私には、人の心を読むことができる力があった。

それはテレパシーみたいなもので、幼い頃・・・新しい家族と馴染めなかった私が、心から欲した能力。

そして魔法の桜の木は、そんな私の願いに答えてくれた。

お義父さんともお義母さんとも・・・お義姉ちゃんとも仲良くなれた。

それ以来、常人では絶対に持ってはいないその力は、人と円滑に付き合っていくために必要不可欠であり、同時に私にとってはあって当たり前のものとなっていた。

たくさんの友達が出来て・・・そして私の事を一番に愛してくれる恋人まで出来た。

私は、そんな魅力的な力に心から依存しきっていた。

だから・・・なんだと思う。

あの桜の木が枯れて私の能力は使えなくなってしまった時、同時に周りにいる人間全てが恐怖の対象と変わってしまったのは・・・。





D.C. SS

         「ことりの心」

                  Written by 雅輝








そして、今。

私は、既に枯れてしまったあの桜の大樹に背中を預けていた。

もう五月に入っているので、別段寒いということはない。

・・・むしろ寒いのは、私の心の中だった。

今日はお義姉ちゃんの・・・ううん、お姉ちゃんの結婚式当日。

でも私は、その場に行く勇気が無かった。

その場で大好きなお姉ちゃんに、お祝いの歌を捧げられる自信が無かった。

だから誰にも見つからないように、まだ夜も明けていない内から家を出て、それ以来ずっとこの場所で独り佇んでいた。

『もうそろそろ、始まるかな・・・?』

もう既に家を出てから6時間は経っている。

式本番の時間まで、後30分あるかどうか・・・。

お姉ちゃんはきっと今頃、必死に私を探してくれているのだろう。

これは自惚れじゃ無い。

お姉ちゃんは、とても優しい人だから・・・。

そして、きっとあの人も・・・。

「・・・朝倉君」

もう太陽が昇りきった大空に向かって、そっと・・・彼の名前を呟いてみる。

彼は、初めてできた私の恋人さん。

ぶっきらぼうで、めんどくさがり屋だけど・・・凄く優しくて、温かい人。

そして・・・本当の私を知っても尚、自然体のままで接してくれた人。

私は、そんな彼に強く惹かれた。

だから、卒業パーティーのミスコンで、彼に想いが通じた時は本当に嬉しかった。

それからの日々も、本当に幸せだった。

でも、能力を失ってからというもの・・・私は彼に会うことが苦痛となった。

と言っても、彼の事を嫌いになったわけじゃない。

むしろ会えない時間、彼への想いは尚のこと募っていった。

けど心を読めない状態で彼に会うことは、怖くもあり不安でもあった。

彼はそんな私に何度も声を掛けてくれたけど、『もし彼に嫌われたらどうしよう』と思うと、恐怖で身体が竦みあがった。

彼だけではなく、学校のみんなに対してもそう。

私はそれほどまでに、あの力に依存していたんだ・・・。

「・・・」

このままではいけないという事は分かっている。

でも私は、未だ勇気を持てずにいた。

「・・・純一君」

もう一度彼の名前を呼んでみる。

今度は下の名前で・・・。

彼の前では恥ずかしくて今まで言うことは無かったけど、それを口に出すことで少し心が軽くなった気がした。

そして・・・

「〜〜♪〜〜♪」

その少し軽くなった心で、私は歌い始めた。

周りに誰もいない・・・観客は背を預けている桜の木だけだった。





どれだけ歌っていただろうか。

私の中に溜まっていた想いを全て流すかのように、私はただひたすらに歌い続けていた。

その時、ふと人の気配と足音に気づき、私は歌を止めておそるおそるその方向へと目を向けた。

『あ・・・』

その人が朝倉君だと気づいて、私は肩の力が抜けたように弱々しく微笑んだ。

「見つかっちゃいましたか・・・」

「・・・たぶん、ここだろうと思ったから」

自嘲気味に言った私を、朝倉君は普段からは想像できないような真面目な――でも、とても優しい表情で見つめてくる。

「行動範囲が、もっと広ければ良かったんですけどね・・・」

その朝倉君の視線が痛くて、おどけた振りをして私は桜の幹の裏手へと回った。

「ことり?」

彼が優しい声色で呼びかけてくる。

その声は付き合い始めたあの時から何も変わっていなくて・・・思わず私は泣きそうになってしまった。

『ここに来てくれただけでも嬉しいのに・・・そんなの反則だよ。朝倉君・・・』

零れ落ちそうになった涙を必死に我慢して、私は後ろにいる彼に聞こえるように言葉を紡ぐ。

「顔を合わせると辛いから・・・だから、背中合わせに喋りましょう」

「・・・」

私の言葉に対しての朝倉君の返事はなく、たださくさくと地面を踏む音だけが聞こえた。

そして、彼が背中を幹に預けた音と共に、幹越しに感じる彼の気配。

その彼の存在感に、私はどうしようもなく安心できた。

「いいのか?こんな所で油を売ってて。結婚式、終わっちゃうぞ」

その言葉に、私の心臓が嫌な音を立てる。

しかし私はそんな気持ちを押さえつけるように、淡々と彼の質問に答えた。

「・・・いいんですよ。昨日のうちに、プレゼントは渡しておきましたから」

「・・・なにを?」

「・・・なんだったかなあ・・・?なにか、いいものです」

何かを商店街で買ったような覚えはあるんだけど、それが何だったのかなんてまったく記憶に無い。

そんなプレゼント、私にとっても・・・たぶんお姉ちゃんにとっても、無意味に等しいものだったから・・・。

「・・・・・・歌うんだろう?違うのか?」

少し沈黙を挟んで、朝倉君が口を開く。

その声からは、今の彼の表情は読めなかった。

「歌の、プレゼント・・・か」

「私・・・私は・・・」

「歌なんか・・・好きじゃなかったんですよ・・・」

そう、それが朝倉君の問いに対する、私なりの答え。

「ずっと、好きなフリをしていた・・・ううん、好きだって、思いこもうとしていたんです・・・」

小さな頃、お義母さんの必死の勧めで入った聖歌隊。

お義母さんと同じ様に、私も幼いながらそれが家族と仲良くなるために必要な事だって、分かっていたんだと思う。

だからそれ以来、歌は私の中で最も近い存在になっていた。

「・・・じゃあ、なんで歌っていたんだ?」

「・・・」

「頭の中が、空っぽになるんです・・・」

「空っぽになって、なにも・・・”声”も聞こえなくなるから、それで・・・」

そう、だから私は歌っていた。

”声”が聞こえなくなるくらい集中して歌うと、酷く安心できたから・・・。

他人の心の声が聞こえるということが、必ずしも良いことに繋がることはないってことくらい、小さな頃から嫌な程体験してきたから・・・。

「・・・声?」

朝倉君の要領を得ていないような問い。

『あっ、そうか。朝倉君は知らなかったんだよね・・・』

朝倉君だけじゃない。

私以外誰も・・・お姉ちゃんたち家族にすら話したことの無かった、不思議な能力。

それと同じ様なものを朝倉君も持っているのを知っていたから、朝倉君ももしかして気づいてるんじゃないかって思ってたんだけど・・・。

「・・・」

私の能力の事を言うべきかどうか悩んでいたとき、続けて朝倉君の声が聞こえてきた。

「・・・俺、考えてたんだけど」

「はい」

「ことりが変になったのって、桜が枯れてからだよな?」

「・・・」

「なにがあった?」

「ことりには、どんな変化が訪れた?」

「・・・朝倉君のように、ですか?」

「・・・・・・そう、俺が、和菓子を出す能力しかなくなったように・・・ことりには?」

・・・やっぱり、気づいてたんだ。

でも彼の口ぶりからすると、どんな能力かまでは分かっていないようだけど・・・。

「私には・・・私は・・・」

そこでまた言うべきか否か悩む。

でもここまで来て、もうこれ以上隠してても意味はないと思うから・・・。

だから私は、思い切って打ち明けてみることにした。


――「人の心が、読めなくなってしまったんです」――


「・・・」

「テレパシーって言った方が、分かりやすいですかね」

そう、まさにテレパシーだった。

知りたいと心の中で望むだけで、まるで水道の蛇口のように相手の心の声がどんどんと流れてきた。

「・・・本当に?本当に、そんな力を持っていたのか?」

朝倉君の戸惑ったような声。

それは当然だと思う。

私だって初めてこの能力を使えたときは戸惑ったし、朝倉君の心を見て、私と同じ様に魔法の桜の力を持った人がいると知ったときも驚いたのだから。

「はい」

「・・・」

「本当のこと・・・なんだな」

私の返事に朝倉君はしばらく考え込んでいた様子だったけど、今までの私達のやりとりに合点がいったのか、納得したような声で呟いていた。

「私にとっては、その能力は便利でした・・・」

「便利・・・」

「何故って・・・相手がなにを考えているか、なにを望んでいるかが分かれば、円滑に付き合えるから」

この能力の所為で、傷ついたことも確かにあったけど・・・。

それでも、人と仲良くなるのには非常に有効な能力だった。

あまり深く考えずとも、相手の望んでいる通りに私は動く。

――今にして思えば、私はこの力に振り回されるただの人形のようなものだったのかもしれない。

「・・・」

「分かれば、楽なんです・・・とても」

「・・・分かれば、か」

自嘲気味に呟いた私の言葉に、朝倉君もぼんやりと呟いた。

「私にとっては、本当に、プレゼントみたいな能力だったんです」

「家族とも、仲良くなれました」

「新しいクラスになったって、へっちゃらです」

「それに――」

「本当に私を好きな人が誰なのか、はっきりと分かるから」

”分かれば安心、分からなければ不安”。

その感情は表裏一体で、だからこそ、安心を得ることのできるこの力の存在は嬉しかった。

「みっくんが私を好きだって分かるから」

「ともちゃんが私を好きだって分かるから」

「朝倉君が私を好きだって・・・分かるから」

朝倉君と付き合い始めてから力がなくなるまでの間、私は彼の心を毎日のように覗いていた。

その度に、私は彼に強く愛されているのだと実感できて、とても安心した。

でも力を失った今となっては、彼の心が私に向いているか分からないから・・・不安と恐怖が身体を縛り付けてしまう。

「・・・」

「だから、私は好きになれるんです。みっくんも、ともちゃんも、朝倉君も」

「けど・・・けど、今は・・・」

「分からないんです・・・」

自分の気持ちが分からない。

あの事件で、力が私にくれたまやかしの自信は、粉々に砕け散ってしまったのだから・・・。

「だから、今も不安なのか?」

「・・・」

「不安がることなんて・・・ないんだぜ?」

・・・確かにそうなのかもしれない。

でも、それは私にとって未知の世界。

ううん、未知なんかじゃないか。

能力を得る前は、それが当たり前だったのだから。

「昔は、いつも笑うようにしてました」

「・・・」

「嫌われたりしたくなかったんです。だから、泣きたい時も、怒りたい時も笑ってた・・・」

それが昔の――能力を得る以前の、私の防衛手段だった。

臆病な私は、どんな時でも笑顔という仮面を身に着けて・・・。

そして誰も見ていない独りの時は、いつも泣いていた。

「けど、それじゃ分からない」

そんな事をぼんやりと思い出していた私は、朝倉君の力強い声で意識を取り戻す。

「怒りたい時に怒って、泣きたい時に泣いてくれなきゃ分かりっこない」

「分からないから、お互いに分からなくなる。沼に足を取られたようなもんだ。歩けば歩くほど、沈み込む」

「そう・・・ですね。そのことには、私も気が付きました――心を読み取る能力で。逆に言えば、テレパシーがなければ気づけなかった」

その事に気づけたのは、テレパシーを使えるようになってから、幾日か経った後だった。

他人の心の声が聞こえる・・・そんな自分の能力を、まだ不気味に思っていた時期。

いつものように笑顔の仮面を被っていた私に、流れ込んできた相手の――お姉ちゃんの心。

――『分からない・・・この子は一体なにを考えているんだろう・・・?』――

その時になってようやく、感情を出す事の重要性に気づけた。

「結局私は、それなしには、なにも乗り越えられなかったんです・・・」

笑顔の仮面も、臆病で自信の無い自分も・・・朝倉君に、告白することだって・・・。

「これから、だろう」

「あるはずのないものが、なくなっただけのこと。気にしないほうがいい」

「・・・」

朝倉君らしい考え方。

でも、その節々には私への気遣いが含まれていて、私の表情は自然と柔らかくなった。

「・・・そのおかげで、これから先、頭痛に悩まされることもないんだろう?そりゃ、人の考えが分かるなら、頭も痛くなるよな」

「・・・そうですね」

そう、人の考えに合わせようとするということは、とても神経を使うことだった。

だから私は小さい頃から、よく頭痛に悩まされていたのだ。

「・・・ことりは気が付いていたかな?俺のもう一つの能力に?」

「なにか・・・あったみたいですね。内容までは掴めなかったけど・・・」

「俺は、他人の夢を覗き見ることが出来た・・・。まあ、テレパシーに似てなくもない」

「・・・」

にわかには信じられない話だけど、私にならいとも簡単に信じることができる。

それこそ、似たような力を幼い頃より持っていたのだから・・・。

そんな私の考えを余所に、朝倉君の独白は続く。

「ことりの夢も見たことがある・・・けどな」

「そんな能力がなくたって、俺はきっと、ことりを好きになっていた」

「好きだから好きなんだ。理由はあったんだろうけど、裏付けは必要なかった」

「・・・裏付け?」

朝倉君の台詞に胸を熱くしつつ、その言葉の意味をぼんやりと考える。

「・・・ことりさ。何で、歌が好きじゃないなんて、そんな嘘つくんだ?」

「・・・嘘?」

「嘘なんだろ?」

「・・・違う。私は、ほんとに歌なんて・・・」

好きじゃないんだ。

そう続けようと口を開いたのに、なぜかその続きの言葉は出てこなかった。

私の心の奥底にある何かが・・・それ以上言うのを拒絶している。

「本当に、テレパシーから一時逃れるためだけに、歌っていたのか?」

「う、うん・・・本当に・・・」

自分で言葉を発してみて、びっくりした。

『私・・・どうしてこんなに自信ない声で否定してるんだろう・・・?』

「好きでもない人間が、どうしてそこまで没入出来るんだよ?」

朝倉君の真面目で、優しげで・・・そして何故か悲しげなその声に、私は言葉を失くした。

朝倉君の問いに、なんと答えればいいかも分からなかった。

「これは俺の当て推量だ。ことりの夢を覗き見て言うわけじゃない」

「・・・ことりは、裏付けが欲しかったんじゃないのか?」

『裏付け・・・』

さっきも呟いた言葉を、もう一度心の中で反芻する。

でも、それが一体なにを指しているのか、今の私の頭じゃ分からなかったから・・・。

私は黙って朝倉君の言葉を待った。

「自分を好きだっていう裏付けがあって、初めて相手を好きになれる」

「本当は、そんな裏付けなんて得られるはずないのに、ことりはそれが当たり前になってしまった。慣れてしまったんだ」

「・・・」

裏付け・・・。

確かに、そうなのかもしれない。

朝倉君の言うとおり、私にはその裏付けというものが・・・本来なら知る由もない裏付けというものが、いとも簡単に分かってしまうから・・・。

「なあ、ことり・・・」

朝倉君の穏やかな声が、私を呼びかける。

それだけで私の心は、まるで凪いだ海風のように静まってしまう。

「ことりが歌を歌い始めたのって、お母さんの勧めなんだってな」

「うん、そう・・・お母さんが・・・お母さんが、聖歌隊に入らないかって」

「別に入りたくなかったけど・・・私は、え、笑顔でうなずいて・・・」

お義母さんが私と仲良くなろうとして、持って来てくれた話。

正直あまり乗り気ではなかったのだけれど、私は嫌われたくなかったから、いつものように笑顔で頷いたんだ。

「だから、尚更だったんだな、きっと」

「ことりが歌を好きな気持ちに、裏付けなんかどこにもなかったんだ」

「ど、どこにも・・・」

確かに、歌は人ではないのだから、当然心を読むことも、私の事を好きなんだって確認することもできない。

――朝倉君の言う”裏付け”は、どこにも無い。

「けど、ことりにはそれが不安だった。ことりが好きなものには、いつだって裏付けがあった。だから・・・」

「う、歌が嫌いなんだって・・・?そう、思い込んだの・・・?」

そんな・・・そんなはずは・・・。

たったそれだけで・・・歌が嫌いだって・・・。

「ほんとに好きだったら、裏付けなんて必要ない」

「わ、私・・・私は・・・!」

朝倉君の私を諭すような優しい口調に、我慢しきれなくなった私の目からは涙が溢れてきた。

「誰かを好きになったって、どこにも保障はないんだよ、ことり」

「うっ、ううっ・・・」

私の嗚咽が、桜の大樹の下で静かに響く。

おそらくそれは彼にも聞こえているのだろうけど、彼は変わらない口調で、尚も語りかけてくれた。

「それが、当たり前なんだ」

「そんな当たり前の世界で、俺達は、好きだの愛してるだのやっていかなくちゃならないんだよ」

「ふっ、不安だよ・・・そっ、そんなの・・・!」

不安・・・。

それが力を失くした私に、一番最初に訪れた感情だった。

以前までは100%信じることのできた彼の気持ちだって、分からなくなれば・・・たとえ99%でも不安になってしまう。

そしてその1%の疑念が不安に変わり、一抹の不安はやがて身体を縛り付ける恐怖へと変わる。

「ああ、不安だな」

それでも彼は、こともなげにそう言う。

「でも、テレパシーなんかなくたって、夢を覗き見なくたって、気持ちは通じ合える」

「きっと、分かり合える」

自信満々な、彼らしい声。

いつも頼りになるその声を聞いても、私の身体に棲みついてしまった恐怖はなかなか抜けきらなかった。

「わ、私なんか・・・私には、そんなの・・・こっ、怖くて・・・苦しくて・・・だから・・・」

「・・・ふう。仕方ないな」

「えっ?」

「仕方ない」と言いつつもなんだか楽しげにも聞こえるその声に、私はぎゅっと閉じていた目を開いた。

「口で言って分からないんなら・・・」

そして背中にあったはずの彼の気配がなくなった瞬間――。

「んっ・・・・・・」

目の前には、少し恥ずかしそうな顔をしているけど、そっと目を瞑っている朝倉君の顔。

そして唇に感じる、柔らかい、暖かな感触。

それを確認すると、私も彼に身を委ねるように目を閉じた。

「んんっ・・・・・・!」

彼のキスは長く、そのまま溶けてしまいそうなほど甘かった。

「・・・」

彼がそっと身を引き、永遠にも感じられたキスが終わりを告げる。

「はあ、はあ・・・」

乱れた息を整える私の頬は、きっと真っ赤に染まっているだろう。

朝倉君はそれでも穏やかな表情を崩さずに、私を真摯な瞳で見つめてくる。

「心も見えなくなった」

「口でも分からない・・・だったら、これしかないな」

「朝倉君・・・」

私は目の前の朝倉君を見つめながら、ぼんやりと惚けたように呟いた。

「ことりの不安は確かに分かるよ。今までずっと頼ってきた能力だもんな」

「けど、絶対に大丈夫。慣れだよ、慣れ。そんな、深刻に考えることはない」

「当たり前に不安な世界で、けどことりは独りじゃない」

「俺が居る。家族が居る。親友だって居るだろう?裏付けなんて必要ない。問答無用でことりが好きな連中だ。だろ?」

「うん・・・うんっ・・・」

朝倉君の言葉の一つ一つが、私の心の中に燻っていた不安や恐怖を、綺麗に洗い流していくようだった。

・・・すごく、嬉しかった。

本当に、朝倉君を好きになって良かったなと思えた。

彼と一緒にいるだけで、もう大丈夫なんだって思えた。

テレパシーなんかなくても――裏付けなんかなくても、絶対に大丈夫なんだって・・・強く、そう思えた。

「よしっ。いい笑顔だ。本物の、ことりの笑顔だな」

彼の指先が、優しく私の頬に残っていた涙を拭う。

たったそれだけのことなのに、私の顔はこれ以上ないくらい明るくなってしまう。

「んじゃ、行くか。長々と喋ってたからな・・・ちょっと、急がねえと」

そう言った彼が、私の手を引く。

その彼に従って、私も長時間立っていて疲弊している足をよろよろと動かして付いていく。

「い、行くってどこに?」

ほんとはだいたい察しがついてたんだけど、一応訊いてみた。

「決まってる。式場だ・・・暦先生に、歌を歌ってあげるんだろ?」

「う、うん・・・けど、時間が・・・」

もう前に時計を確認したときから、随分と時間が経っている。

もう式も終盤・・・もしかしたら終わっているのかもしれない。

「時間が足りないだって?いいかあ、ことり」

話しながらも、私の手を引く朝倉君の走るスピードはどんどん速くなっていく。

「間に合うか間に合わないか、確かに分からない。けどな・・・」

息を少し切らしながら・・・でもとびっきりの笑顔で、彼は私に言った。


「――そんな裏付けはいらないんだよっ!」


「だろう?ことり」

にやりと笑う彼。

そんな彼の存在を・・・温もりを手で感じながら――

「うんっ!」

精一杯の想いを込めて、元気よく返事をした。



そう、きっと大丈夫。

これから、どんなことがあっても、彼が一緒なら・・・。

朝倉君が一緒に居てくれるなら、私はどんなことでも乗り越えていけるから。

だから・・・

『ずっと、一緒にいてね?・・・朝倉君♪』

晴れ渡った青空と、私の手を引く彼の逞しい背中を眺めながら、私は切にそう願った。



end


後書き

20000HIT記念リクエスト作品として、D.C.より白河ことり嬢を書きました。

・・・とりあえずごめんなさいm(__)m

KKKさんよりリクエストを頂いてから、もう既に二週間が経過しています。

カウントも22500超えてるし・・・(汗)

もっと早く書きたかったんですけど、言い訳としてPiaキャロの方を先に終わらせたかったのと、旅行で4日ばかり家を空けてしまったことが・・・。

あと、いざ書き始めてみると、短編だというのに激しく長くなってしまったり・・・。

もっと精進します。



さて内容ですが、ゲームのことりシナリオの一部をそのまま引用しました。

5月6日の「ことりの心」ってやつですね。

それをゲームの純一視点ではなく、ことり視点にアレンジしてみたんですけど・・・。

書いてみた感想は、予想以上に難しかったです。

でも女の子視点が一番好きなんで、書いててとても楽しかったりもしました。



それでは、また次の作品で会いましょ〜^^


ことり「感想はこちらまでお願いしますね♪」