「――魔法能力検定、ClassB。受験番号13番、柊杏璃様。準備が整いましたので、フィールド中央へ――」

抑揚のないアナウンスの声に名前を呼ばれたあたしは、ゆっくりと受験者用控え室のパイプ椅子から立ち上がった。

【杏璃さま、いよいよですな】

指定された場所に向かう際、右手にしっかりと握ったあたしの相棒――パエリアが話しかけてくる。

そう、いよいよ始まる。あたしの、自身二度目となるClassBへの挑戦が。

「ええ、やるからには、もちろん全力よ。しっかり付いてきなさい、パエリア!」

あたしは、震えている右手をぎゅっと握ってパエリアに応える。緊張?――冗談じゃない。これは武者震いだ。



1年の頃に失敗してしまった、ClassBの受験。あの時の試験結果は、まったくひどいものだった。

試験の序盤に小さなミスをして、それに焦ってまたミスをして、パニックに陥ってしまって・・・の悪循環。

今なら、その理由も分かる気がする。その証拠に、今のあたしの胸の内には焦りなど無い。魔法に対して、焦りは禁物なのだ。

『つい最近までは、そんなこともわかっていなかったんだけどね』

表情には出さずに内心で苦笑する。それだけじゃない。もっと根本的な部分で、あたしは魔法としっかりと向き合えていなかったのだ。

魔法は、ただ1番になるための道具じゃない。魔法は、ただ他人と競い合うための武器じゃない。

そのことに気づけたとき、あたしはようやく今のあたしに変わることができた。そして、そう導いてくれた人がいた。



「・・・」

魔力フィールドの中央に立つ。試験は公開式なので周りにもギャラリーはいるが、その歓声がまったく耳に届かないくらい、あたしは集中しきっていた。

「13番、柊杏璃さんですね。準備の方は、よろしいですか?」

「――はい」

試験官の最終確認に、あたしは短く、しかし堂々と明瞭に答える。・・・大丈夫、落ち着いている。少なくとも、そう自覚できるくらいには。

そしてその返事が合図となり、試験官が右手を高々と上げる。開始のブザーが鳴り、ClassBの試験が始まった。





はぴねす! SS

            「魔法使いとして」

                             Written by 雅輝








小日向雄真。それが、あたしを変えてくれた人の名前。あたしの最高のパートナーであり、最愛の恋人。

全ての始まりは――もう、半年以上も前の話になる。



桜の花弁が咲き誇り、麗らかな陽気に包まれた四月。その二ヶ月ほど前に起こった校舎の爆発事故で、あたしたち魔法科の面々は、分かれて普通科の教室で合同授業を受けることとなった。

魔法科といえど、基本的に受ける授業内容は普通科とさほど変わらない。ただ、魔法関連の授業の時だけは、交代で空き教室を使用するのだという。

その日は始業式で。つまり普通科の人たちとの初顔合わせの日だった。

最初は、漠然とどこかで見た顔だなぁと思った。そしてすぐに、バレンタインデーの時の彼だと気づいた。

バレンタインデー当日に、あたしは魔法の制御をミスって男子生徒に直撃させてしまったのだ。幸い彼は怪我こそしなかったものの、かなり危険であったことは事実で。

さらに、その男子生徒は春姫の知り合いだという。少し勘違いしたあたしは、春姫への対抗意識から、鞄に眠っていた行く宛のないチョコをあげた。危険な目に遭わせてしまったお詫びと称して。

何の変哲もない、市販のチョコレート。クラスの女子にでもあげようと思って買った、せいぜいが義理チョコ止まりのプレゼント。

それでも、彼はお礼を言ってくれた。「ありがとうな」って。おおよそ見た目通りといえる、爽やかな笑顔で。

その笑顔がとても自然で。二ヶ月経った後でも、彼のことをすぐに思い出せたのは――その笑顔が、無意識の内に記憶に蘇ったからかもしれない。







「オン・エルメサス・ルク・アルサス――」

試験開始の合図と共に、あたしも神経を集中させ、魔法の詠唱に取り掛かる。

試験の内容は、シューティングと呼ばれる、ターゲットに魔法弾を当てる類のもの。

クレー射撃みたいなものだけど、このターゲットが弧を描いたり螺旋を描いたりと、決まった動きをしないのでなかなか厄介な試験だ。

魔法の制御が苦手なあたしが、過去最も不得意としていたもの。

でも、今のあたしなら――。

「エスタリアス・アウク――」

出てきたターゲットは三つ。それぞれの軌道を描いて飛び交うそれらに、あたしも魔法弾を三つ生成する。

パエリアの先端に集まり、凝縮されていく魔力。三発の魔法弾それぞれにしっかりと制御魔法を掛け、しっかりとターゲットを見定めて――。

「――エルートラス・レオラッ!!」

発動のワードと共に、あたしは全ての魔法弾を解き放った。







ハッキリと、そう自覚し始めたのはいつのことだろうか。

あたしにとってアイツは、仲の良い男友達。そして、たまに手伝ってくれる「Oasis」のバイトでは、何故か気持ちの良いほどに息の合う相棒でしかなかった。

言いたいことを言い合って、つまらないことで勝負して、でも何故か一緒にいると心地よくて。

いつの間にか、アイツの隣にいる時間が多くなった。それを疑問に思わないほど、ごく自然に。

そして・・・そうだ。たぶんきっかけとなったのは、「Oasis」の新デザートメニューを決めるための創作料理大会だ。

バイトも含む従業員は、その大会に一品は自分の作ったものを持っていかなくてはならなくて。お菓子作りはもちろん、料理でさえ不得意なあたしは途方に暮れていた。

そんな時に見つけたのが、雑誌に載っていた「プルトニューム」という名のケーキ。材料を揃えるのは難しいけど、作るのは非常に簡単だという、まさにあたしにとっては理想を具現化したようなケーキ。

でも流石にあたしでも、その材料を一人で揃えるのは無理だと思った。だから・・・なのだろうか。咄嗟に頭の中には、アイツが映っていた。

拾った財布で脅すのはあまり気が進まなかったけど、なぜそうまでしてアイツに手伝わそうとするのかは、自分でもよく分からなかった。

当日は、相当無茶なことを雄真に要求したと思う。結局真夜中まで付き合わせることとなり、それでもなんだかんだで付き合ってくれたアイツは・・・やっぱり優しいな、と柄にもなく思った。

でもあたしは、そんな雄真の苦労を全て台無しにしてしまって。それでもアイツは、あたしを励ましてくれて。

そしてOasisで直接作ることにしたケーキ作りも手伝ってくれた。結果はちょっと失敗しちゃったけど、それさえもただただ楽しくて。

楽しくて・・・すごく、ドキドキした。

あたしと雄真が組めば出来ないことは何もないって。あの夜、星空に向かって叫んだ言葉は、心からの本音だった。







『――まずは一つ目!』

制御下にある魔法弾をターゲットに近づかせつつ、ターゲットの中でも一番動きが単純なものに狙いを定める。

直線的な動き。時々思い出したかのように直角に曲がるが、それでも動きは非常に読みやすい。

『・・・そこっ!』

動きを読みきって、正面衝突させるような形で魔法弾をぶつける。ターゲットは爆音を轟かせ、粉々に砕け散っていた。

しかしあたしは、そこで集中を切らさぬように一度息を吐くと、続いて二つ目のターゲットに的を絞る。

今度は曲線的な動き。だがこれもあくまで動きは規則的。どこかを中心においた、円運動なのは変わりない。

『中心点は・・・たぶん、あそこ。なら・・・』

中心点の位置のおおよその見当をつけて、その円周上に魔法弾を設置しておく。

狙い通り、ターゲットは自ら飛び込んできてまたも爆音を響かせた。

『残り一つっ!』

最後のターゲットは、不規則な動きだが動き自体は遅い。

『動きを読むのは難しいけど・・・力押しで充分イケるわね』

瞬時にそう判断し、こちらも残り一つとなった魔法弾の速度を一気に跳ね上げる。

ターゲットはのらりくらりと酔っぱらい運転のような動きを繰り返すが、あたしの魔法弾はたとえ当たらなくてもすぐに反転して肉薄する。

やがて魔法弾はターゲットの中央を捉え、三度大爆発を起こした。

『でも、難しいのはここからね・・・』

この試験は、三段階に分かれており、今のはまだ第一段階。

もちろん段階を踏むごとに難易度は上がっていき、ターゲットの数も増え、動きもより早く、より複雑になっていく。

「・・・さあ、行くわよっ!パエリア!」

あたしは自分を鼓舞する意味も込めて、自分の相棒を再度ギュッと握りしめた。







魔法はあたしの一番の誇りであり、しかし同時に一番のコンプレックスでもあった。

それは、高校になってから本物の天才に出会ったからに他ならない。

神坂春姫。あたしの親友であり、自他共に認める魔法科のNo.1。

それまではいつも魔法の一番は自分のものだと思っていたあたしにとって、春姫の存在はとても衝撃的だった。

自分でも自覚できる程の負けず嫌いなあたしでも、彼女の実力だけは認めざるを得なかった。それほど、差は歴然だった。

でも認めはしても、納得はしたくなかった。相手が春姫だからといって、No.2で甘んじているわけにはいかなかった。

だからこそ、春姫に面と向かってライバル宣言をしてまで、あたしは一番に拘り続けた。

それはとてもちっぽけなプライド。そしてそのプライドこそが、あたし自身を縛り付けることとなる。

秘宝事件の時。信哉と対峙して、自分が彼の眼中に無いのが非常に腹が立った。春姫が信哉と同等以上に戦えている姿を見て、非常に焦った。

それは全て、春姫が自分より上だということを認めている証拠なのに、駄々をこねる子供のようにあたしはあがき続けた。

――そんなことに、何の意味も無いというのに。







〜All view〜



「「「・・・」」」

杏璃の試験を間近で見ている審査官の三人は、目の前で展開されていく彼女の試験内容に、内心舌を巻いていた。

ClassBの試験の狙い――つまり進級に必要な要素は、集中力である。

つまりは、魔法を制御する集中力。そのために、魔法弾を自由自在に操らなければならない「シューティング」が試験となっているのだ。

そして通常、魔法弾の威力と制御力は反比例する。つまりは、魔法弾の威力――籠められている魔力が高ければ高いほど、コントロールするのは難しくなるのだ。

しかし、あの少女はどうだ。

本来なら魔力弾が当たったかどうかをセンサーで感知するために、破壊されないように設計されている頑丈なターゲット。

それが、粉々に砕け散っているではないか。そしてそれが可能なほどの魔力が籠められているのだとすれば・・・。

『ClassA以上の魔力じゃないか・・・』

それもその魔法弾を、効率よくターゲットに当てていく。それをこなせるほどの集中力。ある意味では、こちらの方を特筆するべきなのかもしれない。

『思わぬ逸材だな』

手元にある資料によれば、彼女は一年前に試験を受けて落ちている。この一年の間に、彼女に何があったというのか。

審査官の至極真っ当な疑問を余所に、杏璃は次々とターゲットを破壊していった。



〜All view end〜







あたしに「それ」を教えてくれたのは、紛れもなくアイツだった。

信哉と沙耶にボロボロにされて、でも春姫は彼ら二人を相手にしても同等に戦って。

あたしは、完全に自信を失くしていた。自分が誇れる唯一のものを、完全に否定されたような気分だった。

何をしても要領が悪くて、不器用なあたし。勉強にしたって家事にしたって、平均以下のあたし。

魔法こそ、あたしのアイデンティティ。そう思っていただけに、それを否定されるのは辛かった。

負ければ、もう失くしてしまうんだって。今まで努力して築いてきたものが全て失われてしまうんだって、そう思ってた。

でも、違うんだ。

誰かと比べて、とか。他人に認められる、とか。

そんなことにばかり気を取られ過ぎていたあたしは、魔法使いとして一番大切なモノが見えていなかった。

魔法は、弱い自分を閉じ込めるためのものじゃない。

魔法は、弱い自分から目を背けるためのものじゃない。

自分の弱さと向き合って打ち克つことすら出来ないのに、満足のいく魔法なんて使えるはずがなかったんだ。

その壁は、魔法を使う上で――魔法使いの柊杏璃として、必ず乗り越えなければいけない壁だったのに。

ずっと立ち向かおうとしなかったあたしが、信哉に・・・ましてや春姫に勝てるはずなんかない。

それがわかったのも、全て雄真のおかげ。

彼はあたしの心の弱さを、全部受け入れてくれた。包み込んでくれた。

不安や焦り。打ちのめされたような無力感。粉々に砕け散った自信。

ドロドロの膿のようなそれを、雄真は優しく包み込んでくれたんだ。

大丈夫だって。杏璃なら、大丈夫だって。

そういったものが全て消えて、残ったのは心の弱さ。

吹っ切れた、という表現が一番正しいかもしれない。

あたしはあたしの魔法で、あたしの中の一番を思いっきりぶつけてやろうって。

雄真の言うとおり、もう「大丈夫」だった。やっぱり、あたしと雄真が組めば出来ないことはないんだ。







『これで・・・ラストッ!』

試験も佳境。第三段階も、残るターゲットは一つとなっていた。

あたしは最後の魔力を振り絞り、通算15発目となる魔法弾を操る。

流石は最後のターゲットというべきか、ハエのようにあちらこちらを素早く飛び回る俊敏さに、あたしの魔力弾はかすりもしない。

『まずい、このままじゃジリ貧ね。・・・こうなったら』

そこであたしは、ある賭けをすることにした。

「――エルートラス・レオラ・ディ・アストゥム!」

追加呪文で、さらにもう一発魔法弾を生成。今もなおターゲットを追っている魔法弾との併用で、挟み撃ちにしようという作戦。

だけど、リスクも大きい。二発の魔法弾を同時に制御するのは難しいし、消費魔力量も単純に二倍になる。

あたしの魔力が尽きるのが先か、それともターゲットを貫くのが先か――。

「――勝負っ!」





集中しきっていたあたしの耳に聞こえてきたのは、ギャラリーからの大喝采だった。

その直後、試験終了を知らせるブザーが鳴り響く。その音に緊張の糸が切れたあたしは、そのままへたり込みたいのを気合いで我慢し、審査官たちに一礼してから控え室へと歩き出す。

「よっ、おつかれさん」

聞きなれたその声に、あたしは疲労から俯かせていた顔を上げる。

そこには、あたしの大好きなアイツの笑顔があって。

「・・・えへへ。ぶい♪」」

あたしも満面の笑みで、彼に元気よくVサインを返した。



その数時間後。あたしは、その試験場で表彰されることとなる。

――――ClassBにおける、最年少「満点」合格者として。



end


後書き

400000HIT記念として、杏璃SSをお送り致しました〜^^

なかなか難しかったですね。杏璃のキャラを掴みにくかったせいもありますし、彼女も複雑な想いを抱いていますから。

内容は、ClassBの試験を受けながら過去を思い出すってところでしょうか。っていうか、実は結構余裕?(笑)

試験の内容は、完全にオリジナルです。でも杏璃自身、本編で「ClassBに上がるためには集中力が必要」みたいなことを言ってましたし、こんなところかな、っってことで。

未だに手加減というものが苦手な杏璃。だからこそ制御に関しては苦労しましたが、それでも満点なのですから、彼女の実力の高さが伺えます。ちなみに春姫は一年前に合格しており、その時の成績は15発中14発。最後のターゲットを捉えることは敵いませんでした。


さて、それでは改めまして。

400000HIT,ありがとうございました!これも、いつも拙い作品を読んでくださる、皆さまのおかげでございます。

これからも、当サイトをよろしくお願いいたします〜^^



杏璃 「読んでくれてありがとね。感想とかはここらしいわよ」



2008.8.31  雅輝