12月。

年末、年の瀬、師走、追い込み。

言い方はいろいろあるが、要するに1年の終わりだ。

世相は大荒れ。しかし一小市民である俺にはそんな世間のことなど、さしたる影響があるわけでもなく。

ましてやまだまだ親の脛齧りである学生の身分では、何をいわんやである。

「……寒いな」

 当たり前の感想をひとり呟き、腕時計を見る。

 時刻は1157分。あと3分で待ち合わせの時間。

 約束は一方的だったが、あの人が一度した約束を破ったことは、俺の知る限り一度もない。

 分かっている。あの人はそういう人だ。

 だから……こんな馬鹿な俺でも、時間より前に来てしまいたくなる。

 あの人が少し高めの身長の俺を見つけて、慌てて走ってくるのが見えた。

 普段はキリッとして、周囲から格好いいなんて持て囃されてるあの人の、そんな姿を見るのが楽しくて。

「ご、ごめんなさいっ! 遅れましたっ!!」

「そんなことない。俺のほうが早かっただけだから」

「で、でも、謙悟くんは、待っていました、から……っ」

 息せき切って、顔を赤くして。

 自慢の長い髪は、セットしてあったのに走ってきたからボロボロ。

「いいって。いつも待たせてるのは俺のほうだ、それに……」

「あ……」

 くしゃっと。

 頭の上に手を置いて、艶のある髪を撫でる。

「たまには俺にも、冴霞のこと待たせてほしいからな」

「ぅ……けっ、謙悟くん!! 私はこれでも年上ですよっ!! 子供をあやすみたいな事、しないでください!!」

 ぽかぽかと胸を叩かれる。まったく、そういうところが子供みたいだっていうのに。

 まぁいいさ。時間はまだまだあるんだし。

 ちょっとばかり不機嫌になったこの人を、ゆっくりなだめていこう。

 

 

B&G 〜Bad Boy meets Great Girl

 

 

 新崎謙悟(けんご)は進学校に通う身ではあるものの、世に言う「不良」の烙印を押されていた生徒だった。

 幼少のころから空手道と剣道を修め、両方とも初段と弐段という立派な段位を習得していながらその才能、技術を

学生生活に生かす事もせず、どこの部活動にも所属しない帰宅部員であり、また学業においても決して芳しい成果を

残しているわけでもなかった。

 成績は常に平均より下か、悪くて欠点ギリギリのラインを低空飛行していた。

 クラスの人間とはそこそこに話をしてはいるものの、取り立てて親しい友人がいるかといわれればそうでもなく。

 また段位持ちということで空手部こそ存在しないが剣道部からオファーが来ることもあるものの、それも無碍に

断っている。とはいえ、彼からすればその誘いは正直なところ煩わしい以外の何物でもなかったのだ。

 進学校である以上、部活動における成績は県内で上位に立つ事はない。剣道部は特に弱小もいいところで、有段者

である自分を添えることで手軽に実力向上を図ろうという浅はかな魂胆が見え見えだったし、なにより顧問が謙悟を

眼の敵にしていた。

 顧問である朝岡哲史は謙悟の学年の体育も担当しており、剣道も四段という腕前だった。しかしお遊びで謙悟と一対一で

試合をした結果、負けこそしなかったが生徒たちが見ている前で一本見事に取られてしまったのだ。

 それは彼にしてみればこの上ない屈辱である。四段を持つ自分が、まだ弐段で17歳の少年に有効打を入れられた

だけでなく、一本取られてしまったというのは恥でしかない。

 ある日朝岡は適当な理由を付け謙悟を体育教員室に連れ込み、指導と称して体罰を加えようとした。

 無論、謙悟とてそのような理不尽をおめおめと受けるわけには行かない。階段の上で朝岡の手を払いのけ、咄嗟に

手を出してしまった。

 しかし手を出したといっても拳を振るったわけではなく、朝岡の身体を強く押しただけだ。普通なら踏みとどまれる

程度の力でしかないその衝撃はしかし、階段の上という悪条件では思いがけない事故につながってしまう。

 朝岡は階段から転落し足の骨を折る重傷を負ってしまい、その事件は瞬く間に学校中に広まった。

 幸いにして目撃者がいたことが唯一の救いとなり、謙悟は停学処分を免れたが、朝岡は一方的に謙悟を加害者として

主張し続けていた。

 だがそこへ助けに入ったのが、一人の女生徒だった。

 170cmはあるであろう、すらりとした長身に、背中の半ばまで届く長い黒髪。

生徒の名は今村冴霞(さえか)

 謙悟より一学年上の三年生であり、当時の生徒会長。

 そして、謙悟と朝岡のやりとりの顛末を目撃した生徒である。

 

 

 

「映画、面白かった?」

「聞いてませんっ!! あんなホラー100%な映画だったなんて、聞いてませんでしたっ!!」

 冴霞は怒っているのか泣きそうなのか微妙な表情で、俺の上着をつかんだまま文句を吐き捨てた。

 確かに冴霞は学校でのイメージだと、クールで何事にも物怖じしない勇ましい性格のように見えるが、本人曰く

「ホラーだけは別物」だそうで、実際この目で見るまではちょっと信じられなかったくらいだ。

「でも、本当に苦手だったんだな。冴霞はそういうの平気だと思ってた」

「謙悟くん、私の言うこと信じてなかったんですか!? ちゃんと言ったじゃないですか! ホラーとかスプラッタとか、

私はそういうのが全部苦手だって……もう!!」

 ぷんっという擬音がこれでもかというくらいに似合う仕草で冴霞がそっぽを向く。そのくせ、普通なら手を離していそうな

ものの、つかんだままの上着はさっきまで以上の力で握り締められていて、それがなんとも微笑ましいって言うか、可愛いって言うか。

「はいはい、悪かったよ」

「適当な謝罪をする謙悟くんは嫌いです。きちんとした責任を要求します」

 責任を要求と言われても困る。けどとりあえず、今の段階で冴霞に対して責任じゃなくてお詫びというなら、選択肢は一応ある。

 これをすると予定より若干財布の中身が心配になるが……まぁ、仕方がない。

「じゃあ、冴霞の好きなティラミスで。駅前の1200円のヤツ」

「っ…………」

 あ、分かりやすく揺れてる。じゃあもう一押し。

650円のエスプレッソつき」

「〜〜〜〜っ! ……わ、分かりました、それで……手を、打ちますっ」

合計1850円であえなく陥落。けど必然的に俺も同じ物か違うやつを頼むことになるので、単純に3000円以上の出費は

ほぼ間違いなく確定になった。けどそれで冴霞が機嫌を持ち直してくれるのなら安いと思うべきか。

「そういえば……謙悟くん、ティラミスの意味って知ってます?」

「は? いや、普通にケーキの名前じゃない?」

 というか、そもそも意味が含まれてることさえ知らないんだが。

冴霞は意地の悪そうな笑みを浮かべて、俺の左手の指の間に右手の指を絡める。

Tira mi su.イタリア語で『私を元気づけて』っていう意味ですよ」

 

 

 

 今村冴霞は昨年度後期の生徒会長を務め、またさらに今年度前期の生徒会長も務めた生徒であった。

 進学校にありながら二期連続で生徒会長を務めるというのはなかなか容易なことではない。それに加えて彼女は非常に

真面目で、また学業においても極めて優秀であった。

 成績は常に上位五位以下に落ち込んだことはなく、またイベントのひとつである文化祭の発展にも大きく貢献した。

通例通りならば一日で終了となる文化祭を三日に延長し、学生としての本分である学業目的で展示物を広く採用。しかし危険な

ものでなければある程度容認するという器量を見せ、展示数は前年までの約二倍にまで跳ね上がった。

その反面、ステージイベントも充実させ軽音楽や演劇などもこれまでならば五件程度しか応募がなかったものを、大々的に公募。

これも従来の実に三倍近い応募を受け、オーディションをしたうえで全て採用した。

さらには彼女独自の意見で軽音+オーケストラという異色のコラボレーションを実行し、また高い評価を得ている。

 そういった実績もあって学生や教師からの支持も高く、今年度前期生徒会選挙では異例中の異例である『全校生徒中七割からの推薦』を

受けて生徒会長最有力候補として名前が挙がり、また彼女自身もその期待に応えようと、受験を控えた身でありながら生徒会長に

就任した。

 品行方正、成績優秀。非の打ち所のない、まさに完璧とも言える生徒。

 その今村冴霞が、不良生徒である新崎謙悟を庇い。

また教師たちも冴霞の言葉ならばと信じ、謙悟はようやく自由の身となった。

 ――――だが。

「なんで、あんな嘘をついたんですか」

 謙悟は生徒会室に向かう冴霞を呼び止め、図書室の前でそう切り出した。

「? 嘘って、何のことですか?」

「とぼけないで下さい。あの時、たしかに先輩は階段にいた。だけど……」

「だけどいたのは、新崎くんと朝岡先生が問答をしていた場所じゃなくて、さらにもう一階下の階……だった?」

「……」

 首肯する謙悟。

 そう。真実は冴霞の言葉とは違い、正確な意味での目撃者は一人もいない。その時点で冴霞の証言は虚偽のものとなり、ともすれば

謙悟と結託して朝岡を追い落としたという考えさえも出来る。

 しかし冴霞は謙悟を見上げて。

「私は他の人が言うほど、新崎くんは悪い人じゃないって思ってます。だって、どれだけ嫌な相手でも怪我をさせた責任を感じて、

外まで連れ出して自分の携帯で救急車を呼ぶなんて……そうそう誰にでも出来ることじゃないですから」

「そこまで見てて何もしないなんて、先輩のほうが人が悪いな……」

「そうですね。でも私が手を貸してもどの道、新崎くんが追及されることは避けられなかったと思います。なら私が目撃した人間として

弁護する側に立てば、先生たちも納得すると思いましたから。自分で言うのもなんですけど、信頼されてますし。それに……」

「……それに?」

 謙悟が尋ねると、冴霞は周囲を見回して誰もいないことを確認してから、そっと耳打ちした。

「……私も朝岡先生のこと、あんまり好きじゃないですから」

「――――……ははっ。そりゃそうだ。ていうか、朝岡を好きなやつなんてほとんどいないでしょ」

「多分ですけどね。でも新崎くん、そういうことは分かっていても言わないのが吉ですよ?」

 ぴっ、と人差し指を口元に当てる冴霞。そんな悪戯をした子供のような仕草に、謙悟は軽いため息をついた。

「なんか、先輩って生徒会長だから、もっと真面目で厳しい人だと思ってましたよ」

「私もです。新崎くんの噂は先生方や二年生の子に聞いた限りでは、とても怖い人だと思ってましたから」

 他人の評価や遠目からの外見だけでは、その人間を正しく量ることは出来ない。謙悟も冴霞もお互いに話したこともない相手を

伝聞と客観でのみ知った為、そんな当たり前のことを気づくことさえなかった。

「では、改めまして。――――はじめまして、新崎謙悟くん。三年一組の今村冴霞です」

「二年三組、新崎謙悟。改めてよろしく、今村冴霞先輩」

 細く美しい手と、鍛えられた無骨な手。

 成績最優秀者と、平均以下の成績。

 時は五月の末。これからやってくる夏の香りをほのかに感じさせる新緑の季節。

 普通であれば出会うことのないはずの生徒会長と不良学生は、こうして知り合った。

 

 それからの二人は、廊下ですれ違えば軽く挨拶をする程度の仲になった。とはいえ謙悟は親しい友人もほとんどおらず、

大抵一人でぶらぶらしている時に生徒会室や職員室に向かう冴霞と出会い、挙手して挨拶をするような感じだった。

 そして先日は学食で偶然一緒になり、冴霞も一人だった為二人は相席して昼食を取った。

 会話の内容は取り留めのない、ごくありふれたもの。先の一件で朝岡教諭に恨まれているいないに始まり、生徒会の内情、

それぞれの現在の状況、いつもは弁当を持参してくる冴霞が週に一度は気分転換に学食を利用していること、謙悟は料理があまり

得意ではないこと、好みの食べ物、謙悟には小学生の妹がいることなど。

それを見ていた謙悟のクラスメイトである女生徒・秋月愛(めぐみ)はある日、ホームルームの後で謙悟に尋ねてきた。

「ねーねー。新崎くんってさ、会長さんと知り合いなの?」

「……まぁ、そうだな」

 普段はあまり話すことのない愛に話しかけられ謙悟は若干戸惑ったが、冴霞と知り合いであるという事は間違いない。

「そっかぁ……でも、別にお付き合いしてるわけじゃないんだよね?」

「……はぁ?」

 思いもかけない、また突拍子もない愛の言葉に、謙悟は思わず素で聞き返していた。だが愛は「う〜ん」と唸りながら

「だってね、新崎くんと会長さん、なんていうか……普通に楽しそうだったし。てっきりそうかなぁって思ったんだけど」

「いや、全然違うから。俺と先輩は……」

 関係をあえて挙げるのならば、同じ罪を犯した共犯者というのが妥当かもしれないが、それは彼ら二人だけの秘密である。

おいそれと口に出せる関係ではないし、またあらぬ誤解を招く危険性も非常に高い。

「俺と先輩は?」

「……一応、友達ってことになる……かな」

 無難でもっとも安全な着地点として、謙悟は愛にそう答えた。

 

 

 

 結局、駅前のケーキ屋で3200円の出費をした俺は、さらに冴霞の申し立てで麻那の分のケーキを買ってから帰路についた。

 もちろん、冴霞も一緒にだ。今日はもともと一年に何度も帰ってこない親父は相変わらず帰ってはこないし、お袋も看護師として

年末年始は宿直に入っている。曰く、「謙悟もそろそろ手がかからなくなってきたから」だそうだ。馬鹿にするにもほどがある。

「麻那ちゃん、元気にしてます?」

「クリスマスは大変だった。サンタクロースが贈ってきたプレゼントが気に入らなくって、泣かれた」

 欲しかったのはゲーム機だったらしいが、サンタ(親父)が送ってきたのは女の子に人気が高いという理由でチョイスしたお人形。

 当然麻那は嫌がったが、ご機嫌取りにとお袋の支持で俺がゲーム機を買ってくることで事なきを得た。まったく、つくづく妹に甘い

両親で本当に困る。

 ちなみに、冴霞にはプレゼントをしてない。冴霞が遠慮したというのもあるけど、他の理由もある。

「麻那ちゃん、あんまり夜更かしさせるのって良くないですよね?」

「いや、絶対12時まで起きてるって言うから。適当な時間に一回寝かせるよ。あ、でも……」

「でも?」

「あいつ、冴霞のこと気に入ってるから……寝ないかも」

 事実だ。何度か冴霞とあったことのある麻那はたまに「お姉ちゃん、いつ来るの?」と聞いてくる。いつもは適当にはぐらかしていたが、

まさか今日になって来るとは思ってもいないだろう。

「気に入ってくれるのは嬉しいですけど、それで麻那ちゃんが無理するなら、なんだか悪いです……」

「大丈夫だって。リビングに布団引くから、そこで寝かせるよ」

「……ふふっ」

 少し驚いたような顔をしたと思ったら、冴霞は突然笑い出した。

「何だよ。何か変なこと言ったか?」

「いいえ。ただ、謙悟くんもお兄さんなんだなぁって思って」

「十も歳が離れてれば、いろいろ面倒見させられるからな。早く自分でそれなりに出来るようになって欲しいんだよ」

「でもそう言っておきながら、謙悟くんは麻那ちゃんが彼氏を連れてきたら追い返しちゃうんじゃないですか?」

 親バカならぬ兄バカとでも言うんだろうか。頭では否定したいが、実際そういうシチュエーションになったらと思うと、否定しきれない

自分がいるような気がする。

「そんな先のことは分からない。大体、麻那はまだ小一なんだから」

そう。先のことなんて分からない。

その言葉を言うと、冴霞の手がさっきより強く、俺の手をつかんだ。

 

 

 

 

 週に一度の学食での昼食は謙悟と冴霞にとって短い時間だが、ともに過ごせる時間だった。

 しかし一度や二度ならば偶然で済ませることも出来るが、それが五度も続けば誰もが彼らの関係を怪しく思うのは当然だ。

 謙悟は、事故とはいえ教員を負傷させた、武道有段者の成績劣等生。

 かたや冴霞は、生徒会長を務める品行方正、容姿端麗、成績優秀な憧れの的。

 誰がどう見ても不似合いな二人だがしかし、単純に容姿に限って言えば謙悟もまた精悍で整った顔立ちをしており、似合いの二人とも言える。

 そんな周囲の評判とは裏腹に、当事者である二人は。

 

「ねぇ、新崎くん……お願いだから……」

「……先輩、俺は……そんなつもりは」

 放課後、図書室の奥、学校の資料室として使われている一室で。

 冴霞は謙悟に詰め寄り、上目遣いで熱い視線を送っていた。

流れる黒髪は絹糸の艶やかさを湛え、いくつかの房が謙悟の腕にも絡みついている。

 衣替えはとうに済んでおり、両者はともに夏服。薄い生地からは二人の体臭と、冴霞がつけている清汗剤の香り、そしてわずかに染み付いた

資料室のカビの臭いが感じられる。

「こんなにお願いしてもダメですか……? 新崎くんしか、こんなこと頼める人いないんです……」

 熱い吐息が首筋にかかる。視線をそらそうにも、どうにも首が固定されて動かせない。

「いや、今は……そんなこと、してる場合じゃないでしょう……?」

「ううん、今しかダメなんです……今を逃したら新崎くんは……もう、私とご飯を食べてくれませんから」

「昼飯ならいつでもご一緒しますけど、こういうのは……」

「…………新崎くん、女の子に恥をかかせる気ですか? そんな甲斐性無しな人だとは思いませんでした」

「……つぅか、いい加減、重いんですが」

「酷い……私の頼みを断るだけでは飽き足らず、身体的欠陥まで突くなんて……新崎くんの鬼! あくま!」

「いや、先輩のことじゃなくって……俺の背中に圧し掛かってる、資料の雪崩を言ってるんですよ……! つーか、あんた早く逃げてください!!」

「そんな! 新崎くんを置いて私だけ逃げるだなんて!!」

「あんた下だからさっさと出られるでしょうが!!」

 ……説明するのも馬鹿馬鹿しい状況ではあるが。

 謙悟は冴霞に頼まれて、資料室の整理と書類探しを手伝っていた。ところが長年微妙なバランスで積み上げられてきた荷物は些細な衝撃で

容易く雪崩現象を引き起こし、謙悟は冴霞を庇って図らずも彼女を押し倒すような形になりながらなんとか衝撃を背中で受け止めた。

しかしそこにパイプイスが数脚倒れこみ、重量は増加。冴霞はとりあえず上方向に這い出せば逃げられるが、彼女はそれを理解していながら

謙悟にある誘いをかけていた。

「もう一度言います――――新崎くん、生徒会に入ってくれませんか?」

「だ、だから……俺はそんなつもりはないって」

 近すぎる距離。整った、お世辞など抜きで美人だといえる冴霞の顔が目の前にある。その気になれば睫毛の本数さえ数えられそうなそんな

近さで、謙悟は視線をそらそうとする。

 だが、それも冴霞の右手が頬に触れることで、あっけなく遮られた。

「……新崎くんがどういう状況に置かれているか考えたから、こんなことを言うんです。いくら事故だったといっても、他の人たちには結果的に

新崎くんが朝岡先生を傷つけた、ということしか残らない。それを払拭する為に」

 冴霞の言い分はもっともだった。どれだけ朝岡教諭の責任による事故で、謙悟に非がなくとも。

 流布された情報は、やはり「新崎が朝岡を負傷させた」という風にしか認識されない。冴霞はそんな状況から少しでも謙悟の立場を立ち直させる

為に、少しでも他人に評価される場所を提供しようとしていた。

そして、

「役職は与えられません。それに私の任期も九月の生徒総会とその後の生徒会選挙までです。でも、せめてそれまでは……新崎くんを守らせて」

「……守る、って、……先輩、なんでそこまで」

 自分に、拘るのか。

 それは単純に生徒会長であるからという域を逸脱している。なぜ冴霞は、これほどまでに熱心になるのか。

 その答えは、なんとなく想像できる。だがそう明確に断言できるほど、謙悟は傲慢ではない。

 だってそうだろう? どうしてそう言い切れる?

 この人が。生徒会長で頭も良くて、美人で、みんなの憧れとも言える今村冴霞が。

「新崎くんは、『先輩』だから……」

「え?」

 少しだけ身体を上にずらし、視線を合わせる冴霞。今までは合わなかった互いの目線が、初めて真っ直ぐに向かい合う。

「みんな私のこと、『会長』って呼ぶんです。その前は学級委員だったから『委員長』。みんな、私のことを役職で呼ぶんです。それって……

みんなはなんとも思わないんでしょうけど、とても辛かった。でも慣れてしまったら、いつの間にかそれが当たり前になって。だけどみんなから

少し敬遠されている気がして……」

 実際そうなのだろう。今村冴霞は他人から見れば高嶺の花であり、手の届かないほどの高みにいる存在にしか映らない。

 大袈裟に言えば、彼女は生徒たちの王だった。

王とは絶対者であり、人の域を超えた文字通りの超越者。

それに世の民が名を呼び、触れることなど許されるはずがない。

「でも、新崎くんは違った。ずっと私のことを『先輩』って呼んでくれて、遠慮もしなかった。だから私も、新崎くん……謙悟くんと話しているときは

とっても楽しかった。ううん、今も……すごく楽しいです」

 対等ではない、しかし遠くはない。

 その関係は冴霞にとって紛れもなく心地よいもの。

「私は……謙悟くんのことが、好きです」

 短く、簡潔な告白。

 だがその一言にどれだけの思いが込められているのかは、冴霞の真っ赤な顔を見れば一目瞭然だった。

「…………あ、えー、その……ありがとう、先輩」

 頭が上手く回らない。喉が渇く。手が震えているのは、背中に乗っている荷物が重たいからというだけではない。

 だが、言わなければならないことは決まっている。

「俺も、先輩……じゃなくて、……」

「はい……」

「――――さ、さえかのこと、好き……だ、です……」

 声に出した瞬間、いつだったかクラスメイトの秋月愛に言われた言葉が謙悟の頭を過ぎる。

――――新崎くんと会長さん、なんていうか……普通に楽しそうだったし。てっきりそうかなぁって思ったんだけど――――

(いい勘してるよ、秋月……)」

 謙悟は心の中で呟きながら、最後に。

「……冴霞、その……」

「っす……っ、は、はいっ」

 嬉し涙をぽろぽろ零しながら、冴霞が謙悟を見る。

「まずは、ここから出よう……いい加減に、辛い」

 

そして、謙悟は生徒会長直属特別事務補佐なる怪しげな役職に就く事になった。

ただしこれはあくまで名目上のことであり、正式な役職ではない。さらに仕事の内容はというと、生徒会室に冴霞とともに入室し、

彼女の席の隣で会の様子を眺めながらノートを取ったり、たまに冴霞に意見を求められて一切遠慮のない意見を口にするという、ある種の

ご意見番的な位置づけをするというものだった。

「ごめんなさい、変な仕事になってしまって……」

「まったくだよ。でも……他の連中が出来ないことを言ってると思うと、少しだけ気持ちいいかな」

 苦笑いする謙悟。それを見て、やはり冴霞も微笑む。

「いっそ、来期の生徒会に参加してみたらどうですか? 私が推薦しますけど」

「やめてくれ、ガラじゃない……にしても、相変わらず丁寧語なんだな」

「あっ……ごめんなさい」

 思わず謝るも、その謝罪の言葉さえ丁寧語になっていた為、冴霞は慌てて謙悟を見上げる。だが謙悟はそれを不快に思う様子もなく。

「いいさ。先のことは分からないけど、言葉遣いが変わっても変わらなくても……冴霞は冴霞だからな」

「……ありがとう、謙悟くん」

 

 

 

 時刻はまもなく午前0時。

 日付が変わるとともに、新しい年の幕開け。

 テレビの画面には、神社へ参拝に集まった参拝客がごった返している様子が映っている。

「……くぅ〜」

「すっかり寝ちゃいましたね……起こさないでおきます?」

「ああ。それにしても、妹のくせにうらやましい所で寝やがって」

 つい二十分前まで眠い目をこすりながら何とか意識を保っていた麻那は今、冴霞の膝枕ですやすやと気持ちよさそうに眠っている。

「いいじゃないですか。いつも謙悟くんが独占してるんですから」

「いや、普通は独占するものだろ」

「それは……そうですけど、もぅ」

 除夜の鐘が響く。

 年が明け、四月になれば、冴霞は既に推薦入試で合格している私立大学へ入学する。

 そして俺は三年生になり、俺たち二人が高校生活をともに過ごせるのはあとわずか三ヶ月。

 もう生徒会に冴霞と俺の席はない。今は前の副会長だった蓮見が生徒会長に就いて、新しい生徒会としてスタートしてる。

 蓮見は俺をそれなりに評価していたのか、書記でも会計でもいいから残って欲しいと言っていたが……。

 正直、冴霞のいない生徒会に魅力を感じられなかった。

「謙悟くん、時間ですよ」

「ん、ああ」

 秒針が12を指す。

 テレビに映っていたデジタル時計が000を表示する。

 それを合図に、俺と冴霞は口唇を重ねた。

「誕生日おめでとう、冴霞」

 

 

 そして。

新年、明けましておめでとう。

                   これからも、末永くよろしく。

 

FIN.

 

 

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キャラクター設定

新崎 謙悟(しんざき けんご)

 県立陽ヶ崎(ひがさき)高等学校 二年三組。

 身長183cm、体重71kg、4月7日生まれ、B型。

 空手初段、剣道弐段。

・友人は少ない(ほぼ皆無)が、話してみれば面白い性格をしている。ただ人目を引きやすい長身と

体格の良さから、本人の意思とは無関係に敬遠されることが多い。

  空手と剣道は、自衛官である父の教えから派生したもの。年齢と段位の制限があるため高い段位は取れないが、

どちらも三段相当の実力はあると師範にいわれている。本人は両方弐段を取れば辞めるつもりでいるらしい。

・好物は羊肉。だがクセがあるので上手に調理できる人間を尊敬している。

 

 

 

 今村 冴霞(いまむら さえか)

 県立陽ヶ崎高等学校 三年一組。

 身長171cm、体重53kg、1月1日生まれ、O型。

 英検二級、漢検二級。

  二年生から生徒会長を務め、後期から前期を歴任。すらりとした長身とさながらモデルのように整った容姿、

明晰な頭脳と運動神経、類まれなる政治手腕と行動力を持ち、高いカリスマ性を見せる。

だがそれ故に余人には近寄りがたい雰囲気を与えており、孤独な一面もある。基本的に甘えん坊。

  年下であっても丁寧語で話す癖がある。謙悟に対してもそれは同じだが、謙悟がそれを肯定した為にいまだ

その癖は抜けていない。

・好物はティラミス。ティラ・ミ・スと表記されているものは正しいティラミスというのが持論。

 

 

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あとがき:

SoSからちょっと路線変更し、年末年始SSを一本書き下ろしました。
SoSは相変わらず難航中。そういうストレスを晴らす意味でも今回はさくさく書けました。
まだ書けていない要素、そして意外な登場人物や未発表作品のキャラクターを新規扱いで
総登場させたオリジナルハイスクール物を書き下ろすのもアリ、かとも思っています。


管理人の感想

ぶっちゃけ、こういうの好きだ(どーん!)
ってことで(?)、雅輝です^^

年末年始SSということで、鷹さんより短編を頂きました〜。
以前連載していた「秋の夜長の恋人たち」と軽くリンクしている今作品。不良(?)少年と優等生少女の恋物語。
現在→過去→現在→過去と続いていく展開も分かりやすかったですし、非常に読みやすかったと思います。
・・・冴霞先輩可愛いなぁ(爆)

ってことで、今年最後の鷹さんのSSでした〜〜^^



2007.12.31