2年たって
フィンの2回目の命日を迎えることができました。

上の画像は、実家にあるフィンのお墓に供えたお花です。

今、私の側にあるフィンの場所には、緑にピンクが入ったバラを飾りました。

ネットでお願いして送ってもらったのですが、「とってもキレイ」と母が言っていました。

今日は残念ながら空は曇りでお月さまも顔を出してはくれませんでした。

実家のほうは日中から冷たい雨が降っていて、こちらもまたお月様を見ることができません。

あの日から癖になっている夜空を見上げて、月を探すこと。どうやらこの癖は雨が降っていても関係ないようです。

フィンとの別れの日のことは、2年たった今でも昨日のことのように、はっきりと鮮明に覚えています。

そして、最後のぬくもりも、重さもこの手に記憶が残っています。

多分これは、何年たっても消えることは無いでしょう。

フィンは私の元へ来て、幸せだったのでしょうか?もし違う人の家へ行ったなら、まだ元気だったかもしれません。

フィンに良かれと思ってしていたことは、もしかしたら間違いだらけだったのかもしれない。

もっと、早く間違いに気がついていれば、早くに異変に気がついていればフィンはまだ私の横に居たかもしれません。

いまさら後悔してもどうにもならないことは分かっています。

けれど、そう思ってしまう気持ちは抑えることはできません。

それは、フィンとの別れの日の記憶がそうさせるのかもしれません。

懸命に頑張っていたフィン、最後に苦しそうに口を開けていたフィン。 そして腕の中でさめない眠りに入ってしまったフィン。

あの苦しそうな顔は決して忘れることはできません。

私は、フィンのSOSに気がつくことができなかった。

あんなに側にいたのに。大切な友であり家族だと思っていたのに

今私の側には「ちぃ」がいます。不思議なことにフィンとちぃには共通していると思うことがあります。

それは他のウサギさんたちもしている行動なのかも知れないのですが・・・

一つは大きな目、驚いたとき、怒っているとき、目が飛び出てしまうのではないかと思うほどまん丸になること。

カーテンの陰、窓の側が好きで、お天気が悪くて窓際がどんなに冷えていても、

もちろん、逆に真夏で暑くても、そしてフィンとの別れの日のように穏やかな光が降り注ぐときも

じっと外を見つめるか、丸まって眠るのです。

そして、かまって欲しいと側へ来てちょこんと座り、頭を押し付けてくる。

逢ったことは無くても、同じように育つのでしょうか?不思議ですね・・。

最後にまた今年も同じ言葉ですが・・
「フィンちゃん、そこ(お月様)から私とちぃを見守っていてね。今も大好きだよ。」。

オマケ:フィンがお月様へ還ってしまってからしばらくして、思いつきのまま書いたお話があります。
オマケのページに載せてあります。もし気が向いたら読んでみてください




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