「春・・・だなぁ」

部屋の窓から見える桜をベッドの上からぼんやりと眺めて、俺は感慨深げに呟いた。

そこから差し込む麗らかな春の陽射しを浴びながら、ゆっくりと春休みが過ぎてゆく。

そんな穏やかな昼下がり。時折思い出したように和菓子を口に放り込み、ベッドに寝転びながらマンガを読み耽る。

自他共に認めるものぐさな俺の、至上の喜びとも言える光景だ。

だが・・・何かが足りない。

それが何なのかは分かっている。ここ最近、極力思い出さないようにしていただけだ。

「もうすぐ・・・1年経つのか」

家の前で、箒を担ぐ彼女を見送ってから、もう季節が一巡りしようとしていた。

――そう。桜の花びらが舞わない季節が巡り、また春という本来桜が咲き誇る季節へと戻ってきたのだ。

そしてそれ以来、彼女からの連絡は無い。

あいつの事だから、元気でやっているのだろう。

そう自分の心に言い聞かせても、やはり独りという寂しさは拭いきれなかった。

「・・・かったるいこと考えてるなぁ」

春休みになり一日のほとんどを過ごしているベッドを抜け出し、階下へと向かう。

「そろそろ・・・掃除もしなくちゃな」

必要最低限の箇所以外は荒れまくっているリビングに入り、余計にかったるくなってしまった。

桜が枯れた――正確にはさくらが枯らしたため、まるで夢から覚めたかのように、音夢の病気の症状も無くなった。

医者は驚いていたが、この世にはまだまだ科学だけでは解明できないものがあるということだ。

ともかく、医者からの許可が下りた音夢は、それが当たり前のように本島の看護学校へと復学した。

音夢とは頻繁に連絡を取っているが、宣言通り頑張っているらしい。

この前も、医療器具の試験で上位に入ったと、電話先で喜んでいた。

あいつも――さくらも、アメリカで頑張っているのだろうか・・・?

『あ〜・・・気分転換に、散歩でも行くか』

今日は何故か、やけに昔のことを思い出してしまう。

たまには春の陽気に、ふらふらと誘われるのもいいかもしれない。

そう考えた俺は、善は急げと早速着替えて久しぶりに家の外へと出た。



空は快晴。突き抜けるような青空から覗いた太陽が、冬の終わりと春の到来を感じさせる。

俺は伸びをして体中の筋肉を解しつつ、鍵を閉めてから門を出る。

たまにはじっくりと桜を見るために、桜公園まで足を運んでみるのもいいかもしれない。

そう思い、動かし始めた俺の足は、隣の家の前に佇んでいた影を見た瞬間固まった。

「――っ!」

声が出ない。

それほど眼前の光景は信じられず、認識できるのは徐々に速まっていく自分の心臓の律動だけ。

何とか足を動かし、彼女に近づいていく。

「・・・?」

彼女も気配を感じたのか、ゆっくりとこちらを向く。

纏っていた黒衣が軽く翻るその様は、まるで魔術師のように見えた。

「――!」

昔から見慣れた碧眼が、俺の姿を認めた瞬間驚きに見開かれる。

手に持っていたトランクが手から地面に滑り落ちた拍子に、一年経ってもまったく変わっていない金色のツインテールが揺れた。

「・・・おかえり」

ようやく俺の口が開いたのは、それから数十秒ほど経った頃だろうか。

もう彼女との距離は、歩数にして2,3歩ほどしかない。

この一年は、数千キロ、数万キロという距離があったにも関わらず、今は俺の手の届く範囲に、じっと佇んでいる。

俺の言葉に目の前の彼女は顔を上げ、涙ぐんでいた瞳を擦り、そして嬉しそうに・・・俺が惚れた最上級の笑顔を作ってくれた。



――「ただいま、お兄ちゃん!」――





D.C. SS
 
            「幸せな日々」
                  
                      Written by 雅輝






「お兄ちゃ〜〜〜〜んっ!!」

”ガスッ”

「ぐえっ!」

”ガンッ”

約一年ぶりの恋人同士の再会という感動的な雰囲気は、突然ダッシュで抱きついてきたさくらによって粉々に砕け散った。

ついでに、その衝撃で体が後ろに倒れ、後頭部を強かに打つといういらんオプション付だ。

「えへへ〜、ハグハグ〜〜♪」

アスファルトに二人して倒れながらも、さくらは蕩けそうな笑みを浮かべ俺の胸に頬ずりしてくる。

『・・・ま、いっか』

その幸せそうな顔を間近で見ていると、些細なことなどどうでも良くなった俺は、そのままさくらの頭を優しく撫でた。

惚れた弱みというか・・・いかんな。俺は相当こいつにやられてるらしい。

「にゃ?えへへ」

さくらはもっとしてとねだるように、尚のこと体を擦り付けてくる。

いくら春休み中の平日で人通りが少ないとはいえ、流石にこれ以上この体勢はまずいだろう。

・・・非常に残念だが。

「ほら。もうそろそろ体を起こせって。下手すら通報もんだぞ?」

「いいじゃんいいじゃん。二人で一つの牢獄に入って、新鮮な同棲生活のスタートだよ」

「待て待て。色々とツッコミたいところが盛りだくさんだが、とりあえず捕まるのは俺一人だろ」

少女を襲う強姦魔・・・今の体勢はさくらが上なのだが、他人が見れば俺が襲ってるように見えるんだろうなぁ。

「うにゃ・・・しょうがないか」

さくらが名残惜しそうに立ち上がると、ようやく俺も圧迫感から解放される。

さくら自身は重くなく軽いくらいなのだが、何というか、ほら・・・世間の目からの圧迫感?

「どっこいせ・・・っと」

「あはは、お兄ちゃんももう歳だねぇ」

「やかましい、同じ年齢だろうが・・・お?」

ようやく立ち上がりさくらと並ぶと、ふとあることに気付いた。

「うにゃ?」

「いや・・・おまえ、背が伸びたんじゃないか?」

学園に通っていたあの頃は俺の胸の下くらいまでしかなかったのだが、今では鎖骨の下くらいまではありそうだ。

「あっ、やっぱり分かる?なんとなんと!この一年の間で5センチも伸びたのだ!」

高らかに、そして嬉しそうにそう報告するさくら。

――音夢の病が治ったように、さくらの成長が桜の魔法によって封じられていたのなら、再び背が伸び始めるのも不思議ではない。

さくらの成長は、彼女が子供のままであり続けたい・・・あり続けなければいけないと願ってしまったことで、止まっていたのだから。

「そうか・・・良かったな」

だから、さくらが成長していると俺も嬉しい。

彼女が桜の魔法という呪縛から解き放たれている・・・そう目に見えて実感できるからだ。

「にへへ〜、そういうお兄ちゃんも、一段とかっこよくなったね♪」

「ま、かったるいから世辞として受け取っておこう」

「あっ、お兄ちゃん照れてる。顔真っ赤だよ?」

「・・・」

・・・こいつは時々、面と向かって恥ずかしいことを平気で言うからな。

これは未だに慣れない。

「・・・こんな所で立ち話もなんだし、俺の家に上がれよ。茶ぐらい出してやろう」

本当は散歩に行く予定だったのだが、急遽変更。

別にさくらを連れて公園まで歩くのも悪くはないが、持っていたトランクを見る限り向こうから帰ってきたばかりなのだろう。

「そだね。長旅で、流石のボクも疲れちゃった」

さくらはそう言って地面に投げ出されたままのトランクを拾い上げると、小走りで駆け寄ってきて俺の腕に抱きついた。







「うわっ、汚いなぁ。ちゃんと掃除くらいしなよ」

リビングに入ったさくらの第一声は、そんな文句だった。

予定外の来客なので特別に掃除などしているはずもなく、普段の生活が窺える見事な散らかりっぷりとなっているのだから不思議はないが。

「う〜ん、どうもなぁ。音夢が向こうに行ってから、必要最低限のところ以外は片付かなくなった」

「はぁ・・・こんな光景を音夢ちゃんが見たら、もしかしたら発狂しちゃうんじゃない?」

「流石にそれは・・・無いとも言い切れないか」

看護師を目指しているだけあって、音夢は昔から神経質なほどの綺麗好きだ。

こんな状況を見たら、手を額に当てながらフラッと倒れてしまうかもしれん。

「じゃあさ。今からちょっと掃除しようよ。お兄ちゃんの性格だと、このままじゃいつまで経ってもやらないだろうから」

「そうするか・・・って、手伝ってくれるのか?」

「うん♪だって、将来ボクの家になるんだもんね〜」

「・・・かったる」

ニッコリと恥ずかしい台詞を臆面もなく言い切るさくらに、俺は顔の赤さを隠すようにぶっきらぼうに呟いた。





掃除は順調に進み、全ての作業を終えた頃には、窓から見える空は茜色に染まっていた。

そして今は、ソファでさくらの淹れてくれた緑茶を啜っているところだ。

「・・・そういやお前、急に帰ってきたけど、何かしら理由でもあるのか?」

「うにゃ?」

俺の隣で、同じ様に緑茶を啜っているさくらに訊ねる。

確かこの前旅立つときは、「色々な研究をほったらかしにして来ちゃったから、またアメリカに戻らなくちゃいけないんだ」と言っていた。

向こうでの研究が一段落着いたから、骨休みにでも来たのか?

「・・・お兄ちゃんは、何でだと思う?」

逆に訊ねられる。

本来なら先ほどの考えが近そうなのだが、こいつは時々わけのわからんことをするからな。

「そうだなぁ・・・急に、俺に会いたくなったとか?」

冗談半分で、ニヒルに笑ってみせる。

しかし次のさくらの反応は、冗談などではなくやけに真剣味を帯びた声だった。

「It's a correct answer」

「へ?」

「正解ってことだよ。お兄ちゃんに会いたかったから・・・ボクは一年で全ての研究を終わらせて、日本に帰ってきたんだ」

「さくら・・・」

俺が彼女の名前を呼ぶと、さくらは目に涙を浮かべ先ほどのように抱きついてきた。

それは先ほどのように勢い任せのそれではなく、あくまで優しく、俺を押し倒すように。

”トサッ”

二人で縺れるようにして、ソファに横たわる。

さくらは俺の胸に顔を埋めて、離れようとはしなかった。

「・・・充電、させてくれる?」

やがて、胸元からくぐもった声が聞こえてくる。

俺はその問いに無言で答えるように、何度もその柔らかい髪を撫でた。

「手・・・優しいね」

「・・・かったるいがな。今日だけは特別だ」

「にへへ。それじゃあ・・・」

と、さくらが顔を上げ、間近で見つめてくる。

俺も、その碧眼をじっと見つめ返す。

深く蒼いそのさくらの瞳に、そのまま吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

「ここにも・・・充電して欲しいな」

トントンと悪戯っぽく、さくらは自分の唇を指でつつく。

その言葉に、一つ思い出した事があった。

「そういえば、桜を枯らすときにお前と約束したっけ」

「え?」

「何だ、憶えてないのか?」

「・・・そんなわけないよ。これからも、もっとしてもらうんだからね」

そう言うさくらの唇が、一気に近づいてくる。

俺はさくらに覆い被さられている状態なので体を動かすことは出来ないが、右手で彼女の後頭部を優しく引き寄せるくらいは出来る。

「”桜が枯れて、それでもまだボクを好きだったら、いっぱい、い〜っぱいキスしてほ”――んっ・・・」

さくらの昔の約束そのままの台詞は、重なった俺の唇によって最後までは言い切れず、俺達以外に誰も居ない静かなリビングに舞った。





「・・・にゃはは。何か照れるね」

「そう・・・だな」

数分後、名残惜しげに唇を離した俺達は、お互いの顔を見合わせて赤面していた。

さっきは雰囲気に流される形になってしまったが、こうして素に戻ってみるとかなり恥ずかしい。

「そ、そろそろご飯の時間だね。今日はボクが腕によりをかけて作るから、楽しみに待っててよ」

「ああ、宜しく頼むわ」

さくらはいそいそとキッチンに向かい、俺は脱力するようにソファに沈み込んだ。

『あ〜、まだ心臓が落ちつかねえよ・・・』

左胸に手を当て、心の中で呻く。

普段から何故か俺の周りには女子が多いので、多少は免疫がついていると思っていたのだが。

『相手がさくらじゃ、分が悪いか』

そんなことを考えている時点で末期だとは自分でも思うが、だが悪い気はしない。

「ふんふんふ〜〜ん♪」

キッチンからはさくらの鼻唄と共に、料理の過程における作業音が聞こえてくる。

さくらの料理の腕前は前に食ったことがあるので、何の心配もしていない。

和食に関しては、何気に家事が万能な美春よりおそらく上だろう。

「ま、期待しながら待つとしますか」

俺はテレビのリモコンを手に取り、適当にチャンネルを回しながら、運ばれてくるであろう料理を気長に待った。





「ご馳走様」

「うにゃ、お粗末さまでした。どうだった?お兄ちゃん」

「うむ、苦しゅうないぞさくら」

「にゃはは♪お兄ちゃんが意味不明なのは相変わらずか」

さくらが楽しそうに辛辣な暴言を吐くので、俺はむっとしながらも素直に料理の評価をした。

「はいはい。相変わらず料理だけは一級品だな」

「むぅ〜、その「料理だけは」ってなんなのさ?」

「心配するな、単なる言葉の綾だ」

「ん〜〜・・・イマイチ納得いかないけど、まあいいや。お風呂借りていい?」

「別に構わないが・・・お前、着替えはあるのか?」

「うん。トランクの中にパジャマも入ってるから。それじゃあ、行ってくるね〜」

そう言ってリビングを出て行こうとするさくらの背中に、少し意地の悪いことを言ってみる。

「なんなら、一緒に入るか?」

「うにゃ!?」

するとさくらは、まるでネコのように背中をびくっと震わせた。

「・・・なんてな。冗談に決まって――」

「いいよ」

その反応に充分満足し、先ほどのことを冗談で片付けようとした俺の言葉を、さくらの静かな声が遮った。

予想外の言葉に、今度は俺が固まる。

「うぇ!?」

「ボク、お兄ちゃんなら・・・別にいいよ」

振り返り、さくらが熱っぽい瞳で見つめてくる。

「い、いや、そのしかし、それは、なんというか・・・」

「なんてね♪」

「・・・は?」

クスクスというさくらの含み笑いで、ようやくハメられたのだという事実に気付く。

「でも、半分は本気だからね?」

「バッ――とっとと入って来い!」

「は〜い♪」

パタパタと嬉しそうに、逃げるように去っていくさくらを見送ってから、俺は再度ソファに身を沈めた。

「まったくあいつは・・・心臓が止まったら、どうしてくれるんだ」

口ではそう嘯きながらも、頬は勝手に緩んでくる。

それを自覚しながらも、無理に止めようとは思わなかった。







俺も風呂に入り、リビングに戻ってくる頃には、もう既に夜の9時を周っていた。

さくらは特に何をするでもなく、ソファでテレビの時代劇を見ている。

「お前、相変わらずこういうの好きだよなぁ」

「あっ、お兄ちゃん。早かったね?」

「まあな。風呂に掛ける時間なんて、男の方が短いだろうよ」

「それもそっか」

さくらはニッコリと笑うと、再度テレビへと視線を移す。

今は話しかけても無駄かな・・・と、集中しきっているさくらを見ながら思い、さくらに倣うように俺もぼんやりとテレビを見据えた。



10時になり番組が終わると、さくらは立ち上がり「ふぁふ・・・」と控えめな欠伸を漏らした。

「眠いのか?」

「うん、ちょっとね〜。飛行機の中で少し寝たけど・・・多分、時差ボケも入ってるんだと思う・・・」

そこまで言うと、もう一度「ふにゃぁ〜」と、今度はネコの鳴き声のような欠伸を見せる。

「そんなに眠いなら、そろそろ寝たらどうだ?ほらほら、良い子は寝る時間だぞ」

「むっ、子供扱いしないでよね。でも・・・確かにそうかも」

実際に、さくらの目は半分ほど閉じかかっている。

このままでは落ちるのも時間の問題だろう・・・その前に、彼女を寝床へと連れて行ってやらねばならない。

「ほらっ、そんなんでお前、自分の家に帰れるのか?」

いくら家が隣だからと言っても、その寝ぼけているような足取りでは心配にもなってくる。

「大丈夫、大丈夫。今日はお兄ちゃんの部屋で寝るから」

「ああ、なんだ。それなら大丈夫だな。・・・ってなにーーーーっ!!」

「ふにゃ!?」

突然の大声でのノリツッコミに、閉じかかっていたさくらの目は驚きに見開かれた。

いや、それはおいといて・・・俺の部屋で寝るって。

「正気かよ、おい・・・」

「Of course!勿論だよ!」

「オフコースじゃねえよ!」

思いっきり突っ込んでやると、さくらは不機嫌そうに唇を尖らせた。

「なんでさ〜。別に、恋人同士が同じ布団で寝るのって、おかしくはないと思うけど?」

「・・・まあ、確かにな。っていやいやいや、そうじゃなくてだな」

「・・・もしかしてお兄ちゃん、ボクと一緒に寝るのが嫌なの?」

「へ?」

そして今度は一転。

落ち込んだように声を落として、潤んだ瞳で俺を下から見つめてくる。

「ねえ・・・」

「あ〜もうっ、分かったよ。一緒に寝るから、その目は勘弁してくれ!」

「ホント!?やったね。それじゃあ、ボクは先に部屋で待ってるから〜」

またまた表情が一瞬にしてコロっと変わり、さくらはニパッと笑顔になると嬉々として階段を駆け上がっていった。

「・・・・・・嘘泣きかよっ!」

その姿を呆然と見送った俺は、誰も居ないリビングでタイミングを完全に逃したツッコミをするのであった。







”カチッ・・・コチッ・・・”

見上げる部屋の灯りは既に消されており、時計が秒針を進める音だけが酷く耳に残る。

最近は暖かくなってきたので、今も毛布一枚を体に被せているだけなのだが、それでも暑すぎるな・・・と、俺は思った。

「スー・・・スー・・・」

その原因は勿論、俺の腕にしがみ付くようにして眠っている、隣の彼女のせいなのだろう。

規則正しい彼女の寝息が首筋を滑る感覚に、俺の体温はどんどん高まっていく。

布団に入ってからそろそろ一時間が経過しようというのに、一向に睡魔は襲ってこなかった。

対してさくらは、10分も経たずに安らかな寝息を立て始めた。

それを理不尽に思いつつも、飛行機を使った長旅で疲れているさくらを起こすような真似はしたくなかったし、寝静まった彼女の傍を離れることもしたくはなかった。

『・・・かったる』

本日何回目かの言葉を内心で呟き、天井を眺めながら俺は空いている方の手でゆっくりとさくらの髪を撫でてやる。

「・・・どうしたの?お兄ちゃん。・・・眠れないの?」

突然横から聞こえてきた声に驚きつつも、天井から視線を移す。

眠っていたはずのさくらが、瞳をとろんとさせながら問いかけていた。

「悪い、起こしたか?」

「ううん、気にしないで。撫でてもらうの、気持ちよかったから・・・だから、もっとお願い♪」

「はいはい」

寝惚けているためいつもより尚更子供っぽいさくらの仕草は、無性に似合っており、また可愛かった。

俺も穏やかな気持ちになり、先程よりも優しい手つきでブロンドの髪を梳いてやる。

「うにゃあぁぁ・・・」

さくらはこのまま蕩けてしまいそうな声を出して、また数分後には寝息を立て始めてしまった。

「お兄ちゃん・・・ボク、すっごく幸せだよ・・・」

彼女が眠りに就く寸前に漏らした、寝言ともつかないそれが、俺の心に深く刻み込まれる。

「幸せ・・・か」

今度こそ寝ようと、一言呟いてから瞳を閉じる。

そして、暗闇の世界で自分の幸せな情景を思い描いてみた。

「・・・そうだよな。俺も、幸せだよ。・・・さくら」

やはりというか、思い描いたのは、彼女との日常。



――朝起きて、時々さくらが作りに来てくれる朝食を食べて、手を繋ぎながら一緒の通学路を歩く。

――学校の昼休みには、彼女が作ってくれた弁当に舌鼓を打ち、そのまま屋上でのんびりと過ごす。

――放課後は桜公園に寄って、クレープなんかを食べて、恋人気分を味わう。

――夕飯も、もちろんさくらの手作り。そして時々今日みたいに一緒に布団で寝て、一日が終わる。



そんな誰もが達成できそうな、そして誰もが望んでいるような、当たり前の幸せ。

これからもずっと繰り返されるであろう、平凡で幸せな日々。

ずっと・・・ずっと・・・。

「・・・おやすみ、さくら」

目を閉じたまま、隣に居る愛しい存在に呼びかけて。

次第にまどろんでいく意識を、俺は安心できる暖かさの中で手放した。

――今夜は、良い夢が見られそうだ。



end


後書き

と、いうことで!

100000HIT達成記念リクエストSSでしたーーーーっ!!(嬉)

サイトを開設して、はや1年と3ヶ月・・・まさかこんなに早く10万を達成できるとは思っていませんでした。

これもひとえに読者様の厚いご支持があってこそのものだと、心より感謝しております。


さてさて、今回のSSの内容ですが。

リクエストは、「さくらのほのらぶ」で頂いておりました。

どうでしょう?ほのらぶ出来ていたでしょうか(汗)

これは作者自身ではいまひとつ分からないところ。一応そうなるように努力はしたつもりですが、若干シリアスが入ってしまいました。

けれど、今回はテンポ良く書けたと思っています。さくらと純一の掛け合いは、やっぱり書いてて楽しいですし^^

なので、予定よりもだいぶ早いUPとなりました〜。


それでは、リクエストしてくださった雪月花さん。最後まで読んでくださった読者の皆様方。そして、サイトの10万HITに貢献してくださった全ての人たちに。

もう一度、感謝を伝えたいと思います。

ありがとうございました!!今後とも、当サイトを宜しくお願い致しますm(__)m



さくら「お兄ちゃん、感想はこっちだよっ♪」



2007.1.10  雅輝