「う、うぅ〜〜〜ん・・・良く寝たなぁ」

今日は一月一日。

一年で最初の日・・・いわゆる元旦というやつだ。

去年は月の王国の姫がホームステイに来たり、妹であったはずの麻衣と恋人同士になったりと忙しない一年だった。

勿論フィーナたちが我が家に来ていた頃は楽しかったし、文句などないのだが・・・出来ればもうあんなドッキリ企画のような突然の出来事はご遠慮願いたい。

せめて今年一年は、麻衣と一緒にのんびりと過ごしたいというのが俺の正直な気持ちだ。

「さて・・・そろそろ起きようか」

時計を見てみると、もう既に九時近い。

『昨日麻衣がおせちを作るって言ってたし、手伝ってやるかな』

俺はボサボサの頭を手ぐしでサッと直してから、寝ぼけ眼を擦りつつ階下へと下りていった。





夜明け前より瑠璃色な SS

            「瑠璃色の旋律」

                     Written by 雅輝






「〜〜♪」

キッチンを覗いてみると、ご機嫌な様子で鼻唄を口ずさみながら麻衣が料理をしていた。

その背中に呼びかける。

「おはよう、麻衣」

「あっ、おはよう♪お兄ちゃん」

包丁を持ったままクルッと反転して、笑顔で挨拶。

それは恋人という目を差し引いても、可愛らしいものだった。

「う、うん・・・何か手伝えることってある?」

思わず赤面してしまいそうになり、慌てて視線を料理へと外しながら問いかける。

「う〜ん・・・それじゃあ、人数分の小皿を出しといてくれるかな?」

「りょーかい」

頬の赤みを気付かれずに済んだことに安堵を覚えながら、俺は食器棚へと向かった。

しかし、ふと疑問を覚え立ち止まった。

「たったら〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜〜〜♪」

後ろからは料理を再会した麻衣の鼻唄が聞こえてくる。

・・・鼻唄?

「たらりらったら〜ん♪」

あっ、レベルが上がった。

「だらだらだらだらだらんだらん♪」

これは・・・記録消滅?

「・・・」

うん、間違いない。

元旦からデスマーチが発動してしまったようだ。

それも、さっきの”記録消滅”の歌から察するに相当やばいような気がする。

「ま、麻衣?」

「ん、なに〜?」

「皿、ココに置いとくな。後、俺は姉さんを起こしてくるから」

「うん、宜しく〜」

何とかキッチンからの脱出に成功し、階段を上りながらほっと一息つく。

麻衣のデスマーチ発動時は、キッチンに居たら失敗に巻き込まれる危険性もあるからだ。

「さて・・・姉さんはどんな反応をするかな?」





「・・・えぇ!!?」

「おわっ!」

朝にとてつもなく弱い姉さんは、寝起き後はほとんど意識がはっきりとしていない。

その症状は異常なほどに濃く淹れた、「特濃緑茶」でしか回復しないのだが・・・。

そんな姉さんが、麻衣のデスマーチの話を聞かせた途端、大きく目を見開いて驚きを示した。

・・・恐るべき、デスマーチ。

「・・・それで、麻衣ちゃんは?」

「まだ料理をしてるみたいだったけど・・・今回はいつにも増してやばい感じがする」

「え?」

いつも笑顔な姉さんの表情が、ピキッと強張る。

「いや、やばいってのはあくまでも予想だけど・・・試しにイタリアンズにでも食べさせてみる?」

「う〜ん。それは流石に・・・ねぇ?」

「ま、それは冗談としても・・・食べなきゃ麻衣が悲しむだろうし、覚悟決めるしかないよなぁ」

デスマーチによって変わるのは味だけなので、余程のことがない限りは体調を崩すことはない・・・と願いたい。

「うふふ」

「? どうしたの?」

「いえいえ、達哉くんは彼女さんに対して優しいなぁと思って」

「・・・俺は誰に対しても優しいって」

照れ隠しにそう返したのだが、それも姉さんにはお見通しのようだ。

クスクスと未だに悪戯っぽく笑っている声を尻目に、俺はこれ以上墓穴を掘らないようにリビングへと足を運んだ。





「ご、ごちそうさまでした・・・」

「・・・」

「ごめんね。お兄ちゃん、お姉ちゃん。折角のおせち料理だったのに・・・」

「き、気にするなって。あれはあれで結構乙なものだったよ。な?姉さん」

「・・・え?あっ、うん。ご馳走様、麻衣ちゃん」

胃の中に蠢く料理たちと戦いながらも、こうして麻衣に笑顔を向けている姉さんはプロだと思う。

かくいう俺も、どのタイミングで胃薬を飲み下そうか考えている最中だ。

流石に麻衣の目の前では気が引けるし・・・今日は俺が皿洗いの当番なので、キッチンに皿を持っていったついでにでも飲もうか。

「よしっ、それじゃあお詫びとして、今日は私が皿洗いもするよっ」

「・・・へ?」

立ち上がろうとした俺を制し、目の前の麻衣が決意を漲らせていた。

健気といえば健気なのだが、とりあえず俺は一刻も早く胃薬を服用したい。

「いや、悪いから俺が・・・」

「大丈夫♪今日は部活もないしね。お兄ちゃんはゆっくりしてて〜」

・・・そんな眩しい笑顔で言われたら、無下に出来ないじゃないか。

「・・・はい」

結局俺はキッチンにある胃薬は諦め、せめて消化を進めようとイタリアンズの散歩の準備を始めた。







「それじゃあ、行くか」

「あれ?お兄ちゃんどこ行くの?」

イタリアンズに散歩用のリードを繋ぎ終え、三匹を促すように立ち上がったところで、皿洗いを終えた麻衣が庭に顔を出す。

「ああ、散歩だよ。麻衣も来るか?」

「うん!あっ、そうだ。河原に行かない?ついでにフルートの練習もしたいんだけど・・・」

「ん、いいぞ。待っててやるからフルート持って来いよ」

「は〜い」

パタパタッという足音と共に階段を上っていく麻衣を見送り、とりあえず俺は待っている間、待ちきれない様子の三匹とじゃれ合う事にした。



「お待たせ」

「うしっ、それじゃあ行こうか」

「うん♪」

麻衣はフルートケースを持っているので、今日は全てのリードを俺が持った状態で朝霧家を出る。

いつもならアラビを麻衣に預けるのだが、今日は仕方がないか。

河原までゆっくり歩いて30分程度。

腹ごなしには丁度いい距離だ。

「ねえお兄ちゃん。昨日の紅白見てた?」

「ん?いや、俺はK−1見てたから・・・何かあったのか?」

「勿体無いなぁ。今年の衣装も凄かったのに」

「・・・良く毎年やるよな、あの人も」

「あはは・・・それには同感だね」

他愛もない会話をしながら、あまり人のいない商店街を歩く。

いつもなら八百屋や魚屋の店主に冷やかしを受けるところだが、今日は元旦なので流石に営業はしていない。

「何か静かすぎて変な感じだよなぁ」

「え?商店街のこと?」

「ああ、何かいつもは一緒に歩いてるだけでも冷やかされるのに・・・逆に物足りない気分だ」

別に冷やかされるのが嫌なわけではない。むしろ、俺達の関係が周囲に認められつつあるのが実感できるので、嬉しい面もあった。

付き合い始めた当初は、それこそ周りの人に距離を置かれたり奇異な目で見られた事もあったが・・・今ではだいぶそれが無くなりつつある。

「いいじゃない、たまには。それに・・・」

と、麻衣が一旦言葉を切ったかと思うと、すぐに俺の左手に温かい感触が宿った。

「冷やかされないんだったら、こうして堂々と手を繋げるしね♪」

「・・・ああ、そうだな」

眩いほどのその笑顔に、俺は胸が満たされていくのを感じながら握られた手にぎゅっと力を込めた。





「いい風だなぁ・・・」

「うん・・・そうだね」

河原に到着し、俺と麻衣は並んで堤防下の芝生に腰を下ろした。

付近の住人は寝正月に興じているのか、河原にはほとんど人影もない。

冬も真っ盛りだというのに、イタリアンズの三匹はリードを放してやるとすぐに駆け出し、少し離れた場所でじゃれ合っている。

俺も寒くないとは言わないが、未だに繋がれている手から麻衣の体温に触れるだけで暖かく感じるから不思議だ。

「寒くないか?」

「大丈夫、今日は暖かい格好をしてきたし。それに・・・これがあるからね」

麻衣はそう言って、俺と繋いでいる手を上げる。

彼女と同じことを考えていた・・・ただそれだけなのに、俺は気恥ずかしくなり再度イタリアンズを遠目で眺めた。

「・・・さってと。そろそろフルートの練習でもしよっかな」

「そうだな。それじゃ、俺はいつものように横になってるから」

名残惜しくも繋いでいた手を放し、体を芝生に寝かせようとすると、麻衣が「あっ、ちょっと待って」と制してきた。

「ん?」

「えっとね・・・今日のお兄ちゃんの枕はここだよ」

麻衣は恥ずかしげにそう言うと、正座に座りなおして自分の太ももも部分をポンポンと叩いていた。

「・・・マジですか?」

「何回も・・・言わせないでよ」

頬を赤く染め上目遣いに見つめてくる麻衣を抱きしめたいという衝動に駆られたが、俺は何とか自制しておずおずと頭を柔らかそうな太ももの上に乗せた。

「ど、どう?」

「うん・・・柔らかくて気持ちいいよ。ありがとな、麻衣」

「えへへ」

髪を2、3度撫でてやると、麻衣はこそばゆそうに微笑み、ケースからフルートを取り出した。

そして、ゆっくりと唇を当て旋律を紡いでいく。

”〜〜♪〜〜〜〜♪”

どこまでも真っ直ぐで、柔らかく温かな音。

それはまるで麻衣自身を表しているようで、俺はぼんやりとその音に耳を傾けながら上空を見つめた。

「・・・」

今日は空気が澄んでいるからか、昼前だというのに蒼い空には薄っすらと月が見えた。

38万kmという距離にあって、尚も存在感を示す星。

あそこに住んでいる彼女達は、今も元気でいるだろうか?

――突然朝霧家にホームステイにやって来た、月のお姫様とその付き人。

勿論他の事でもそうだが、彼女達には麻衣とのことで本当に世話になった。

姉さんに俺と麻衣の関係を告白したとき――三人の家族という関係が薄れそうになったときも、彼女達は真っ直ぐに俺を導いてくれた。

それは友人として・・・そして何より、共に過ごした家族として。

時には俺と麻衣を励まし、また叱咤して、時には姉さんを説得してくれた。

その結果、より強い家族の絆が生まれたのだから、本当に彼女達には感謝してもし足りない。

『・・・いつか、気軽に月に行ける日が来るのなら』

その時は、三人で彼女達に会いに行こう。

俺達の、より強くなった絆を示す為に。

”〜〜〜♪〜♪”

旋律は続く。

視線を移してみると、麻衣は演奏に集中しているのか、瞳を閉じて絶え間なく指を動かしていた。

その”リボンをしていない”栗色の髪の毛が、風に靡いてサラサラと揺れる。

「・・・」

その伸びやかで体を包み込むような温かな旋律に、俺は身を委ねるようにそっと瞼を閉じた。







another view 〜朝霧麻衣〜



”〜〜♪・・・”

演奏が終わると、私は一息つくように口からフルートを放し、ずっと閉じていた視界を開いた。

直後に感じる太陽の日差しに瞬きながらも、私は確認するため視線を膝の上に転じる。

『あっ、やっぱり寝ちゃってる♪』

そこには、予想通り「スー・・・スー・・・」と規則的な寝息を立てているお兄ちゃんの姿が。

フルートをケースに直し、私はその寝顔を観察するようにまじまじと見つめた。

『可愛いなぁ・・・』

年上のお兄ちゃんに対して「可愛い」は無いと自分でも思うけど、それでも可愛いものはしょうがない。

普段の真面目で優しげな顔も好きだけど、こうした無防備な顔もこれはこれでお気に入りだったりする。

「お兄ちゃん・・・」

呟くように呼んでから、起こさないようにそっと髪の毛を撫でる。

お兄ちゃんは「う・・・んん・・・」と唸ったけど、またすぐに元の寝息に戻った。

「私は、幸せだよ。お兄ちゃん」

寝ているのだからお兄ちゃんに聞こえるはずもないのに、私は今の幸せを伝えたくてそっと語りかけた。

――あの時。

私達の関係を打ち明けた後の、お姉ちゃんとの二度目の話し合い。

私はお兄ちゃん達の口論に近いような主張に耐え切れなくなって、家を飛び出した。

恋人同士になった時、この先お兄ちゃんと一緒なら何でも乗り越えていけるって誓ったはずなのに・・・その場から逃げ出した。

そんなことしても、何も解決しないというのに・・・。

それでも・・・こんな私でもお兄ちゃんは追いかけてきてくれた。

息を切らせ、夏の暑い中で体中に汗をかきながら、手を差し伸べてくれた。


――「何度だって、俺が麻衣を探し出してみせる」――

――「麻衣・・・帰ろう」――


中学に上がった頃から、ずっとお兄ちゃんの事が好きだった。

でも、その時のお兄ちゃんは今までで一番格好良く見えて・・・。

安堵した私の双眸からは、涙が止まらなかったのを覚えている。

「もう、不安になんてならないから」

「お兄ちゃんが隣に居てくれる限り・・・私はずっと幸せなんだから・・・ね?」

膝の上に乗っている愛しい”恋人”の顔を両の手で包み込み――

「ん・・・」

その唇に、私は溢れそうな想いを乗せてそっと口づけた。



another view end





「ん・・・いつの間にか寝てたのか」

目を開けると、まず最初に目に映ったのは空の青色だった。

どうやら結構な時間寝ていたらしい・・・風邪を引かないか心配だ。

「すー・・・すー・・・」

「うん?」

ふと近くで聞こえた寝息らしきものに、俺は麻衣の太ももに頭を乗せたまま目線だけ動かした。

「すー・・・おにい・・・ちゃん・・・」

そこには、俺を膝に乗せたまま絶妙なバランスで眠りこけている麻衣の姿があった。

周りを見渡してみると、イタリアンズは未だに駆け回っているようだ。

「・・・ったく、風邪引くぞ」

俺も人の事は言えないのだが、とりあえず麻衣をちゃんと芝生に横たわらせてから俺が着ていたジャケットをその体に掛けてやる。

「むにゃ・・・」

「・・・」

その可愛らしい無垢な寝顔を見ていると、途端に胸の奥が熱くなってきた。

俺は気持ちを落ち着かせるように一度その柔らかな髪を撫でてから、再度空へと視線を移す。

そこには寝る前に眺めていた青白い月が、まだその姿を地球に示していた。

「・・・俺、絶対に麻衣を幸せにするからな」

それは、見上げた先の月にいる家族――フィーナとミアに対して。

あの日、吸い込まれるようにして群青の空へと消えていった白いリボン――解き放たれた過去の約束に対して。

そして今まで支えてくれた多くの身近な人と、何より隣にいる愛しき存在に対して。

「今年もよろしくな・・・麻衣」

俺は胸に宿る決意を新たに、広く晴れ渡った瑠璃色の空に握り拳を突き出した。



end


後書き

ただ今の時刻、2007年1月1日、午前1時02分。

ってことで、読者の皆様、明けましておめでとうございま〜〜すっ^^

2007年最初のSSは、「夜明け前より瑠璃色な」から、朝霧麻衣ちゃんを書きました。

夜明けな。かなり良かったので、創作意欲が湧いちゃいまして・・・。

昨日もUPしたというのに、無謀にも一日で書き上げました(汗)


内容は、達哉と麻衣が付き合い始めてから初めて迎える正月ですね。

何か書いている内に正月らしさが薄れていったような気がするのですが・・・まあご勘弁を^^;

ジャンルは一応ほのぼの・・・いや、ほのらぶ?

苦手な分野な上に、夜明けな自体が初挑戦だったわけですが、私的にはとても満足のいく出来となりました^^



それでは、今年もMemories Baseおよび雅輝を宜しくお願い致しますm(__)m



麻衣 「お兄ちゃん、感想はこちらに書いてね♪」




2007.1.1  雅輝