私は仮面を被っていた。

誰とも接しないように・・・。

自分が傷つかないように・・・。

他国では決して被ることなどなく、皮肉にも母国でしか被る事のない滑稽な仮面を・・・。

それは誰も寄せ付けない、頑強な仮面の筈だった。

でも、そんな強固な仮面をするりとすり抜けて、私の心にそっと入ってくる人がいた。

――三上 智也さん。

彼の前では、どうしても上手く仮面を被れない。

少しぶっきらぼうな彼の優しさに、惹かれている自分がいる。

それに気づいたとき、彼の前だけでは仮面を脱ぐ決意をした。

彼なら、こんな私を変えてくれる気がしたから・・・。



MemoriesOff SS

                「いつか、きっと・・・」

                                 Written by 雅輝





今日も彼は図書室に来ている。

最近智也さんは図書室に来ることが多い。

今もほとんど人気(ひとけ)がないこの部屋で、秋の丁度いい陽気に寝息をたてている。

腕枕に乗せているその頭の横には、読みかけの本が置かれていた。

多分、読んでいる途中に眠気が訪れたのだろう。

そして私はいつも通り図書委員の仕事(今は司書)を行なっている。

その仕事は、本の貸し借りの手続きから返却本の棚戻しまで様々だ。

でも私は本が好きだから、率先してそれらの仕事を引き受けている。

私が本を好きなのには理由がある。

父の仕事の都合で海外を渡り歩くことが多いというのも一つの理由だけど、もっと大きな理由は・・・。

――本は決して私を裏切らないから。

本を読んでいると、私の感情は豊かになる。

時には怒って、時には泣いて・・・そして笑う。

本はそれこそ人と同じように、私を楽しませてくれる。

でも、人は違う。

十年前日本に来て、それがよく分かった。

あの出来事は、私の価値観すら変えてしまったから・・・。

でも最近、どうも読書に集中できない。

活字の羅列を目で追っているだけで、その内容はほとんど頭に入ってこない。

そんな時、いつも想っているのは・・・智也さんの事。

”キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン”

考え事でぼ〜っとしていた頭を、チャイムが呼び起こす。

『・・・今、何時だろう?』

数年前に父が買ってくれた、お気に入りの時計に目を落とす。

『え?もう下校時刻なの?』

それに気づき、急いでまだ少し残っていた仕事を片付ける。

その仕事も一段落して、帰る用意をしてから智也さんの元へと向かう。

「三上さん、起きてください。下校時間ですよ?」

私は彼の事を、”三上さん”と呼んでいる。

本当は”智也さん”と呼びたいのだけれど・・・恥ずかしいし、きっかけも掴めない。

起きない智也さんの肩を、少し強めに揺さぶる。

「う・・・う〜ん」

少し身動ぎするが、それでもまだ起きなかった。

『どうしよう・・・』

このままでは守衛の人に「まだ残っているのか」と怒られてしまうし・・・。

かといって智也さんを置いていくわけには・・・。

『そうだ!』

私はある考えを思いつき、すぐに行動に移した。

智也さんが今座っているパイプ椅子の背もたれ部分を両手でしっかりと持って・・・

「・・・えいっ!」

思いっきり引っ張ってみた。

”ガツンッ”

「ぐえっ!!」

”ドサッ”

智也さんは思いっきり顎を打ちつけて、そのまま後ろに倒れてしまった。

『だ、大丈夫かしら・・・今凄い音がしたけど・・・』

私はやり過ぎたと後悔すると共に、不安になった。

「いてて・・・」

智也さんが顎をさすりながら、ゆっくりと起き上がる。

「・・・いったい何が起こったんだ?」

辺りをきょろきょろと窺っていた智也さんと私の目が合う。

「・・・詩音。今何かした?」

智也さんは私の事を”詩音”と呼んでくれる。

そう呼ばれ始めたのは最近の事だけど・・・なぜそう呼ばれるようになったかは分からない。

まあ、嬉しいから良いのだけれど・・・。

と、今は智也さんの質問に答えなくちゃ。

「・・・はい。三上さんがどうしても起きなかったので・・・」

「ので?」

「椅子をおもいっきり引き抜きました」

「・・・なんつーデンジャラスな起こし方を・・・」

智也さんはそう呟き、額を押さえて俯いてしまった。

「あの・・・本当にすみませんでした・・・」

私も智也さんに嫌われてしまうと思って、しゅんとして俯いてしまう。

「いや、気にしないでくれ。起きなかった俺も悪いんだし・・・」

でもそう言ってくれる智也さんの優しさが嬉しかった。

「それより外がやけに暗いけど、今何時なんだ?」

「あっ、忘れてました!とっくに下校時間は過ぎてしまってるんですよ!」

「何!?ビバゴンにでも会ったら大変だ!走るぞ、詩音」

ビバゴンとは体育教師の”城ヶ崎先生”のことだ。

パンチパーマにサングラスをかけたその風貌と、逆らう人はすぐに丸坊主にされるという行動力のある性格から、ビバゴンと呼ばれ生徒から恐れられている。

特に智也さんに対してはチェックが厳しく、彼曰く「天敵」らしい。

「は、はい!」

私もその恐ろしさは知っているから、すぐに返事をした。



私たちは急いで校門までやって来た。

秋もそろそろ終わりを迎えるこの季節、今の時間帯はもう既に漆黒の暗闇が辺りを埋め尽くしている。

校門前にある街灯の下で、二人して乱れた呼吸を整える。

「ふう〜、ここまで来れば安全か・・・」

智也さんが汗を拭いながら言う。

「はい、そうですね」

その時、ふと思い出した。

『そういえば今日って・・・』

「あの・・・三上さん」

「ん?」

「私も今思い出したのですが、今日城ヶ崎先生は出張だったのでは?」

「あ・・・」

智也さんの動きが止まった。

「・・・何やってんだろうな、俺たち」

「・・・ふふふ、ホントですね」

思わず笑みが零れてしまう。

「あっ・・・」

智也さんがそんな私の顔を見て、小さな声を上げた。

その顔は、心持ち赤い気がする。

「? どうかなさいましたか?」

「いや・・・今の詩音の表情が、すごく可愛く見えたから・・・」

「えっ・・・?」

そんな事を急に言われたので、私の顔は急激に赤くなってしまう。

心臓が鼓動する音が、耳にまで届きそうだ。

「み、三上さん?」

私はその音を紛らわすように、彼の名前を呼ぶ。

しかし・・・

「・・・智也」

「・・・え?」

「智也ってそう呼んで欲しい」

そう返されて、私の顔はますます熱く火照ってしまう。

今の私の顔は、きっと完熟トマトより赤いだろう。

「俺だけ詩音って呼ぶのは不平等な気がするし・・・それに詩音には名前で呼んで欲しいんだ」

・・・私もそう呼びたいとは思っていた。

でも、きっかけが無かったから・・・。

だとしたら、これは絶好のチャンスだ。

絶対に逃すわけにはいかない。

「・・・詩音」

再度呼びかけてくる智也さんに、私はコクンと一つ頷いて

「と・・・智也さん」

呼ぶまでは恥ずかしかったけどいざ呼んでみると、恥ずかしさよりそう呼べた事に対する嬉しさの方が大きかった。

「うん、これからはそう呼んでくれ」

「はい、智也さん♪」

満足そうな顔をした智也さんに、良い意味で吹っ切れた私はもう一度その名前で呼ぶ。

「う・・・し、詩音。

  その笑顔は反則だぞ・・・。」ボソッ

「えっ?何か言いましたか?」

顔を赤くした智也さんが最後の方にぼそっと言った言葉が聞こえず、きょとんと聞き返す。

「いや、何でもないよ。そろそろ帰ろうか。あんまり遅くなっても駄目だしな」

「あっ、はい!」

少し小走りで智也さんの隣に並ぶ。

そして駅までの道を、二人で肩を並べて歩き出す。

その時間に、確かな幸せを感じながら・・・。




智也さん・・・。

私、諦めませんから。

いつかきっと、あなたを振り向かせて見せます。

だから・・・。

覚悟しておいてくださいね♪

end


後書き

どうも、雅輝です。

見事に踏み逃げされちゃいました・・・(凹)

というわけで、1000HIT記念SSとして私の好きな詩音ちゃんのSSを書きました。

自分ではほのぼの系のつもりなんですけど・・・どうですかね?

短編は初めて書いたんですけど・・・やっぱり難しいです。

しかもこの長さで2時間以上もかかってしまいました(笑)

精進あるのみですね・・・。

次は、KID系以外を書こうと思っています。

あんまり自信無いけど・・・。

それでは次の作品で!

2005.11.8  雅輝