「――――あっ!」

その姿を一目見た瞬間、あたしは確信した。

「・・・瀬名さん?」

「はい。お兄さん、ですよね?」

―――彼が、桜乃の言う「お兄ちゃん」なんだって。





ましろ色シンフォニー SS

             「あの頃から、ずっと」

                             Written by 雅輝






夏の残暑も過ぎ去り、本格的に秋の気配を感じ始める、9月の最終日。

あたし、瀬名愛理は、恋人である瓜生新吾と一緒に遊園地に遊びに出ていた。

そして今はその帰り道。新吾の腕をギュッと抱きながら、ほとんど抱き合っているような密着度で歩いている。

昔は、こうして往来でイチャついているカップルを、奇異な視線で見ていた。よく恥ずかしげもなくそんなことが出来るものだ、と。

でも、今はそう思っていたことさえ謝りたい。

大好きな人と、腕を組んで歩く。それがどれほど幸せで甘美なものか、あの頃のあたしは全然分かっていなかったのだから。

「疲れちゃった?」

苦笑しながらそんなことを思っていると、あたしの耳より少し高い位置から、優しげな声が降ってきた。

あたしの心を溶かしてしまう、魔法の声。その声を聞くと、あたしは無条件で笑顔になってしまう。

「ううん、新吾と一緒に居ると、疲れなんて感じないわ」

「ははは、それは俺もだけどね。でも今日は、いつもに比べてはしゃいでいたようだから」

「だってあたし、遊園地なんて初めて行ったんだもの。仕方がないでしょ?」

本当に小さい頃はどうか知らないが、記憶にある限り、連れて行ってもらったことはない。

母さんは物心着く頃から仕事で飛び回っていたし。それにずっとお嬢様学校だったからか、友達と行く機会もなかった。

「ん? 今日が初めてだったの? その割には、慣れてる感じだったけど」

「下調べしたからよ。それにどんな乗り物があるかくらいは、桜乃とかから話に聞いていたし」

「なるほど。でもまあ、お化け屋敷に関しては下調べが足りてなかったようだけどね」

「だ、だって、あれはその・・・うぅ、新吾、意地悪だわ」

お化け屋敷が何たるかは知っていたけれど、それ以上に斬新な仕掛けがいっぱいで、あたしはずっと新吾の腕を抱きながら悲鳴を上げていた。

――――昔のあたしなら、絶対に見せられない「弱い自分」。でも、彼には・・・新吾だけには。

「ごめんごめん。でも、ああいう愛理も可愛かったよ」

「〜〜〜〜っ、・・・ばかぁ」

ずっと、見せ続けている。――――見せ続けていいんだって思える、たった一人の男性(ひと)。





「「あっ・・・」」

あたしの家までもう少しという場所にある、自然公園。

遊具などは無いため、遊んでいる子供の姿も見えない。とはいっても、今はもう星が瞬いているような時間なので、どのみち子供たちは帰っているだろうけど。

二人並んで立ち止まったのは、その自然公園の奥――――新市街と旧市街の境目とも言える、土手が目に入ったから。

「愛理、さ。覚えてる?」

問いかけたのは、新吾から。そしてあたしはその問いに、自信を持って答える。

「もちろん。忘れるわけないわ」

彼の問いは言葉少なだったけど、あたしには意味が通じる。

この場所は――――。

「俺たちが、最初に出会った場所で」

「あたしたちが、想いを交わした場所でもあるわ」

互いに、微笑み合う。それは二人とも、今日が何の日か理解しているから。

一年前の、今日。時間も丁度今のように、夜の帳が下りた頃だった。

「・・・」

あたしは歩き出す。土手を昇る階段に向かって。

そして新吾は何も言わずに、その場に留まった。相変わらず、あたしの気持ちを分かってくれる人だ。

階段を昇りきり、振り返る。眼下には、月光を背負ったあたしを眩しそうに見上げる新吾の姿。

同じだ、あの時と。今ここに、あたしがあの時手を引いていたもう一人の出演者が居ないことが、惜しいほどに。

「・・・瀬名さん?」

あの時と同じ、彼の言葉。でも今はもう、他人行儀ではない。どこか楽しさを含んだような声だった。

「はい。お兄さん、ですよね?」

だからあたしも、あの時の台詞そのままで彼を呼んだ。あの日以来初めて使ったその呼称は、何だか妙にこそばゆかった。



――――今思えば。

あたしはあの瞬間にはもう、貴方のことを「特別な人」として見てたんだと思う。



――。

――――。

――――――。



―――9月30日。結姫女子学園に通うあたしにとって、環境が一変する日の前日。

あたしは学園長である母さんに、最後の直談判に向かっていた。とはいってもそれはもう決定事項。

明日からそうなるという段階で、今更結果が覆るとも思えない。ただ、愚痴の一つでも零さなければ気が済まなかった。

「共学化、かぁ・・・」

私立結姫女子学園は、伝統ある女学園だ。それが昨今の少子化の影響を受け、この町にあるもう一つの学校――――各務台学園と統合することとなった。

―――と、それはあくまで表向きの理由。母さんが、各方面を納得させるための。

「いい女はいい男が作る、なんて・・・馬鹿馬鹿しい」

あたしの呟きは、徐々に寒くなってきた秋空に吸い込まれていく。

それは母の持論だった。日ごろからあたしたち生徒を「いい女」にするためのカリキュラムを用意してきた母の、最後の一手。

異性の目があるから、性を意識する。男の目があるから、自然と女を磨ける。

女同士のコミュニティにしか所属したことがない――――確かにそれは「偏る」だろう。悪く言えば、「歪み」ともなり得るだろう。

この世界には、男と女がいて。交り合って、子供が出来て。そうして世界は回っているのだから。

「でもだからって、急すぎるでしょうに・・・」

――――あたしは別に、重度の男嫌いとか、そういうのではない。まあ友達の一人に、そういう子はいるのだけれど。

あたしが嫌うのは――――怖いのは、環境の変化。

何でも一人でこなす、バイタリティの塊のような母の背中を見て育ってきた。

いつだって母さんは、あたしの前を行っている。どれだけ知性を磨いたって、どれだけ女を磨いたって・・・きっと、母さんには追いつけない。

それでもあたしは、常に優秀であろうとした。努力の甲斐あってか、今のあたしは結姫きっての優等生として周りに認められるまでになった。

だからこそ、怖い。不安材料たる「男」という存在が来ることで、あたしが築いてきた世界が根底から壊されてしまうのではないかと。

「――――・・・よしっ」

陰鬱な気分を振り払うように、声に出してそう言う。勇んだ気分を逃さぬように、あたしは少々早足で学園を目指すのであった。





「・・・どうしよう」

しかしそれから二時間後、あたしは途方に暮れていた。

子供の頃から、方向感覚だけは良くなかった。しかも今日は運悪くいつも使う道が工事中で、迂回する道を通ることになって。

もう学園の近くまでは来ている―――はず。でも、今自分がいる場所がどこなのか、さっぱり分からない。

――――つまり端的に言うと、迷子になってしまったということだ。

「この歳で道に迷うなんて・・・学校のみんなには絶対に見せられない姿ね」

そう苦笑しながらも、足だけは止めずに歩き続ける。

止まっているぐらいなら、前に進んだ方がいい。それはあたしの性格から来ているのだろう。



「――――うん。私、久々に派手にやらかしちゃった」



とその時、前方からトテトテと歩いてくる女の子の姿が目に止まった。

蒼い瞳に、蒼い髪。女の子にしては長身で、愛らしいその顔立ちとは対照的な涼やかな瞳に、クールな印象を受ける。

彼女は携帯電話を耳に当て、誰かと会話しているようだ。

「うん、迷子ならお兄ちゃんに見つけてもらえばいい」

どうやら電話相手は、彼女の兄らしい。淡々と話すそのリズムは常に一定で、感情による揺れをほとんど感じさせない。

「目印になるものが出てきたら、電話する。・・・じゃあ、あとで」

すれ違う頃に、タイミング良く通話を終えたらしい。携帯電話を畳んだ彼女と、バッチリと目が合ってしまった。

「―――すみません。お尋ねしたいことが」

「え?」

まさか話しかけられるとは思っていなかったので、少々焦った。急いで取り繕い、微笑みを返す。

「何でしょう?」

「実は、道に迷ってしまいまして。旧市街の方には、どうやって行けばいいんでしょう?」

「・・・・・・」

あたしは思わず、笑顔で固まってしまう。同じく迷子な自分に、彼女の問いに答えられるはずが無かった――――。





「愛理。次はどっち?」

「ちょっと待って。さっきは右に曲がったから・・・」

旅は道連れ、というわけではないけれど、それからあたしと彼女―――瓜生桜乃は一緒に行動することにした。

あたしの住んでいるアパートも、旧市街から離れているわけじゃない。桜乃の目指す場所まで行けば、流石に家までの帰り道くらいは分かるだろう。

それに彼女とはとても気が合うらしい。自分でも人見知りする方ではないと思うけど、出会ってまだほんの十数分しか経っていないのに、もう互いに認め合っている。

下の名前も交換し合ったし、もちろん敬語も無し。桜乃はあたしの一つ下の学年らしいけど、この方が対等で心地よい。

「そういえば愛理は、結姫の生徒?」

「あら、よく分かったわね」

「この辺、結姫と各務台くらいしかないから」

確かに、この地域には珍しいことにその二校しか高校がない。まあ電車に揺られてもう少し都会に出れば、それこそ選び放題だろうけど。

「ということは、桜乃は各務台?」

「・・・愛理は、エスパー?」

「どうしてそうなるのよ」

コクンと首を傾げる桜乃。可愛い――――じゃなくて。

「そういえば、結姫といえば明日――――」

と桜乃が言いかけたところで、彼女の携帯が鳴り響く。何て言おうとしたか分からないけど、もしかしたら明日から始まる仮統合についてかもしれない。

まあ確かに、女学園との統合なんて、一般の生徒にとっても結構なニュースよね。

『桜乃がテストクラス生なんて・・・そんな都合の良い偶然は無い、か』

半年後に迫った正式な統合のために仮統合という形で、明日から各務台の生徒の1年生と2年生が10人ずつ、結姫にやってくる。

各務台から選出されたそれらの生徒を受け入れるのが「テストクラス」であり、一時的に1−T、2−Tと呼ばれるようになる。

桜乃がそのテストクラス生なら、この陰鬱な気分もまだ晴れるかもしれないのに。

「わからない・・・つかれた」

「ほら、桜乃、しっかり! 手を引いててあげるから!」

どうやら電話口の相手は、彼女のお兄さんのようだ。

兄の声を聞いて甘えたい気持ちが出てしまったのか、先ほどよりもその足取りは重くなってしまっている。

「うん・・・、ありがとう、愛理・・・」

「いいのよ。あたしも桜乃がいて助かってるんだから。ほら、お兄さんにしっかり説明して」

先に聞いた話によると、彼女のお兄さんは桜乃のことを探しにわざわざ出てきてくれているらしい。

つまり、その人と合流出来ればこうして道に迷い続けている必要も無くなるのだけれど・・・。

「ええと・・・お兄ちゃん、丘の反対側に線路が見える。それで・・・」

あまり口が上手い方ではないのだろう。桜乃が懸命に状況を伝える。

でもその言葉の節々からは、彼女の兄に対する信頼が感じられた。兄弟を持たない私としては、少々新鮮だ。

「あ、うん・・・いる。最初の電話切ってから、知り合った子。今は、私の手を引いてくれてる」

どうやらあたしの話題になったらしい。さっきの声が電話越しに聞こえてしまったのか、若干恥ずかしい。

「愛理、電話代わる」

「え? ちょ、どうして?」

思わず間の抜けた声が出てしまった。

桜乃が差し出してきているその手には彼女の携帯電話。これはもしかしなくても、あたしに代わって欲しいということだろう。

「お兄ちゃん」

「もう・・・分かったわ、貸して」

観念する。これ以上電話口の相手を待たせるわけにもいかないし。

コホンと軽く咳払いをしてから、桜乃らしいシンプルな携帯を耳に当てる。

「もしもし、桜乃ちゃんからお電話代わりました。あたし、瀬名愛理といいます」

「あ、は、はい。桜乃の兄の、瓜生新吾ですっ・・・」

向こうも妹の突然の行動に泡を食っていたのか、電話口からは上擦った声が返ってきた。

「ええと、妹がご迷惑をおかけしているようですみません。なんか色々と助けてもらってるみたいで・・・」

続いて、申し訳無さそうな声。決して軽い気持ちで言っているわけではないというのが、その声質から分かり、好感が持てた。

「いえ・・・私も彼女と一緒で、道に迷っていたところだったんです」

「・・・え?」

「道に迷ってた同士、知り合った、というか。ですから、お礼を言われても困ります。あたしも桜乃ちゃんに助けてもらってるんです」

それは本当だ。むしろ彼女と友達になれたことを――――つまり迷子になって彼女と出会ったことを、感謝したいくらいに。

「愛理ぃ」

「ほら桜乃、情けない声出さないの! しっかりしなさい、一人じゃないんだから」

それにしても、何というか保護欲をかき立てられる子だ。クールな感じなのに、甘え上手というか・・・これも兄という存在の影響なのだろうか。

「お兄さん?」

「ああ、うん・・・。それじゃあまずは――――」



「――――はい。それでは、また何かあったら連絡します」

最後に、電話口の相手には決して見えない一礼を軽くしてから電話を切る。

ずっと電話しているのは、流石に通話料が勿体無い。合流するための大まかな方針も聞いたので、しばらくは大丈夫だろう。

「はい、携帯」

「うん」

「もう、びっくりしたわよ。何で急に代わったの?」

怒ってはいないけど、単純に疑問に思ったのでそう訊くと、桜乃は少し考える素振りを見せて。

「お兄ちゃんから愛理のこと訊かれて、代わった方が早いと思ったから。それに――――」

「それに?」

「・・・ううん、何でもない」

「?」

何だろう、何か言い掛けたようだけど・・・でもこれ以上訊いても無駄なような気がするので、移動を開始しながら話題を変えてみる。

「それにしても、桜乃はお兄ちゃん子なのね」

「そう?」

「ええ。違ったかしら?」

「・・・そうかも。私、お兄ちゃん好きだし」

「っ」

臆面もなくそんな言葉を出されると、流石に少し動揺してしまう。それを口に出すような野暮はしないけれど。

とはいえ、この年頃の女の子が兄のことをそこまで言うのは、凄いことだと思う。もちろん、悪い意味ではなく。

――――そういえば以前、クラスメイトの間で「自身の兄」について話題が上っていたことがあった。どうやら我がクラスには「妹」である生徒が多かったらしい。

あたしには兄どころか兄弟がいないので、聞き流していたけれど。記憶に残る聞こえてきた評価は、皆一様にして悪かった。

曰く、デリカシーが無い。不衛生だ。性格が悪い。単純馬鹿だ。・・・などなど。

まあ肉親だからこそ言える、軽口のようなものだとは思うけれど。

そんなことがあったからこそ、桜乃のように兄が好きな妹も――――妹に好かれる兄も、とても素敵な関係に思える。

「――――桜乃にとって、お兄さんはどんな存在?」

だからだろうか。あたしは気付けば、そんな疑問を口にしていた。

どんなも何も、兄は兄だろうに。けれど彼女は数秒考え込んで、ゆっくりとその言葉を吐き出した。

「空気みたいな存在、かな」

「・・・空気?」

「うん。そして私も、お兄ちゃんの空気みたいな存在になりたい」

普段は気付かないけれど、常に自身の傍にいる。そこに存在する。

そして同時に、それは無ければならないもの。無ければ生きてすらいけない、命とすら呼べる存在。

空気のような存在とは、即ちそういうことなのだろう。桜乃の口ぶりからして、決してマイナスの意味ではない。

「・・・仲が良いのね。ちょっと羨ましいわ」

望んでも手に入らない、兄弟という存在。父が居らず、母も多忙だったため、一人きりで幼少期を過ごしたあたしの口からは、そんな言葉が漏れていた。

思う。あたしにお兄さんのような「兄」が居たら、何かが変わっていたのだろうか、と。

少なくとも、今のように家を出る必要は無かったかもしれない。兄と二人で、穏やかな生活を送れたかもしれない。

『なんて、ね・・・どうかしてるわ、あたしも』

まだ直接会ったこともない、声しか知らない「お兄さん」。

だというのにあたしは、桜乃にそこまで言わせる彼に、いつの間にか憧れに近い感情さえ抱きつつあった――――。





「もしもし、瀬名さん?」

「はいっ」

それから、桜乃のお兄さんと通話するのは専らあたしの役目となった。

彼の方は既に敬語が取れて、気さくな――――しかし決して失礼ではない口調になっている。

あたしはまだ敬語だけれど、自分より一学年下の桜乃のお兄さんなのだから、漠然と年上だと思い込んでいた。

「そっちはどんな感じ?」

「こちらの目の前の道は、下りです。遠くに街明かりが見えます」

「ああ、うん。よし、予定通り」

「お兄さんは今、どちらにいるんです?」

「公園の、階段のすぐそば」

「ああ・・・それは助かります。ならあたしたちも、近くまで行けば流石に分かると思います」

「だよね。よし、よし・・・」

あたしたちはもう、だいぶ近づきつつあった。

とはいえ、あたしと桜乃はお兄さんの誘導に従っていただけ。あたしの要領を得ない状況説明だけでここまで導いて来られたのだから、素直に感心する。

「・・・ええと、桜乃は大丈夫そう?」

と、電話口からお兄さんの心配そうな声が聞こえてきた。けれどもその声に宿る感情が向けられた先は、間違いなく妹である桜乃だ。

「・・・“お兄さん”なんですね」

何となくあたしは上機嫌になって、自然と柔らかくなった声でそう訊ねた。

「ああ、瀬名さんは一人っ子?」

「ええ、そうなんです。だから・・・なんと言いますか、新鮮で」

新鮮なのは本当。でも同時に、羨望もしている。こんなに優しそうなお兄さんがいる、桜乃を。

「失礼な言い方でしたら、お詫びします」

「別にそんなことないよ。逆なら俺も新鮮だと思う。・・・それで、どうかな?」

「ちょっとお待ちください。――――桜乃?」

「はぁ、はぁ・・・。愛理、もうだめ」

手を引いている桜乃に言葉を向けると、完全に息が上がってヘロヘロ状態だった。

確かにもうだいぶ歩いたし、彼女はあたしよりも先に迷子になっていたのだから疲れていて当然かもしれない。

「ほら、あともう少しでお兄さんと会えるから! 頑張りなさい、桜乃」

「・・・がんばる。がんばろう」

お兄さんの名前を出しただけでこの効果。本当に仲が良いんだなぁと温かい気持ちになりながら、あたしも言葉を返す。

「そうそう。うん、ならあたしも頑張れる」

「うん! 頑張って、もう少しだから。二人は・・・」

「このまま、歩いていけばいいんですよね?」

「そうそう。君が見えてるのが駅の明かりのはずだから、そのまま歩いてもらえれば公園に着くはず」

今あたしが歩いているのは、新市街と旧市街を隔てる土手の上。

街中を歩くと曲がり角が多いからと、お兄さんの指示で出てきたのだけれど――――どうやら正解だったみたい。

「この段階まで来たら、行き違いになっても困るし、俺はごめん。このままここで動かないでいるね」

「分かりました! きっと桜乃を連れて行きますので、待っててください、お兄さん」

もうすぐ会える。どんな人なんだろうと、まだ見ぬ「お兄さん」を思いながら、ワクワクすらしている自分に気付く。

そして――――。



「――――あっ!」

眼下に広がったのは、旧市街地側の公園。

その出口、むしくは入り口。土手の上と公園を結ぶ階段の先に、「彼」は居た。

穏やかで、優しそうな瞳。ふわふわとした髪の毛。男子としては平均的くらいなのだろうけど、あたしよりもずっと高い身長。

男の子、だった。でもそれ以上に、あたしが勝手に抱いていた「桜乃のお兄さん」のイメージに、あまりにぴったりだった。



――――これも、一目惚れというのだろうか。

その瞬間。変化を何よりも嫌うはずのあたしの中で、何かが変わったような気がした――――。



――――――。

――――。

――。



「――――そっか、あの頃からだったのね」

ずっと、彼を意識していた。「親友のお兄さん」から、突然「クラスメート」になった、彼だけを。

学校が始まって、新吾に冷たく当たっていたのも。そんな感情を悟られたくなかったから。

その感情の正体に気付いてしまうと、自分というものが崩れてしまうと、薄々気が付いていたから。

それって――――。

そんなの、まるっきり――――恋、そのものじゃない。

「あの頃?」

「・・・ううん、何でもない♪」

「おっと」

聞かれた独り言を誤魔化すために、新吾の腕に体ごと抱き付く。

公園内に設置された、四人は楽に座れそうな少し長めのベンチ。けれどあたしたちは、満員電車の座席のようにぎゅっと寄り添っていた。

もうそろそろ帰らなければいけない。残り時間と反比例するように、離れがたい気持ちは降り積もっていく。

「んぅ〜〜」

彼の胸に、額を擦りつけるようにしてじゃれ付く。新吾はそんなあたしの髪にキスしてくれると、そのまま繊細な手つきで撫で始めた。

「よしよし。甘えん坊だなぁ」

「新吾にだけよ、こんなことするのは」

「あれ、学園長にはしてあげないの?」

「そ、それはだって、恥ずかしいというか母さんは――――ってもう、すぐに意地悪するんだから」

「ごめんごめん、ほらなでなで〜」

「・・・ずるいわ。こんなの、もっと甘えたくなっちゃうじゃない」

本当にずるい。きっと新吾は、あたしがどれだけ彼に惚れているのか、わかっていないんだわ。

だから――――これは、そのお返しっ。

「んっ」

「んぅっ!!?」

パッと顔を上げたあたしは、その勢いのまま彼の唇に吸い付く。

彼は一瞬驚いたように呻いたけれど、すぐに落ち着きを取り戻すと、今度はあたしをリードするように背中を撫でて来る。

「んっ・・・ちゅ、ちゅぷ」

思い切って舌を入れる。毎日どころか、一日の何度もしているのに足りない、甘美なディープキス。

「ちゅぶ・・・んぅ、ぷはぁ」

一分近くに及んだ舌同士の交歓に区切りを付ける頃には、もう互いのことしか頭に無かった。

「好き」

「うん」

「好きよ」

「俺もだよ」

「やぁ。ちゃんと言って」

「ホント、言わせたがりだよね。・・・愛してる、愛理」

「・・・うん。でも、好きになったのはあたしの方が早いんだから」

「ん? どういうこと?」

だってあたしは――――。

「ふふ、なーいしょっ♪」



――――あの頃からずっと、貴方に夢中なんだから。




end


後書き

初めましての人は初めまして! 当サイトの管理人をしております、雅輝です。

今回は5周年記念作品ということで、「ましろ色シンフォニー」より、メインヒロインの愛理の話を書いてみました。


時間軸は、本編のアフターストーリーです。季節が一回りし、新吾たちは最終学年、桜乃も二年生になっております。

デートの帰り道で、過去の出会いの記憶を思い返すという、まあある意味ベタな展開ですよね。

割と甘く仕上げたつもりなのですが、いかがでしたでしょうか?

ちょっとダラダラと文章は長くなってしまいましたが。短編でこの長さは過去最長かも。


それでは、最後に改めまして。ここまで読んでくださった読者の皆様。

そして、これまでMemories Baseを応援してくださった皆様に感謝を込めて。

ありがとうございました! これからもMemories Baseを宜しくお願い致します!!



愛理 「読んでくれてありがと。感想は、ここにお願いね」



2010.10.6  雅輝