春。

鮮やかな紅色を彩る桜の開花と共に、今年も来るべき始まりの季節がやって来た。

ここ、瑞穂坂学園も春一色。

進級や入学で新たな気持ちを抱く生徒達と、寒さが去った麗らかな陽気。

そして、生え並ぶ桜の木の下で身を寄せ合っている二人――小日向雄真と神坂春姫にとってもまた、春は全ての始まりであった。

長年の想いを通わせ、恋人同士となったのが丁度一年前。

毎年誰にもあげることの無かったバレンタインチョコを、たまたま居合わせた彼に贈った。

粉々にされた少女の想いとチョコを、優しい光で復元した彼女の魔法に興味を覚えた。

始まりはそんな些細なもの。しかし、今の想いは確かなもの。

――そしてそんな現在(いま)を心から大切にしていきたいと、二人は切に願っている。





はぴねす! SS

        「始まりの季節」

                Written by 雅輝








「魔法模擬実戦?」

始業式から、今日で一週間が経つ。

雄真も無事魔法科として3年への進級を果たし、春姫と同じクラスになれたのは良かったのだが・・・。

突然春姫の口から出てきた聞き覚えのない単語に、雄真は難しい顔をして反芻した。

「うん・・・って、知らなかったの?雄真くん」

「ああ。っていうか、初耳だ」

「もう。この前、ホームルームで御薙先生が言ってたでしょ?」

「ん〜・・・?」

「はぁ・・・もう、しょうがないなぁ」

若干呆れが籠もったため息をひとつ吐いて、春姫は魔法模擬実戦について説明し始めた。

「――ってことなの。わかった?」

「ああ。要するに授業の一環として、ペアを組んで互いの魔法を競い合うようにして戦う。・・・ってことだよな?」

「うん。戦うって言っても、対魔法用のプロテクターを着けてるから、怪我の心配は無いんだけどね」

プロテクターはよほどの強力な魔法でない限り壊れない。さらに相手の魔法が当たった瞬間にブザーが鳴るように出来ているため、それが試合終了の合図となる。

「それで、春姫は誰と組むつもりなんだ?・・・杏璃とか?」

魔法科のNo.2で、春姫のライバルでもある柊杏璃を相手に選ぶものだと思っていた雄真は、こちらを向いている春姫の満面の笑みに思考が停止しそうになった。

「・・・あの、春姫さん。もしかして相手は・・・」

「うん♪宜しくね、雄真くん」

その天使のような極上の笑みを相手に断る術を知らない雄真は、空笑いをした後がっくりと力尽きるのであった。





そしてその2日後。魔法模擬実戦当日。

宣言どおりペアとなった雄真と春姫は、魔法科の体育館で正対していた。

そして二人の間には、この試合の審判である御薙鈴莉の姿が。

館内は見学席を始め、至るところに彼女の結界魔法が張り巡らされており、生徒の魔法力では到底破壊できないようになっている。

二人の順番は最後だったのだが、それでも当然のようにそれまでの他の生徒達の戦いの痕跡など、館内には見受けられなかった。

「さて、そろそろいいかしら?お二人とも」

「はい」

「大丈夫です」

鈴莉の問いに、マジックワンドを取り出した春姫と雄真が静かに答える。

「・・・まあこうなったからには、俺も気合入れるしかないかな」

すっとワンドを春姫に向け、精神統一を図る雄真。

「行くぜ、クロウ」

「ああ、準備は出来ているぞ。雄真」

雄真のマジックワンドは、一年前に鈴莉から渡された指輪から成っている。

元々指輪自体が魔法を制御する魔道具だったので、ワンドの生成にはむしろ都合が良かった。

そうして出来上がったのが「クロウ」。クロウとは、英語で指輪の爪の部分を指す。

「そっか・・・じゃあ手加減は無しだからね。雄真くん」

「春姫、気を付けてね」

対して、春姫もソプラノを構え、雄真の呼吸に自らの呼吸を重ねる。

――ここ一年、雄真は恐るべき速さで成長した。

それは特訓に付き合った春姫が一番分かっている。流石は天才魔道師、御薙鈴莉の息子といったところであろうか。

しかし何を置いても、それは雄真の努力があってのこそだ。そうでなくては、魔法を始めて1年で魔法科のNo.3になれるはずもない。

だから・・・油断はできない。

「それでは、これより最終試合。小日向雄真と神坂春姫の試合を始めます」

鈴莉の声に、二人は真剣な表情で身構えて・・・。

「――始めっ!!」

振り下ろされた鈴莉の右腕と同時に、互いに地を蹴った。



「エル・アムスティア・ラル・セイレス・・・」

先に動いたのは雄真。春姫との間合いを取りながら、詠唱を続けていく。

対して春姫は動かず。一手目は様子見のようだ。

「・・・ディ・ルテ・エル・アダファルス!」

”ゴゥッ!”という轟音と共に、十ほどの火球が一斉に春姫に襲い掛かる。

「・・・アムレスト!」

詠唱破棄。上級者ともなれば、初級の魔法は詠唱無しでも唱えられるようになり、春姫もまたその一人であった。

発動を示すワード一語で事が足りる。

ソプラノの先端には小さな魔方陣――防護障壁が展開され、春姫は火球の軌道を読みきった上で自分に当たるものだけを障壁で弾いていく。

だがその間にも、雄真はさらなる攻撃魔法の詠唱に入っていた。

「・・・ディ・セルファ・アルディクト!」

クロウの先端に、春姫の障壁より一回り大きな魔方陣が展開される。

そしてその魔方陣の外円を沿うようにして幾本もの氷の矢が形成され・・・ミサイルが如きスピードで打ち出された。

「くっ!エル・アムスティア・ラル・―――ディ・ラティル・アムレスト!」

流石に今の初級障壁では無理だと判断したのか、素早く詠唱し目の前に障壁を張り巡らせる。

「はぁ、やっぱり効かねえか・・・」

氷の矢が全て防がれたのを見届けてから、魔法の乱発は魔力を著しく消耗するため一度距離を置く雄真。

だが、春姫はその隙を逃がすことはなかった。

「エル・アムスティア・ラル・セイレス・アル・セルスティア・ケルサ・エイリス・ディ・ルテ・エル・・・」

「に、二重詠唱!?」

雄真は素早く察知し、咄嗟に防護障壁のための詠唱を始める。

「アダファルスッ!」

春姫の声と共にワンドの先から出てきたのは、体育館内を覆い尽くしてしまうほど巨大な火球。

「ちょ、ちょっと春姫ーっ!流石にそれはヤバいって!!」

見学席から、既に試合を終えた杏璃が叫ぶ。

その声が聞こえたのか否か、春姫はフッと微笑むと、その大火球を雄真目掛けて放った。

「・・・ディ・ラティル・アムレスト!!」

迫ってくる火球を目の前にしても、雄真は冷静に障壁を唱えた。

魔法使いにとっては、集中力の散漫が一番怖い。

どんな時でも焦らず冷静に。心を落ち着かせなければ、魔法の成功は有り得ないのだから。

大火球に立ち塞がるように、雄真の障壁が展開される。

ただの障壁ではない。雄真の残りの魔力をほとんどつぎ込んだ、特大の三重障壁。

これならば、迫り来る大火球にも耐えられる――。

”フィーーーーーンッ!!”

魔力がぶつかり合う独特の高音が、館内に響き渡る。

二つの力はせめぎ合い、拮抗して・・・爆音を立てて相殺した。

「・・・!!春姫は・・・!?」

立ち込めていた煙が晴れて、視界が戻った頃には既に彼女の姿は見えなかった。

「・・・アダファルス」

そして聞こえてきた彼女の声は、雄真の背中。

雄真は振り返ることすら許されぬまま背中に小さな光球を受けて、それと同時に試合終了のブザーが鳴り響いた。







「いやぁ、まさかあそこで空間転移(ワープ)を使ってくるとはなぁ」

「ふふふ、咄嗟に思いついたんだけどね」

模擬実戦の授業も終わり、二人は魔法科校舎の裏にある桜の木の下で、並んで昼食を取っていた。

二人の手にはお弁当・・・当然、made in春姫である。

「それにしても、今回の授業って成績に入るのか?」

「うん。でも、吟味されるのは勝敗じゃなくて試合内容らしいから、そんなに落ち込むことはないよ」

「でもなぁ。・・・彼氏が彼女に負けるというのは、如何なものかと」

今まで雄真自身、春姫の方が魔法力が上だと思っていたにも関わらず、やはりこうしてはっきりとさせられるとそれなりに傷つくようだ。

「大丈夫だよ。雄真くんも、もうすぐ私より強くなれるって」

そう、実際先ほどの三重障壁には驚いた。

障壁を二重三重に張るには、技術も勿論いるが、やはりものを言うのは魔力。

しかも体育館内一杯に広がる三重の障壁となると・・・正直自分には作れる自信がない。

「先生もあれには驚いてたみたいだよ?私もあの火球は本気で仕掛けたんだけどなぁ」

「はは、だと思ったよ。春姫が本気なら、俺も本気で応えないといけないなと思ってな。・・・その代わり、魔力はすっからかんになったけど」

「それは私もだよ。あの火球もそうだけど、難易度の高いワープまで使っちゃったからね。もし最後の魔法を防がれたとしたら、たぶん負けてたよ」

「・・・そういえば最後のあの魔法。あれは・・・」

何かを思い出すように、雄真は桜の木を見上げた。

「・・・うん、そう。私が初めて見た魔法。・・・雄真くんが私を助けてくれた魔法だよ?」

「そっか。・・・思えば、あの時から全部始まったんだよな」

――昔、数人の男子にいじめられていた少女を、魔法を使って助けた少年がいた。

少女は少年の魔法と笑顔に惚れ、また少年も少女の泣き顔が気になった。

全ての始まり・・・今思えば、あれも桜が咲き誇る季節であった。

「俺は、まだあの頃より弱いよ」

「え・・・?」

ポツリと漏らした雄真の言葉に、春姫が疑問の声を上げる。

「純粋に人の幸せのために魔法を使っていたあの頃より、俺は弱い。今でも時々、魔法を使うのが怖くなるときがあるからな」

「雄真くん・・・」

「だから――」

雄真は食べかけの弁当を一時傍らに置き、春姫に微笑んで見せた。

「俺はもっと強くなるよ。自分自身が魔法使いであることから逃げないように。他の誰でもない、春姫を幸せにするために・・・」

「・・・うん。私も、雄真くんを幸せにしたいから、もっと強くなるよ」

春姫はそっと雄真の肩に頭を預け、そして雄真も応えるように彼女の肩を抱く。

そして見つめ合い、お互い顔を近づけていった。





また、ここから始まる。

彼らのはぴねすが。

何度も、何度も・・・終わりのない始まりが。

この、春という季節から――また次の春へと。



end


後書き

どうも!管理人の雅輝です。

最近「はぴねす!」をプレイしまして、無性に創作意欲が湧いたので一作仕上げてみました。

というか、書きたかったのは中盤のバトルシーンだったりするんですけどね^^;


ちなみに雄真のワンドは、私のオリジナルです。

最初は「指輪」という言葉を英語以外の外来語で訳そうと思ったのですが・・・オンライン辞書で英語以外なかったのであえなく断念m(__)m


また気が向いたりリクエストがあれば、はぴねす!SSを書きたいと思いますので、その時はまたよろしくお願いします〜^^



春姫 「感想等は、こちらに宜しくお願いしますね♪」



2007.3.18  雅輝