another view 〜エステル・フリージア〜



「あっ・・・もうこんな時間」

礼拝堂の掃除をしていた私は、ふと重たそうな柱時計に目を向け、思わず声を出した。

午前11時過ぎ――いつもなら慌てることなく朝の勉学に励むところだが、今日は少し事情が違った。

「急がないと・・・」

手に持っていた箒をしまって、自室へと急ぎ足で向かいながら、私は昨日の電話での彼の言葉を思い出す。

――「あっ、そうだエステルさん。明日、昼の12時に俺の家に来てくれませんか?イタリアンズも喜びますし」

急に設けられた約束だけれど、礼拝も無い曜日なので私は渋々を装って了承した。

勿論、アラビアータを含めたイタリアンズに会えるのも嬉しいし、彼に・・・達哉に会えるのも嬉しいのだけれど。

私は、そういった感情を素直に出すことができない。

慣れていない・・・と言ってしまえばそれまでだけど、達哉はそんな私をいつも温かい笑顔で許してくれる。

その優しげな笑みを見るたびに、私の心臓は心地良い高鳴りに襲われて・・・。

・・・。

・・・・・・。

「――あぅ」

達哉のことを考えて着替えの手が止まっていた自分を鑑みて、私は一人頬を染めた。

昔の私からは、今の腑抜けきった姿などとても想像できないだろう。

ましてや、相手は忌み嫌っていた地球人・・・今ではそんな感情もほとんど消えつつあるけど。

でも、私は今の自分に満足している。

そして、そんな私に変えてくれた達哉にも・・・。

「・・・さて、そろそろ出なくては」

このまま思考に浸かってしまうと、本当に遅刻してしまう。

私は急いで着替え終えると、礼拝堂のドアを開け放った。

”ガチャッ”

1月最終日の今日、見上げた空は広く蒼に澄み渡っていた。

天上から照らす陽光が、地球での冬の厳しい寒さを和らげている。

「行ってきます・・・モーリッツ様」

いつものように、今は誰もいなくなってしまった礼拝堂の、主とも呼べる方の名前を呟いて。

私はゆっくりと、朝霧邸に向かって歩き始めた。



another view end





夜明け前より瑠璃色な SS

            「瑠璃色の瞳」

                     Written by 雅輝






「おっと、そろそろ時間だな。だいたい準備も整ったし・・・後は待つだけでいっか」

料理の乗った皿をテーブルに運び終えた俺は、壁に掛かった時計に目を遣ると一息ついた。

文字盤は11時50分を指している。彼女との約束は12時なので、何とか間に合ったといったところだろうか。

「お兄ちゃん、準備出来た?」

「ああ、とりあえず一段落だ。サンキューな、麻衣。折角の休みだってのに料理を作らせちまって」

俺が申し訳なさそうに言うと、我が妹は何でもないといったような笑顔を浮かべた。

「いいって、いいって。私も、久しぶりに未来のお義姉さんに会いたかったしね」

「・・・」

本当によく出来た妹である。

「うん、こっちも終わったわよ〜」

と、リビングの飾り付けを担当してもらった姉さんからも終了の声が上がる。

「姉さんもありがとう。手伝って貰っちゃって」

「いいのよ、気にしなくて。未来の義妹のためですもの」

「そのネタはたった今麻衣が使ったばかりだよ、姉さん」

それに姉さんは実際俺の「姉」ではないので、位置的には従姉に当たるのでは?

『・・・ま、どっちでもいいか』

「あらそう?麻衣ちゃんもなかなかやるわね」

「いえいえ、お姉さまほどでは」

聞こえてくる仲良さげな会話に俺は苦笑いを零すと、姉さんが張ってくれた横断幕を眺めた。

そこには、可愛らしい麻衣の字体でこう書かれていた。


――エステルさん、お誕生日おめでとう!!――


・・・そう、今日は俺の恋人――エステルさんの誕生日だ。

彼女にはまだ何も話していないサプライズパーティー。このリビングの状態を見て、呆然と立ち竦む彼女の姿が目に浮かぶようだ。

それと同時に、半年前のフィーナやミアの姿も思い出す。

あの時も確か同じ様な文章で、フィーナ達の歓迎会を行なった。

夏休みが終わり彼女達は月に帰ってしまったが、今も月で元気に過ごしていることだろう。

”ピーンポーーン”

などと感傷に浸っていた俺の耳に、家のチャイムの音が聞こえてきた。

「エステルさんかな?」

「多分な。俺が出るよ」

俺はそう言うとベランダに出て、3匹のイタリアンズの中で一番小さいアラビアータを抱きかかえると、そのまま玄関へと直行する。

彼女の一番のお気に入りはアラビなので、こいつには彼女をリビングまでエスコートしてもらうことにしよう。





”パンパーーンッ!”

「「お誕生日おめでとう、エステルさん!!」」

「・・・え?」

リビングに入った途端、突如起こったクラッカーの嵐に、アラビを胸に抱きしめたエステルさんはキョトンと立ち尽くした。

その反応があまりにも予想通り過ぎて、思わず内心でガッツポーズを取ってしまう。

「というわけで、エステルさん。おめでとうございます」

止めとばかりに俺がにこやかな笑顔で背中から語りかけると、エステルさんは振り返り呆れたような笑みを見せた。

「なるほど・・・今日私を呼んだ理由は、このためだったのですね」

「さすが。ご察しがいいことで」

「まったくもう、あなたって人は・・・」

口では呆れたような台詞を言っているが、言葉の節々とその顔には嬉しそうな表情を浮かべている。

「・・・ありがとう」

どうやら、ドッキリは大成功したようだ。

「ささ、ラブラブな雰囲気を出していないで早く座ってください。エステルさんは今日の主役なんですから」

「なっ、ラブラブって――別に私は・・・」

麻衣が悪戯っぽく彼女の背中を押すと、エステルさんはその台詞に顔を赤らめながらも大人しく宛がわれた席に着いた。

そこは勿論、和室で言うところの上座。彼女の目の前には、麻衣特製の誕生日ケーキが飾られている。

「それじゃあ、火を灯すわね?」

姉さんがマッチを使って、エステルさんの年齢分ケーキの上に用意されたろうそくに、一本一本火を灯していく。

その様子をぼんやりと眺めながら、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「これは・・・いったい何をしているのですか?」

「え?・・・あっ、そうか」

エステルさんは去年まで月で暮らしていたので、こういう知識を持っていないのも無理はない。

彼女の様子を見ている限り、誕生日にケーキを食べる習慣はどうやら月には無いようだ。

「えー、何ていえばいいのかな。・・・まあ地球での、誕生日の習慣だと思ってくれればいいですよ」

「習慣・・・ですか」

「はい。こうしてケーキの上に用意された年齢分のろうそくに火を灯して、誕生日を迎えた人が一息で全てのろうそくの火を吹き消すんです」

「はあ・・・」

「それじゃあ、電気を消すよ〜」

イマイチ要領を得ていないエステルさんを尻目に、麻衣が早々と室内の電気を落とした。

暗い室内で、ろうそくの火に照らされた彼女の白い肌が際立って見える。

「さあお兄ちゃん、歌って!」

「ええ!?そ、それは勘弁してくれって」

「歌?」

「本来は祝いの歌を皆で合唱してから、ろうそくの火を消すんです」

本気で拒否する俺の横で、姉さんがエステルさんに説明する。

「えぇ〜。それじゃあ、何か祝いの言葉をエステルさんに捧げるっていうのは?」

「ん・・・それだったら何とかなるか」

俺は明らかに不満そうな麻衣の言葉に渋々納得して、居住まいを正してから彼女を呼んだ。

「エステルさん」

「は、はい」

しかし何と言えばいいものか・・・いざとなったら何も思いつかない。

しかも麻衣と姉さんは明らかに楽しんでいる様子で、俺の言葉を待ってるし。

「・・・」

それでも、流石にこの場面で茶化せないと悟った俺は、とりあえず今の気持ちを出来る限りエステルさんに告げることにた。

「誕生日、おめでとうございます。まだ俺達が出会って半年しか経ってはいないけど、俺はもうエステルさんの事を家族だと思っています」

「違うでしょ〜、お兄ちゃん。家族にはゆくゆくなるんでしょ?」

「ま、麻衣!」

麻衣の意味深な言葉の意味に気付き、エステルさんは頬を染めた。

俺も照れくさくなり、一度咳払いをしてから再度言葉を続ける。

「と、とにかく。エステルさんが生まれた今日という日が、あなたにとって最高の一日となりますように。そう思って、誕生日パーティーを企画しました」

「達哉・・・」

「・・・とまあ、堅苦しい挨拶はここまでにして・・・ハッピーバースデイ!エステルさん!」

「「ハッピーバースデイ〜」」

残っていたクラッカーを姉さんと麻衣が同時に鳴らし、エステルさんはそれを合図にろうそくの火を吹き消した。

俺達三人の温かい拍手の中、電気を点けてみるとエステルさんの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

「ありがとうございます、皆さん・・・ありがとう、達哉」

頬に流れた一筋の雫を、彼女の胸の中にいたアラビが「クゥ〜ン」と優しく舐めとった。

そしてベランダからも、「自分達も忘れるな」と言わんばかりに、残りのぺペロとカルボが祝いの咆哮を上げる。

「私の誕生日を祝ってくださる人なんて、今までモーリッツ様しかいませんでしたから・・・こんなに温かいパーティーを開いて頂いて・・・」

彼女は涙の溜まった自分の瞳を上品に拭うと、ニコリと屈託のない笑みを見せた。

「私は、幸せ者です」







結局彼女は、姉さんや麻衣、そして俺の強い勧めで夕飯まで一緒だった。

とはいっても、まだそれほど遅い時間でもない。8時ちょっと過ぎといったところだろうか。

それでもあまり遅くはなれないとのことで、俺は今彼女を礼拝堂まで送っているところだ。

「月が・・・とても綺麗ですね」

「そうですね。今日は満月ですから、尚更かもしれません」

立ち止まって月を見上げるエステルさんに合わせて、俺も空に浮かぶ満月を見上げた。

38万キロという距離にあって尚も存在感を示す神秘の星は、彼女の生まれ故郷なのだ。

昔を懐かしんでいるのか・・・はたまた、月へと帰ってしまったモーリッツさんの身を案じているのか。

一心に月を見つめるその表情は、懐かしげであり、また悲しげでもあった。

「遠い・・・ですね」

「今は。でも、きっとフィーナが女王になれば、今よりはもっと近くなりますよ」

「・・・そうですね。あの方ならきっと」

将来、毅然とした態度で立派に女王職を務める彼女を想像して、俺達は同時に微笑んだ。

「少し、休んでいきましょうか?」

「ええ」

道を少し逸れて堤防に降りた俺達は、緩やかな坂になっている芝生に並んで腰掛ける。

俺はさりげなく、普段より多く着込んでいたジャンパーを彼女の肩に掛けた。

「まだ真冬ですからね。もうちょっと暖かい格好をしないと」

「あ・・・ありがとうございます」

彼女はそう言うと、腕に抱えていた物をそっと芝生の上に置いた。

その包みの中には、麻衣と姉さんの彼女への誕生日プレゼントが入っている。

しかし、俺はまだ彼女にプレゼントを渡していなかった。

勿論、忘れるはずなんてない。元々、彼女を送る最中に渡そうと思っていたものだからだ。

そこには、暗に家の中では恥ずかしくて渡せないという真意も隠されているのだけれど。

『・・・そろそろ渡すかな』

タイミングとしては申し分ない。シチュエーションもバッチリだ。

「達哉・・・」

しかし俺の決意は、突然掛けられたエステルさんの声に、風船のように急速に萎んでしまった。

「は、はい?」

俺が情けない返事をすると、彼女はそれには意も返さずにぼんやりと月を見つめながら口を開いた。

「私は・・・このままでいいんでしょうか?」

「え・・・?」

俺は彼女の言葉の意味が分からずに、そのまま聞き返す。

「私は今、とても幸せです。あなたという恋人がいて、誕生日を祝ってくれる”家族”がいて・・・でも、私はあなたに甘えすぎているのではないかって、そう思って・・・」

「エステルさん・・・」

そうか・・・と、俺は理解する。

――彼女は、今まで誰かに甘えるということをしてこなかったのだ。

物心ついた時から両親はおらず、孤児として育てられたエステルさん。

そんな小さな頃から孤児として異端扱いされて・・・だから、誰にも馬鹿にされないように頑張ってきた。

誰にも頼らず、頼ろうとせず、一人で黙々と勉学に打ち込む。

”家族”というものは、今までの彼女とは無縁のものだったに違いない。

だからこそ、こうして人に頼り、甘えることが苦手になってしまった。

「・・・エステルさん」

俺はそんな彼女を励ますように、心の膿を取り除くように、強く胸の中に抱きしめた。

「たつ・・・や?」

驚いたような彼女の声が、耳をくすぐる。

その体勢のまま、俺は彼女を諭すように言い聞かせた。

「俺は、もっと甘えて貰っても構いませんよ?」

「え?」

「俺達は恋人同士なんですから」

「・・・」

「勿論、甘え合うだけの関係ではありません。支え合い、励まし合い、時には怒り合って、互いの意見を遠慮なくぶつける。・・・それが、恋人ってもんですよ」

「達哉・・・」

「エステルさんが、甘えるのは苦手だってことは知ってます。でも、俺はエステルさんにこそ甘えられたいんです」

「誰よりも好きな、あなただからこそ」

「・・・ふふ、気障な台詞ですね。似合いませんよ?」

「それくらい、分かってますって」

俺が苦笑してそう言うと、彼女は嬉しそうな顔を俺の胸にうずめた。

「・・・エステルさん」

俺もそんな彼女を抱きしめながら、その柔らかい髪を撫で続ける。

そしてもう片方の手で、コートのポケットに入っていたプレゼントを取り出した。

「手を、出して貰えます?」

「え、ええ」

「いや、手の平じゃなくて、甲の方を」

「?・・・こうですか?」

そう言って、彼女は右手の甲を差し出した。

・・・まあ流石に左手の薬指は恥ずかしかったので、丁度いいかもしれない。

俺は手の中にある剥き出しのソレを持ち直すと、彼女の右手の薬指に通した。

「・・・これは・・・・・・」

彼女は大きく目を見開き、驚いた様子で右手を凝視する。

そこには、俺の彼女への誕生日プレゼント――彼女の瞳と同じ色をした、ラベンダーの宝石が組み込まれた指輪が填められていた。

「改めて・・・誕生日、おめでとうございます」

「・・・これを、私に?」

未だに信じられないといった表情を見せる彼女に、俺は照れ隠しに上空の月を見上げながら答えた。

「ちょっと冬休みは左門のバイトを増やして貰って・・・それでも、あまり高いものは買えませんでしたが」

俺が苦笑してそう付け足すと、彼女は泣きそうな表情で首を横に振る。

「いいえ・・・私にとっては、最高のプレゼントです。・・・ありがとう、達哉・・・」

慈しむように指のリングを撫で、ポロポロと嬉し涙を流すエステルさん。

俺はそんな彼女がどうしようもなく愛おしくなり、その涙を指で軽く拭うと、そっと顔を寄せた。

「「・・・」」

数秒間、間近で見つめ合う。

月の幻想的な光に照らされた彼女の瞳は、いつものようにラベンダー色ではなく、まったく違う色に見えた。

紫がかった、深い青色。それを、色で表現するならば――――。

「達哉・・・」

と、その神秘的な瞳に見惚れていた俺は、彼女の瞼が下りたのに気付きそっと唇を寄せる。

「エステル・・・」

自分でも気が付かないうちに呼び捨てで彼女を呼び、静かに唇を重ねる。

「んっ・・・」

――いつもより心臓が高鳴ったのは、彼女の・・・瑠璃色の瞳に魅せられたからなのかもしれない。




end


後書き

ども〜、管理人の雅輝です^^

今回は111111HIT記念ということで、romiさんのリクエストで「夜明け前より瑠璃色な」よりエステル嬢を書きました。

設定は、エステルと達哉が付き合い始めて半年経った彼女の誕生日。・・・2週間ほど過ぎてしまってますが(汗)


さてさて、どうでしたでしょうか?

リクエストには特にジャンルの指定が無かったので、誕生日ネタでいかせて貰いました。

私的には上々の出来。後は、読者の皆様がどう感じるか・・・。

エステル嬢はPS2版のみの新規キャラなので、「よあけな」ユーザーの方でも知らない人がいるかと思いますが、それでもこの作品で彼女の雰囲気を感じ取って頂ければ幸いです。


タイトルは、前作の麻衣SS「瑠璃色の旋律」に合わせて、「瑠璃色の〜」にしました。

ちょっと強引かなとも思ったのですが、とりあえずこれからも「夜明けな」を書くときは、瑠璃色の○○シリーズでいきます^^


それでは最後に、リクエストしてくださったromiさん。そしてここまで読んでくださった全ての読者の皆様に・・・。

ありがとうございました!これからも当サイトを宜しくお願い致しますm(__)m



エステル 「感想等は、こちらまでお願い致します」



2007.2.11  雅輝