の行事にも積極的で、PTA会長を3年間もやって、お母様方から絶大な信頼があった。
今は思春期の娘の言動に悩みながらも、やっぱり几帳面に丁寧に育ててる。
そして自分にそっくりの息子が色々と気になるようだ。

5歳と0歳の息子の父親は、とにかく働く人で ほとんど家にいない。家の事を任せても仕事を優先するから、私からみると中途半端な事が多くて、よく喧嘩する。
不器用で、あまり自分の感情を伝えるのが得意じゃないけど、子供を授かった時、私にありがとう、と言った。
たまに帰ってきて、くたくたな身体でごろんと横になって、子供の匂いを嗅ぎながら添い寝する事がとても幸せそうだ。
そしてやはり、自分にそっくりの息子が気になるみたい。

どちらのお父さんも、少しずつお父さんになっている。
二人とも、最初は家族というそれぞれの理想があったみたいだけど、それはあっという間に打ち砕かれた。
打ち砕かれたところで、自分というものに向き合いながら毎日毎日、父親を取り組んでいる。
子供を育てながら生きるという経験が、もの凄く人生を左右するけど、父親の場合、妊娠したり出産したりする訳じゃないから、子育ての理想と現実を理解するのに時間がかかる。

子供の鳴き声やよだれやウンコなどにまみれながら子供を育てないと、なかなか理解出来ない事も多いと思う。
子供と仲良く関わりたいんだったら、是非、まみれたところで、喧嘩しながら子育てしてみてほしい。
そうすれば、肩書きだけのお父さんにはならないはず。
子育てにまみれた父親は、否応無しに大人にならなければいけないから、気がつけば良い仕事もする人になってる。
男は仕事!という人なら、尚更、子育てしたらいいと思う。
ついでによその子供も育てられるくらいに。
子供好きとか嫌いとか、そんな 枠を超えたところで向き合うって、人間の基本。
そして仕事って、人間の関わり合いだから。

世の中には男と女がいて、それで繋がり続けている。
どんな親でも子供は逞しく大きくなっていく。
けれど、お父さんが好きって思える子供はとても幸せだと思う。

私の父も忙しくて、そんなに家にいる人じゃなかったけど、お母さんに叱られながら、我慢強くおおらかに、仕事と子育てがんばってたなあ。

今は、かっこいいシワが沢山刻まれた爺さんとなって、子供達から尊敬されている。
父さんも、自分がまさかこんな笑顔のじじいになるとは思っていなかったと思う。
もう冗談しか言わないけれど。

母親からは生きる喜びをもらった。
私が父親からもらったものは、優しさと尊敬の気持ちだなと感じる。
だから、ちゃんと自分の仕事できる人間になりたいって、いつも思っているのは、父親のお陰です。

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中ムラサトコのコバク日記 <2011>

タイトルをクリックすると中ムラサトコの日記(?)が読めます。

2011年12月「お兄さんお兄さん」

個人面談に行った。
そして、やはり、がっくり肩をおとして帰る結果となりました。

学校のスピードに私も息子もついて行けず、宿題が大きなストレスになっている。

算数と国語が他の子供に比べて遅れています。
宿題を全然やってきません。
行動範囲が広いようなのですが、ちゃんと保護者として把握して下さい。

この三つを色んな言い方で指摘された。

はいはいと聞いていたが、帰り道の私の心の中の言葉はこうだ。

算数と国語?そりゃ人間、全部完璧な人などおりませんよ。
算数と国語、この二つは大事なのは重々承知してますが、人のスピードに合わせて勉強しなきゃいけない事ですかね?
大事ならそれこそ、麟太郎のスピードに合わせて、教えてもらえ ませんか?
この二つが出来ないやつは駄目みたいな雰囲気どうにかしてもらえませんか!
宿題を全然やってきません?学校終わったら、大好きな友達と遊ぶ事が麟太郎は大事だから宿題やってる暇ないんすよ。家に帰ったら、弟の面倒や家事手伝いで、くたくたで、すぐ寝ちゃうんす。
親の私も友達と沢山遊んだり、家の手伝いや兄弟の面倒をちゃんとみる事の方が大事だと思ってるんもんですから、宿題やっぱ後回しになっちゃうんですよ。
わかる所だけやって、わからないところを、もう一度おしえてくれるんなら、頑張れますけど、宿題全部むりやり答え見てでもやったから、それでクリアみたいなんはどうなんでしょうか?
一番上の娘の時は「ゆとり教育」という名目で、宿題全然ありません でしたよ。
でも彼女は、まあ普通に育ってます。
宿題やれない人は駄目人間になっちゃうんでしょうか?
私もちっとも宿題やりませんでしたが、なんとか楽しくやってます。
学校で教わる事は、学校に行ってる時間の中できっちり出来ませんか?
ゆっくり時間かけて、ちゃんと覚えるまで教えて下さいませんか?
ノルマというもとのストレス。意味なくね?
それと行動範囲が広いのは駄目?私はどんどん世界を広げてる驎太郎が凄いなあと思うんですが。なんかあった時、学校の責任になるのが嫌だからですか?
それなら心配ご無用。責任は私にありますから、学校を問いつめるなんて馬鹿な事はしやしませんよ。
そんな感じに見えますか?
ねえ!どうなんすかっ!!!!

でも、言 わなかった。つか言えなかった。
これを言ったところで、もの凄くもの凄く面倒な事になるのが目に見えた。
乳飲み子を抱っこしながら、仕事の合間をぬって学校に行ってる私には、それを叫ぶ余裕がなかった。

そして、帰り道、暗い顔した私を、なんとなく察した息子は馬鹿みたいな笑い話とかしてご機嫌をとるのだ。
いいやつだな、お前。

とりあえず、今日は宿題がんばろうって事で、私がご飯の用意をしている間、赤ちゃん抱っこしながらプリントにむかっていた。
そこだけ見たら、むちゃくちゃ勉強出来る子に見えるなあ〜〜。

そうよね、社会と折り合いつけてくって事も大事だもんね。
でも、疑問を持つってことも大事だよね。
両方抱えながら、なんとかがんばろ〜ね〜 〜〜〜。

ほそっこいカラダで、弟を抱いてる息子が、なかなか頼もしい男に見えたんだ。


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2011年11月「可愛い孫達へ」

飛騨高山に住んでいる両親から宅配便がきた。

父が趣味でやっている畑で収穫した、とても個性的な形の野菜がいつも届く。

毎回、短い手紙付きでくるのだが、必ず、何かしらの駄洒落がひそんでいる。

夏に届いた「ササゲ」という名の巨大インゲン豆の時は、「ササゲを君に捧げる」と書いてあった。
いつも、玄関で一人、ぷぷっと吹き出している。
そして今回。
可愛い大根ちゃんたちが、足をくねくねさせて出てきた。
しかも名前付きなので、どーしても食べられない。

困る…。

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2011年10月「子供と海」

 産休中に家族旅行を思い立ち、四国は愛媛県松山市に行った。
車で途中途中、友達の家に立ち寄りながら、2カ月の乳飲み子を抱え、今思えばかなり無謀だったかもと思うが、10日間の旅は無事終了した。
車内でずっと授乳しっぱなしだった赤ん坊は日々重さが増し、あきらかに丸々と太った。

旅は沢山の楽しい出来事がありすぎて何したんだか思い出せないくらいなのだが、パッと絵が浮かぶのは、あまりにものどかで美しい海の風景。

私の中には飛騨の山の景色が脈々と連なり、細胞に染み込んだ景色が今の私の大事な要素になっているのを大人になってから気がついた。

どんな山でも海でも街でも、子供時代に毎日眺める景色は、必ずその人の人生に多大な影響を及ぼすと思う。

この海の風景を当たり前に毎日見ながら子供時代を過ごすのは、なんと贅沢なことかとしみじみした。

震災で津波にお父さんもお母さんも家もみんな連れていかれた中学生が、それでも海のある、この場所が好きと言っていたことを思い出す。
福島の海は今も本当に美しい風景なんだろうなぁ。

息子達に、「海、好き?」と聞いたら、「大好き!魚釣りしてぇー。」と言う。

子供が釣ってきた魚を食べてみたいなと、そんな幸せな事してみたいな、なんてキラキラ光る海を眺めながら、深呼吸した。

当たり前ってなんて凄いんだ!
と実感ばかりする今年。また、脳ミソを活性化するべく新しい楽しい当たり前の明日を考える。

本当に清々しい良い旅だった。

しかしながら、尾てい骨がかなり痛い…。
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2011年9月「兄さんになった日」

8月17日、ぱんぱんに張ったお腹から、とうとう新しい人間が登場!

助産院での出産だったので、家族全員と友人、実習生の助産師さん二人と、いつもお世話になっている助産師さん二名、合計10名に見守られながら、まるでライブ会場のような賑わいの中、正確に言えば四つんばえになって唸っている私の股間を10人が見つめる中、ちゅるりんと彼が出て来た訳です。

14歳の長女はお産を見るのが2回目で、慣れた手つきで、私をさすってくれました。
8歳の息子も2回目だけど、前回はまだ小さかったので、あまり記憶にないのが残念だったようで、今回は是非とも自分がヘソの緒を切りたいと張り切っていました。
一番心配だったのは、4歳の 息子。
けっこうなかなかの光景なので、どんな反応をするのか、内心やや心配でした。

そして、その時がやってきました。

私はお産の痛みを毎回忘れてしまうので、きりきりときしむ腰の痛みに耐えながら、うわ~~~~、なんでこんなに痛いのを忘れてしまうんだ!私の馬鹿馬鹿ばかっ~!!!しまった~~~~~っと思いながら、最後一番の張り裂けそうな一踏ん張りをしました。
パチンと音がして、破水。水が流れて一気に痛みが増し、頭がにゅ~~~っと出て来る感じがして、さあ後一息ってとこで、周囲で、「ほらっ、出て来た出て来た!!」「うわ~~すげええ、ほんとだあ~~。うひゃひゃひゃ。」と楽しげな笑い声。
こちらは死ぬ思いで す。
「はい、サトコ。すこしだけ力んで!」との合図と共に、
うんっとこしょっ!つるりん!!!!おぎゃ~~~~~!!!!
「わあ~~~~~~!!!」と皆の歓声。

そして、さっきまであんなに苦しかった痛みはどこかに飛んでいってしまいました。

ちっちゃくて生暖かい赤ん坊をお腹の上にのせてもらうと、助産師さんが、「さあ、麟太郎(8歳の息子)、ヘソの緒の血が止まったら、ハサミで切って!」と言われ、麟太郎がはりきってハサミを持とうとした、その時…。
鼻から一筋の血が。
「わー、鼻血、鼻血!!」とあわててティッシュで鼻をおさえながら、渡されたハサミで懸命に息子はヘソの緒を切ろうとしています。「 かてえ、ちっとも切れね~。」とかなんとか言いながら、ようやく切断。そして、鼻血兄さんは満足げな笑顔。

しばらくして、お風呂で奇麗にしてもらっておくるみに包まれたほかほかの赤ん坊を、子供達は覗き込みながら、みんなニコニコしています。
特に、4歳の息子は、とても赤ちゃんを優しく優しくなでながら「動いてるよ!指が動いてる!!小指がたってる!!!」と大興奮。
自然に産まれてくる様子を受け入れたようで、普通に楽しんでいるようなので、ほっとしました。
というのも、4歳の息子は言葉も遅く、不器用で繊細で、彼の事を理解するのがとても大変でした。
彼も、なかなか自分をわかってもらえない事でしょっちゅう癇癪をおこし、乱暴 になったり奇声を発したりと、なかなかのもんです。
おまけに、身体はとても健康なので、いつもエネルギーにあふれていて、保育園でくたくたになるまで遊んでちょうどいいくらいなので、私はよく、彼に負けていました。
療育センターに通う事を進められ、そこで専門の先生に診察してもらった時、赤ちゃんが産まれるところを立ち会わせたいと言ったら、かなりショックを受けるかもしれないから止めた方がいいと言われていました。
でも、なんだか本当にそうなのか納得がゆかず、どこか優樹(4歳息子)は、見た方がすんなり受け入れるような気がしていて、今回のお産に立ち会わせたのでした。
赤ちゃんがえりの事も心配していましたが、生まれてきたらびっくり。

赤ちゃんがえりどころか、オムツを手伝ってくれたり、朝から晩まで赤ちゃんをなでなでして、なかなか上手く出来ない抱っこも辛抱強くやり、そして、絶対に一人では寝られなかったのに、今では、自ら「おやすみ~、ママちゃん、赤ちゃんおやすみ~。」といって布団に入る始末!!!!

私の方が拍子抜けです。

子供って、こうやって勝手に大人になっていくのですね~と改めて。
嬉しさ半分、ちょっと切ないのでした。
新しく産まれた赤ん坊の名前は長女の茶胡(15歳娘)が命名。
風甫(ふーすけ)と名付けられました。

さっそく皆からプースケちゃんと呼ばれる毎日。
さあ、毎日いじくり回 されて育つ彼は一体どんな人になるのかな?

それぞれの大人になってゆく様子は、どんな素晴らしい映画より感動的で当たり前で、それを毎日ただで見る事が出来る私は幸せ者だなあと思うのです。

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2011年8月「僕のおじさん」

 僕はもうすぐ産まれるんですが、お母さんは僕に早く早く出て来いと、毎日スクワットなどやってます。
暑くてやってられないそーです。
かなり重くてしんどいみたいです。
が、僕はまだまだ出るつもりはないんだけど。
お腹の中で、お母さんが色々な人と話したり、歌ったりしてるの聞いてるの、とても楽しいです。腹の横で太鼓叩くのは、勘弁してもらいたいですが。

お母さんには、8月産まれの友達が沢山いるみたいで、みんなが口々に、自分とおんなじ誕生日に産んでね。と言います。僕のおじさんも、おばさんも8月産まれだし、ゲーテ座の小池さんも8月産まれだそうです。
お母さんは、8月産まれの人は、おかしな人が多いと言ってます。

僕のおじさんも歌を唄う人みたいですが、どうやら、このおじさんの誕生日あたりに産まれそうな予感します。
満月近いし。

唯一、お母さんは、このおじさんと一緒の誕生日はヤバいね、と言ってます。

隔世遺伝というのがあるらしく、このおじさんに僕が似るんじゃないかと思っているみたい。

おじさんは産まれる時、オデコから出てきて、かなり大変だったようです。
僕は、おじさんの真似はしないよーにしたいと思ってます。
なるべく、つるっと行けるよーに頑張ります。

もうすぐ皆さんにお会い出来そうです。

そちらの世界は居心地良いですか?
何やら楽しそうではありますが。

僕、色々な人に会えるの楽しみです。

産まれたら、お母さんにあちこち連れて行ってもらう予定なので、どーぞよろしくっす。

皆さんと元気でお会い出来るよーに、ご自愛下さいね。

では、近々!
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2011年7月「宇宙の方程式」

この間、京都大学でライブをやった時、主催者の物理学教授から宇宙の方程式を習った。
アインシュタインが見つけた方程式だそうな。

人は素晴らしい探求心と想像力でつながってきた。
だからこその大きな生きる喜びがある反面、物凄い過ちも犯す。
この頃、原発や放射能汚染についての政治家や自分たちの利益ばかり考えている人間の言葉に出会うたび、ヘドが出そうなほど嫌になる。
人間って愚かで馬鹿者だ。そして、私も同じ大人の人間で、何にも出来ない同じ生き物だということを思い知らされる。
他人をあげつらったところで、お前は何が出来ると言われたら、ただおろおろするしかない愚か者だ。

こんな時、人間なんてだいっきらいだーって叫びたくなる。

そんな私のお腹の中で、新しい人間がぐにぐにと動く。
こんな愚か者の私の中で安心しきって大きくなっている。
産まれるのを楽しみに待っているようにも思う。
先の見えないこれからに向かって、あの宇宙の方程式の一つの数字が動き出している。

まだまだ、想像もつかないような新しい方程式が見つかるかもしれない。
この世は、良いも悪いもなく、全ては自然の成せる業なのだ。人間にとって不都合なだけ。
それを忘れないように謙虚で素晴らしい命がどんどん増えればいいな。
こんな時代に産んでしまって本当に申し訳ないけれど、この時代をテーマにした、あなたに期待してます。
私に何が出来るかわからないけど、あなたが楽しく生きていけるように、一緒に頑張るよ!

どうぞ、ヨロシクなう。
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2011年5月中旬「ぐるぐる」

8年前から、乳幼児の人の為の芝居「ぐるぐる」というのを全国で上演している。
CAN青芸という劇団に所属している俳優、あさのかさねによる脚本、演出で、これがまた素晴らしい観察力の中で産まれた珍しい作品だ。
日本で初めて、2、3歳児の為に作られた作品で、日本語という言葉を使って会話する生活以前の感覚的な毎日を繊細に大胆に表現して、子供たちを釘付けにする。
一緒に見ている保護者も大笑いしながら見ている。
円形に組まれたステージを、私と、あさのかさねがぐるぐる回りながら芝居するのだが、客席は、お互いの顔も見られるので、表情豊かな子供たちの反応も一緒に楽しめる仕組みになっている。

あさのかさねは、この芝居を作る為に、10年も構想を重ねてきた。
日本では珍しいけど、ヨーロッパでは、0歳児や1歳児の為の専門の劇団があり、優秀な美術家や演出家、役者が素晴らしいレベルの作品を沢山産み出している。

こんな話しを聞くと、本当の贅沢な生き方って何だろうなぁと染々してしまう。

彼女に誘われて8年間、嘘やごまかしの効かない子供たちの前で、自分をさらしてきた訳だけど、この作品を通じて、私は表現者としての、核を授かった。

これは本当にラッキーな事で、何億円もの宝くじに当たるより凄い宝だと思う。

この宝をどう生かせるか、今後の私の責任は大きい。
ゲーテ座でのコバクワークショップは、この芝居の経験を生かして、一人でも多くの小さな子供たちに、当たり前の贅沢を、とびきり楽しい時間を過ごしてもらう為、毎回、感覚的に優れた大人をかき集めて、真剣な遊びをやっている。
ゲーテ座という恵まれた環境の中で、温かい目で気長に見守る大人たちに囲まれて思いのままに遊ぶ。
こんな経験を過ごした子供たちが、大きくなった時、なんだか楽しかった子供時代に支えられて大人になっても楽しく生きてゆけるように、という願いだけで突き動かされた面白い大人たちが、ささやかな積み重ねの素晴らしい時間を作る仕事だ。
物凄く地味な作業だけど、大きな仕事だと思う。
劇団の稽古場で、ぐるぐるの舞台に使うパネルの絵を塗り替えをして、腰の痛みに耐えながら、金にならない偉大な仕事にめぐりあえて、幸せな人生だと、ぐっと腰を伸ばした。

私が出会った温かい大人たちは、みんな、どんな贅沢な子供時代だったのかな?
楽しい話しが沢山聞けそうだ。
毎日の楽しみに、話題はつきぬ。

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2011年4月中旬「生まれるということ」

一人目の娘は、嵐の中で静かに産まれてきた。
信頼している助産師さんと低気圧の力を借りて、自宅でゆっくりと産まれた。
あまりにも当たり前のように目の前に現れたので命があることに何の疑問も持たなかった。
ただ嬉しかった。
二人目の息子は、胎児の心音を聞いた助産師さんが心臓に異常を見つけ、一緒に大きな病院について来てくれた。
重度の心臓障害である事が解り、真っ赤に目を張らしながら、「サトコ、生きる子は生きるし、死ぬ子は死ぬ。それはみんな同じだから、気持ちをしっかり持ちなさいね。」と言ってくれた。
産まれてすぐに大きな手術をし、身体にペースメーカーを入れた彼は、現在8歳になり、毎日DSばかりやって、早く宿題やれ!と怒られてばかりいる。
三人目の息子は、不思議な陣痛と一緒に産まれてきた。
緩やかな痛みが三日間続き、海でシコを踏んだり歩き回ったりしたが、なかなか出てこず、三日間の真夜中、激しい痛みと共に一気に出てきた。
首にヘソの緒が4重に巻いている。それを見た助産師さんは「凄いねー!お母さんの陣痛を支配して、緩い陣痛で完全に身体が開くまで待って、なるべく苦しくないように一気に産まれてきたんだねー。」と言った。

三人の子供たちを通じて、産まれてくるというのは、色々な状況とタイミングが上手く重なって、凄い奇跡の中で、この世に出てくるのだと知った。

4人目がお腹の中にいる今、この子ほど、地震や放射能という不安な環境の中で、周囲のみんなが温かく見守ってくれている妊娠もない。
皆が無事に産まれてくる事を楽しみに待っている。
これからの事なんて解らないけど、いつも生きる事と死ぬ事が隣合わせである事を、子供たちから染々、教わる。

色々な痛みを感じて、世の中の事がもっとわかる人間になりたいなぁ。
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2011年4月「時は移れど」

地震の次の日、静岡県浜松市でのライブだった。
あまりにも大きな震災で交通機関は麻痺状態の中、かろうじて動いていた新幹線の切符を手に入れる為に、朝早くから長蛇の列に並ぶ。
普段は車で移動するため、新幹線でライブ会場に向かうというのは、初めての経験だった。
昨日まで、あの揺れを目の当たりにして、一瞬、死ぬかもと感じた恐怖心と、その後の恐ろしい津波の映像の数々が、まるで嘘のように、今朝は暖かい日差しに溢れている。
あんなに何時間も並んで買った新幹線の座席は、一時間と20分程度で、あっという間に私を浜松市に運んだ。
そして、さほど揺れなかったという浜松は、あまりに普段通りで、皆、のんびりしていた。
ほんの一時間ちょい移動しただけで、この温度差は一体何だろう?
しかし、木曜日までの私は、こうだったなぁ。と思う。
そして、阪神大震災の時の自分を思い出す。
あの時の自分にそっくりだ。

ライブ会場は満杯で、皆、楽しい時間が始まるのを今か今かと待っていた。
私はいつも通り、精一杯歌い、共演者は、喋り、踊り、笑った。
無事、ライブは終了し、お客さんは皆、幸せそうな顔で帰って行く。
その中の一人、明日が予定日という妊婦さんが、「テレビを見ていたら、辛くて暗い気持ちになってしまって…。まだ、産まれそうにないから、見にきて本当に良かった!頑張って産みまーす。」と言ってくれた。
私の方こそ、なんだか救われたような気持ちになって、とても嬉しかった。
ホテルに帰ると、足はパンパンに浮腫んでいる。緊張がどっと解れて、疲れが押し寄せ、着替えもせず顔も洗わないまま眠ってしまった。

次の日も快晴。
帰り道の新幹線の切符はあっという間に買えた。
途中、新幹線の窓から素晴らしい富士山が現れた。

あの山も、昔、昔に地球が震えて出来たのだなぁ。
全ては地球の上の小さな出来事だけど、当たり前のように思える毎日は、もの凄い奇跡的な積み重ねによって、今のこの時なんだなぁとリアルに感じる。

いつもと違う富士山の風景にしみじみしながら、もうすぐやってくる春が待ち遠しい。

早く暖かくなりますようにと、こんなに願った事は初めてかもしれない。
新しい命が芽吹く春は、もうそこまで来ている。
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2011年3月「子育てしながら、好きに生きる」

歌をうたうなどという商売をしていると、本当に好きなように生きている人たちに出会う。

まあ、色々な生き方はあるけれど、特に私の回りには、好きに生きているというより、好き勝手に生きている人たちが多い。
常に社会に向かって、様々なやり方でアンチテーゼを意識的か無意識かわかんないけど唱えながら、気骨に生きている。

個性的で面白い人たちだ。
だから、特別な生き方をしているように見える。
私は、そんな人たちに憧れていたが、子供を産んで、髪を振り乱しながら毎日の生活に追われたりして色々な事が全く自由には出来なくなり、社会というものに子供を通じて混じったりしているうちに、自分なりの好きなように生きる、を編み出してきた。

ステージに上がるギリギリまで子供のウンコやシッコの世話をし、食べ物の事ばかり考え、わずかな時間で見に来て下さるお客さんに喜んでもらえるようなパフォーマンスを考える。
瞬発力が凄く鍛えられた。

本当はもっと優雅に繊細にといきたいところだが、それを作りこむには時間がいるのだ。
ただ、自分の為だけにゆっくりするようなぼんやりとした贅沢な時間。

だから、自分では中々作り出せないぶん、一緒に演奏したりパフォーマンスしたりする人たちから優雅で美しい音色を貰って自分の中に取り込もうとしたりしている。

これは目には見えぬ努力なのだ。
生活感たっぷりの中で作品を作りだそうとしている私にはとても必要な作業で、何にこだわって生きていくか?の道しるべになっていた。

ある日、おや?と思う女性に出会った。
優雅で美しい踊りを踊る素晴らしいダンサーなのであるが、それだけではなく、何か剥き出しで物凄く瞬発力があって、人を楽しませる気骨がピカイチ!

この感じ…。

非常にある種の生活の匂いがする。
ただ、好きなように生きてきただけでないたくましい感じ…。
そう、私が必死にやろうとしてきた感じ…。

踊り終わった彼女に並々ならぬ親密なものを感じて話しかけた。

すると、子供が三人いるという。
それも、小学校低学年のわんぱく男子の双子と年長さんの女の子。
一番手がかかるお年頃の子供たち。

あははは、いた!
子供抱えてギリギリで好きなように生きてきた人。
それも、素晴らしいダンサー。
私と同じなどというにはおこがましいが、おんなじ匂いがする人。

瞬発力がすごいから、色々な事に軽やかだ。

わー、この人と仕事してみたいなーって思って作ったのが、魔女のパフォーマンス、ぺぺとロロのペペロンサーカスなのでありました。

子供から大人まで、誰でも共感出来るもので、なおかつ美しく楽しいパフォーマンス。

お互い、良い刺激をもらいながら、髪振り乱しながら、一緒に作っていける幸せ。
彼女から、いつも元気と勇気と子宮が真っ直ぐになるようなぴっとした美しい生きる姿勢を貰っている。
本当の優雅や繊細さは、いよいよギリギリの時間の日々の中から、少しづつ時間をかけて編み出される、たくましいものなのだ。

出会うたびにそう、思う人。
その名は、タカダアキコ。
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2011年もうすぐ2月「こんなベランダ」

二階に上がると、こんなベランダがある家に住んだなら、きっと、素晴らしい寅さんが育つに違いない。
ちびっこ寅さんは、ここからいつも空を眺めて、見たことのない場所を妄想しながら、幸せな幼少期を過ごすのだ。
母ちゃんに怒られたら、この屋根瓦の上に登り、一人拗ねてみる。
すると、隣のおばちゃんが、あら、寅ちゃん、また怒らたのかい?
そんなとこにいたら風邪ひくよ!
早くお母さんにあやまって晩御飯お食べよ!
と言うんだなぁこれが。
今の時代、中々、寅さんが育たないのは、こんなベランダ(本当の呼び名は物干し場)がないからだなぁと思う。
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20011年1月「目からくる性格」

大変面白い検眼士さんのところへ行った。

彼は日本でも二人しかいない特別な検眼をする人で、尚且つ、メガネ作りの職人でもある。
たまたま知り合いについて行ったのが縁だった。
友達がメガネ作りの相談をしている時、最近の話になり、なんとなく自分の症状を話たら、検眼して下さる事になった。

彼いわく、「目の事を日本ではあまりにも簡単に扱いすぎているよ。目が原因の病気は多いんだよ。特にこの時代、もっと目の事をちゃんと知っている医者がいたら随分変わると思うよ。」
だそうな。

私の目はどんなんだろうか?
「中ムラさんの目は非常に健康な目をしているよ。でもね、目の性格的にはあんまりピントを合わせたくない感じの怠け者の目だねー。そして、遠視だから大自然の中で生きてる分には何の問題もないけどこの日本じゃ、非常に疲れる目だよ。遠視は脳の中枢神経と深い関係があるからね。中ムラさん特に左側に肩凝りとか腰の痛みとかない?朝が凄く憂鬱なのも、脳の中枢神経からくるものだよ。でも、まだメガネが必要な目じゃないね、これから50代になるまでに、どんどん視力が変動するから、自分に合った眼鏡が必要になるまで、今の目を健康に保つための眼鏡を貸してあげるよ。薬だと思って、家の中や細かい作業をするときに使ったらいいよ。そして、たまーに検眼にいらっしゃい。」と言って、不思議な眼鏡を貸してくれた。
この眼鏡をすると、遠くのものが全てボヤけて近くのものが良く見える。これで、私も、もう少しこの日本で生きやすくなるだろうか。

身体の特徴を良く知る事で生きやすくなるというのは本当かもしれない。
心も身体。

年をとって、身体のあちこちに不具合が出始めたり、人間関係で脳が疲れた時ほど、自分を知る良いチャンスかも知れぬ。
本当の健康って何だろう?
ウムム。

因みに、その目の人は、あのコンタクトレンズを発明した人です。
3時間あまりも検眼して下さった上に、眼鏡も貸してくれたのに、御代はいらないと言う。
本当に眼鏡を作る時になったら頂くからね。とニコニコしながら見送ってくれた。

私が眼鏡を作るのは何年後だろうか?

100歳まで生きて下さい。
お願いします。
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中ムラサトコのコバク日記<2010>

タイトルをクリックすると中ムラサトコの日記(?)が読めます。

2010のしめくくり 「1×4」

今年もようやく歌い納めをした。
年末は怒涛のイベント続きで、子ども達をあっちこっち連れ回っての日々だった。
せっかく綺麗に着飾って、さて歌に集中~!と思えば、ステージ脇から「おかぁーさん、うんこー!」
もう、私はウンコじゃねーと呟きながら苦笑いするしかないのであった。
子ども達にしてみりゃ、大人の都合に振り回されて大変だろうが、これで毎日ご飯食べてんだ!ガンバレガンバレと叱咤激励するしかないのだ。

生活感を見せない歌い手に憧れるけど、どーやっても無理な私。
だから、ありのまんまの私が、色々な人の人生の話を歌にして、皆さんに聴いてもらえるように、自分なりに純度の高い、高性能フィルターのような存在になりたいと思っている。
子ども達の存在は、まったく思い通りにはいかない日々の中で、それでも楽しく生きていく力の素、自分への糧だ。
そして、苦しいとか悲しいとか情けないとか、そんな気持ちを実にしんみり味わって、いろんな人の気持ちが解るようになるための教科書だ。

そんな子ども達が、どうやらまた一人…。
来年の夏頃、増えるらしい。
また、人生勉強っすね!あざーっす!

あたし、頑張りまーす!
皆様、良いお年を。

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2010.12 「出来る子出来ない子」

息子の個人面談に行った。本当は行きたくない。個人面談拒否したい。
なぜなら、自分の子どもの駄目なところを聞きたくないからである。
指摘される事は全て、私の駄目なところを言われると感じる。
私は褒められて伸びるタイプなのだ。
だから、先生、一つくらい良いとこ言って下さいよ~!
と、心の中で叫びながらも、まるで他人事のように、そうですねー、忘れ物多いですよねー、とか言って頷いてせめてアホな親だとは思われないよーに取り繕ったりする。
そのくせ、面談が終わると、先生は息子の事をわかってないなー、漢字が苦手?そんな事より凄く弟に優しいんだよ!
そーゆーとこ、ちゃんと見て欲しいなぁー。
忘れ物多い?わかってるけど、私もそうだったけど今は何とかなってるよ!えっ?先生よー。人間ってのは学校の枠の中だけで判断される事が全てじゃないんだよー!
と、やっぱり心の中で呟いている。

そーやって、自分が大した親じゃない事を突き付けられながら子育てしている。

この間、一番下の妹の家に兄弟全員が集まった。私はあぐらをかき、一番上のネーチャンに戻り、妹や弟達に人生の口上をたれていた。
ふと、横を見ると、一番下の妹の子ども達と私の子ども達、そして33歳の弟が混じって実に馬鹿馬鹿しい会話(もうすぐ4歳の息子なんか今だにうまく日本語も話せないのに、滅茶苦茶語で話してる気になってるよ…。)をしながら、鼻くそとかほじってる。

そうなんですよ。
我が家の血筋はこの程度なんです。
むしろ、バカなんです。だからこそ、歌ったり踊ったりを真面目に商売にしようとして、今だに懐寂しい毎日なんです。

ただし、みんな仲良く元気。
生きる事が楽しくてしょーがありません。


ただ、それだけですよ。理由はなし。
アホ4人兄弟が集まって楽しいバカ話して酒飲んでるだけ。そこだけが取り柄ですから。この血筋で生きていくしかない私達の子ども達。
頑張って下さいね。
かなり大雑把だけどさ。何とかなると思うよ、多分。うん。
いつまでも仲良く元気でね。
アホは君1人じゃない!

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2010.10 「酔いしれタヌキとふる里」

By Satoko Nakamura

生まれ故郷の飛騨高山に帰った。
秋が終りに近づき、紅葉が最後の一息といったように真っ赤な顔で色付いている。

今宵は馴染みの絵本屋、ピースランドで歌う。

私のボキャブラリーは、高山の景色と、祖母と映画と、この本屋で学んだ。店主の中神さんは、大好きな絵本や本、音楽、酒を与えてくれた。生まれてから22歳までの間、このたった数年間で素晴らしき楽しい世界を教えてくれた大人の一人。
中神さんは私より20歳年上だけど、いつもおんなじ目線で話をする人だった。
酔っぱらって、タカダワタルを歌っていた。
そんな中神さんをはじめ、私はその後も、素晴らしい大人に会い、生きれば生きるほど、楽しいなと今、思う。

私は今、小さな子供達に、おんなじ目線で話が出来る大人になれているだろうか?
いつも、そんな気持ちでワークショップをやってきた。とても密やかで当たり前で、そして、出来るだけ面白い大人達に出逢ってもらって、あー早く大人になりたいな!って、面白い生き方って、何かなって思ってもらいたい。
そんな気持ちがいつもあって、コバクをやっている。

貰ったものは誰かに返す。

今年で丸3年。
最高の場所で贅沢な時間を提供してくれる、ゲーテ座、そして、子供達に同じ思いで付き合ってくれた面白い大人達、子供の為に足を運んでくれたお母さん、お父さん、楽しんでくれた子供の皆さん。
ありがとうございました。
結局、私が一番楽しかった。

来年もよろしく!

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今までの(主な)コバク

2012年1月26日(木)

オトのサンポ

satoko.png中ムラサトコ
雪の降らない横浜で、音と紙を使って盛大な雪遊び!!カラダもほかほか暖まる!

2011年7月26日(火)

夏はふふふふ ジャージャー面づくり!

jaaja02.jpgJaaja
音楽や詩の分野で活動する長谷川雄一とイラストレーター野端久美之による物作りユニット。名古屋・覚王山でカフェJaaja を経営しながら、絵や音楽、手作り雑貨
制作などで個展、演奏会を全国で行っている。バンドは、雑貨作家でもあるポコシュカ(アコーディオン)、dogo(トランペット)が主要メンバーとして参加。手作りのかぶりものや衣装を身につけて、どこかの国の民謡の様な、ガチャガチャガラクタみたいな賑やかで記憶をくすぐる演奏をしています。2009 年には半年間ヨーロッパ15 ヶ国をヒッチハイクで旅行し、各地のカフェやライブハウス、路上やお祭りなどで演奏し、活動範囲を拡大中。

2011年5月31日(火)

ほぐす・つながる・からだであそぶ!!

hideo.jpg新井英夫
体奏家・ダンスアーティスト。野外劇などの演劇活動を経てダンスへ。
からだをほぐし余計な力を抜くユニークな体操「野口体操」を創始者野口三千三に学び深い影響を受ける。国内外での公演活動と併行して、幼児から高齢者まで、また障碍のある方へ向けて「からだのワークショップ」を各地で実践している。

2011年1月25日(火)

ふゆの空にはなにがある?
〜ひかりとかげであそぼ!〜

doui.JPG「ドウイ」
小野亜斗子と轟岳によるユニット。
2006年12月より、横浜・石川町の老舗クリーニング店を改装した「ドウイの実験室」にて、こども造形教室をスタート。
参加者が個々の閃きを楽しむ「クリエイティブな遊び」を日々研究。
様々な空間で行う造形ワークショップや、つくって食べられるワークショップなどをとおして、創作行為をより身近でより深いコミュニケーションの手段とすべく活動中。

2010年9月29日(水)

中ムラサトコ+タカダアキコの親子で楽しむコンサート
おかしな魔女がやってきた?ぺぺロロのペペロンサーカス!!

IMG_1134.JPGタカダアキコ
95年より、ベリーダンスを始める。10年間ベリーダンスカンパニーに所属。ダンサー、講師、振り付け師、舞台演出、衣装等々の研鑽を積む。05年、第三子出産を機に独立。「体から音楽が聞こえるパフォーマー」を目指し、様々なミュージシャンとともに活動している

2010年7月21日(水)

うみの中にはなにがある? 〜ひかり と かげ であそぼ!〜

doui.JPG「ドウイ」
小野亜斗子と轟岳によるユニット。
2006年12月より、横浜・石川町の老舗クリーニング店を改装した「ドウイの実験室」にて、こども造形教室をスタート。
参加者が個々の閃きを楽しむ「クリエイティブな遊び」を日々研究。
様々な空間で行う造形ワークショップや、つくって食べられるワークショップなどをとおして、創作行為をより身近でより深いコミュニケーションの手段とすべく活動中。

2010年5月18日(火)

おいしいものさがしの旅!

mejunyoyo.jpgメフンヘ(from アルゼンチン)
メルセデス・ヴィラルバとジュリアン・ガットの2人によるコラボレーティブ・リサーチ・プロジェクト。ドローイング、ガーデニング、日曜大工、詩の制作、散歩や他人の家ののぞき見などなど、彼らは興味や活動目的が共通していることから、分け隔てのない「知識の集合体」の呼び名<メフンヘ>として活動している。

2010年3月24日(水)

オトのサンポ

satoko.png中ムラサトコ(ボイス・パフォーマー)
不思議音楽と大きな紙を使ったワークショップです。
空想のサンポ道を歩いて、紙で出来たとびきりの公園に遊びに行こう!!

2010年1月26日(火)

カラダは遊園地!!

akikotakada.jpgタカダアキコ
95年より、ベリーダンスを始める。10年間ベリーダンスカンパニーに所属。ダンサー、講師、振り付け師、舞台演出、衣装等々の研鑽を積む。05年、第三子出産を機に独立。「体から音楽が聞こえるパフォーマー」を目指し、様々なミュージシャンとともに活動している。