――夢が、終わる。



”ザアァァァァァァァァァァァァァァッ!!”

目覚めたあたしを襲ったのは、身体を打ち続ける大粒の豪雨と、全身を切り刻まれたかのような猛烈な痛み。

『あぁ、そっか・・・戻ってきたんだ』

再び失ってしまいそうな意識の中で、ボンヤリと思う。優しくて、温かくて、楽しかった青春時代に想いを馳せながら。

『・・・左足は、折れてるかな。右足も、アキレス腱と大腿筋が断裂してるわね』

こんな状況だからこそ、だろうか。あたしは冷静に自身の怪我の程度を把握する。あの世界で、スパイとして叩きこまれていた知識がこんなところで役立つとは思っていなかった。

「・・・」

酷く緩慢な動作を経て、ようやく首を回して後ろの惨状を目の当たりに出来た。

あたしの下半身に、堆(うずたか)く積まれた土砂。土の色や位置から把握するに、何層もの地層が積み重なっているのがわかる。

怪我は、先ほど分析した通り。とてもじゃないけど、足を動かせるような状態ではない。

『・・・さて、どうしようかな』

今にも飛んでいきそうな意識を精神力で無理やり繋ぎとめて、打開策を練る。しかし、元々あたしはこういう機転が利く性格ではない。

『理樹くんなら、どうするかな?』

思わず浮かんだ彼の名前に、胸が温かくなると同時に苦笑する。

――そういえば、地下探索でも理樹君の知恵を借りてばっかりだったなぁ、と。

「・・・死ねない」

もう潰れたとばかり思っていた声帯から、自分自身に言い聞かせるような決意が零れ落ちた。

死ねない。たった一度の青春で満足するほど、あたしは無欲でも謙虚でもない。

「理樹くん・・・っ!!」

彼の名を呼び、自身を奮い立たせる。あの日々を叶えたいと――いや、ある意味では取り戻したいと。

雨によって足からの出血は流され、体温が下がってきた。もう、策も何も関係ない。

・・・こうなったら、無理やりここから這い出して人のいるところまで山を下りるしかない。

「く・・・ぅっ・・・!」

僅かに残っている体力で、必死に腕に力を込める。足がビキビキと耳に優しくない音を届けたが、気を失いそうなほどの痛みと共に無視した。

カラカラと軽い音を立てながら、あたしが動いた反動で、堆積した土砂が小石や小岩が滑り落ちてくる。

「・・・っ」

分が悪い賭けだとは思った。

たとえ土砂が崩れることなく這いずり出ることが出来たとしても、もう助けを呼びに行く気力は残っていないだろう。


――また、始めるのかい――


ふと脳裏に、あの世界のマスター・・・闇の執行部長、時風瞬の呆れるような声が蘇ってきた。

「・・・やって、やるわよっ」

たとえそれが、望みの薄いゲームだとしても。リプレイというやり直しなんて利かない、現実世界だとしても。

もう一度、理樹くんに・・・彼に会えるのなら、あたしは――。

「さあ・・・」

唯一自由の利く両腕が、地面の雑草を掴む。ギュッとその指に力を込めながら、あたしは雨雲に対抗するように高らかと宣言した。



「――ゲーム、スタートよ」





リトルバスターズ!EX  SS

           「最高のクリスマスプレゼント」

                        Written by 雅輝






――理樹くん。

――今、行くからね。

――約束を果たしに行くからね。

――だから、待ってて。

――いつもあたし達が待ち合わせたあの場所で。

――貴方は、もしかしたら覚えていないかもしれないけれど。

――それでも、あたしは行くから。

――貴方が待っててくれると、心から信じてるから。

――だから・・・。







「理樹」

放課後。昇降口へと向かっている途中、誰かに呼び止められた。

とはいっても、充分に聞き馴染みのある声。振りかえると、そこには僕を呼びとめたであろう恭介と、真人・謙吾・鈴の4人の姿が。

「どうしたの? みんなして」

「いや、なに。今日で今年の授業も終わりだしな。最後にリトルバスターズの皆で野球をしよう」

そう、恭介の言うとおり、今日は2学期最後の授業だった。つまり、世間で言うところのクリスマスイブ。

「よっしゃぁっ、久しぶりに俺の上腕二等筋がボールを投げたがっているぜっ! いや、むしろ俺の全筋肉が踊っていると言え――ゲフゥッ」

「うっさい、服を脱ぐな、暑苦しいんじゃボケェッ!」

「もう理樹以外のメンバーはグラウンドに集まってるんだが・・・何か用事があるのか?」

謙吾の問いに、僕は曖昧に頷く。

「うん・・・ちょっと、寮にね」

「何だ、帰るのか?」

「いや、帰らないよ」

僕の言葉に、謙吾と恭介が不思議そうに首を傾げる。・・・当然か、寮まで行って、しかし帰らないというのは確かにおかしい。

「夢を・・・見たんだ」

「夢?」

真人を蹴り続けていた鈴が、その足を止めてチリンとこちらを振り向く。真人は廊下の床で痙攣しているが、いつものことなのでとりあえず今はスルーだ。

「うん。夢、のはずなんだけどね。何故かそれはとても大切な約束で、果たしたいって心から思えるんだ」

そう、今朝見たあれは、単なる夢だったはずだ。

でも・・・何故だろう。僕を呼び続けていたその声が、とても愛おしく感じたのは。

「・・・分かった」

恭介が何やら神妙な様子で頷く。全てを悟っているのではないかと思わせるその紅の瞳は、どこか感慨深ささえ湛えたものだった。

「それじゃあ、もし用事が早く済んだらこっちに来てくれ。ついでに彼女も呼んじまえばいい」

「うん、それじゃあ行って来るね」

僕は4人に軽く手を振り、再び昇降口を目指す。

――「ついでに彼女も呼んじまえばいい」

『・・・あれ、そういえば・・・恭介に用事が待ち合わせであることなんて言ったっけ?』





「・・・そっか、あいつが戻ってきたんだな」

「恭介?」

「いや、何でもない。それより、早く行って始めるとしよう」







寮の入口。授業が終わったばかりということで人通りも多かったが、しばらくすると人の波も引き、閑散としたそこは僕一人になる。

「待ち合わせ、か・・・」

寮の前のベンチに腰を下ろしつつ、ポツリと呟く。

夢の中の彼女は、「待ってて」と言っていた。「いつもあたし達が待ち合わせた場所で」とも。

何故か、そのとき頭に思い浮かんだのが、この場所だった。この場所以外思い浮かばなかった。

『僕は、また何か忘れているのかな?』

晴れ渡った空を眺めながら思う。

半年前、僕達が体験した壮大な奇跡のように。僕はまた大切なことを忘れているのだろうか、と。

「・・・ん?」

ソレに気づいたのは、偶然か必然か。

ふと周りを見渡した折に視界に入った、隣のベンチの上に置かれたままの拳銃。――いや、モデルガン。

おそらく誰かの忘れものであろうと思われるそれに、何か思うより先に手を伸ばしていた。グリップを握りしめ、空に向けて平行に銃を構える。


――ゲーム、スタート!――


「――っ!!」

不意に脳裏に蘇ったそのセリフが、今朝の夢の女の子の声と重なる。

そしてそれを切っ掛けに、訪れる。僕らが体験した奇跡の一端。その中で唯一思い出せなかった記憶の奔流が。


――朱鷺戸です――


『そうだ・・・僕は・・・』


――理樹くん、あなた面白いわっ――


『何故、忘れてたんだろう・・・?』


――滑稽でしょ?間抜けでしょ?笑いたいでしょ?笑えばいいわ!――


『彼女のことを』


――理樹くん、あなたスパイに向いてるわよっ――


『スパイなのに時々凄く抜けてて、ちょっと天然入ってて・・・』


――振りかえっちゃ、駄目よ・・・?――


『でも、可愛くて優しくて』


――何これ・・・こんなの、初めてよ――


『誰よりも愛おしい、彼女のことを』


――理樹くん・・・大好きよ――


「沙耶・・・」

「何かしら?」

「・・・えっ!?」

その声に――聞き間違うはずもないその愛しい声に、心底驚き咄嗟に振り返る。

すると、真っ先に僕の目に飛び込んできたのは―――拳銃?

「うわぁっ!」

「あはは、な〜んてね」

驚く僕を尻目に、その銃口がサッと上げられ・・・ピョコンと顔を出したのは、微笑みを浮かべた愛しい人。

「沙耶・・・」

「うん」

「沙耶・・・」

「もう、聞こえてるってば」

「・・・うん」

何を言えばいいか分からない。だから、たった一言。一番伝えたい言葉を。

「沙耶・・・おかえり。大好きだよ」

「ただいま、理樹くん。・・・あたしも、大好きよ。―――っ!」

どうやら、彼女は今まで我慢していたらしい。

今まで必死に再会のために作っていたであろう笑顔は崩れていき、涙でくしゃくしゃになった顔を僕の胸に埋めてきた。

「・・・沙耶・・・」

僕も彼女の背に腕を回す。顔がくしゃくしゃなのはお互い様だ。

――僕たちは雪が舞い始めたことにも気付かずに、いつまでも堅く抱きしめ合っていた。







「げげごぼうおぇっ」

「ボドドドゥドオー」

抱きしめ合っていた僕達の体がようやく離れ、その第一声が二人揃ってコレというのもおかしな話である。

とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。さっきは再会に感激してそのままの勢いで突っ走ってしまったが、素に戻ってしまえば僕も彼女も果てしなくコッチ方面には弱かった。

奇声を発した僕たちは、互いが互いの顔を確認し、そして苦笑し合う。

「貴方のそれ、やっぱり現実世界でも顕在なのね?」

「そういう沙耶こそ。女の子がそんな声を上げたら駄目だよ」

軽口をたたき合い、そして笑い合う。幸せすぎて、どうにかなりそうだった。

「・・・さて、行こうか」

雪が降っているけど、本降りには程遠い。おそらく、まだグラウンドで続けているだろう。

「え、どこに?」

突然立ち上がって差し出した僕の手に、沙耶は戸惑いながらも自分の手を重ねてくれた。

「――僕達が出会った奇跡。それを演出してくれた、素敵な仲間達の元へだよ」

誰か一人でも欠けていたら成り立たなかった奇跡。そんな夢のような世界があったからこそ、僕らは出会ったのだから。

「・・・うんっ」

今日はクリスマスイブだけれど、二人きりのデートは明日以降に持ち越しかな。

とりあえず今は、彼女の手をしっかりと握って、仲間たちに紹介しよう。



――リトルバスターズの新しい仲間。それはきっと、みんなにとっても最高のクリスマスプレゼントになることだろう。




end


後書き

どうも、初めましての人は初めまして。管理人の雅輝です^^

クリスマス特別記念作品として、リトバスより沙耶嬢のSSをお届けしました〜。

いや、予想以上に沙耶が私のツボにハマりまして。流石は鍵、新規キャラでここまで神キャラを作って来るとは。

内容は、本編沙耶ENDのアフター。あの事故の後、沙耶が生きていたという設定です。

でも、クリスマスSSなのにクリスマス成分薄めという・・・ちょ、ちょっと沙耶さん!?


沙耶 「そうよ、どうせ三時間で仕上げた突貫SSだし、クリスマスなんて最後に無理やり取って付けただけよ!滑稽でしょ?笑えるでしょ?笑うといいわ!」

沙耶 「あーーっはっはっはっは!!」


・・・失礼しました。今回のSSは沙耶の自虐成分にも乏しかったせいか、張り切っちゃったみたいです(笑)


それでは、クリスマスという今日、皆さまに幸多からんことを・・・。



沙耶 「感想とかはここに書きこむといいわ!あーーっはっはっはっは!!」



2008.12.25  雅輝