あなたと一緒なら、きっと大丈夫―――。

いつの日か、彼女から告げられた言葉があった。

私には、あなたがいるわ―――。

その言葉は今でも俺の胸に残り、輝き続けている。

過去の苦い記憶。目の前で成す術無く連れ去られてしまった少女は、その幼い日のあどけなさも残したまま、美しく成長していた。

月の国、スフィア王国の姫、「フィーナ・ファム・アーシュライト」。

本来なら決して関わることなどあるはずもない俺達は、それが当然のように出会い、惹かれ合い、そして結ばれた。

喧嘩もした。

障害も、数え切れないほどあった。

でもそれらを乗り越えたからこそ、俺達はその間に築かれた絆を信じることが出来る。

――改めて自己紹介をしよう。

俺はフィーナの夫にして、スフィア王国の次期国王、「タツヤ・A・アーシュライト」だ。





夜明け前より瑠璃色な SS

            「瑠璃色の空」

                     Written by 雅輝






「どうしたの、達哉。ぼーっとしてしまって」

「・・・ああ。いや、何でもない。ちょっと昔を思い返してただけだよ」

隣から心配そうに顔を覗き込んでくる愛妻に、俺は苦笑と共に返事をした。

ここは俺達の寝室。時間は、そろそろ日付が変わろうかという頃だろうか。

大きなダブルベッドに腰掛ける彼女の横で、俺は同じ様に腰掛け書物を読んでいたのだが・・・いつの間にかぼんやりとしていたらしい。

「もう、しっかりしてもらわないと・・・もうすぐ父様も引退するって言ってるし、これからは達哉がこの国を引っ張っていくのだから」

「はは。分かってるって。でも、俺一人じゃなくて・・・フィーナも一緒にだろ?」

「ふふ。それは勿論、そのつもりだわ」

フィーナが優しく微笑み、そっと俺にその身を委ねてくる。

俺はその”二人分”の重みをしっかりと支えるように、彼女の肩に手を伸ばし、そして彼女の腕の中にいる「もう一人」の髪の毛を慈しむように撫でた。

「あれ?シルフィー、寝ちゃったのか」

「え?あら、本当。さっきまではまだグズってたのに」

まだ生えきっていない、自分と同じ銀色の髪を俺と同じ様に撫でながら、フィーナが慈愛に満ちた表情で微笑む。

――2ヶ月前に生まれたばかりの愛おしい命。名は、「シルフィー・A・アーシュライト」。

先代のセフィリア女王と、そしてフィーナから「フィ」という字を使って、俺が名づけた愛娘だ。

俺達が結ばれて、5回目の婚約記念日に産声を上げた次代の王女は、次期王妃の胸の中でスヤスヤと安らかな寝息を立てていた。





5年。俺が地球を出て、スフィア王国に住み始めてから今までの時間だ。

もう5年?それとも、まだ5年だろうか。

この5年間は、俺なりに精一杯走り抜けた、まさに俺にとっての激動の時代と言える。

もともと望まれていなかった婚約。国を統べる国王や大臣の一同は、フィーナと俺の必死の説得の甲斐あって、どうにか説得はできた。

しかし、本当の問題はその後。たとえ誰が国を統治しようとも、国の基となるのはやはり民衆。

その民衆の憧れの的とも言えるフィーナの人気は絶大で、そんな彼女が突然異星の男と結婚するなど、到底彼らにとっては寝耳に水な話であった。

そこで俺とフィーナは各都市を巡り、地道に自分たちの主張を国民に訴え続け、逆に国民の怒りや不満も逃げることなく一身に受けた。

それを約2年間。民衆に俺という存在が認められ始めると、次に必要になってくるのは月学。

いくらカテリナ学院でも習っていたとはいえ、所詮は基礎知識のみ。

そんなもので国を治めることなど到底出来るわけもなく、そこからさらに2年間、多くの知識を頭に、積ませてもらった経験を体に覚えさせる。

そして現国王であるライオネス国王から結婚の許しが出たのが、つい一年ほど前。

俺が国王として国を任せられるだけの存在になりえたなら、という条件だったのでその時は飛び上がるほど嬉しかったのをよく憶えている。

俺達の結婚式は、月でも最も巨大なドームで行なわれ、月のみでならず地球でも大々的に報じられた。

――この事から、地球と月の友好関係が確固としたものとなっていくのだが、それはまだもう少し先の話だ。





「ねえ、達哉。少しテラスに付き合ってくれないかしら?」

「ん。別に構わないけど・・・どうかした?」

「ちょっと、夜風に当たりたくなったから・・・では駄目かしら」

「いや。それじゃあ、行こうか」

「ええ」

そんな会話を交わしつつ、俺は彼女の手を取り、部屋に面している広々としたテラスに出る。

夜空に浮かぶのは、もう既に見慣れた風景。強烈な存在感を放つ蒼き地球と、手が届きそうなほど近く感じる満天の星たち。

その下で、フィーナは何をするでもなく、シルフィーを両腕に抱いてただ街を見つめていた。

「達哉」

「なに?」

数分ほど経っただろうか。街から俺へと視線を移し、呼びかけてきた彼女にこちらも顔を向ける。

「これが・・・ここから見える全てが、達哉がこれから守らなくてはいけないものよ。覚悟は出来てる?」

真剣な琥珀色の瞳が、真っ直ぐと俺を射抜く。

しかし俺の心はまったく動じない。その答えは、もうとっくの昔に出ているのだから。





another view 〜フィーナ・ファム・アーシュライト〜



「・・・今更だよ、その質問は。俺がライオネス国王に言った言葉を、忘れたわけじゃないだろ?」

私の視線にもまるで動じることなく、達哉が微笑と共に口にしたのはそんな言葉だった。

同時に、その言葉は私の記憶をあの日へと誘う。

「忘れる・・・わけないわ。あの言葉はずっと、私の胸に、心に残ってるもの」

そう、忘れない。忘れられるはずのない、彼の言葉。

”あの日”。私と達哉がトランスポーターで地球から月へと乗り込み、父様や大臣たちに母様の無実を証明した後。

私と達哉の結婚に対して、ただうろたえてばかりの大臣たちを尻目に、父様が放った言葉はただひとつ。

――「タツヤ、と言ったな。貴殿に、一国を担う覚悟はあるか?」

今まで国を一身に背負ってきたその巨躯から放たれる威圧感にも、達哉は真っ直ぐに視線を返してこう答えた。

――「私一人の力など、微々たるものかもしれません。しかし私は、彼女となら・・・フィーナとなら、何でも成し遂げられる自信があります」

――「彼女と共に生きていくことこそ、私の覚悟なのです」

その時は感極まって思わず泣いてしまったけれど、父様はある一つの条件と引き換えに、その首を縦に振ってくれた。

「だから、俺はこの国を守るよ。スフィア王国初の地球人国王として。そして・・・一人の夫と父として、な」

そう言って街を決意を宿した瞳で見つめる彼は、もう立派な次期国王であった。



another view end





「あう〜・・・」

それからしばらく城下の街並みを眺めていた俺とフィーナは、突然聞こえてきた声に同時に顔を向ける。

見ると、フィーナの腕の中でシルフィーが起き出していた。一度寝付いたらなかなか起きないシルフィーにしては珍しい。

「あら、どうしたの?シルフィー。あなたがこの時間に起き出すなんて」

フィーナが声を掛けると、シルフィーは一瞬フィーナの顔を見たが、その後ろに映る大きな蒼の星に目が行き満面の笑みになった。

「キャッ、キャッ♪」

「はは、本当にシルフィーは地球が好きだな」

そう、何故かは分からないがこの我が子。無性に地球のことがお気に入りなのだ。

それが、単純に綺麗だからなのか。それとも・・・まあ0歳児に流石にそこまでは期待できないが。

でも、この子もいずれは国を背負う者。このまま地球を好きでいてくれるのであれば、地球との国交も心配ないだろう。

「・・・ねえ、達哉」

「ん?」

「この子が8歳になったら、一度地球へと連れて行ってあげたいのだけれど、どうかしら?」

「ああ、まあいいんじゃないか?というか、8歳になるまでにも行ける機会はあると思うけど」

今はだいぶ国交も回復してきたし、何より月の王女ということもあるので、確実に行けるだろう。

「そうなのだけど・・・これは、一種の願掛けなの」

「願掛け?」

「そう。私が8歳で初めて地球へ赴いた時、私はあなたに出会った」

「そうだったな」

「だからこの子も、8歳で地球に連れて行って・・・私と達哉のように、運命的な出会いをしてくれたらって思って」

「フィーナ・・・」

照れくさそうにシルフィーを抱きしめながら言ったフィーナを、俺は愛しさのあまり自然と抱きしめていた。

彼女も身動ぎすることなく、逆に俺へと身体を寄せてくれる。

視線を少し下げると、潤ませた琥珀色の瞳と目が合った。

それは合図。まるで引力に引き寄せられるかのように、互いの唇が近づいていく。

「あ〜♪」

「キャッ!!」

と、その時だった。フィーナが抱えていたシルフィーが勢い良く身を乗り出し、空に輝く地球に手を伸ばしたのだ。

当然突然の行動にフィーナはバランスを崩し、何とかシルフィーを抱きとめるものの、俺がバランスを失ったフィーナを支える形となった。

「「・・・」」

「あ〜あ〜♪」

一瞬の静寂。ただシルフィーのご機嫌な声が聞こえてくる。

「「ぷっ!」」

「「あははははははは!!」」

キスが中断されたことも、まだ尚地球に両の手を伸ばそうとする我が子も、何もかもが可笑しくて。

俺達はお互い顔を見合わせて、声を張り上げて笑い合った。





シルフィー。

このままずっと地球を好きなままで居てくれると。

もしかしたら将来、俺達と同じ様に。

――地球で大切な人と、瑠璃色の空を見ることが出来るかもしれないな。



end


後書き

すっかり忘れていましたが・・・。

「Memories Base」。おかげさまで、無事2周年を迎えました!!!!!(爆)

正直早かったのが本音ですね。ついこないだ1周年記念を書いたばかりなのにぃ〜と思いつつ。

え〜・・・実はガチで忘れてました。思い出したのは今から5時間くらい前^^;

それから急いで執筆に移りました。何とか間に合ってほっとしております。


さて、今回は「夜明け前より瑠璃色な」より、フィーナ姫をヒロインに書いてみました^^

前回催した長編アンケートでも、4位と奮闘してましたからね。音姫や春姫は一度短編を書いているので、フィーナをヒロインに。

どうでしたでしょう。舞台は達哉とフィーナの5年後の後日談です。

何気に赤ちゃん生まれてます。これは完全にオリ設定です。

でもまあ、全体的に見ても4時間で仕上げたにしてはまあまあかな?とにかく疲れましたわ・・・(汗)


それでは!これからまた心機一転の気持ちで頑張っていきたいと思いますので、応援宜しくお願い致します!



フィーナ 「感想等は、是非こちらに」



2007.10.5  雅輝