









7:30というわりと早めの列車でチュニジア第3の街ス―スへ。列車がえ
らく近代的で驚かされる。イタリアなんかよりも全然。サービスのお姉さん
におしぼりと,ジュースをもらってくつろいでいると,サクっとスース。メディ
ナのスークに紛れた宿に行ってみるが,「満室!」 残念そうな顔をする
と,屋上のテラスで寝させてくれるらしい。眺めはいいし,ちゃんと布団と
毛布もあるし,なにより安くて
最高。“サヘル(沿岸)の真珠”
と呼ばれる白い街並はなんと
も美しく,そしてエキゾチックに,
その中にうごめくイスラムの猥
雑さを漂わせていた。
ここはアフリカという先入観から
か,なんか妙に暑い気がして,
汗がタラタラと頬をつたってくる。
グラン・モスク内の影がわりと涼
しかったので,座り込んでスケッチするけれど,ここチュニジアのモスクと
トルコのモスクはどうしてこうも異なった姿をしているのだろう。角ばって
いて,ミナレットもどんな大きなモスクでも一つしかなく(ブルーなんて6つ
もあるのに) 隣のリバトとともに当初は要塞としても機能していたという
ことから,ここのグラン・モスクは一層武骨な感じだ。
昼ごろからメディナ内を彷徨うけれど,もういい加減「ジャッキー・チェン!」
は止めて欲しい。彼はシノワであってジャポンではないと説明するのにも
ウンザリだ。チェニジア風ドンドン焼きのようなものをかじりながら,適当に
スークを抜けて歩いていくと,メディナ内のはずれの方では,あれほどいた
西欧人の観光客も影をひそめる。そんなことも大して気にせず,気にいっ
たチュニジアンドアでもないかとノンキに家々に目をやっていると,ふと一
種異様な雰囲気を感じる。人々の目にやけに嘲笑が入り混じっている。
そしてまじまじと見つめてくる女性たちはやたらと露出の高い服装。サン
サンと照りつける太陽の下でもそこは明らかに売春街だった。あわてて
来た道を戻ってメディナの城壁の外へ。
郊外の客が誰もいないローマのカタコンベにビクビク潜入し一人肝試し
をしてから,モザイク博物館を見学する。当然のように海洋系の図柄が
多い。トルコのアナトリアから北アフリカまで,ようもあくなきローマ帝国の
征服欲。
夕方少し前,ビーチを覗いてみるが,さすがチュニジア屈指の観光地,
素晴らしいビーチ,そしてそこでたわむれる家族連れや若者たち。一人
というのが身にしみる。 宿に戻って,あてがわれたテラスでくつろいで
いると,宿のオジサンやその娘さん,宿泊客など,いろんな人たちがあ
がって来る。リビアから来たという男が,「飲みなよ!」と缶のチュニジア
ンビールをくれた。一応イスラム国だけにそんなにおいしくはなかったが。
あとで別のチュニジアンから聞いたところによると,リビアはイスラムが
厳しくてお酒が禁止されているので,比較的ソフトなイスラム国のチュニ
ジアにやってきてはお酒を楽しんでいくらしい。
夕日が“真珠”の向こうに落ちてしまったので,レセプションでハガキな
んかを書かしてもらっていると,オジサンが夕食のボリュームたっぷり,
チュニジアンサンドイッチを分けてくれた。その代償かどうかは知らない
が,オジサンは「テラスへ行ってくる。頼む」とか行ってレセプションを任
されることに。おいおい・・・。幸いオジサンが戻ってくるまでにお客はこ
なかったけれど。
