Yamate254

横浜・山手にある服飾資料博物館<岩崎ミュージアム>スタッフによる情報告知用HPです。

プロフィール

1964年 川崎市に生まれる。1990年 和光大学人文学部芸術学科卒業。現在、横浜市鶴見区在住。スケッチ40%を主催。舞台美術の制作を皮切りに、抽象具象、平面立体を問わずジャンルをクロスオーバーしながら制作活動を行っている。…その為、「専門は?」と問われるのが一番の弱み。近年はこの岩崎ミュージアムをはじめ、川崎市市民ミュージアム、郡山市立美術館、いわき市立美術館などでワークショップの講師を数多くつとめるほか、横浜市教育文化プログラムの一環で、小学校への出前造形教室を行い、美術の楽しさを広める活動にも力を入れている。

COLUMN 2019

Nada de novo、portanto.〈注1〉

石川町2丁目

2019年1月

 
新しい年を迎えたが、普段と何も変わりがない。日の出前に起き出し、夢見ヶ崎の神社へ妻と歩いて初詣に行き、家に帰り雑煮を食べてしまうと、あちらは年賀状書きで忙しそうだが、こちらはやる事がなく手持ち無沙汰。結局アトリエで元旦から仕事をしている。
スケッチに出たのは正月2日の日。箱根を走る選手たちが高島町のガードをくぐり国道1号線を保土ヶ谷へ向かおうとしているちょうどその頃、ぼくを乗せた京浜東北線も横浜駅に着いた。
今年は5連覇を狙った青山学院が4区で遅れをとり、総合優勝を逃す波乱があった。原監督のレース後のコメントが振るっていて「進化を止めると退化する」のだそうだ。
確かに現状維持で良いと思うとついつい甘えが出るものだ。それは駅伝に限ったことでは無い気がする。
出掛ける前、何気無く回したチャンネル〈注2〉で、果たしてAIがコメディーを演じる事が出来るかどうかの議論になっていて、喧々諤々、AIには自分(人間のコメディアン)みたいに場の雰囲気を読み当意即妙な駆け引きなど出来ないだろう、いや出来るはず…。
残念ながら現状ではどちらもまだ「…だろう」の域を出ない話。ぼくが思うにこの議論の核心は、「肯定派も否定派も、AIに自分の仕事が取って代わられる恐れを根っこに持っているようだね」という司会進行役の教授のコメントだったのではないかと。
絵の世界では、昨秋AIが描いた《エドモンド・ベラミーの肖像》がオークションで落札され話題になったし、またレンブラントの新作なるものを既に描いていたり(作成したり?)もしていて、笑い話のようだが、いまはAI自体でさえ人間が描いたのかAIが描いたものなのかの見分けが付かないレベルにあるらしい。こちらは一歩進んで仮定の話ではなくなっている。〈注3、4〉
シンギュラリティ(Technological Singularity)という考え方がある。日本語にすると技術的特異点という。レイ・カーツワイルという人が2005年に書いた本がきっかけで世間に広まった。掻い摘んで言えば2045年ごろ「機械(人工知能)が人間を凌駕する」だろうということ(で良いだろうか)。〈注5〉
ただ、ロボット研究者達の中には、そんなのはナンセンスだと言う人もいて、実際のところどうなるかはまだ良く分からない。
 
石川町の駅から大丸谷坂を上ったところにあるイタリア山庭園の裏門は硬く閉ざされていた。時計を見るともうとっくに開園の時間が過ぎているというのに。…。そうか!今日は正月の2日だった。こちらは元旦から仕事をしていたので、つい世の中が正月休みだということを忘れていた…訳でも無いと思うが、ちょっと残念。
仕方なく公園脇の階段から表へ回り、しばらくうろうろして見つけたポイントがここ。いまは山手から富士山が綺麗に見える場所がめっきりと少なくなってしまい貴重だ。
ぼくら(人間)の目は、遠くにあるものでも印象が強ければ割と大きく感じるもの。だからといって正直にそう描いてしまうと遠近感が出ずに雰囲気を損ねることになりかねない。この場合も路地と富士山をどれくらいの割合でスケッチブックに描き込めば良いかがやはり難しかった。
苦労しつつも大体の構図を掴みペンで描き始めたころ、多分この辺りに住んでいるのだろう白人の4人家族が坂を上ってきて、小学1、2年生くらいの男の子が「ねえお母さん、こんなところで絵を描いているよ」と母親に言いながら、ぼくが眺めている方へと視線を走らせた途端、雪をかぶった真っ白い富士山に気が付き「wow」と歓声を上げた。それに釣られて今度は家族みんなが足を止めてどれどれと。内心…この近所の住人でさえ気がつかなかった景色を目敏く見つけたのだと思うと鼻が高かった。
彼らが富士山に魅入っていたのは、時間にしたらほんの数秒か数十秒のことだし、大してこちらの邪魔になった訳でもないのにすれ違いざまに「Sorry.」と声をかけてくれて、かえってこちらが恐縮する。
そのすぐ後、今度はおばあさんがひとりで寒そうに背中を丸めて坂を上ってきた。顔を上げて目礼すると、なんとご丁寧に「明けましておめでとうございます」と挨拶を返してくれる。
長年山手でスケッチをしているが、見ず知らずの人から明けましておめでとうございますと言われたのは多分初めてだろう。
ほんの些細なことかもしれないが、こんなエピソードと巡り合えるから、スケッチがやめられないのかもしれない。
                             2019年1月8日 齋藤 眞紀
 


注1 ナーダ・ド・ノーヴォ、ポルタント。「だから、何も変わらない。」
注2 『マイケル・サンデルの白熱教室』
注3 2018年10月、クリスティーズで4800万円超で落札された。
注4 レンブラントの新作は2016年の春、オランダ。こちらは3Dプリンターによるもの。
注5 Raymond Kurzweil 『The Singularity Is Near・When Human Transcend Biology』
翻訳は、『ポスト・ヒューマンの誕生 コンピュータが人類の知性を越えるとき』(NHK出版)