「だいぶ街にも活気が出て来たよなぁ」
これはまだ劉備軍が「反董卓連合」に参加する前の話。
今日も鈴々による兵の調練に付き合っていた一刀は、啄県の街の巡回も兼ねて昼食を摂りに来ていた。
「店も増えたし、行商人もチラホラと・・・ん?」
つい最近まではまだ戦禍の爪痕が痛々しく残っていたというのに――――と、逞しい街に感心を覚えていた一刀の視線に、見覚えのある後ろ姿が映った。
とはいえ、目の良い一刀がかろうじて判別出来る距離である。声を掛けてもおそらく気づかれないだろう。
走って距離を詰めようかとも考えたが、そこまでするのもどうか。などと悩んでいる内に、いつの間にかその小さな体は人混みに消えていた。
「何か抱えていたようだけど・・・買い物か?」
だがどこか様子がおかしかった。普段も堂々としている子ではないが、先程の様子はそれに輪を掛けて挙動不審だったように思える。
多少興味を覚えた一刀は、彼女――――諸葛亮こと朱里が出てきたであろう店を覗いてみることにした。
「書店、か・・・」
この時の気まぐれな好奇心が、後に小さなハプニングを起こすとは露とも思わずに――――。
真・恋姫†無双 SS 「恋姫†演舞」 外伝
「一刀と朱里のとある一日」
Written by 雅輝
「うーむ、凄い蔵書の数だな・・・」
書店の中に入ると、むせ返るような古書の独特な匂いに迎えられた。
とはいえ、この時代は紙が貴重だからか、あまり娯楽本の類は見られない。ほとんどが兵法書や、儒教の教えを書いたもののようだ。
「ん? これって・・・」
そんな中、目立つ箇所に平積みにしている本が目に止まった。余程人気なのかと、一刀も興味を覚えてその中身を拝見する。
「・・・・・・・・・・はっ、いかんいかん!」
十数秒ほど固まってしまったが、首を二、三度横に振り、振り払うように力強く頁を閉じた。
――――その本は艶本。現代でいうところのエロ本にあたるそれは、いくら精神も鍛え上げた剣士とはいえ、青春真っ盛りの男の子には少々刺激が強い。
だがもちろん、好奇心はある。興味もある。一刀とて、性欲が無いわけではないのだ。
『まあ、ほとんど何が書いてあるのか分からないのが救いだったな・・・』
流し読みした限り、本の内容は官能小説の類のようだ。
しかし、書かれているのは当然中国語。桃香の仕事の手伝いなどで中国語に触れ合う機会は多いが、まだ勉強中の一刀にとって、そういった官能的な言い回しや例えなどは、理解できるものではなかった。
とはいえ、もし日本語で書かれていたら、自分はすかさず本を閉じることが出来ただろうか。想像するだけで恐ろしい。
「――――はぁ。溜まってんのかなぁ、俺」
ただでさえ、桃香や愛紗たちのような美女・美少女と毎日一緒に居るのだ。気づかない内に、どこかで我慢していたのかもしれない。
一刀はそんな自分に嘆息を吐きつつ、この決定的な現場を誰にも見られない内に、本を元の場所に戻して足早に書店を後にするのであった。
「はわわ・・・」
「あわわ・・・」
一方その頃。朱里と、彼女の姉妹のような存在である雛里は、街から少々外れた林の中に居た。
適当な木に凭れながら並んで座り、仲良く二人で開いている本に目を落としている。両者ともその頬は、微かに――――いや、かなり紅潮していた。
それもそのはず。何せ二人が夢中になっているその本は、朱里が人目を気にしながら買い求めた新作――――あの本屋に平積みされていた、艶本なのだから。
年齢制限が無かったのは、その時代故か。もし現代なら、間違い無く18禁の太鼓判を押される代物である。
「す、すごいね、雛里ちゃん・・・」
「う、うん。そうだね、朱里ちゃん・・・」
うわ言のように互いに確認し合いながらも、頁を捲る手は止まらない。普段の政務で培われた速読力で、次々に文字を追っていく。
思春期の少女が、性に興味を持つのは自然なことと言える。もっとも、自身らで買い求める辺り、普通の子よりもバイタリティは高いのかもしれないが。
だが、それも理由あってのこと。最近仲間となったある男の存在が、幼い軍師たちを色気づかせたようだ。
もっとも――――その男ばかりか、本人たちですらまだ理解の外にあるような、曖昧な感情ではあるのだけれど。
「ふむ・・・久しぶりに、林の方で鍛錬でもするか」
多少の寄り道もあったが滞りなく巡回も終わり、さて城に戻ろうかと帰路に着いた頃。
一刀はその途中の脇道から続く林へ視線を向けながら、腰に佩く双龍を撫でた。
普段は城で、兵たちの調練に混ざって誰よりも鍛錬に励んでいる一刀だが、今日は珍しく兵たちの調練が午前までの日。
若干物足りない感があったから――――というのは建前で、汗と共に先ほどの邪念を綺麗さっぱり流してしまおう、というのが本音である。
『こういうときは、無心で刀を振るに限るな』
夏本番に向けて伸び放題となった雑草を双龍で刈り分けながら、一刀は極力音を立てぬようゆっくりと進む。
これも隠密行動や気配を消すための訓練の一環なのだが、今日この時に限ってはタイミングが悪かった。
“ガサッ”
「ふう、やっと出たか・・・って、あれ?」
――――林の入り口には、一本の目立つ大樹がある。町人にとってこれは、林の中からでも町の中からでも林の入り口が分かる、重要な目印となっていた。
そして町からその場所には二つの道が伸びている。一つは町人たちが使うための舗装された道。もう一つは存在さえもあまり知られていない、獣道だ。
一刀が通ってきたのは、後者に当たり――――つまりその登場は、樹の下で読書に勤しむ二人の軍師にとって、まさに予想外の出来事だった。
「は、はわわわわ・・・」
「あ、あわわわわ・・・」
「朱里に雛里じゃないか。どうしたんだ、こんな所で――――ん? その本は・・・」
「はわっ!!」
咄嗟に朱里が持っていた本を後ろ手に隠す。
大丈夫だ。表紙もほとんど見えていないはずだし、きっと何の本かまでは分かっていない。十分に誤魔化せるはず。
極限状態の中でも、冷静な思考と判断。それは流石といえるが、そんな朱里の推測には一つだけ誤算があった。
――――それは一刀が、既にその本を読んでしまっていたこと。
「――――艶本?」
「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」」
呟いてから一刀は「しまった!」と思ったが、もう遅い。
二人の顔はこれでもかというほど見事な赤に染まり、「はわわ〜〜!」「あわわ〜〜!」と叫びながらその場で右往左往に走り回り始めた。
「ふ、二人とも落ち着いてくれ!」
「む、無理ですーーーーーー!」
「もうおしまいですーーーーーーー!!」
混乱状態、という言葉がしっくり来るほどの動転具合。朱里はその赤い顔を両の手の平で隠し、雛里はトレードマークである三角帽を目深に被り、恥ずかしさに悶えた。
「――――っ、止まれ!朱里!!」
「ふぇ? はわっ!?」
そんな彼女だからこそ、気付かなかった。
大樹特有の太い根っこ。地面にまで隆起していたそれが、先ほど本を読んでいた場所からは見えない死角にあったことに。
“ガッ――――ゴンッ!!”
いくら身体能力が高い一刀とはいえ、躓いた彼女を助けることは叶わず。
「朱里、大丈夫か!?」
「朱里ちゃん!!」
「――――きゅぅ」
額を強かに地面に落ちつけた朱里の意識は、切羽詰まった一刀と雛里の声をぼんやりと拾いながら、徐々にフェードアウトしていった。
――――温かい。
徐々に覚醒していく意識の中、朱里はふとそんなことを思った。
懐かしい。思い出されるのは、自身や雛里にとって母のような存在である、「水鏡先生」の腕の中。
しかし、微妙に違う。そこには彼女の繊細さはなく、代わってどこか逞しさのようなものがあった。
『でも・・・すごく、落ち着く』
許されるならばこのままずっと、この温かいまどろみに浸かっていたい。そう思えるほどの、確かな幸福感。
だが、そんな朱里の願いとは裏腹に、脳は覚醒を促したようだ。ゆっくりと閉じていた双眸をこじ開けていくと、そこには――――。
「・・・朱里? 良かった、起きたか」
間近に、一刀の顔があった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」
本日二度目の瞬間沸騰。声なき叫びを上げつつ、朱里は体を起こそうとした――――が。
「あぅっ・・・」
「ほらほら、まだ起きるなって。結構腫れてるんだから」
「ぇ・・・?」
ズキズキと鈍痛が残る額を擦ってみると、確かにぷっくりと膨らんでいた。どうやらたんこぶが出来ているらしい。
一刀に制され、朱里は成す術無く元の位置へと戻る。
『・・・あれ? でも今の状態って――――』
ふとした疑問を覚え、左右に寝返りを打ってみる。左に見えたのは一刀の膝頭。右に見えたのは一刀がいつも着ているカンフー服。
そして――――仰向けに見上げた先には、穏やかな表情で笑む、一刀の顔。
――――紛うことなき、膝枕であった。
「あ、ああ、あの! 一刀しゃん!!」
「ん?」
「こ、こ、これはいっちゃい、ど、どういうことなのれしょう!?」
混乱のあまり噛みまくっているが、今の朱里にはさほど大きな問題ではない。
そんな朱里の様子に一刀は軽く噴き出すと、落ち着けと言わんばかりに帽子の上から朱里の金髪を撫でた。
「あぅ・・・」
それだけで、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう。一刀の大きな手には、不思議な心地さがあった。
『そういえば、鈴々ちゃんも言ってたっけ。お兄ちゃんにナデナデしてもらったら、凄く幸せな気分になるのだーって』
仲間の屈託のない笑顔を思い浮かべながら、朱里もまたその心地よさに身を委ねていく。いつの間にか、気恥ずかしさは無くなっていた。
「・・・大した怪我じゃなくて、良かったよ」
落ち着いたのを見計らったのか、一刀がそうポツリと呟いた。
「え?」
「いや、結構すごい音がしたからさ。でも・・・ごめんな? 俺がいきなり声を掛けたから」
「そ、そんな。一刀さんのせいではありませんよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいが・・・ほら、うっかり口にしちゃったからさ」
「あ・・・」
そうだった、と朱里は今更ながら、その事実を思い出していた。
「そ、そういえば、何故一刀さんはすぐにあの本が・・・その・・・え、艶本だって分かったのですか?」
「うっ、それは・・・その、だな」
「?」
珍しく歯切れの悪い一刀に、首を傾げる朱里。
やがて観念したのか、一刀は経緯と共にその本を読んだことも馬鹿正直に話す。嘘が苦手な性格は自分でも分かっているので、下手に誤魔化したりもしなかった。
「そうだったんですか・・・」
「た、頼むから誰にも言わないでくれよ?」
いつもの頼もしさとは打って変わって、懇願するような表情を浮かべる一刀に、朱里の胸が高鳴る。
「ふふっ、どうしましょうかねー」
「お、おいおい。ホントに勘弁してくれよー」
「それでは、ですね・・・」
「ん?」
「あの本に載っていることと同じことを―――私にしてくれたら許してあげます」
「――――うぇ!?」
しなを作って流し目でこちらを覗う朱里のそんな言葉に、一刀は喉から心臓が飛び出したのではないかと思うような奇声を上げた。
「一刀さん・・・」
「ま、待て! 落ち着け、朱里!」
潤んだ瞳を軽く閉じた朱里に、一刀はこれでもかというほど動揺した。女性の免疫がほとんど無い一刀にとって、そういう類の攻撃は何よりの弱点だった。
そんな滅多に見られない一刀の動転ぶりに、とうとう我慢が出来なくなったのか。朱里は軽く噴き出して目を開けた。
「ごめんなさい、一刀さん。からかいすぎちゃいました」
「へ? ・・・ああもう、ホントに勘弁してくれ・・・」
項垂れる一刀を尻目に、しかし朱里は幸福感でいっぱいだった。
『冗談ってことにしちゃったけど・・・』
もしあの時、本当に一刀が何らかの行動を起こしたら。果たして自分は拒絶出来ただろうか。答えは、否だ。
そしてそんな一刀に、女性として見てもらえたという喜びもまた、朱里を笑顔にしていた。
『もう少し、このまま居たいな・・・』
もうだいぶ頭の痛みは引いた。起き上がれるのであろうが、朱里はそうしようとはしなかった。
今はただ、この逞しくも温かい人に、精一杯甘えていよう――――。
余談ではあるが、一刀が雛里に頼んで連れてきてもらった医者が処方した薬が劇的に不味く、涙目になった朱里は「天罰が下っちゃいました・・・」と、一刀をからかったことを深く反省することとなる。
後書き
ようやく書き上がりました! 1234567HIT記念、リクエスト作品です!
ってことで雅輝です。久しぶりの恋姫演舞(番外編ですが)、いかがでしたでしょうか?
今回のリクは、「一刀×朱里のラブコメ」でした。時代設定的に難しいのではないかと思ってましたが、まあまあ書けた方ではないかと^^;
朱里といえば、やはりこういった本ですよね。しかし流石に八百一本は一刀には刺激が強いと思い、普通の艶本にしました。
最後まで雛里の扱いが雑になってしまったところは、反省したいですね。
というわけで。この度、リクエストしてくださったことりLoveさん。大変長らくお待たせしました&リクエストありがとうございました!
そしてこの作品を読んでくださった読者の皆さまも。本編の方はなかなか更新出来ていませんが、生温かく見守ってやってください^^;
ではでは、これからも当サイトを宜しくお願い致します〜^^
朱里 「はわわ、感想はこちらに送ってくださいでしゅっ!」