あのね、おかあさん
にんげんってね
こわいだけじゃなかったよ
すごくやさしいひともいたよ
やさしくて
あったかくて
いつもわたしをまもってくれて
だいすきだったんだ
だからね
おねがいがあるの
わたし
わたしね
―――また、あのひとたちにあいたい
ましろ色シンフォニー SS
「しあわせ色の聖夜」
Written
by 雅輝
「みう先輩、外見てください」
「え? わぁ・・・♪」
みう先輩の部屋。ベッドに座りながら身を寄せ合って、お互いがお互いを心から感じる幸せな時間。
腕の中の彼女を愛でながら、俺――瓜生新吾がふと視線を移した出窓の向こう。静かに舞い降る粉雪に、みう先輩は感嘆の声を漏らした。
「ホワイトクリスマスだね」
「去年に引き続き、ですね」
去年の冬、俺たちが結ばれた季節。あの時のクリスマスも、こうして雪が降っていた。
あの時は確か、クリスマスの夜はお互いの家族と過ごそうという話になって。それでお暇しようとした俺を、彼女が見送ってくれて。
でも今年は――――この温もりを、どうしても手放す気になれなかった。
「・・・私、悪い子だね」
「えっ?」
「新吾くんの家では桜乃ちゃんが待ってるって分かってるのに、どうしても離れられないの」
そう言って、甘えるように俺の胸に擦り寄ってくるみう先輩がどこまでも愛おしい。俺はそんな彼女のウェーブが掛かった髪を撫でながら。
「大丈夫ですよ。今日は桜乃、瀬名さんのところでお泊り会って言ってましたから。まあ、気を遣わせちゃったのかもしれませんが」
とはいえ、今朝の桜乃の「今日は愛理と、親友の一線を越えようと思う」という発言からして、気を遣っているだけでは無いと思うけど。
・・・っていうか、越えちゃダメだろ。色々な意味で。
「でもやっぱり・・・」
「それを言うなら俺だって。結子さんには、寂しい思いをさせてしまってるかもしれません」
みう先輩の言葉を遮るようにして、俺は口を開く。
確かにクリスマスパーティーを兼ねた夕食は、みう先輩の母親である結子さんと三人で食べた。まあまた誘惑されてしまったが、この一年でその対処法もすっかり慣れてしまったのは喜ばしいことなのか。
とにかく、その夕食の後。結子さんは「蘭華さんと飲みに行ってくるわね」という書置きを残して、ふらっと居なくなってしまった。
ちなみに蘭華さんとは、あの瀬名学園長の事だ。後から知ったことだが、あの二人は学生の頃、親友だったらしい。
また、その書置きに追伸として「孫の顔が早く見たいわ〜♪」と書かれていたのは、いかにも結子さんらしいというか。
そんなこんなで、今はみう先輩と二人っきり――――いや、違うな。もう一人の家族を忘れてはいけない。
「でもきっと、今頃お母さんも楽しんでると思うなぁ。ねっ、ぱにゃちゃん♪」
「りゅっ、りゅっ、うりゅりゅっ♪」
先輩の猫じゃらしで鼻先をくすぐられて、俺たち二人に抱かれていたぱんにゃは、蕩けそうな鳴き声を発した。
――――そう、ぱんにゃ。ぱんだみたいなにゃんこだから、ぱんにゃ。
ぬこ部のマスコットであり、捨てられた子猫たちの親代わりであり・・・みう先輩の親友でもあった。
そういえば、初めて先輩を見かけた時も、ぱんにゃと一緒だった。この妙に愛くるしい生物と戯れる先輩は、今でも心に焼き付いている。
けど、いつまでもそのままではいけなかった。
ぱんにゃには幼い頃にはぐれた家族があったから。
その家族が、偶然にも見つかってしまったから。
それは、本来なら喜ぶべきことなのに。ぱんにゃと関わった誰しもが素直に喜べなかった。
特にぱんにゃと繋がりが深かったみう先輩は人一倍に。しかし、それでもぬこ部の部長として。ぱんにゃを親の元に返してあげようと決意したのもまた、みう先輩だった。
強い人だと思った。ぱんにゃとの別れの時も、涙を見せずに笑っていた。その後、俺の腕の中で泣き崩れた先輩を、これからも守っていきたいと強く思った。
「りゅっ! りゅぅっ!」
「ん? ぱにゃちゃん、新吾くんに遊んでもらいたいの?」
「うりゅ〜〜〜っ♪」
みう先輩の問いに行動で答えるように、ぱんにゃが勢いよく俺にダイブしてくる。とはいえ、ぱんにゃ自身はふかふかなのでこちらにダメージはない。
「ほれほれ」
「りゅりゅ〜〜♪」
みう先輩から借りた猫じゃらしを、ぱんにゃの鼻先にちらつかせながら思い返す。あの日のことを。
――――ぱんにゃと再会し、三人で家族となったあの日のことを。
二月の最終日。みう先輩の卒業式の当日。
本来ならみう先輩の家で打ち上げをする予定だったのだが、ぬこ部の皆が気を利かせて、二人っきりで帰り道を歩いていた。
空は、みう先輩の門出を祝うような晴天。二月とまだ寒い時期だが、しっかりと繋ぎ合った手と、寄り添った肩は温かかった。
「みう先輩は、大学に進学するんですよね?」
「そうだよー。やっぱり、ちゃんと勉強したいから」
普段から素行優良、成績優秀だった先輩は、早い段階で大学への推薦入学を決めていたらしい。
「環境学科っていうのも、先輩らしいですよね」
「うん、これはもうあの頃から決めていたことなの」
数年前、市内にある有名な森の開拓が決まった時のことを言っているのだろう。先輩と紗凪は、その反対運動に参加していたらしい。
その紗凪が言っていた。あの頃からずっと、みう先輩はみう先輩だって。
まだ中学生だったはずなのに、色々なことを考えて行動してたって。
紗凪は、そんな先輩の影響を多分に受けてぬこ部に入った。そしてみう先輩の影響を受けたのは―――何も彼女だけではない。
「新吾くんは、進路は決めた?」
「・・・はい。俺、獣医になろうと思ってます」
本当は、みう先輩と同じ大学に行こうと思っていた。でも惰性のままに、自分の意志も関係なくそんな判断をしたのでは、とてもではないがみう先輩と肩を並べ
られる男にはなれない。
「獣医さん?」
「はい。俺、ぬこ部で活動して・・・供養塔を見て、思ったんです。一匹でも多く、死に逝くしかない動物たちを救ってあげたいって。助けてあげたいって」
それはとても漠然とした、子供染みた考えかもしれない。
でも、そう思っているだけでは何も始まらないから。何も変わらないから。
「俺も、先輩とは違う形で――――動物の目を見つめられる大人になりたいなって、そう思ったんです」
先輩は今でもずっと、その目を一瞬たりとも逸らさずに頑張っている。
だから、俺も。
これから先も先輩と歩いていきたいから。あえて彼女とは対となる存在を選んだ。
森を追われる動物を減らす存在と、それでも出てしまう可哀想な動物たちを癒してあげられる存在に。
「・・・新吾くんらしい夢だね」
「そうですか?」
流石に「対となる存在」云々の話は、恥ずかしくて口には出せなかったけど。それでも彼女は、全てを分かっているような微笑で頷いてくれた。
「うん、凄く素敵な夢。きっと・・・きっと、ぱにゃちゃんも応援してくれるよ」
「・・・はい」
先輩の口から出たぱんにゃの名に、一瞬足が止まりかけるも何とか返事をする。
彼女の表情は崩れていない。笑顔だ。でもそれはどこか、危うい笑顔だった。そう、あの日ぱんにゃと別れを告げたときと、同じような―――。
「――――え?」
瞬間、眺めていた先輩の笑顔が消え、硬直する。目は見開かれ、何か信じられないものでも見たかのように。
すぐさまその視線の先を辿ってみる。俺たちが歩む道の先―――懸命に跳ねて自己アピールをする、小さな存在が見えた。
「ぱにゃちゃん・・・」「ぱんにゃ・・・」
先輩と同じタイミングで、そう呟く。それ以外に、何が出来ただろうか。
断腸の思いで親元に帰した、大切な存在が――――また俺たちの前に、姿を見せてくれたんだ。
再びぱんにゃに会えたという喜び。
何故ここにぱんにゃがいるのかという戸惑い。
抱きしめていいのかという躊躇い。
母親や兄弟との暮らしはどうなったのかという心配。
様々な感情が行き交い―――しかし、その全てを。
「うりゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
心の底から嬉しそうな、ぱんにゃの鳴き声――――いや、叫び声がかき消してくれた。
「ぱにゃちゃんっ!」「ぱんにゃっ!」
それはおそらく、みう先輩も一緒で。俺たちは、駆け寄ってくる小さな姿に合わせるように駆け出した。
「うりゅうううううううう♪」
ぽすっと。過去最高のジャンプ力を見せたぱんにゃが、俺とみう先輩の腕の中に収まる。
「ぱにゃちゃん! ぱにゃちゃん! ぱにゃちゃ〜〜んっ!!」
先輩はもう、号泣だ。しかしぱんにゃを抱きしめているその表情は、極上の笑顔。
俺にそんな表情が引き出せるだろうか。少しばかりぱんにゃに嫉妬しつつ、俺は自分もいつの間にか泣いていることを知った。
「・・・おかえり、ぱんにゃ」
それが恥ずかしくて。零れ落ちる涙を見られたくなくて。ぎゅっとぱんにゃを抱く腕に力を込める。
「りゅ〜〜〜〜〜・・・」
そんなぱんにゃの表情も泣き顔に見えたのは・・・きっと、俺の気のせいなんかではないだろう。
「でも、どうしてぱにゃちゃんが・・・?」
感動の再会劇もひと段落ついたところで、みう先輩が当然の疑問を呟いた。
もちろん、それは俺も思っていたことで。あの時のぱんにゃ親子の仲睦まじい様子を見ていると、やはりどうしても不安になる。
またはぐれてしまっただけ、というのならば話は簡単だ。もう一度あの森に赴けばいい。
でも、そうじゃなかったら。例えば・・・考えたくもないけど、ままにゃ(紗那命名)に捨てられたとか――――。
「りゅりゅ?・・・うりゅー!」
ぱんにゃは俺たちの不安が篭もった視線に首を傾げていたが、やがて何かを思いついたのか。もぞもぞと腕の中で動き、俺たちに背中を見せるように反転した。
「りゅっ! りゅりゅりゅりゅりゅ♪」
そしてしっぽを――――いや、しっぽに付けられたみう先輩お手製の羽飾りを。
「あ・・・」
ぽんぽん、とみう先輩の髪を留めているお揃いの羽飾りに当てた。
「りゅっ、りゅっ、りゅっ」
何度も、何度も。まるで、何かを伝えるように。
「ぱにゃちゃん・・・」
その行動に、また先輩が涙ぐむ。そして俺もまた、きっと涙を堪え切れない。
―――「その羽飾り、ぱんにゃとお揃いですよね」
―――「うん。そろそろ傷んできたから、新しいのに変えてあげようと思って」
―――「へえ。何か特別な意味があるんですか?」
―――「えっとね・・・おまじない、かな」
―――「おまじない?」
―――「そう、おまじない。これからも、ずっと・・・」
「そうだよね、ぱにゃちゃん・・・。私たち、約束したもんね・・・っ」
「うりゅっ!」
―――「ずっと、ぱにゃちゃんと仲良しでいられますようにって」
「りゅ〜〜〜・・・」
「寝ちゃいましたね」
「うん、お布団掛けてあげなくちゃ」
はしゃぎ疲れてしまったのか、心地よさそうな表情で寝息を立て始めたぱんにゃを、薄手の毛布で包む。
ぐるぐる巻きにされた毛布から、顔だけを出したその姿がまた絶妙に愛くるしい。
「・・・どうしたの?」
「え?」
「なんだか、ぼーっとしちゃってたから」
「ああ。・・・ちょっと、ぱんにゃと再会した日を思い出してたんですよ」
―――あの後、またひとしきり泣いた先輩は、ぱんにゃを自宅で飼うことを決意した。
もちろん、俺も諸手を挙げて賛成した。母親たちと一緒に暮らした方がいい、なんて言い聞かせるつもりもなかった。それは多分、先輩も分かっていたからだと思う。
―――ぱんにゃは、選んだんだ。
母親や兄弟との暮らしも、もちろん幸せだろう。しかしそれ以上に、ぱんにゃがみう先輩と一緒にいることを選んだ。ただ、それだけ。
ここが―――俺とみう先輩の腕の中が、ぱんにゃの一番の幸せだったんだろうと、今なら断言出来る。
「もうあれから、半年以上経つんだね・・・」
「早かったですか?」
「んー、わかんない。でも、凄く幸せだったよ」
「それは俺もです」
即答する。確かに受験勉強は辛かったけど、先輩の笑顔やぱんにゃの鳴き声に癒されて、何とか獣医専門学校の合格を勝ち取ることが出来た。
もちろん、環境保全部の仕事も疎かにしていたつもりはない。本格的な受験シーズンが始まるまでは、執事喫茶でバイトもしていた。
俺にとってもこの半年は特に充実していて―――その中心にいたのは、間違いなくみう先輩とぱんにゃだった。
「私とぱにゃちゃんのおかげって・・・自惚れちゃってもいいのかな?」
「それは自惚れではなく、事実ですよ。そんなこと言うなら、俺だってみう先輩を幸せにしていたって、自惚れちゃいますよ?」
「それも自惚れじゃないよ。私、天羽みうは、瓜生新吾くんに幸せにされちゃってました♪」
冗談のような会話を交わし合い、微笑みと共に口づけも交わす。
「んっ・・・ちゅっ・・・ちゅっ・・・」
何度も、何度も。すればするほど、相手を愛おしく想う気持ちが降り積もるのを、お互いに知っているから。
「・・・今夜はきっと、眠れないね」
唇を離し、ぼぉっと上気した表情でみう先輩が呟く。
「それは、どんな意味でですか?」
「新吾くんのいじわる・・・分かってるくせに」
可愛らしく膨れた先輩は、目をとろんとさせたまま俺に顔を寄せてきて―――。
「新吾くんが、私を寝かさないほど愛してくれるって意味だよ♪」
―――俺たちの聖夜は、幸せと共に更けていく。
後書き
初めましての人は初めまして! 当サイトの管理人をしております、雅輝です。
今回は初ジャンル、「ましろ色シンフォニー」に挑戦しました^^ ゲーム本編も相当ハマりましたからねー。
内容は、みうルートのアフターストーリーです。本編後の世界を、最後のぱんにゃの独白から補完してみました。
最後のCGを見る限り、あの後2人の前に姿を現したのは間違い無さそうですし。ただ、展開に少しアラがあるかもしれません。
本編では続きが気になるという方も、大勢いらっしゃることでしょう。むしろ、私がその一人です(笑)
そんな人たちも、このSSで少しでも満足して頂けたらなと思います。
後、意図することなく、ぱんにゃ成分がかなり多くなってしまいました。
これは完全に私の欲望がだだ漏れてます(笑) うん、ぱんにゃは可愛すぎると思うんだ(ちなみに管理人はPCの壁紙もぱんにゃです)
なお、当作品は「クリスマス記念特別作品」兼「1000000HIT記念リクエスト作品」です。
・・・の割にはクリスマス成分が低めになってしまいましたが(ぇ
それでは、最後に改めまして。
見事キリ番の100万を取得し、リクエストしてくださった鷹さん。そしてここまで読んでくださった読者の皆様。
そして、これまでMemories Baseを応援してくださった皆様に感謝を込めて。
ありがとうございました! これからもMemories
Baseを宜しくお願い致します!!
みう 「読んでくれてありがとー。感想は、ここに書いてね♪」