――12月24日。

長い期間に渡って生徒会の方でも準備を進めてきた学園のクリスマスパーティーも、プログラム上の滞りもなく無事終了した。

時間はもう8時を過ぎていて、学園に残っている生徒はもうほとんどいないと思う。

『もう・・・とっくに帰っちゃってるよね?』

そんな事を考えながら私――朝倉音姫は、学園の階段を昇降口に向かって下っていた。

通常、6時には全てのプログラムを終えるクリスマスパーティー。

私は生徒会――いや、生徒会長としての後片付けが色々と残っていたから、こんな時間まで居残って作業をしていた。

勿論それは私だけでなく、副会長であるまゆきも、他の生徒会員も全員なんだけど・・・。

『・・・寒いなぁ』

靴を履き昇降口を出ると、年の変わりを間近に控えた冷たい寒風が身体を刺す。

一人きりで帰るのは、久しぶりだった。

隣に居ない存在の大きさが、さらに寒さに拍車を掛ける。

「・・・え?」

ふと目を向けた、校門の柱。

そこに寄りかかるようにして立っている、一人の生徒。

寒そうに白い息を何度も吐きながら、夜空に照り輝く星を眺めている彼の姿を見た瞬間、私は無条件に笑顔になって思わず駆け出していた。

「弟く〜〜〜ん!!」

それはたぶん、残業の疲れなど感じさせないような嬉々とした声で。

そんな私の声に気付いた弟くんは、いつものように私をホッとさせるような暖かい笑みを浮かべてくれるんだ。





D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

             「音姫の聖夜」

                      Written by 雅輝






「お疲れ様、音姉」

「うん、ごめんね、遅くなって。待ってて、くれる、なんて、思ってなかった、から」

私は弟くんの前まで走ってくると、そのまま乱れた息を戻すのも忘れて彼の言葉に応じた。

そしてそのまま確かめるように彼の頬に手を当てる。

「・・・」

「ど、どうしたの?」

「冷たい」

「え?」

「いったい、弟くんいつから待っててくれたの?」

「あ、あ〜いつからだろ。・・・終わってすぐくらいからかな?」

「ってことは・・・もう2時間以上も経ってるじゃない!もうっ、風邪引いちゃうよ?」

私を待っててくれたというのは単純に嬉しいけど、でもそれで弟くんが風邪を引いちゃったら意味がない。

「だ、大丈夫だって。ちゃんと暖かい格好してきたし。それに・・・」

と、そこで一旦言葉を切ってニヤッと笑う弟くん。

次に感じたのは、私の右手に突然宿った、優しい温もりだった。

「こうしてれば、すぐにあったまるし」

「な?」と繋いだ手を上げて同意を求める彼に、私は赤く染まっているだろう頬を隠すように頷いた。

「う、うん・・・」







学園からの帰り道。

繋いだ手は勿論そのままで、私達は雑談を交わしながらゆっくりと桜並木を歩いていた。

「ねえねえ、今日弟くんはどうしてたの?」

「ん?特に何も。クラスの出し物の手伝いをしたり、雪月花と校内を見て周ったり」

「・・・ふ〜ん。小恋ちゃんたちとねぇ」

「ご、誤解しないでくれよ?周ったって言っても、渉と杉並を含めた6人でってことだよ」

「ふ〜ん」

「音姉ぇ〜〜」

弟くんの情けない声に思わず吹き出しそうになるも、必死にむっとした顔を作ってみせた。

――いくらさばけた関係の友達とはいえ、恋人が女の子と一緒にいるのは複雑な心境になる。

あまり束縛はしたくないんだけど・・・それでも、これは彼を思う故の独占欲であって、女の子としては当然の感情だと思う。

だから、これは精一杯の私の意思表示。

「で、でも、俺がいつも想ってるのは音姉だけだから!」

「あ・・・」

必死な彼の声に、そしてその台詞に、耳までも赤くなってしまいそうだった。

ちらりと弟くんの方を見てみると、彼も今言った台詞の意味に今更ながら気付いたのか、顔を赤くして照れ隠しのように頬を掻いていた。

「・・・音姉?」

「キス・・・」

「へ?」

「キスしてくれたら、許してあげる」

『わ、私ってば何を言ってるんだろう?』

弟くんの台詞にあてられたのか、普段なら絶対に口にしないようなおねだりをしている自分がいた。

そして急いでそれを取り消そうとした、次の瞬間――。

「――んっ」

素早く一瞬だけ、彼の唇が私のそれに触れていた。

「お、弟くん?」

「これでいいですか?俺のお姫様」

そのおどけた・・・それでいて気障な台詞も、いつもの弟くんなら絶対に口にはしないのだろう。

やっぱり、弟くんもこの雰囲気にあてられたのかもしれない。

「う、うん・・・もちろんだよ」

でも私にとっては、そんな些細なことはどうでも良かった。

ただ、幸せな今があるなら、それで・・・。

「えいっ」

「おっと」

「えへへ♪」

そのまま幸せな気分に浸かりたかった私は、手のひらだけでは飽き足りず、腕全体で感じられるようにと彼の腕に抱きついたのだった。







「ただい――あれ?」

「ま」と続けようとした私の帰宅の言葉は、引いても開かない玄関のドアによって遮られた。

よく見ると、家の中の電気はどこも点いていない。

「ん?どうした、音姉」

「うん・・・由夢ちゃんがいないみたいなのよ」

今日は由夢ちゃんも含めた三人で、ささやかながらクリスマスパーティーを行なう予定だった。

おじいちゃんとさくらさん・・・二人がいなくなってから、初めて迎えるクリスマス。

せめて家族三人でと、私達の家ですることになっていたのに・・・。

「まだ帰ってないのか?・・・いや、それはないか。もう9時前だし。とりあえず――おっ」

その時、弟くんの台詞を遮るように携帯の着メロが鳴り響いた。

「・・・はぁ」

携帯を取り出し、眺めて数秒後。

照れと共に吐き出された彼のため息は、どことなく呆れを含んでいた。

「由夢からだよ」

「えっ?」

なんというタイミングか、私は弟くんが差し出した携帯を受け取り、さっと目を通す。

そこにはメールで、こう記されてあった。



”題名 ごめんなさい!


ごめん、兄さん。

実は今日、急に天枷さんの家に泊まることになっちゃったから、家でのパーティーには参加できそうにないの。

だから、パーティーはお姉ちゃんと二人でやってね。

それじゃ、お姉ちゃんにも謝っといて。

P.S. 私が居ないからって、エッチなことはしちゃダメだからね。”



由夢ちゃんらしい、絵文字も使われていない簡素な内容。

でもやはりそれは、弟くん同様呆れのため息が出るものだった。

「どう思う?音姉」

「どうって・・・私達に気を使ってるとしか思えないけど・・・」

「そうだよなぁ」

――今年の4月。

桜舞う季節の中、奇跡的にも弟くんが帰ってきてくれて・・・。

彼と関わってきた全ての人の記憶は元通りに戻ったけど、それでも由夢ちゃんとはギクシャクとしたままだった。

・・・ううん、ギクシャクとはちょっと違うかな?

由夢ちゃんは、”妹”に戻ったんだ。

私と弟くんが恋人同士になって、たぶん一番悩んだのは由夢ちゃんだから。

だから・・・今までみたいに彼を好きなままではいられなかったから・・・妹に戻った。

「帰ったら、お仕置きだね?」

「・・・ああ、そうだな」

でも、それとこれとは別問題だから。

友達としてでも、恋人としてでもない、家族の繋がり。

それは、私達が一番大切にしていかなければならないもの。

消えてしまったおじいちゃんやさくらさんの為にも・・・そして何より由夢ちゃんの為にも。

「あいつの居場所はここなんだって・・・しっかりと教え込んでやらないとな」

それは由夢ちゃんにとっては辛いことかもしれないけど・・・。

でも、だからこそ乗り越えてほしいと願う。

弟くんを奪った私が言えた義理じゃないのは分かってるんだけど・・・それでも。

「そうだね・・・。私がいて、弟くんがいて、そして由夢ちゃんがいる今が、幸せなんだってことを」

――家族でありたい。







「うぅ〜、寒っ。やっぱり冬に外で話しこむもんじゃないよな」

「そうだね。もう冷えきっちゃったよ」

私達は一旦お互いの部屋に行って着替えてきてから、示し合わせたようにキッチンに戻ってきた。

とはいっても、手の込んだ料理をするわけじゃない。

ターキー(七面鳥)はもう買ってあるのでオーブンで焼くだけだし、後はシャンパンを開けて、サンタがちょこんと乗ったケーキを出すくらい。

そもそも学校のクリパの出店でさんざん食べてきた上、予定より一人減ってしまったのだからこれでも多いくらいかもしれない。

「あれ?音姉もシャンパン飲むの?」

「えっ、ダメなの?」

「だって音姉、酒弱いんじゃなかったっけ?正月だって、甘酒1杯で酔っ払ってたじゃないか」

「むっ、大丈夫だよ。これはノンアルコールだし」

確かにそれは事実なんだけど、それでも私の方がお姉さんなのにそういう風に子供扱いされては、やはりむっと来る。

「ん〜〜・・・ま、いっか。もし酔ったら、俺が抱きかかえてベッドインするだけだしな」

わざとニヤリと下卑た笑いを浮かべる弟くん。

それが冗談だと分かっていても、やはり頬の赤みは収まるはずもなく・・・。

「も、もうっ弟くんのエッチ!」

私は顔の火照りを誤魔化すように、ソッポを向くことしか出来なかった。





「綺麗だね・・・」

「・・・ああ、そうだな」

部屋の灯りを消して、代わりにケーキのろうそくに火を灯し。

聖夜を彩る幻想的な光を、私達はソファで身を寄せ合いながら眺めていた。

「あ・・・」

そして前方の窓に視線を移すと、いつから降っていたのか、粉雪がしんしんと舞い落ちている。

冬というこの季節、葉すら付いていない桜の木をバックに繰り広げられるその光景に、私は目を奪われながらポツリと呟いた。

「去年のクリスマスも、こうして雪が降ってきたよね」

「ああ。確かあの時は、人形劇の打ち上げを途中で抜けてきたんだっけ」

「うん。雪と一緒に・・・まだ、桜の花びらも舞っていた」

「・・・」

弟くんと腕を組んで歩く帰り道。

降り始めた雪と、季節感にそぐわない桜の花弁がマッチして、その綺麗な光景に目を奪われたのをよく覚えている。

でも――。

「あの時はとても・・・弟くんとこんな関係になるなんて思ってなかった」

「だってその時にはもう、弟くんが桜の魔法の上で成り立っている存在だって、知っていたから」

「うん・・・」

「私ね、ずっと我慢してたんだよ?」

隣にいる彼にぐっと身体を寄せ、間近でその顔を見つめる。

「昔から・・・弟くんのことを”弟”以上に見ようとしてしまう心を必死に抑えつけて・・・その事実を誰にも気付かれないように、ただの面倒見がいい”お姉ちゃん”であろうとしたの」

「近づきすぎれば、後悔するって知ってたから・・・」

「音姉・・・」

背中に回される彼の腕の温もりを感じながら、私は言葉を続けた。

「でも・・・でもね。どうしても我慢できなかった」

「告白した時・・・頻繁に島内で起こっていた事件。それが桜のバグによるものだって分かってたの」

「けど、もう弟くんに会えないって、そう思っちゃうと・・・駄目だった」

「熱で朦朧としてたのもあると思うけど・・・でも、今でも後悔はしてないよ」

正義の魔法使いとして、島を救う唯一の方法。

それも頭では理解していた。いつか絶対に訪れるであろうその日も覚悟していた。

ただ・・・その事実をありのまま受け入れたくなかったんだ。

「後悔してない、か・・・それは俺も同じだよ、音姉」

「おな・・・じ?」

こつんとお互いの額同士を合わせ、弟くんが照れたような顔をして言う。

「俺だって、後悔はしなかった。俺の存在が消えるって教えてもらったときも、この世から無くなってしまう最期の瞬間まで・・・」

「逆に、最後の最期で音姉とかけがえのない時を過ごせたことを感謝した」

「それにな。まだ言ってなかったけど、俺が帰ってこれたのは、音姉のお陰なんじゃないかって思ってるんだ」

「え?」

初めて聞くその話に、私は驚きじっと彼を見つめた。

そして彼もまた目を逸らさずに、つらつらと語り始める。

「俺の存在がここから無くなってしばらくしてから、どこともつかない場所――そこで、純一さんとさくらさん・・・いや、母さんに会ったんだ」

「おじいちゃん達に?」

「ああ。そこで母さんたちはこう言ってたよ。「私達が出来るのはここまで。後は、想い続けることだよ」って・・・」

「想い・・・続ける・・・」

「・・・俺はこう考えた。桜の魔法によって俺の存在が創られたのなら、それが消える時、俺が還るのは同じく桜の中なんじゃないかって」

「・・・・・・」

「桜の中は、言ってみれば魔力の中枢。たとえ枯れたとしても、俺の存在を木の中の世界で保ち続けるだけの微弱な魔力は残っていた」

「その上、純一さんや母さんは魔法使いだ。その残った魔力を、一人分の願いを叶えるほどの大きさにするのも、二人合わせれば不可能じゃないはずだしな」

「そして時が過ぎて・・・もはやうっすらとぼやけ始めた意識の中で、音姉の声が聞こえた気がしたんだ」



――「魔法なんて使えなくていい!弟くんを――私の一番大切な人を返してよぉ!!」――



「あ・・・」

それは弟くんがいなくなってからは、事ある毎に桜の木の下まで行って、叫び続けた言葉だった。

姉でもない、魔法使いでもない。

ただ一人の女の子として、彼を愛することがどうして出来ないのか。

そんな悔しさを、悲しさを、やり場の無い怒りを、誰もいない桜の下でいつまでも叫び続けていた。

「確かに聞こえたその声を頼りに、俺は走り続けた」

「どれだけ走ったかも分からない。ゴールがどれだけ先にあるのかも分からない」

「ゴールに辿り着く前に、この身体が保たないかもしれない」

「ただ、そのゴールが音姉なら、諦めるわけにはいかなかった」

「今も泣き続けている恋人の願いを、そして途方もない世界で俺が唯一祈った願いを、叶えるために走り続けた」

「そして気が付くと俺は、あの桜の下で眠っていたんだ」

「そっか・・・私の言葉で」

弟くんの話は推測の域を出てはいないけれど、それでも辻褄は合っているし、何より私もそう願いたい。

彼を失ってからの二ヶ月・・・地獄のような虚無な時間も、決して無駄ではなかったと・・・そう、思えるから。

「・・・」

「・・・」

そして数分の間、お互いに何も喋らずに相手の温もりだけを感じ合う時間が続く。

「確かに・・・」

そんな静寂を破ったのは、弟くんの遠慮がちな声だった。

「桜に取り込まれていた二ヶ月の間。辛くなかったといえば嘘になるし、音姉に言葉では言い表せないほどの寂しい思いをさせたのも事実だ」

「だけど、それでも俺達はこうして再会できた」

「そしてこれからずっと、音姉と一緒にいることができる」

「それだけで、俺は満足なんだよ」

「おと・・・うとくん・・・」

大好きなはずの彼の穏やかな顔なのに。

今は、溢れ出る涙でしっかりと見ることができなかった。

その代わり、私はうっすらと見える彼の唇に、自分の唇を近づける。

「んっ!?」

「・・・」

普段はしないような積極的な行動は、今日だけの特別。

だって、今日は恋人達の祭典・・・弟くんと恋人同士になって初めて迎えるクリスマスだから。

「・・・」

弟くんも最初は驚いていたようだけど、すぐに緊張を解いて私の背に腕を回してくれる。

お互いの唇を味わいつくすような長いキスの後、そっと離れた私の口からは吐息と共に自然と言葉が紡がれていた。

「私も、だよ」

「・・・え?」

「私も、弟くんが傍に居てくれるだけで幸せだから」

「音姉・・・」

「弟くんが居なくなってからも・・・ずっと信じてた」

「私だけはあなたの存在を忘れないように、新品のノートが全て埋まるくらい弟くんの名前を書き続けた」

「どれほど時が流れても、どれほど季節が巡っても、弟くんはきっと帰ってきてくれるって信じてたから」

「・・・ありがとう」

ふと穏やかに微笑んだ彼から、一瞬だけ触れるようなキスが降ってくる。

「ずっと、一緒にいような・・・音姫」

そして照れたように頬を赤らめながら、私の名前を呼んでくれる彼。

「うん!勿論だよ、義之くん」

だから私も、今できる最上級の笑顔で彼に応える。

そして再び重なった私達の影を、サンタクロース――北欧の魔法使いは、ケーキの上から静かに眺めていた。



end


後書き

というわけで、クリスマス記念特別SSとして朝倉音姫姉さんの作品を書いてみました〜。

音姫は由夢に続きD.C.Uで二番目に好きなキャラ。今回のSSもかなりスラスラと書けました^^

作者的にはラブラブを目指したつもりですが、結構シリアスも入ってしまいました。

これはもう癖ですね。長編ではシリアスばかりでラブラブは最終話くらいしかないので(汗)

そしてそのシリアスな部分は、義之が助かった理由を私なりに解釈して・・・というより想像して書きました。

実際どうなんでしょうねぇ。さくらの力が関わっていることは間違いなさそうですが。

あと補足説明をしておくと、この話では「音姫は義之の存在が桜の魔法によるものだという事を、クリパの前から知っていた」という設定になっています。

本編では・・・確か新年が明けていくらか経ってから知ることになってるんですけどね^^; 話の都合上、そういう設定で。


今年はこれを抜いても、後1,2回はUPできそうです。予定はバイトくらいで、暇な毎日が続きそうですからねぇ(笑)

それでは、ここまで読んで頂きましてありがとうございましたm(__)m



音姫「弟くん。感想はちゃ〜んとこちらに書いてね?」



2006.12.24  雅輝