「エル・アムダルト・リ・エルス・・・」
発動のワードを受けて、私の目の前の床に置かれていたのべ30本のシャフトはふわりと宙に浮いた。
難しいのはここから。そのまま物体操作の魔法を維持しつつ、詠唱を続ける。
「ディ・ルテ・ラティル・カルティエ・・・」
30本のシャフトは思ったとおりの形――正十二面体を作って、静止した。
そしてその集中を保ちながら・・・少しずつ、魔力を込めていく。
「ディアラ・ル・セルティア――くぅっ!」
しかし詠唱の途中で集中が乱れ、十二面体の中に練りこまれていた魔力はシャフトを巻き込んで暴発してしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
予め自室に張っておいた、本来ならClassB以上には必要の無いフィールドおかげで、シャフトはそれに阻まれて軽い音と共にフローリングの床に落ちていく。
私はその30本のシャフトを全て拾い上げると、天井を見上げて思わず重い息を吐き出した。
「ふう・・・上手くいかないなぁ」
今私が行なっていたのは、杏璃ちゃんがよく練習しているキューブ(cube/格子)の上位系――ドーデ(dodecahedron/十二面体)。
キューブがシャフトで正六面体を作るのに対して、このドーデはより多くのシャフトで正十二面体を形成し、その中に魔力を留める。
キューブの上位系というだけあって、その難しさは伊達じゃない。Classでいうと、A級魔法に匹敵する練習法だ。
しかしそれだけに続けていれば、この練習法による効果は高い。魔力操作、集中力、魔法式の精度の向上なども期待できる。
でも・・・昨日からは失敗ばかりが続いている。今のを合わせると5回連続で失敗したことになる。
《春姫、今日はもうこの辺にしておきましょう》
「ソプラノ・・・うん、そうしようかな」
私のマジックワンドであり姉のような存在でもあるソプラノからの提案に、私は素直に頷いてベッドに腰掛けた。
一昨日までは、2回に1度は成功させていたこの練習法。今失敗ばかりしているのは、集中力が乱れてしまうせいだ。
・・・そう、分かっている。集中力が乱れてしまう原因。魔法の詠唱を始めると不意に思い出してしまうのは、一人の男の子だった。
『・・・小日向くん』
心の中でそっとその名を呟いて、私はひとり顔を赤らめた。
彼のことが凄く気になってしまう。その理由は、やはり二日前に知った衝撃的な事実からなのだと思う。
小日向くんが、私が師事している御薙先生の息子だというのも勿論驚いたけれど、でもそれ以上に・・・。
「エル・アムダルト・リ・エルス・・・か」
彼が幼い頃に使っていたという呪文。
そして、幼いあの頃の私を救ってくれた、閃光の呪文。
似ているなんてレベルじゃない。まったく同じその呪文の組み立て方は、どう考えても私の初恋の相手と小日向くんを結び付けてしまう。
「・・・ねえ、ユウ君。本当に小日向くんがあの時の男の子なのかなぁ?」
ベッドの脇にある、白いフクロウの置物を手に取り話しかける。
このフクロウ――”ユウ君”は、今悩んでいる相手、小日向くんから貰ったものだ。
杏璃ちゃんと準さんが計画した、私と小日向くんの・・・デ、デート。
そのデートの終盤に、ホワイトデーのプレゼントとして差し出されたのは白いフクロウだった。
『あの時は、本当に嬉しかったなぁ・・・』
予期せぬ彼からの贈り物。確かにそのフクロウ自体を一目で気に入ってしまったというのもあるけど、何より彼から貰ったというのが嬉しくて。
それが何故だか分からなかったけれど、その時はデート自体が非常に楽しかったからだと思っていた。
思わず彼の名から、”ユウ君”と名付けてしまったほどに。
《・・・春姫》
「え?」
《もう私の手入れを忘れないでくださいね?》
「・・・うぅ。いい加減忘れてよ、ソプラノ」
ユウ君を可愛がると決まって不機嫌になってしまうソプラノから見えぬよう、私はもう一度ギュッとユウ君を胸に抱いた。
はぴねす! SS
「解き放たれる想い」
Written by 雅輝
「おはよう、春姫」
「あ、お、おはよう、小日向くん」
朝の教室。いつも通りの時間に来た彼からの、いつも通りの挨拶。
最近では日課となっていたそのやり取りでさえも、私の心は落ち着いてくれなかった。
昨日から、彼の顔を直視できなくなっている。
「あのさ、春姫・・・」
「あっ、そうだ。まだ今日の宿題やってなかったの!ご、ごめんね、また後で」
「あ、ああ」
おずおずと話しかけてきた彼に対して、私は出鱈目な口実を早口に告げて教室の後ろに置かれているロッカーへと駆けていった。
『・・・はぁ。またやっちゃったなぁ』
特に用事の無かったロッカーの整理をしながら、私は内心ため息をついた。
彼の困惑したような表情が脳裏に焼きついている。
昨日から続いている不毛なやり取り。私が嘘の口実を逃げ道に駆け出し、彼はそれを悲しそうな顔で見送る。
彼の顔が恥ずかしくて直視できない。彼の傍にいると心臓が高鳴っておかしくなってしまいそうになる。
小日向くんに不快な思いをさせているのは分かりきっているのに、それでも私はどうしていいか分からなかった。
「はーるひ」
「あ・・・杏璃ちゃん」
ふと気が付くと、隣のロッカーの前には杏璃ちゃんが座っていた。
「あんた、昨日から雄真のこと避けてるでしょ?」
「え・・・」
そしていきなり核心を突いてくるのが、また杏璃ちゃんらしい。
咄嗟に小日向くんの方を見てみる。・・・良かった、こっちには気付いてないみたい。
「どうして・・・」
「どうしてって。あんなの気付かない方がおかしいわよ。雄真が話しかける度にあることないこと言って逃げてくし。本人もとっくに気付いてるはずよ?」
「そう・・・だよね」
ポツリと呟き、またため息をひとつ吐く。
そんな私に対して、杏璃ちゃんもまた呆れを含んだ息を吐いた。
「それに・・・二人が別れた、なんて噂も出てるぐらいだしね」
「え、ええぇっ!?べ、別に私と小日向くんは付き合ってたわけじゃ・・・」
「あっれぇ〜、誰も春姫と雄真のことだなんて言ってないけど?」
「あ・・・」
嵌められた。チェシャ猫のように悪戯っぽく笑う杏璃ちゃんに気付くのと同時に、私の顔は真っ赤に染まってしまった。
「ふっふっふ〜。春姫ってば分かりやすいんだからぁ」
「も、もうっ、杏璃ちゃん!」
「ごめんごめん。お詫びと言っちゃなんだけど、悩んでる親友兼ライバルの相談くらい乗ってあげるわよ?」
「杏璃ちゃん・・・。それじゃあ、お願いできるかな?」
「まっかせなさい!」
今の煮詰まった私には、自信満々な笑顔で胸を叩く杏璃ちゃんの姿はとても頼もしく見えた。
放課後。今日はバイトがオフの杏璃ちゃんと共に、私はカフェテリアOasisに赴いた。
そしてカウンター・・・は音羽さんが聞き耳を立てそうなので、角の方のテーブル席へと腰を下ろす。
「それで?悩みっていうのは、やっぱり雄真のことなの?」
注文したオレンジジュースをストローで啜りながら、杏璃ちゃんは話を切り出した。
「うん・・・」
「ま、何に悩んでるのかはだいたい分かるけどね。でも、一昨日までは普通にしてたし・・・その日に何かあったの?」
「・・・実は――」
私は森の警護をしていることや上条くんたちのことを除いて、簡単に説明をした。
――私には初恋の男の子がいたこと。
――その子にいつか会えることを願って、魔法使いになったこと。
――そして・・・小日向くんがその初恋の男の子なのかもしれないこと。
話している間、杏璃ちゃんは茶化すことなく真剣な表情で聞き入ってくれた。
「自分でも、どうしたらいいかわからないの。ただ、小日向くんがあの時の子かもしれないって考えると、どうしても彼の前には居られなくて・・・」
「なるほどねぇ。だいたいの事情は飲み込めたわ」
杏璃ちゃんは大きくひとつ頷くと、苦笑いという表現がピッタリな顔で口を開いた。
「春姫、あんたってホントに不器用よね」
「え?」
「色んなことを何でもそつなくこなすのに、こういうことに関する経験値はゼロ。見てるこっちがやきもきしちゃうわよ」
「ど、どういう意味?」
「だ〜か〜ら〜。あんたの中では、とっくに答えは出てるのよ」
「え・・・?」
「つまり・・・」
杏璃ちゃんはニヤリと意地悪く笑むと、次は満面の笑みで私をビシッと指差して。
「神坂春姫は、小日向雄真に惚れてるってことよっ!」
「ふう・・・」
自室のベッドの上に仰向けに寝転がり、天井に向けて軽く息を吐く。
杏璃ちゃんにあそこまで言われて、経験の無い私にもようやく分かった。
「私は・・・小日向くんが好き」
改めて口に出してみると、死ぬほど恥ずかしかったけど同時に心がポカポカした。
そっか。彼の前に居るのが恥ずかしく思えるのは、私が彼のことを好きになってしまったから。
あの後、杏璃ちゃんは言ってた。「初恋の相手かもしれないと知った。でもそれは、単なるきっかけに過ぎない」って。
私もそう思う。たとえそうだと知らなくても、私は小日向くんに既に心を惹かれていたのだから。
私のことを優等生ではなく、一人の友達として扱ってくれた彼に。
「・・・今なら、出来る気がする」
ベッドから起き上がり、部屋の隅に立てかけておいたソプラノを手に取る。
すぐにフィールドを部屋内に張って、精神集中をしながら私はソプラノに話しかけた。
「いい?ソプラノ」
《クスクス。ええ、春姫。今度はきっと成功するわ》
眼前に並べるのは、30本のシャフト。
今朝も失敗を繰り返した練習法、ドーデ。今なら、きっと・・・。
「エル・アムダルト・リ・エルス・・・」
ふわりと浮かぶ30本のシャフト。うん、魔力の滑りがいつもより格段に良い。
「ディ・ルテ・ラティル・カルティエ・・・」
今までより遥かに早く、正十二面体が形成され、その中の魔力密度は次第に濃くなっていく。
「ディアラ・ル・セルティア・レイ・・・」
フィーンという高音が部屋に響き渡る。もちろん、フィールドには防音効果もあるので外には聞こえないけれど。
「ケルサ・エイリス・ラ・フィリア・・・」
格子の中の魔力光はどんどん輝きを増し、黄光の本流があたりに溢れ出した。
「エル・アムンマルサス!」
収束のワードを受けて、光は徐々に収まり、十二面体を組み上げていたシャフトもひとりでに床に並んでいく。
「出来た・・・」
それは、今までで最高の出来だった。あそこまで魔力を練りこめたのは、おそらく初めてだろう。
胸の中に燻っていた彼への想い。それを受け入れるだけで、こうも違うものなのか。
「・・・このままじゃ、駄目だよね」
昨日からさんざん彼を避けてきた私。もしかしたら、もう嫌われちゃったかもしれない。
でも、きっとこのままじゃいけないから。だから、ちゃんと彼に言おう。
「・・・雄真くん」
杏璃ちゃんが解き放ってくれたこの気持ち。今度は、私が彼に解き放つ番だ。
幼い頃、私を助けてくれたあの魔法のように。
「明日、ちゃんと言おう」
――私は彼に、好きだという想いを解き放つ。
後書き
どもども、管理人の雅輝です^^
今回は200000HIT記念リクエスト作品として、はぴねす!より神坂春姫嬢を書きました。
春姫のSSは2本目。だいぶ彼女のキャラも掴めて来たかなぁって感じですね。
今回のテーマは、「告白する前の春姫の心境」。テンパってる彼女を書くのは、なかなか楽しかったです。
そして今回のオイシイ人物は、春姫の永遠のライバル(?)、柊杏璃。
あの時、こんなやりとりがあったらなぁ・・・って感じで書き進めました。
それでは、リクエストしてくださったS・Tさんと読者の皆様に。
そして何より、200000HITという大台に貢献してくださった全ての皆様に感謝を込めて。
ありがとうございました!今後とも「Memories Base」をよろしくお願い致します!^^
春姫 「ありがとうございました。感想はこちらにお願いします♪」