麗らかな春の日差し。

桜の花びらはもう既に散ってしまっているが、それでも過ごしやすい気候には変わりなく。

まさに文字通り”五月晴”の空を覗かせる、そんなある日。

「♪〜〜♪〜♪」

ここ、風見学園の音楽室には、今日も清涼感溢れる透明な歌声が響き渡っていた。

そしてそれに合わせるように奏でられているバックミュージックが、その歌声をさらに魅力的なものにする。

音楽を通じて感じる、気持ちのいい一体感――それは4人のバンドメンバーの誰もが感じていることだった。

「「・・・」」

音楽室の椅子に座り、心地良い表情で聞き入っている二人の見学者――杏と茜。

ゆったりと音楽に身を任せている彼女らに会話は無い・・・ただどんどん進化を遂げていく友人たちの演奏に酔いしれるだけ。

緩やかに土曜の昼下がりを流れる、とても贅沢な時間。

やがて透明な歌声は止まり、ドラムのシンバルとギターが「ジャーーーーンッ」とラストを飾ると、ようやく二人はそれに気付いたように惜しみなく拍手を贈った。

「凄い凄い!みんな最高だったよ!」

「大したものね。三ヶ月前より格段に上達してるわ」

茜はかなり興奮しながら、杏は冷静に、それぞれ賛辞の言葉を4人に贈る。

「あはは、二人ともありがと〜♪」

それに答えたのは、ボーカル担当であるななか。

持ってきていたペットボトルのお茶を、喉をゆすぐように飲んでいる。

「今のは俺たちもかなり気持ちよかったよな?」

「そうだね〜。ここまで合ったのは初めてじゃないかな?」

「ああ。確かに気持ちよかったな」

演奏していた方も興奮が醒めないのか、ドラムを適当に叩きながら皆を見渡す渉に、小恋と義之も相槌を打った。

「でも義之くん、途中サビの前で一回間違えたでしょ?うまく誤魔化してたけど」

「のあっ!気付いてました?!」

「当然♪」

にやりと悪戯っぽい顔で微笑むななかと共に、周りのみんなも笑い出す。

「ま、まあいいじゃないか。なはははは」

そして当人である義之も笑い出して、場の雰囲気が和やかになった丁度その時。

”コンコン”

「? はーい」

「失礼します」

ノックの音と共に音楽室の中に入ってきたのは、スーツ姿の若い男性であった。

若い男性なら一人知り合いがいるが、その小日向慎でもないようだしいったい誰なのだろうか?

そんな疑問に答えるように、目の前の男性は深く頭を下げて口を開いた。

「すみません、練習中にお邪魔してしまって・・・私、こういうものです」

両手で差し出されたその名刺を、一番近い位置にいたななかが要領も得ないまま受け取る。

そして名前の欄には「斉藤」と銘打たれたその名刺に目を通した瞬間、ななかの目は驚きによって大きく見開かれた。

「ミュージックキングレコード会社!!?」

「「「えっ!?」」」

思わず出てしまったななかの声に、後ろの3人も一斉に驚きの声を上げた。

ミュージックキングレコード会社とは、東京にその本社を構える日本でも有数のレコード会社だ。

音楽をやっていて、まず知らない者はいないであろう。

男性――斉藤は義之たちの反応に一瞬満足げな顔を覗かせるが、すぐに真剣な表情になって話し始める。

「三ヶ月前のオンエアコロシアムで、貴方達の演奏は聞かせて頂きました。もちろん演奏の方も素晴らしかったのですが、私達はボーカルである白河ななかさんに目を付けまして・・・」

斉藤はそう言うと、ななかに向き合う。

杏と茜を含めた他の面々も、その続きを緊張しながら待った。

「どうでしょう、白河さん。あなたさえ良ければ、私達の全面バックアップの下、東京でソロデビューをしてみませんか?」

・・・・・・。

「「「「「「ええぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇっっっ!!!!!?」」」」」」

一瞬の静寂の後、思ってもみなかったスカウトの言葉に、音楽室には再度義之たちの驚愕の声が響き渡ったのであった。






D.C.U〜ダ・カーポU〜 SS

        「Bonds of Mind ―心の絆―」

                      Written by 雅輝








もうオンエアコロシアムに出場してから、三ヶ月が経とうとしていた。

暦の上ではもう五月・・・徐々に元気が出てきた太陽に清々しさすら感じる、そんな季節。

桜公園を並んで歩く義之とななかにもそんな太陽の日差しは降り注ぐが、今の二人に――特にななかにはあまり効果は見られないようだ。

「はぁ・・・」

大好きな恋人が隣にいて、しかも手を繋ぎあって歩いているというのに、ななかの形の良い唇からは何故かため息が零れた。

それは嫌悪や、不快や、落胆などといった負の感情から来るものではなく、自分がどうすればいいのか分からずに、一旦整理をつけるためのものだった。

義之もそれがわかっているのか、特に何かを言うわけでもなく握っている手に少し力を入れるだけ。

しかしそれすらも勇気に変わったのか、ななかは意を決した様に顔を上げると、前を見据えながら隣の恋人に呼びかけた。

「義之くん」

「ん?」

「私、どうすればいいのかな?」

「・・・」

突然立ち止まりポツリと。

顔を合わせようとせず呟いた彼女の言葉に、そしてその悲しげな横顔に、義之はすぐには何も言えず口を閉ざしてしまう。

――ななかは分かっている。

先程のスカウトマン――斉藤の話・・・東京でソロデビューをするということは、自分達が離れ離れにならなくてはいけないという事を。

だからこそ今、憂いの表情で義之に問いかける。

ならば、自分は彼女の恋人として答えてやらねばならない。

「そうだな・・・」

彼女の顔を見ないように、義之も前方へと顔を向け背中越しに話しかける。

――これから言うことを、彼女の顔を見てはとても話せなかったから。

「突き放すような言い方かもしれないけど、それは俺には答えられない。ななか自身の問題だから」

「・・・義之くん」

背中に届く困惑したような声。

それでも義之は、淡々と言葉を続けた。

「ななかには、後悔して欲しくないんだ。もし自分の意見を押し殺してまで俺の意見に従うつもりなら、俺は答えたくない」

「・・・」

背中越しに何も喋らない彼女の表情を覗うことはできないが、もしかすると泣いているのかもしれない。

そう思うと胸がズキンと痛んだが、それでも義之は尚も続ける。

「最終的に決断するのはななかだ。もちろん、俺はななかの決めた未来を、恋人として全力でサポートする」

「でも。どちらにするかは、ななかが決めなくちゃいけないことなんだって・・・俺は思う」

そこまで言って、ようやく振り返る。

すると――。

「・・・ふふっ」

「・・・うぇ?」

正直泣き顔・・・とまではいかなくとも多少は沈んだ顔を想像していたのに、振り向いた先の彼女の顔ははにかんだ笑顔だった。

「なんか・・・義之くんらしいね?」

「そ、そうか?」

「うん。一見冷たそうな言い方に聞こえるけど、私のことを考えての事だってわかる。・・・こんな時、能力なんか無くても通じ合えるんだって感じるから、嬉しいの」

能力・・・触れるだけで人の思考を読み取れる、桜の魔法。

あまりに便利すぎるその力に依存して、頼りきって・・・魔法という夢が覚めた途端、臆病になり、自分を見失ったななか。

でもその力と決別して、彼女はまた強くなった。

今では、その能力が無くなった事を嬉しく思うほどに。

「・・・じゃあ今のななかも、ななからしいかな」

「えっ?」

「笑顔。・・・やっぱりななかには、笑顔が似合うなぁって」

「えぇっ?!」

面白いほど顔を紅潮させて、ななかはあたふたと慌てふためく。

その小動物チックな行動がさらに愛しさに拍車をかけ、義之は気が付けば彼女を胸の中に閉じ込めていた。

「あっ・・・」

「決断・・・できそうか?」

今日は結んでいない長い髪をゆっくりと撫で下ろし、優しい声色で義之は問う。

「・・・うん。素敵な彼氏さんに勇気を貰っちゃったからね。絶対にしてみせるよ」

幸せそうな表情をしていたななかが顔を上げ、義之を見つめながら答える。

その答えに満足そうに頷いた義之は、ゆっくりと瞼が降りた彼女の唇に、そっとキスを落とした。







そしてそれから一週間後。

あのスカウトマンはこの前来た時に、「それでは、また一週間後に覗わせて頂きます」と言って去っていったので、義之たちはまた音楽室でセッションを楽しみながら彼の到着を待っていた。

ななかの決断は誰も知るところではない――それは、恋人の義之も同じであった。

それでも義之は特に問い詰めるわけでもなく、ななかを信じて今日まで待った。

”コンコン”

セッションが一段落着いたところで、まるでそれを待っていたかのように聞こえてきた控えめなノックの音。

「はーい」

「失礼します」

ななかの返事と共に姿を現したのは、やはり律儀に期日をしっかりと守ってくれたあの男性だった。

礼儀正しく一礼をしてから、ななかの傍まで歩み寄ってくる。

「度々練習中のところをすみません。今日は、お返事を聞かせて頂きたくお邪魔させてもらいました」

「はい・・・」

その話も前に聞いている。

「無理にとは言いませんが、もしすぐに決められるのでしたら一週間後にお聞きします」――と。

ななかは一度大きく息を吐くと、いきなり何を思ったのか、突然義之の腕に抱きついた。

「な、ななか?!」

当然それに慌てるのは義之。

後ろで緊張しつつもななかの言葉を待っていた、渉・小恋の両名も驚きを隠せない。

そして、その透き通るような声で一言。



「私は、義之くんが好きなんです!!」



・・・・・・・・・。

室内に沈黙が流れる。

当然他の三人は呆然とし、あの折り目正しかった斉藤までもがキョトンとしている。

『な、ななか、いったい何を・・・』

ようやく頭が回ってきた義之は、頬が赤く染まるのを知覚しながらも腕にしがみついているななかを見る。

すると、ななかもとても真剣な表情でこちらを見ていた。

それは「お願いだから、私を信じて・・・」と訴えかけるような、そんな真摯な瞳で・・・。

「・・・」

その瞳に、結局義之は何も言うことができずに斉藤の顔色を覗う。

しかしその顔は意外にも怒っている印象はなく、驚きながらもななかの言葉を待っているように思えた。

とりあえずその様子に安心したのか、ななかは一呼吸置いて再び口を開く。

「私は・・・歌って、人の心だと思うんです」

「もちろん、技術的な部分が多いことは知っています。でも、最終的に残るのは、歌唱者の心」

「貴方達の会社の目に止まったのも、それはきっと、私の傍には信じあえる仲間達がいてくれたから」

ななかはそう言うと、一瞬振り返り未だ呆然としている後ろの二人にニコッと微笑む。

その優しげな微笑に、渉も・・・

「へへっ」

小恋も・・・

「ふふっ」

無条件で笑顔になり、暖かい気持ちのまま、また前を向いたななかの背中を見つめる。

「そして何より、彼が――義之くんが隣にいてくれたから。私は最高の歌が歌えたんです」

「ななか・・・」

色んな感情が入り乱れた義之の呟きを皮切りに、再び静寂が漂う。

「・・・」

それでも斉藤は、口を挟まず、真剣な表情で話の続きを静かに待っていた。

「彼が演奏してくれるから、私は最高の歌を歌える。彼が隣にいてくれるから、私は私でいられる」

「だから私は、一人で東京でソロデビューすることなんて出来ません。今の私があるのは、ここにいるみんなのおかげだから・・・」

「ごめんなさい!」

自分の気持ちを伝えきったななかは、目の前の斉藤に向けて深く頭を下げた。

本島からわざわざ出向いてくれた上、これだけ良い話を持ってきてくれたのだから、これくらいは当然だと思った。

「頭を上げてください」

しかし、彼の優しげな声に顔を上げたその先には、微笑んでいる斉藤の姿が映った。

「白河さん」

「はい・・・」

斉藤はしっかりとななかを見据えると、好青年という言葉がそのまま当てはまりそうな笑顔で一言。

「いいメンバーをお持ちになりましたね」

「っ・・・はい」

緊張の糸が切れたのか、それともその言葉に感動したのか・・・ななかの返事は涙声になっていた。

「今までこの話を持っていけば、ほとんどのミュージシャンが一言二言で了承するものなのですが、あなたは違いました」

「しっかりと歌の本質を、周りの人々を、そしてご自分を見ている。・・・これからもその気持ちを失くさぬよう、頑張ってください」

入ってくる時同様また深く頭を下げ、背中を見せる斉藤。

「あ・・・あのっ、斉藤さん!」

「はい?」

その背中を呼び止めたのは、少し流れた涙を拭っているななかだった。

「非常にあつかましいというのは分かってるんですけど・・・これから先、もし貴方達の耳に”私達のバンド”が入ったら・・・」

「その時はまた・・・スカウトに来てくれますか?」

その願いは、とても図々しいものだと思う。

「・・・もちろん。そのつもりですよ」

それでも斉藤はそう微笑んで、静かに音楽室を去っていったのだった。







斉藤が去っていった音楽室。

少しの間沈黙が続いたが、それを破ったのはポムッとななかの頭に手を置いた義之だった。

「名前・・・決めなくちゃな」

「・・・え?」

「バンド名だよ。今までは俺も遊び感覚が抜けなかったけど、ななかの決意を聞かされちゃそうも言ってられないからな」

「あ・・・」

「そうだな。4人でバンドデビューも悪くないよな」

「うんうん。ななかの歌を活かせるのは、私達だけだもんね」

渉と小恋も、笑顔で義之の意見に賛同する。

――皆嬉しかったのだ。

ななかの言葉が、想いが。

より堅くなった、絆が。

「・・・うん!」

そしてななかも笑う。

目尻に涙を浮かべつつ、とても幸せそうに。

「それじゃあ、言いだしっぺの義之が決めてよね?」

「おっ、そりゃいいな。自称バンドのリーダーだし、なぁ?」

「おいこら。誰がいつリーダーを名乗った」

好き勝手言う小恋と渉に、義之は抗議の声を上げる。

「私も、義之くんに決めて欲しい」

「え?」

「義之くんに、決めて欲しいの・・・」

「ななか・・・」

真剣な表情で、しかも少し瞳を潤ませながら頼んでくる恋人に、義之がノーと言えるはずなかった。

「いいのか?」という意味合いで二人に目配せをしても、「任せた!」という風な笑顔が返ってくるだけ。

しかし義之は、悪い気分ではなかった。

実はさっき自分からこんな事を言い出したのも、一つ候補が思いついたからである。

「それじゃあ・・・」

それを知られるのが気恥ずかしかった義之は、さも今考えているように唸り声を出し、数秒後その候補を口にした。



「〔Bonds of Mind〕・・・心の絆ってのはどうだ?」



「Bonds of Mind・・・心の絆・・・」

確認するように呟くななかに、義之は説明するように言う。

「ああ、さっきななか言ってただろ?歌は心だって。・・・じゃあそれを構成するのが、俺たちの絆なんじゃないかってな」

「よ、義之凄いよ〜!私、一発で気に入っちゃったよ」

「う、嘘だろ?義之にそんな才能があっただなんて・・・」

渉のそれは褒めているのか微妙なところだが、とりあえず二人には異論なし・・・いや、大好評といっても良いだろう。

「どうだ?ななか」

「・・・よく出来ましたっ♪」

再度ななかに訊ねると、彼女は満面の笑みで義之に抱きつき、そのまま嬉し涙を流した――。







その後、「Bonds of Mind」という4人組の実力派バンドがミュージックキングレコード会社からデビューするのだが、それはまだ先の話。




end


後書き

サイト一周年記念特別SSでしたーーーっ!!

ってことで、皆さん。いつも応援ありがとうございますm(__)m

私の拙い文を読んでくださる皆様のおかげで、こうして無事(?)1周年を迎えることができました。

そこで日頃の感謝の意味も込めて書き上げたのがこのSS。

メモオフとどっちにしようか迷ったのですが、最近頭が完全にD.C.に移籍しちゃってるんで、先にこの話が思いつきました。

ヒロインはななか。管理人の好きなD.C.Uキャラ第3位(←聞いてない)

ここ1年の集大成と言っても過言ではない作品・・・皆様、どうでしたでしょう?

気に入っていただけるのなら、幸いです^^


それでは、短いですが今日はこれまでに。

これからも当サイトをよろしくお願い致します!




ななか「感想は、こちらに送るのだぞ♪」



2006.10.5  雅輝