お姉ちゃんの結婚式から、もう既に一年の月日が流れていた。
この一年・・・早かったというのが、私の正直な気持ち。
彼と過ごしている時間は、いつも充実していて・・・とても時の流れが速く感じてしまうから。
そして、今日も私はこの場所で彼を待つ。
いつしか決まった二人の待ち合わせ場所――この島で一番大きい桜の木の下で。
あれ以来、島中の桜が季節を問わず花弁を付けることは無くなったけれど、やはりこの木は私達の”特別”だから。
だから、五月晴を形容したような空を見上げ、桜の大樹に背中を預け、私は歌う。
もうすぐ来るであろう彼の事を想いながら・・・。
土を踏みしめる足音が聞こえ、私は歌を止めると、いつもの通り満面の笑みを彼に向けた。
「こんちはっす♪純一君」
「おっす、ことり。相変わらず早いな」
純一君の言うとおり、まだ約束の時間には10分残っている。
でも、私は彼を待つこの時間が好きだから、いつもどうしても早く来てしまう。
「うん!純一君に会えるのが待ちきれなくって」
「そりゃ、光栄だな」
今日は日曜日。天気も絶好のデート日和。
――こうしていつものように、桜の大樹を背に私達の幸せが始まる。
D.C. SS
「未来の幸せ」
Written by 雅輝
「さて、これからどうする?いつも通り、店を適当に見て周るか?」
休日で多くの人が行き交う商店街を、私達は身を寄せ合いながら歩いている。
つい今しがた昼食も取り終え、商店街は一番混み合う時間帯に差し掛かっていた。
普段ならこのまま、彼の言うようにウィンドウショッピングをするか、バスに乗って映画や遊園地に行ったりするのだけれど・・・。
今日は、彼にはまだ話していない予定があった。
「そのことなんだけどね。・・・実は、お姉ちゃんの家にお呼ばれされてるの」
「暦先生の家に?」
「うん。お義兄さんは休日に関係なく病院に出勤してるからいないけど、お姉ちゃんと赤ちゃんはいるから純一君も来ないかって」
「へぇ、生まれたってのは聞いてたけど、そういえばまだ一回も見たことはないなぁ」
お姉ちゃんは結婚してから間もなく妊娠。そして先々月、待望の長女が誕生したばかりだ。
純一君は結婚してからすぐの出産に「意外だ・・・」なんて呟いていたけど、私はそうは思わなかった。
お姉ちゃんは普段が毅然としてるから、その分お義兄さんには甘えちゃってるんだよね。
「どうする?純一君」
「ん〜、まあいいんじゃないか?たまには暦先生にも顔を見せないと、何を言われるかわかったもんじゃないし・・・それに、暦先生の子供ってのも興味あるしな」
「了解っす♪それじゃあ、お姉ちゃんの新居にしゅっぱ〜つ」
私は元気良く声を上げて・・・ずっと握っていた純一君の手を急かすように引っ張りながら、お姉ちゃんの家の方角へと足を向けた。
「いらっしゃい、ことり。・・・ついでに朝倉も」
「こんにちは、お姉ちゃん」
「俺はついでっすか?」
「冗談だ。良く来たね。まあ上がってくれ」
結婚して、そして子供を生んで。ますます大人びたお姉ちゃんに促され、私達は「お邪魔します」とドアをくぐる。
そのままリビングに通され、待望の赤ちゃんとのご対面かと思えば・・・。
「寝てるの?」
「ああ。今はまだお昼寝の時間だからね。でも、もうそろそろ起きると思うよ」
テーブルに着き、とりあえず目の前に置かれたコーヒーを頂くことにする。
どうやら赤ちゃんは隣の部屋のベビーベッドでまだ寝ているらしく、室内にはゆっくりとしたテンポのクラシックが流れていた。
こういう緩やかな音楽は、赤ちゃんの教育にもいいらしいので、たぶんそれでなんだと思う。
「それで?お前達はもうどこまでいってるんだい?」
「ゲホッ、ゴホゴホッ!!」
私達の向かいの席に腰を下ろし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたお姉ちゃんの言葉に、純一君は思いっきり喉にコーヒーを詰まらせ噎せていた。
「なぁ、朝倉ぁ。3秒以内にアルファベット一文字で表現してみてよ」
「――!お、お姉ちゃんっ!?」
その言葉でようやくお姉ちゃんの言いたいことが分かった私は、すぐに真っ赤になって声を上げた。
そして何とかコーヒーを喉に流し終えた純一君は、困ったような顔をこちらに向ける。
何となく私には、その表情だけで純一君の言いたいことが分かったような気がした。
「おやおや、こんな時にまでアイコンタクトですかい。若いってのはいいですなぁ」
「も、もうっ、お姉ちゃん!」
「あっ、ほ、ほら暦先生。この泣き声。赤ちゃんが起きたんじゃないっすか?」
不意に隣の部屋から聞こえてきた赤ちゃんの泣き声に、純一君が逸早く反応する。
「あら、本当。この時間だとミルクか・・・。命拾いしたね、朝倉」
「あはは・・・」
お姉ちゃんは純一君の渇いた笑いを見てフッと微笑むと、授乳のために隣の部屋へ行き後ろ手にドアを閉めた。
「ふぃ〜〜〜・・・」
途端、純一君が脱力したように椅子の背もたれに身を沈める。
私はそんな彼に、労いの気持ちと共にコーヒーのお代わりを淹れてあげた。
「お疲れ様、純一君」
「おっ、サンキュー。ことり」
彼はズズッとコーヒーを一口啜ると、「しかし・・・」と言葉を続けた。
「暦先生、なんかパワーアップしてないか?」
「ははは・・・否定できないかも」
「まあ何とかはぐらかすことが出来たけどな。正直に「最後までいきました」なんて答えたら・・・本当に命拾いしたよ」
「さ、最後までって・・・」
「ん?違うのか?」
「それは、えっと・・・」
直接的な彼の言葉に、思わず赤面して人差し指を突き合わせる。
すると彼は、そんな私を見て微笑み、身を寄せてきたかと思えば私の額に口付けていた。
「あ・・・」
「ホント、可愛いなぁ。ことりは」
「!〜〜〜〜っ」
眩しいくらいの笑顔で言われて、私の顔の温度はますます高まっていく。
でも、このままやられっ放しも悔しいので、私もささやかな反撃を試みてみる。
「じゅ、純一君も、いつもかっこいいよ?」
「へ?お、おう!」
効果は覿面だったようで、彼の顔もみるみる内に赤くなっていった。
と、その時。
”ガラッ”
「待たせたね。この子が私の娘の・・・って、何二人して顔を赤らめてるんだい?」
隣の部屋から赤ちゃんを抱いて出てきたお姉ちゃんに呆れた顔をされ、私達は二人して苦笑を返すのであった。
「さて、改めて・・・この子が私の娘、”佐伯 弥生(やよい)”だ」
「ほら」と私の腕に預けられた、まだ生まれたての小さな命。
弥生という名前の由来は、今年の三月に生まれたからというのもあるけれど・・・お姉ちゃんの暦という名前からも来ていると、お義兄さんに聞いた事がある。
私は弥生ちゃんが生まれてからもよくこの家には遊びに来ていたので、抱っこしても泣かなくなったところから見てどうやら懐かれたようだ。
「へぇ・・・この子が」
純一君がおそるおそるといった感じで、私の腕の中にいる弥生ちゃんのほっぺを2,3度軽く突く。
その指を受けて、むず痒そうに身動ぎする姿が何とも愛らしい。
「さて。それじゃあ夕飯の買い物に行ってくるけど、弥生の事は任せていいかい?」
「うん!・・・って、最初からこのつもりだったの?」
「まあまあ、細かいことは気にしないでよ。それにことりも朝倉も、予行練習だと思えばいいじゃないか」
「予行・・・」
「練習?」
顔を見合わせ、同時に弥生ちゃんへと視線を落とすと、私達の顔は先ほどのようにまた赤くなっていった。
「せ、先生!」
「お姉ちゃん!」
「はいはい。冗談・・・ってことにしとくよ。それじゃ、邪魔者はとっとと行きますかね」
最後に振り返らないまま手をヒラヒラと振ると、お姉ちゃんはそっとリビングを出て行き。
「・・・」
「・・・」
「あー♪」
静かな空間には、ご機嫌な様子の弥生ちゃんの声だけが響いた。
「どうしよっか、純一君」
「どうするって言われてもなぁ・・・暦先生がさっきミルクあげてたし、特に何もすることはないんじゃないか?」
「そうだね。それじゃあ、遊び相手になってあげるってことで」
「まあそれしかないよな」
私達はフローリングのリビングではなく和室に移動して、畳の上に弥生ちゃんを寝かせ話し合っていた。
彼女は手を握ったり閉じたりしながら、じーっとこちらを見つめている。
私はともかく初めて会った純一君はやはり珍しいのか、可愛らしいくりくりとした目は彼の方に向いていることが多い。
「なんか純一君の方ばかり向いてるね」
「ふっ、惚れられたか。モテる男は辛いぜ」
「駄目だよ、純一君。浮気は」
「冗談だって。赤ん坊にまで嫉妬しないでくれよ」
「ふふふ。こっちも冗談だよ♪純一君のこと、信じてるもん」
「へ?あ、ああ」
口ではそう言ったけど、付き合い始めた頃は不安で仕様がなかった。
音夢、芳乃さん、水越さん、天枷さん――彼の周りには、魅力的な女の子がたくさんいたから。
でも、今は違うって胸を張って言える。
彼の恋人として一年を過ごして・・・彼が一番愛してくれるのは私だって、思わせてくれたから。
彼の中での一番は私なんだって、心から信じられるから。
――まあそれは私も同じなんだけどね。
「ねえ、純一君。弥生ちゃんを抱っこしてみない?」
「えっ?でも、泣かれたりしないかな?」
「大丈夫だよ。弥生ちゃんも純一君のこと気に入ってるみたいだし・・・はい、抱き方はこうだよ?」
まず私が抱いてみて、彼に抱き方を示してみせる。
「・・・そうだな。暦先生の言うように、予行練習にはいいかもしれないな」
そう言って冗談っぽく笑うと、彼は私の腕の中にいる弥生ちゃんの両脇に、そっと手を差し入れる。
「よっと・・・お、結構重いんだな」
「そりゃそうだよ。だって、人ひとり分の命だからね。・・・でも、温かいでしょ?」
「・・・そうだな。温かい」
確かな重みと、人肌の温もり。それは小さな命が、精一杯生きているという証。
純一君は抱き方こそ多少ぎこちないものの、凄く優しげな瞳で腕の中の小さな存在を見つめた。
「あう?」
初めて抱っこされた相手を確認するように、弥生ちゃんが純一君の方を見る。
その視線に答えるように彼が頭を数度撫でると、弥生ちゃんは安心したように目を細めて微笑んだ。
「・・・どうやら大丈夫みたいだな」
「うん。赤ちゃんって敏感だから、純一君が優しい人だって分かるんだよ」
「関係あるのかな?」
「もちろん♪」
「じゃあ、交代だな。ことりの優しさを見せて貰おうか」
私達はしばらくの間、そうやって互いに弥生ちゃんをあやしながら、ゆっくりと流れる時間を過ごした。
「寝ちゃったね・・・」
「ああ。赤ん坊は寝るのが仕事みたいなものだからな」
胡坐を書いた純一君の膝の上で、弥生ちゃんは心地良さそうに寝息を立てている。
窓の外を見れば空は茜色に染まっていた。もうそろそろ、お姉ちゃんも買い物から戻ってくるだろう。
「やっぱり、疲れた?」
「まあな。でも、貴重な経験だったよ。赤ちゃんと接する機会なんてほとんど無いし・・・暦先生に感謝かな?」
「うん。・・・お姉ちゃんの言うとおりだったかもね」
「何が?」
「その・・・・・・予行練習」
「あ・・・」
恥ずかしい気持ちを抑えて私がそう言うと、彼も顔を赤らめ照れ隠しに弥生ちゃんの髪を梳いた。
「でもね。私、弥生ちゃんを抱いてる純一君を見て思ったんだ」
「ん?」
「いつか・・・こんな日が来たらいいなぁって」
「ことり・・・」
それは、そう遠くはない未来。
私は思い描いた。彼の隣で、彼との子を腕に抱き・・・幸せそうに歩いている、「朝倉ことり」の姿を。
「そっか。ことりもか」
「えっ?」
私が聞き返すと、彼は頬をポリポリと照れくさそうに掻いた。
「俺も、弥生ちゃんを抱いてることりを見てて・・・なんていうのかな。母性みたいなものを感じてな。正直、ずっとドキドキしてたんだぜ?」
「純一君・・・」
「いつか実現できたらいいなって。・・・いや、絶対に実現させたいってな」
「・・・うん。絶対に、実現させようね?」
私は、そっと純一君の肩にもたれ掛かり、上目遣いで彼を見つめた。
「ああ。絶対だ」
彼が私の肩を優しく引き寄せ、互いの顔が一気に近づく。
私もゆっくりと目を閉じて、彼に全てを委ねた。
そして・・・。
「「愛してる」」
寝ている弥生ちゃんの目の前で、共に未来の幸せを誓った。
後書き
どうも!雅輝です^^
ということで123456HIT記念、リクエスト作品をお送りしました〜。
今回のリクエストは、ことり&ラブラブでした。
どうでしたでしょう?甘すぎるのはどうも苦手なので、ほのぼの〜な中に甘さも加えてみました。
内容は、付き合い始めて一年後・・・恋人同士として、互いの事を知り尽くしてきた時期ですかね。
また暦先生ネタでいかせて貰いました。何気に彼女は動かしやすいキャラだったりします^^
そしてオリキャラとして、暦先生の娘、弥生ちゃんを登場させました。D.C.S.S.の方でも、確か暦先生は子供を生んでたなぁと思いまして。
名前の由来は文中の通りです。
最後のシーンはアレですね。ほとんどプロポーズみたいなものですよ(笑)
まあまたリクエストでもあればちゃんとしたプロポーズ話は作りたいなぁと思ってますが。新婚後の二人とかもいいですね。
それでは最後になりましたが・・・。
リクエストしてくださったさすらいの感想人さん、そしてここまで読んでくださった全ての読者の皆様に。
ありがとうございました!またお越しくださいませ^^w
ことり 「ありがとう。感想はこちらにね♪」