Yamate254

横浜・山手にある服飾資料博物館<岩崎ミュージアム>スタッフによる情報告知用HPです。

プロフィール

1964年 川崎市に生まれる。1990年 和光大学人文学部芸術学科卒業。現在、横浜市鶴見区在住。スケッチ40%を主催。舞台美術の制作を皮切りに、抽象具象、平面立体を問わずジャンルをクロスオーバーしながら制作活動を行っている。…その為、「専門は?」と問われるのが一番の弱み。近年はこの岩崎ミュージアムをはじめ、川崎市市民ミュージアム、郡山市立美術館、いわき市立美術館などでワークショップの講師を数多くつとめるほか、横浜市教育文化プログラムの一環で、小学校への出前造形教室を行い、美術の楽しさを広める活動にも力を入れている。

COLUMN 2018

 
王は退屈する

港の見える丘公園

2018年 2月

 
少しは生きる苦労というものがあった方がいいし、あまり平坦な道を歩まない方がいい。王たちがすべて思いのままだとすれば、気の毒なものだと思う。(アラン『幸福論』より)[注1]
 
月曜日の大雪で積もった雪が、まだ解けずに港の見える丘公園の花壇を覆っている。
どれくらい前だろうか?やはり雪が降った直後に山手へ絵を描きに来たことがある。その時は霧笛橋の下から大佛次郎記念館の裏手を見上げる構図で水彩とパステル色鉛筆とで描いた。水彩で着彩して紙の上の水分が乾ききらないうちにパステル色鉛筆を走らせると、クレヨンで描いた様な柔らかい表情になり、普段なら伸びやかな線を引くのに不向きなこの画材のこの描き方をぼくは好んでいる。
この時の絵は、春に予定していた個展のDMに使った。冬枯れの木立の隙間から大佛次郎記念館の裏側がこの角度で姿を見せるのはこの時期をおいて他にはない。冬ならではのとても貴重な景色だ。
この冬、日本列島は強い寒気に見舞われ、東京や横浜でも連日最高気温が10度に届かず、平年を下回る日が多い。アトリエの小さな庭には霜柱が立ち、ザクザクと踏みしめるたび、「貧乏の庭の広さの霜柱」(虚子)か…などと溜息ともつかない白い息を吐く。
ぼくが小学生のころは、真冬に立つ霜柱は風物詩みたいなもので至極当たり前のことだった。ぼくの家は学区の一番外れだったから、家を出るのが誰よりも早く、朝一緒に登校する近所の友達を待つ間によく霜柱を踏んで遊んでいたものだ。
そして同じように雪が降り、積もるのも珍しくなかった。冬場のこの時期には雪だるまや雪合戦をしょっちゅうしていたのをいまでもよく覚えている。「家々の灯るあはれや雪だるま」(水巴)夕方になり、庭や道端に残された雪だるまは実に淋しげだ。[注2]
先日、保育園で園児たちにそんな話をしていたら、20代の先生がここらへんでですか!とびっくりされていたので、そうか…東京に降る雪が珍しくなってそんなになるのかと。
朝の冷え込みが0度を下回る日のスケッチは流石に辛い。9時過ぎに家を出て10時ごろ山手に着いたとしても気温はまだ3度とか4度。しかも残った雪を渡り来る風は予想以上に冷たいもの。おそらく…実際の体感温度は0度に近いのでは…。もちろん十分に着込みはする。着込みはするがが、それでも座り込むのは3、40分が限界だろうか?だからこそ、なるべく慣れ親しんだ構図で手早く済ませようとは思うのだが、この時期は洋館などの補修や改修工事が多く、こちらの思惑が肩透かしを食うこともしばし。来るべき春に備えてのつもりなのだろう…が、こちらにしてみればあてが外れいい迷惑。そうなると、他に面白そうな風景を探さねばならない。ところが風景というものは少し視点を変えただけでガラリと様子が変化するもの。いくら慣れた山手の景色でも、やはり時間が必要だ。
昨日の夕刊に将棋の加藤一二三九段が、梅原龍三郎との飛車角落ちでの指導対局の折、手心を加え勝ちを譲ったのが後日バレてしまって怒られた事を書いていて、「加藤さんね。私はあなたが本気で付き合ってくれていると思っていた。この前の将棋で緩めたのは、意外だったし、正直言ってがっかりした。」と…。「思えば梅原先生は、桜島を描くために現地に1ヶ月ほど滞在された際に、納得できるものがなく、一点も持ち帰らなかったというエピソードの持ち主である。」。[注3]
冒頭に挙げたアランの【王は退屈する】と題されたエッセイはこんな文章で締めくくられていてる。「私は何人もの王を知っている。それは小さな王国の小さな国王たちだ。…中略…。神々は、退屈のあまり死んでしまったのでなければ、この家庭の平坦な王国の支配をあなたに命じないはずだ。けわしい山あいの道を通って導いてくれるはずだ。井戸のような眼と鉄床のような顔をもち、路上に自分の耳の影を見てもあわてず騒がずただちに立ちどまるような、アンダルシア産のよい騾馬を道づれとしてくださるはずだ。」[注4]

 
2018年2月2日 齋藤 眞紀
 

注1 アラン『幸福論』(串田孫一訳/白水社uブックス)

 
注2 高浜虚子・渡辺水巴
注3 東京新聞2月1日付夕刊『この道』加藤一二三 ※加藤九段は昨年現役を退かれた。
注4 アラン『幸福論』(串田孫一訳/白水社uブックス)

スケッチをする君に

山手本通り

2018年 1月


A:あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。
B:あけましておめでとうございます。早速で恐縮ですが、本年1回目のスケッチ月記です。
A:どれどれ…2 de janeiro, 2018(ドイス・デ・ジャネイロ、2018)
〈注1〉…へぇ~正月早々だ!
B:うん、とても静かでよかったよ。
A:『冬の華』
〈注2〉という映画で健さんが、刑務所から出所した後仮住まいしたマンションと山手十番館だね。
B:そう。この映画の事は前にも書いたけど、まだ猥雑さを色濃く残していた頃の横浜が丁寧に描かれていて懐かしかった。映画の舞台となった1970年代といえば、ぼくは子供だったから伊勢佐木町でも元町でも大人の街のような気がしてたし、もっと街自体にプライドがあったんじゃないかなぁ…。
A:今月の絵は、しっかり描きこんでるね。こういうの珍しくないかい?
B:寒いからね…。風も強かったし。
A:寒いとなんで?
B:だって、ゆっくり座ってられないじゃない。トイレだって近くなるし。だから、さっさとすませようとするだろ、そんな時は、とにかく”がー”と一気呵成に描かないと、寒さに負けちゃうんだよ。この絵で、多分…40分くらい。
A:どんなに寒くっても外で。
B:写真で済ませる人たちの絵って、どこか写真みたいで嫌なんだ。
A:それにしても、よく絵の具が乾いたね!
B:乾燥してるからかな?それはぼくにも予想外だった。でも、色に厚みがあるのは水彩色鉛筆が効いてるからだよ。絵の具が乾かないのを見越して持っていったから。強い絵になったのはそのせいさ。
A:なるほど、違う画材をミックスすると、表情がより豊かになるんだね。
B:よくスケッチ会の時でも、みんなに水彩だけじゃなくいろんな画材を試しなさいと言うんだけど、なかなか、実行に移す人は少ないね…。
A:なぜ?
B:描線だって、上手ければ筆圧の加減で表情に変化をつけることができるけど、普通はそんな芸当できないでしょ。だから何種類かペンの太さを使い分けて、線の質を変えなさいと。だけど…大体が…。
A:忘れちゃうんじゃない?
B:それもあるし、荷物が増えるのが嫌なんじゃないかな?
A:その気持ち分からなくはない。それにそこまで考える余裕が無いんだよきっと。どうしたらいいかわからないんだろう。
B:でもさあ、やってみなきゃ…下手な人間こそあの手この手いろんなことをして表現をごまかさない…いや助けないと絵にならないものだぜ。もし、自分は上手くないと自覚があるのだったら、その分手数をかけないとダメなのに…総じて淡白すぎるかな?かえって絵を壊しちゃうくらいでちょうどいい…、しくじるくらいが面白いんだよ。
A:そうか…いろいろと試行錯誤して試さないと…同じことをやり続けてもなかなかブレーク・スルーは生まれないのかもね?

  話は違うけど、スピードスケートの小平選手も、オランダに渡って〈怒った猫〉の姿勢だと、いままで日本で教わってきた常識と反対のことをオランダのコーチに言われたのがきっかけだったと話してるし、今年の箱根で、前評判の高くなかった東洋大学が往路優勝したのだって、ナイキのヴエイパーフライ4%〈注3〉とという、やはりこれまでの日本のマラソンシューズとは真逆の発想で作られた靴を普段の練習から取り入れてきたことがこの結果に大きく関与していると聞くよ。
B:ぼくも小平奈緒さんの記事はよく読んでて、はじめはえーと思ったらしいけど、このコーチが言う事だからじゃあやってみようと。そう言う意味では、ぼくのアドバイスが伝わらないのは、こちらに責任があるんだとは思うんだ。
A:それでも、スケッチ40%のメンバーは毎年腕をあげてるように思うけど…もう展覧会を10年以上続けていて、それでも停滞せず伸びてるのは素晴らしい。
B:それは、先生がダメでもスケッチ40%が良いチームだからだよ。
A:え?
B:スピードスケートの話と同じさ。小平選手だけではなく女子を中心に成果が上がっているのは、それまで各自バラバラにトレーニングしていたのを、全日本の代表チーム合同で一緒にトレーニングするようになったからだそうだよ。つまり…普段から高いレベルの負荷がかけられるようになったからだ。絵だって、スケート同様個人戦だけど、みんなが同じチームの一員だという自覚が大切なんじゃないかな…チームの力が個人の力を引き上げるんだ。それに一緒に切磋琢磨できる仲間がいるのは幸せなことだと思うしね。

 

2018年1月7日 七草に 斎藤 眞紀

 


注1 ポルトガル語で2018年1月2日
注2 『冬の華』監督降旗康男、脚本倉本聰、主演高倉健、製作東映、1978年6月17日公開。
注3 https://store.nike.com/jp/ja_jp/pd/ナイキ-ズーム-ヴェイパーフライ-4%-ユニセックス-ランニングシューズ/pid-11935473/pgid-12024783