山手スケッチ月記

やまてスケッチ月記

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更新日 2009-11-10 | 作成日 2007-09-19

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荒崎にて(横須賀市)



















 古い古い道路地図を見ると、京急は三崎口の先にも駅を一つ作る予定だったらしく、延進の計画が地図上に記されている。三浦半島を横断する道路も葉山大道くらいで、半島の中央部はいくつもの等高線がただ刻まれているだけ。

 日差しが照りつける中、三崎口の駅で荒崎へ行くバスを待っていると、小泉Jrの対立候補がちょうど選挙カーから降りて演説をはじめるところだった。今の道路地図と昔の地図との間にある落差は、小泉王国と呼ばれるこの地の公共事業の有り様でもあるのだろう。確かに便利になっただろうが、その傍らで失われていったものもきっとあるはずだ。(選挙が終わって、また世襲の是非が問われようが、候補者の人柄や政治家としての素質云々は別にして、レースとしてはフェアーではない気がする。)

 バスは一端ソレイユの丘(長井海の手公園)へ寄ってから荒崎へ向う。やはり古い地図によると、ここは米軍の長井住宅の跡地だったことが分かる。荒崎へ来るのは今年に入って3回目。春来たときは2回とも自転車だったが、今回は電車とバスを乗り継いで来た。荒崎のバス停を降りると目の前は小さな漁港になっていて、なんだか磯の香りがする。おばあさんが、ちょうど朝獲って来たばかりの、のりを干しているところだった。ここからは富士山が良く見える。でも、さすがにこんな真夏には無理だろうと思っていたら、なんと、丘に上った船の舳先の向うに、雲に隠れながらも青々とその姿を現してくれているではないか!

 荒崎海岸は、三浦半島がまだ海底にあったいまから数千年前に、堆積した白い貢岩と黒い凝灰岩の2種類の岩石の層で作られたと言う。この2種類の岩石は、一方は水分を吸収して膨張伸縮し、一方が水分を吸いにくい性質で、この2つの岩石の性質の差が、長い時間をかけた変化によって凹凸のある斜めの独特な地形にさせたらしい。(説明を写しただけなので、いま一つ良く分からないけど、そういうこと。)

 遊歩道を少し歩くと、「どんどんびき」という入り江があって、春に、ここの絵を描いたのだけれど、人からなんでどんどんびきと言うのだと聞かれて実は困っていた。立て看板を読むと、ここまで入って来た潮が引いて行く様が、〝どんどん〟と引いて行くので「どんどんびき」と付いたと書いてあった。春にも読んだはずだが、情報というものは、その気にならないと覚えないものだ。

 海岸の入り組んだ岩礁地帯を先へ進む。目的は佃嵐崎という所。ガイドブックには視界が180度以上あり、眺めが素晴しいとある。荒崎の公園からは2㎞程の距離なのだが、ごつごつとした岩場と砂浜に足をとられて結構苦労する。着いてみると、確かに広々として眺めは良いのだが、絵を描くにはこれといった対象がないので困るかもしれない。一応ここでも一枚絵を描いて、もう少し絵になる場所がないものかと、荒崎の方へ戻りながら、ここから程近い粟谷漁港という小さな小さな漁港でもう一枚。

 何日か涼しい日が続いた後に急に暑くなったのと、海岸線には日差しをさえぎるものが無いので、さすがに体が厳しい。「今日はここで終了。」狭く暗い階段?を上り、集落の中をバス停へ。途中、谷戸という坂を下りて行くと、道路の上にしめ縄が道を渡す様に張られているのに出会う。これは「道切り」と言って、疫病や魔除けの為に、(もともとは)里境に張られていたものなのだとか。

毎年五月と十一月に、この地の住吉神社のお祭りの際に、藁<わら>で、このしめ縄が作られるそうだが、三浦ではもうこの地域(荒井)でしか見られないのだそうだ。

 帰りのバスは20~30分おきくらいにあるので、そんなに心配することはない。荒崎の手前の長井漁港には、地元で獲れた魚を売っている所や食べ物屋さんなどもあるので、少し歩いて、見物してから帰るのも良いかも?と思うが、僕は素直にバスに乗って三崎口へ。

 駅につくともう一時半。遅いお昼にしようと、駅前の食堂に入りあじのたたき定食を注文する。ちょうど時期が良いからか、それともメニューにある通りに朝獲れたばかりだから新鮮なのか、とても美味しかった。おもわぬ拾い物をして得をした気分だ。あとは電車の中でゆっくりと寝て帰ろう。


台風一過、九月一日

齋藤眞紀