another view 〜悠木陽菜〜



穏やかな風が流れていく。

暦の上ではもう12月になろうかというのに、私の頬を撫でていく風にはまだ少し温かみを感じた。

でもこれからどんどんと寒くなってしまって、あっという間に今年も終わってしまうのだろう。

そしてまた新しい一年が始まる。私と孝平くんの、一歩進んだ新しい関係と共に。

「後10分、か・・・」

そんな事を考えながら、私は自身の腕時計を確認して呟いた。

ここは商店街の中央にある広場。行き交う人々を目線で追いながら、待ち合わせの相手である彼の姿を探す。

私たちが付き合い始めて早5ヶ月半。楽しすぎて、あっという間に感じた日々。

今までデートというと、寮を一緒に出るのが当たり前だったけど、今日は趣向を変えて待ち合わせにしてみた。

待ち合わせは11時。かれこれ20分以上前からこうして待っている私だけど、待つことにすら幸せを感じてしまう。

今日の服装はどんなのだろう?とか。今日はちょっと変えてみた髪型に、彼は何か言ってくれるだろうか?とか。

そんなことを考えているだけで、時間など瞬く間に過ぎてしまう。

「・・・駄目だなぁ、私」

恋というものは、時々自分を見失いそうになる。それほど彼に恋い焦がれている私は、もう恋愛の末期患者なのだろう。

孝平くんの隣にいるだけで、世界中の幸せを独り占めしたような気持ちになれる。

昔の私ならきっと、こんな幸せな日常を望んではいなかっただろう。・・・いや、望んではいけないと思っただろう。

幸せを拒絶すること。それがあの頃の私にとって、唯一出来る贖罪だと思い込んでいたから。

でも、今は違うとハッキリと言える。お姉ちゃんの涙が、そう教えてくれた。

だから今の私の目標は、誰よりも幸せになること。私の幸せを願ってくれた、お母さんやお姉ちゃんの分まで。

そして、それはきっと――――。

「あっ!孝平くーーんっ!」

「はぁ・・・はぁ・・・悪い、陽菜。待たせたか」

「ううん・・・って、何も走ってくることなかったのに」

「いやさ、遠くから陽菜が待ってるのが見えたから。それに・・・一秒でも陽菜と一緒にいたいし、さ」

「・・・うん、私もだよ。孝平くん」



――それはきっと、孝平くんの隣でしか叶えられないことなんだ。



another view end





FORTUNE ARTERIAL SS

             「穏やかな風のように」

                            Written by 雅輝






走って少し乱れた息を整えながら時計を見てみると、約束の時間の5分前。何とか間に合ったようだ。

しかし陽菜はいつから待っていたのだろうか。俺も時間内に来たとはいえ、少し悪い気がする。

でもそれを訊いたとしても、きっと陽菜はこう言うのだろう。「全然待ってないよ?」って。

そして俺はいつもその優しさに甘えてしまう。甘えることでしか、彼女の誠意に応えることができないから。

「・・・あれ?陽菜、その髪・・・」

息も落ち着いた頃、改めて陽菜を見つめてみると、その違いにようやく気付く。

いつもはそのセミロングのサラサラな髪をそのまま肩口に下ろしているが、今日に限っては一纏めにして後ろの高い位置で束ねている。

ポニーテールというやつだろうか。髪型を変えるだけでとても新鮮で、いつもとは違って見えて。でもやっぱり・・・。

「うん、今日はちょっと後ろで括ってみたんだ。・・・どう、かな?」

「かわいい・・・」

「え、えぇっ!?」

「あっ、いや!つい本音が・・・って、そうじゃなくて!その・・・似合ってるよ」

思わず見惚れてしまっていたが故に、気がつけば思っていたことがそのままポロリと口から出ていた。

驚いた顔をされると気恥ずかしくて思わず誤魔化してしまったのだが。

それでも陽菜を喜ばしたくて、柄にもない気障な言葉を吐いてみる。

「あ、ありがとう。孝平くん」

陽菜も赤面していたが、それでも俺に極上の笑顔を返してくれた。

その喜色満面の笑みに、再度見惚れてしまったのは秘密だ。





「さて、まずはどこに行こうか?」

俺は陽菜の手をそっと握り、ゆっくりと彼女の歩調に合わせて歩き出す。

絡め合った指も、触れてしまうほど近い肩と肩の距離も。付き合い始めた当初は、なかなか慣れることはできなかった。

手の先が触れただけで赤面していたあの頃が懐かしい。もちろん、今でも胸は高鳴るが、それを表に出さない程度には慣れたというだけだ。

「そうだね、孝平くんは行きたい場所ある?」

「いや。生活用品を買い足すくらいかなぁ。陽菜は?」

「私も同じかな。新しく出たアロマオイルを見に行きたいだけだよ」

「それじゃあ、適当に見て回るか」

「うん」

今日は何か特別な日、というわけではない。

秋が終わり、冬が始まる。そんな季節の狭間の休日。

だから予定は特に決めていない。今までにも何度かあったが、こういうデートも悪くないと俺は思っている。

ただ一緒にいる。それだけで、俺と陽菜にとっては幸せなのだから。







「いい風だね・・・」

「ああ・・・」

昼食を取って、一通りウィンドウショッピングを終えた俺たちは、商店街の外れにある海沿いの公園へと足を運んでいた。

遠く聞こえる潮騒と、涼風が運んでくる潮の香りが心地よい。陽菜と肩を並べて、公園の端にあるベンチから海を眺める。

「寒くないか?」

「少し。でも大丈夫だよ。手がね、すごく暖かいから」

そう言いながら、繋がれた手に少し力を込める陽菜。

「そうだな」

俺もそれに応えるように、彼女の繊細な手を優しく握り直す。

少し強い風が吹く度に、隣に座っている陽菜のショートポニーがふわりと揺れた。

「そういえば、何で今日は髪型を変えたんだ?」

「えっ!?そ、その・・・」

ふと思った疑問を口に出してみたところ、なぜか陽菜は顔を赤らめて俯いてしまった。

「えっとね。実は・・・いつも買ってる雑誌で、男の子の好きな髪型特集っていうページがあって」

「うん」

「それで、アンケートの結果で「ポニーテール」が一位って書いてあったから・・・お姉ちゃんに整えてもらったの」

「・・・それだけ?」

「う、うん。変かな?」

「いや、変じゃないけど・・・」

むしろ嬉しい。つまりそれって・・・。

「俺のためにしてくれたのか?」

「うん・・・。でも、半分は自分のためだよ」

「え?」

俺が反射的に問い返すと、陽菜は赤い顔をこちらに向けて、縋るような潤んだ瞳でこう言った。



――「だって・・・どんな時でも、孝平くんにとっての一番の女の子でいたいから」



「・・・」

やられたって、気分だった。同時に、ずるいとも思った。

あんな表情で、そんな言葉を向けられては・・・正直、かなりやばい。

もうこのまま叫びながら地平線の彼方まで走り去りたい。それほど、胸が熱くなった。

さらに言った後で、自分の言葉に恥ずかしくなってまたうつむく姿がまたイイ。

・・・いかん。良い具合に俺も壊れてきてるな。

「そ、そのな。陽菜」

「・・・?」

心の中では大混乱を起こしつつ、あくまで冷静さを装って彼女を呼ぶ。

今なら、どんなに恥ずかしい言葉でも素直に言える気がした。



――「俺にとってはどんな時でも、その瞬間の陽菜が一番だから」



・・・言い終わった後、恥ずかしすぎて悶え死ぬかと思った。

でも彼女の、嬉しそうにはにかむ笑顔を見ていると、恥ずかしさとかそんなのはどうでも良くなる。





今はただ、そんな幸せを重ねて。


「わ、私も!孝平くんがずっと一番だから!」

「・・・ありがとう、陽菜」


いつも隣で笑ってくれる、誰よりも愛しい彼女と共に。


「そろそろ、帰るか」

「あ、あのね。孝平くん」


いつまでもずっと、過ごしていきたい。


「ん?」

「今から、孝平くんの部屋に遊びに行っても・・・いいかな?」

「・・・ああ。俺も、もうちょっと一緒にいたいと思ってたから」


肩を寄せ合う俺たちを包んでいる、穏やかな風のように。


――優しくて平凡で。人よりゆったりとした歩みの中で、でも最高に幸せな時間を。



end


後書き

30万HITのリクエスト作品、「穏やかな風のように」をお送りしました〜^^

何とか3月中に書けてホッとしていたり。まあ短編とはいえ割と短くなってしまいましたが。

これでだいたい3000字くらい?うわっ、原稿用紙10枚もいってないよorz


と、まあそれはさておき。いかがでしたでしょー。

リクは「陽菜でまったりラブラブ」とのことだったのですが、こんな感じかなぁと何度も首を傾げながら書いてみました。

ラブラブ。あまり得意ではないのですが・・・実体験が乏しいので(ぉぃ

でも、陽菜ってポニテも似合うと思うんですよっ!(←まったく関係ねぇ)


それでは、最後にいつものやつを。

リクエストしてくださった鷹さん。最後まで読んでくださった読者の皆様方。そして、サイトの30万HITに貢献してくださった全ての人たちに。

ありがとうございました!これからも当サイトをよろしくお願い致します!^^



陽菜 「孝平くんっ、感想はこちらへだって♪」



2008.3.31  雅輝