今日は12月25日。

聖夜であるこの日は、私にとって何よりも特別だった。

二年前・・・私の大切な親友がいなくなってしまった、人生最悪の日。

一年前・・・地上に降りてきた見習い天使達が天使界に帰ってしまった日。

そして――

幼馴染という関係でしかなかった椎名と、恋人同士になれた日・・・。




てんたまSS

         「白銀の羽」

                Written by 雅輝





”ピピピピピピピピピピピ”

「う、う〜ん・・・」

まだはっきりとしていない思考の中、聞こえてくる目覚ましの音。

しかし「起きなければ」という意思より睡眠欲があっさりと勝ってしまったので、布団を頭まで被って目覚ましの音を遠ざけようとする。

”ピピピピ”

”カチッ”

”・・・”

・・・急に室内が静かになったような気がする。

まどろみの中、耳を澄ましてみても、さっきまでけたたましく鳴っていたはず音が聞こえてこない。

『ま、いいか』

俺にとってそれは嬉しい限りだったので、再び夢の中へと旅立とうとする。

しかし・・・。

「椎名・・・。ねえ、起きて?」

”ゆさゆさ”

目覚ましに代わり、どこか聞き覚えのある声と共に身体を揺すられる。

「う〜ん、後5分・・・」

「もう、しょうがないわね・・・。あっ、そうだ。これなら・・・」

「し・い・な。起きて?朝よ」

”チュッ☆”

『う、うん?』

『頬に・・・柔らかくて・・・暖かい感触・・・』

「・・・ってはい!?」

思わず飛び起きる。

そして俺が寝ていたベッドの横には、少し頬を赤く染めた俺の恋人――千夏の姿があった。

「おはよう、椎名」

「えっ、は?・・・ん?」

状況が全然把握出来ない俺は、千夏の朝の挨拶にも答えられないほど動揺していた。

『なんで千夏が俺の部屋にいるんだ?・・・それにさっきの頬の感触は・・・?』

「もう、おはようでしょ?」

「えっ?あ、ああ。おはよう千夏」

「うん♪」

朝の挨拶も終わり、頭も次第にはっきりしてきたので、とりあえず状況整理を試みる。

「・・・で?何がどうなってるんだ?」

「えっ、何が?」

いや、聞いてるのは俺の方なんだが・・・。

「だから・・・何で千夏がここにいるんだ?」

「あれ?いて欲しくなかった?」

「い、いや、そういうことじゃなくてだな・・・」

「ふふ・・・冗談よ☆」

「・・・」

俺、完全に遊ばれてるな。

まあ、相手が千夏ならまんざらでもないけど。

「この前、椎名からこの家の合鍵を貰ったよね?」

「ああ。あれは千夏の誕生日だったな」

確かに誕生日プレゼントに我が家の合鍵をプレゼントした。

なるべく千夏と一緒の時間が欲しかったから・・・。

『って俺、何朝っぱらから恥ずかしいことを考えているんだろう?』

「で、昨日デートするって約束したわよね?」

「・・・」

まさか・・・。

おそるおそる壁に掛かっている時計を確認する。

「・・・ごめんなさい」

やっと状況が掴めた。

つまり・・・もう約束の時間を三十分以上過ぎている訳だ。

どうやら昨日寝る前に、間違えて目覚ましを”休みの日にいつも起きる時間”に設定してしまったらしい。

それで待ちきれなくなった千夏が合鍵を使って俺を起こしに来たと・・・。

「あいみるちゃでデラックスパフェね?」

「喜んで奢らせていただきます」

笑顔で提案してくる千夏に、即答で了承する。

こういう時の千夏には逆わらない方がいい。

しかも今回は絶対的に俺が悪いので尚更だ。

「よろしい☆じゃあ、リビングで朝ごはんを作って待っててあげるから、早く着替えて降りてきてね?」

嬉しそうな顔で部屋を出て行く千夏。

まだ半分被っている布団から渋々抜け出して、さっさと着替え始める。

『あっ、そういえば・・・』

ふと千夏に聞きそびれたことを思い出す。

『さっきの頬の感触は一体なんだったんだ?』

俺が跳ね起きたとき、千夏の顔は心無し赤かったような気がする。

もしかして・・・。

「・・・そんな大胆なことを千夏がするわけないか」

着替え終わった俺は一人ごちて、暖かい食事が待っているであろう一階に下りていった。





「さてと、椎名が下りてくるまでに朝ごはんの仕度をしてあげないとね」

とりあえず手始めに、冷蔵庫の中のものをチェックしてみる。

「う〜ん、この材料だと・・・まあ、簡単なものなら作れるかな」

それじゃあさっさと作っちゃおうかな。

椎名のエプロンを借りてキッチンに立ち、フライパンを熱し始める。

程よく温まってきたところでベーコンを炒めて・・・卵を入れて・・・。

『なんかこうしてると・・・新婚さんみたい』

って私ってば何を考えているのよ!

ああ・・・自分でも顔が赤くなっているのがわかる。

こんな所、椎名に見られでもしたら・・・。

「おっ、美味そうな匂いだな・・・。何を作ってるんだ?」

・・・何でこのタイミングで現れるのよ?

「も、もうちょっとで出来るから、椎名はリビングで待ってて!」

「ん?そんなに慌ててどうしたんだ?」

「あ、慌ててなんかないわよ!とにかくリビングで待ってて」

「わ、わかったからそんなに押すなって・・・」

「ふう・・・」

なんとかごまかせたかな?

椎名って結構鈍いから大丈夫だよね?

”ジュゥゥゥゥゥ”

「えっ?・・・ああ!忘れてた!」

料理の途中だったことを思い出し、慌てて再開する。

・・・良かった、どうやら焦げてはいないようね。

『はあ・・・私ってば何をやってるんだろう?』

内心ため息を吐き、出来立てのベーコンエッグをお皿に乗せた。





千夏が作ってくれた相変わらず美味しい朝食を食べ終え、俺達は約束通りデートすることにした。

さすがはクリスマスというべきか。

いつもの3倍は賑わっている商店街を、千夏と腕を組んで歩く。

双方とも特に行きたいところがなかったので、千夏の提案でウィンドウショッピングをすることとなった。

「あ、あの服いいなぁ」

千夏がショウウインドウに展示されているワンピースを見ながらそう呟く。

「ん?そうかぁ?あれならさっきの服の方が良いと思うけどな」

俺としてはさっきの店の服の方が千夏に合うと思った。

まあ、千夏ならどんな服でも着こなせると思うけど・・・。

「そう?私はあの服も捨てがたいと思うけどなぁ・・・」

「ま、どっちにしたってこの値段じゃあ・・・なぁ?」

服の胸元に付いている値札には、貧乏学生には到底手の届きそうにない額が記されている。

「うっ、そうね・・・。じゃあ、あの服は将来椎名が稼ぐようになったら買ってもらおう♪」

「そうだな・・・。千夏が今の体型をその時まで維持できたら買ってやる」

「あっ、ひっど〜い。絶対に買わせてやるんだから覚悟しなさいよ?」

「はははは!」

「ふふふふ♪」

寒空の下、二人で笑いながら商店街を歩く。

今この瞬間に、俺は確かな幸せを感じていた。





「ふう、結構疲れたな・・・」

椎名の家に帰ってきた私達は、リビングにあるソファーに並んで座って一息つく。

もう窓から見える冬の空はすっかり暗く、時計を見ると短針と長針が一直線に並ぶ時間帯となっていた。

「お茶淹れてくるわね?」

「ああ。悪いけど宜しく頼む」

私が立ったことで空いたソファーのスペースに身体を倒した椎名が、少し疲れたような声を出す。

『ちょっと連れ回しすぎちゃったかしら・・・?』

今日は色々な店を回って、買ったものも全部椎名に持ってもらっていた。

女の子向けの店にも何度か入ったので、男の椎名には精神的にきつかったのかも知れない。

それでも文句の一つも零さず笑顔を向けてくれていた椎名は、やっぱり優しい。

その優しさは一年前、私が椎名にどんどん惹かれていった時のものから何も変わらない。

・・・一年前、私が貴史とケンカばかりしていたとき・・・。

まったく私の事を相手にしてくれない貴史と、素直になれない自分の心に押し潰されそうになったとき、優しく励ましてくれたのは椎名だった。

何度も相談に乗ってくれて・・・私が悲しみに暮れていたときは、そっと抱きしめてくれて・・・。

今思えば、もうその頃には椎名のことが好きになっていたのかも知れない。

ただ、まだ貴史とのことが解決していなかったし、何より双葉に悪いと思ったから・・・その気持ちに気づいていない振りをしていた。

でも貴史に告白して・・・「千夏とは付き合えない」って言われて・・・。

結局私はまた椎名に頼ってしまった。

そして椎名も、私を優しく受け入れてくれたから・・・。

もう気持ちを抑えきれなくなって、椎名に告白した。

『って何考えてんだろ?私・・・』

今更昔の事を思い出すなんて・・・やっぱり今日という日を迎えて少し感慨に耽っているのかもしれない。

椎名と私の分の紅茶をカップに注いで、キッチンから椎名のいるリビングへと戻る。

「はい」

「ん・・・ありがとう」

一口飲んで「ふう」と息をつく椎名の横に座り、私も淹れたばかりの紅茶を頂くことにする。

「・・・もう一年経ったんだなぁ・・・」

「? どうしたの?突然」

そのまま数分の間ぼ〜っとしていた私達だったが、椎名が呟いた一言で沈黙が破られる。

「いや、もう花梨たちが帰って一年が経つんだなぁと思ってな・・・」

「そうね・・・。奈菜たち、元気かしら・・・」

私達に確かな幸せを与えてくれた、天使という存在。

天使界に帰った彼女達は、立派な天使になれただろうか?

「花梨たちがくれた幸せ・・・これからも大事にしていかないとな?」

「・・・うん」

穏やかに微笑んでくる椎名に、私も笑顔で返した。





「さて、そろそろ準備するか」

ふと時計を見ると、もう7時を過ぎていたので、横で俺の肩にもたれかかりながらテレビを見ていた千夏に呼びかける。

「あれ、もうこんな時間?じゃあ料理の用意してくるわね?」

千夏はそう言いながら立ち上がり、キッチンへと入っていった。

今日はこの後、千夏と二人きりでクリスマスパーティをする予定だったのだ。

今までは貴史と三人でしてきたのだが、今年はそれも出来ない。

一年前――俺達が付き合い始めた二週間ほど後。

貴史は突然俺達の前から姿を消した。

とは言っても失踪の類ではなく、貴史の家に行くと早智子さんに簡単に行き先は教えてもらえた。

なんでも、東京で前からやりたかった仕事が見つかったらしい。

俺達に一通の手紙だけ残して、別れの挨拶無しに家を飛び出したのはあいつらしいと言うかバカと言うか・・・。

半年ほど前に一度手紙が来たが、それ以外は何の音沙汰もなし。

まあ、あいつのことだから元気でやってるだろうけど・・・。

「椎名〜。ちょっと手伝ってくれる〜?」

「ああ。今行くよ」

さすがに千夏に全ての用意をさせるわけにもいかないので、テレビを消し俺もキッチンに入った。



「ふう〜。ご馳走様。相変わらず千夏の料理は美味いな」

「ふふ、ありがとう♪」

千夏の料理とケーキも食べ終え、満腹のお腹をさする。

「じゃあそろそろクリスマスプレゼントの交換をしよっか?」

「そうだな。あまり遅くなるわけにもいかないし・・・」

「それじゃあ私から・・・。ちょっと目を瞑っててくれる?」

「ん?ああ」

千夏の言うとおりに目を瞑ってやる。

ん?千夏が俺の後ろに周ったような・・・。

『まさかこのまま手刀を振り下ろすつもりか!?』

・・・んなわけないか。

と馬鹿なことを考えていた俺の首に、突然柔らかく暖かい感触が・・・。

「・・・マフラー?」

「あったり〜☆」

目を開けて再度確認。

俺の首には色鮮やかなマフラーが巻かれていた。

「・・・もしかして手編みか?」

「あっ、やっぱり分かった?」

少し縫い目が粗いところがあるのでそうだと分かったが・・・色合いは市販で売っているやつよりセンスが良い。

「でも良く出来てるよ。ありがとう、千夏」

俺のお礼に、千夏は満面の笑みで答えてくれた。





『あっ・・・』

そのとき、椎名の後ろの窓の外に漆黒の闇に光る白い粒が見えた。

淡い期待を抱きつつ窓に近寄る。

『綺麗・・・』

予想通り、窓の外には雪が降っていた。

風は凪いでいるのか、ゆらゆらと降りてくる無数の白。

それはまるで・・・。

「羽・・・」

突然背後から聞こえた声に、私はびっくりした。

驚いた理由は二つ。

一つはいつの間にか後ろにいた椎名にまったく気づいていなかったこと。

そしてもう一つは――

「まるで・・・天使の羽みたいだな」

「・・・うん」

その呟きは、まさに私も思っていたことだったから・・・。

「ホワイトクリスマスか・・・。なんだか出来すぎだよな」

「ふふふ、そうね。・・・もしかしたら、あの娘達が起こしてくれた奇跡・・・かもしれないわね」

私の言葉に、椎名は少し苦笑いしながらも

「・・・ああ、そうかもな」

と答えてくれた。

「「・・・」」

二人して、しばらくその小さな奇跡を静かに眺める。

「・・・千夏」

いつもより真面目な椎名の声に、後ろを振り向く。

「これ、俺からのクリスマスプレゼント」

そう言って椎名が差し出したのは、小さな箱だった。

『これって、もしかして・・・』

「・・・開けていいの?」

「・・・ああ」

微笑む椎名に意を決して開けてみると、そこには・・・

「素敵・・・」

箱の中央には一つの指輪が鎮座していた。

手にとってよく見てみると、小さな片翼の羽が付いている。

「これを・・・私に?」

「ああ、毎月の仕送りをちょっとずつ貯めていって・・・まあ安物だけどな」

照れくさそうにこめかみの辺りを掻く椎名。

私は迷うことなくその指輪を、左手の薬指に填めた。

「どう・・・かな?」

「・・・ああ、よく似合ってるよ」

私はその言葉に嬉しくなって、椎名の手をその左手でぎゅっと握って・・・

「椎名・・・ありがとう」

少し驚いた様子の椎名の頬に唇を寄せた。

――「ずっと一緒にいられますように」――

そんな願いを、天から舞い降りる白銀の羽に託しながら・・・。

end


後書き

クリスマス記念特別SSとして、てんたまより千夏嬢を書きました。

千夏SSはあまり見かけないので、自分で書いてみたんですけど・・・。

なんかだらだらと長くなってしまって、申し訳ありません。

やはり自分には短編は向いていないようです。

あと、千夏SSは非常に難しいということが分かりました。

やはり素直に貴史と一緒になるのが一番なんですかね?(笑)

個人的にはてんたまのキャラの中では

初音>千夏>結花>花梨>理香子>真央

って感じですかね。

葵は論外、奈菜は別格ということで(←は?)

次は結花辺りを書いてみたいなぁ・・・。


感想はこちらにどうぞ♪



2005.12.25  雅輝