十月八日。

 

 県立陽ヶ崎高等学校、生徒指導室。

 新崎謙悟と今村冴霞は一礼して退室すると、それぞれが大きな溜め息をついた。

「なんか、結局大事になったな……もう少し穏やかに出来る方法も、あっただろう?」

「でも、あれくらい強く押し切らないと、負けちゃいますよ。弱気に出たら負けだっていうのは、私自身が身を持って知っていますから」

 生徒指導室という、ある意味職員室以上に学生に恐れられているはずの部屋から出て来たとは思えないほどに明るい雰囲気の二人。

しかし、それもそのはずだ。この部屋で行われたやり取りのおかげで、謙悟と冴霞は堂々と肩を並べて歩くことが認められた。それはかつての生徒会に

所属していた頃の『生徒会長』と『生徒会長事務補佐』という役職によって作られた関係ではなく。

「……どうせだから、手でも繋ぎましょうか。謙悟くん?」

「あんまり注目を集めるのはどうかと思いますが。冴霞さん?」

 いたずらっ子のような無邪気な微笑みを向ける冴霞をやんわりと窘めながらも、謙悟の方からそっと右手を差し出す。冴霞はその手をきゅっと握ると、

心底嬉しそうに笑いながら謙悟を見上げた。

「…………あ、お〜い! 新崎!!」

「冴霞さん、大丈夫……って、聞くまでもなさそう……」

 二人を迎えてくれたのは、高平継と柊木要だ。本来ならば今日は文化祭の振替休日である為に、彼らの服装は制服ではなく普段着だ。しかし呼び出しを

された謙悟と冴霞はそういう訳にもいかず、しっかりと制服を着用している。これからどこかへ繰り出して出掛けるには少々不向きな格好ではあるがしかし。

「よお、出迎え御苦労」

「うっせぇ。んな事言ってると、店での打ち上げ、お前からだけは金取るからな?」

「ん〜……少なくとも、継くんにそんな権限はないかな?」

「ふふっ。でも、良いんですか? 私までお呼ばれされて。私、ただの飛び入りだったのに」

 遠慮するようなことを言う冴霞。確かに、冴霞が二年三組と二年五組の合同企画である『めいどれすとらんすりーふぁいぶ』に参加したのは、形式的には

飛び入り参加だ。正式なメンバーではないし、そもそも学年が違う。それに今日は、企画に参加した二クラスの面子以外にも幾人か他クラス・他校からの

参加者もいるのだという。そういった場では、むしろ冴霞だけが余計に浮いてしまい、場違いにも見えてしまうことは避けられない。

 しかし、謙悟はそんな不安をかき消すように、冴霞の手を強く優しく握った。

「飛び入りじゃない。言っただろ? あの企画は、本当は冴霞が文化祭に参加するために作ったものなんだ。だから、本当の主役は冴霞。他の奴らが何て

言おうと、これは絶対に変わらない」

「謙悟くん……」

 真っ直ぐに、迷いの欠片もない力強い瞳。それに応えるように、冴霞もまた謙悟の手を握り返し、うん、と頷いた。

 

 この日、新崎謙悟と今村冴霞の関係は陽ヶ崎高校の教職員の間でも公認となり、二人は誰に遠慮することのない恋人同士となったのだ。

 

 

 

High School Memorial

After School Festival, and Before Graduation Memories

 

 

 二人が呼び出されたのは他でもない、十月五日の午後に起きた混乱が発端だった。メイド服に着替えて客席に舞い降りた冴霞の姿に場は騒然となり、客は

勿論の事ながら道行く一般来客、陽ヶ崎高校の学生たち、果ては教職員までもが目を奪われ、場は興奮の坩堝と化した。

 観客たちはそれぞれが持つ方法で冴霞の姿を記録しようと道具を取り出す。携帯電話のカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ。ある強者はわざわざ紙に

鉛筆で書くという方法まで取っていた(後日判明したことだが、美術部所属の生徒だったそうだ)。

 さすがの冴霞もこの惨状には驚き、またあらゆる方向から向けられる好奇の目に羞恥の気持ちが耐えられなかったのか、最愛の恋人である謙悟に思わず

抱きついて助けを求めてしまい、また謙悟も彼女のためをと思って考えたイベントがこんな結果を生むとは予想外だった後悔と責任感から、ぎゅうっと強く

冴霞を抱きしめて――――今までひた隠しにしていた思いのたけを、その場にいる全ての人間に吐き出してしまった。

俺の冴霞を撮るな、触るなぁっ!!!!

 水を打ったように静まり返る一帯。しかし、今度はその言葉が新たなる引き金となって、さらに騒ぎは拡大した。一般客はある程度興味を無くしたよう

だったが、陽ヶ崎高校の生徒たちはそうはいかない。旧生徒会のメンバーであった冴霞と謙悟の関係が、ただの生徒会役員同士ではなく恋人同士。しかも、

冴霞は言うに及ばぬ美少女であるが、謙悟も立派に平均以上の容姿を備えている精悍な少年だ。かねてより少なからず噂のあった美男美女の、思いもよらぬ

関係の露呈に生徒たちの興味はさらに熱を上げ、もはやレストランは営業どころの状態ではなくなっていた。

「あーもう、ほらほらお前たち、落ち着け!!」

「み、みんなぁ、静かに!! 静粛に!!」

 その騒ぎを収めてくれたのは養護教諭の水島智子と、その後輩である英語科教諭・篠塚さくらだった。また、騒ぎを聞きつけた謙悟のクラスの担任である

西野敦司も手を貸してくれたおかげで、混乱は何とか収拾したものの……残念ながら、別の問題が上がってしまっていた。

「……新崎くんと、今村先輩って……」

「さっき、『俺の』とか言ってたよな?……」

「……じゃあ、付き合って?……」

「……今だって、ほら。すっげー密着してるし……」

 外の騒動が治まっても、何も聞かされていない内側の騒動まではまだ鎮静化されていない。その中心たる冴霞は謙悟から身を離すと、先程までの弱々しい

姿を払拭するように、凛とした姿勢で『めいどれすとらんすりーふぁいぶ』の面々を見た。

「……皆さん。お騒がせしてしまい本当にすみませんでした。私が参加したことで、皆さんの出し物であるこのレストランが一時混乱してしまった責任は、

全て私にあります。ですけれど……今更勝手なお願いではありますが、私が参加する事を……皆さん、認めて下さいますか?」

 冴霞にそう言われて、ごく一部を除いた生徒たちはざわめきながら近くの友人たちと相談し始めた。二年三組と五組の総人数は七十二名。一日当たりの

交代は二回が設けられており、ローテーションを組んで一日最低二回は厨房か、あるいは客席に立つことが出来るようにされている。今この場にいるのは

およそ四十名余りであり、彼らが賛同すれば既に多数決の原則に則って冴霞の参加は承認される。

 だが、彼らは考えていた。今村冴霞という女生徒は一般生徒からすれば手の届かない、憧れの存在であると言っても過言ではない。そんな彼女と肩を並べ、

同じ舞台に立ってイベントに参加が出来ることなど、まさに夢のような話だ。こんな機会などこの先あるとは到底思えないし、逃す理由などどこにもない。

しかし同時に、だからこそこの稀少なチャンスを前に尻込みしてしまうという気持ちも起きている。冴霞とともに同じ舞台に立つには、自分では力不足

なのではないかという引け目、不安、自信の無さ。冴霞の凄さを知るからこそ、今一歩が踏み出せない――――。

「全然構わないですよ、今村先輩!!」

 そこへ唐突に、そしてあっさりと承認する声が上がった。二年三組、五組、そして冴霞の視線がその声の主へと向けられる。そこにいたのは、身長は要と

同じくらいで、冴霞に負けず劣らずの長い黒髪をポニーテールに結い上げた女生徒。どこか勝気な雰囲気を漂わせた彼女を認めて、要がたたっと駆け足で

歩み寄る。

「紗雪ちゃん、もう戻って来たの?」

「な〜んか、騒ぎがあったって聞いたからね。まぁ、一目瞭然とでもいいますか……そりゃ殺到しますって、先輩」

 遠慮なしにジロジロと冴霞の姿を観察する、紗雪と呼ばれた女生徒。冴霞の姿はフリルとレースをあしらった、黒と白のメイド服。上半身は七分袖だが、

スカートは膝上十センチ程度にやや短く作られており、その下にはリボンを巻いた黒のニーソックスと、編上げのロングブーツ。頭にはしっかりとヘッド

ドレスが装備され、冴霞の場合はさらにワンポイントのアクセントとして右耳の上に白と赤のリボンが花のように添えられている。

「えっと……ご無沙汰しています東野さん。去年、料理研究会の相談で、生徒会室でお話しして以来ですね」

「どもども、その節はお世話になりました。やっぱり覚えていてくれましたか、先輩は」

 にかっ、と微笑む紗雪。それに応じるように冴霞も優しい笑みを返す。そして紗雪が認めたことで他の生徒たちも冴霞の事を迎えるきっかけが得られた為、

それぞれが冴霞に近づき、握手を求めていく。

 こうして、今村冴霞は飛び入りから正式に『めいどれすとらんすりーふぁいぶ』の一員として迎えられ、彼女の最後の文化祭はようやく始まった――――

かに、思えた。

 

 

 

「新崎、拙い事になったな」

 紫煙を燻らせ、家庭科室の外でそう呟いたのは水島智子だ。謙悟はその正面にある小さな植え込みを支える柵に体重を預けると、智子とその隣にいる西野

敦司の顔を見た。智子がここ数日続けていた禁煙を破ってしまっているのは、やはり先の事態が事態だけに、パイプ程度ではストレスを抑えきれない気分に

なっているのだろう。

「やっぱり……さっきの騒ぎは、マズかったですか」

「うん……まぁ、校長と教頭は基本的に今村さんの味方だし、これといって大事になるとは思えないけど。ただ、生徒指導の村上先生は流石に、良くは思わ

ないだろうね」

 自身の無さそうな西野の発言だが、謙悟もある程度の予感はあった。生徒指導部の顧問であり、また三年生の学年主任でもある村上功(いさお)は規律に

厳しい教員として二年生はおろか、一年生でさえ知っている有名人だ。彼もまた謙悟の事は良く思っておらず、冴霞が取り成したとはいえ、今は既にいない

朝岡哲史と結託して謙悟を停学・謹慎処分に処するべしとしていた主犯格の一人だった。

 結局、冴霞の根回しと教頭・校長の力添えのおかげで謙悟は生徒会監視下に置かれるという名目の下、冴霞に救われそして紆余曲折を経て今の関係へと

至っている。それを村上が知れば、恐らく二人を糾弾することは避けられずまた、今回このような騒動を引き起こした大本の原因が冴霞と謙悟にあるという

事も知れば、それこそ鬼の首でも取ったかのように嬉々として二人を処分しようとするだろう。

「……まぁ、ある程度の覚悟はあってしたつもりだったんですけど。あそこまでの混乱になるとは……俺も、予想外でした」

「そりゃそうだろう。お前、今村がどんだけ人気があると思ってるんだ? 陽ヶ崎高校始まって以来二度目の二期連続生徒会長、そのカリスマはかつての

私すら凌駕するほどだぞ? ちなみに一人目っていうのは、私だからな?」

 水島智子、二十七歳。十年前には彼女もこの陽ヶ崎高校に籍を置いていた身であり、また冴霞と同じく二期連続の生徒会長。清廉潔白のイメージが強い

正統派な冴霞と比べ、当時からかなりラフな性格だった智子による施策は豪快そのもので、その頃は少なくなかった不良連中さえも智子の漢(おとこ)気に

惚れていた為に協力を惜しまず、かねてより問題になっていた同じ公立高校である陽乃平高校との軋轢も解消させている。

「昔からこの学校って、女子の方が強かったんですね……西野先生」

「ぼ、僕に言わないでくれ……今でも智子さんには、頭が上がらないんだから」

「情けない顔をするな、元生徒会書記クン。それでも私の旦那になる男か?」

 どかっ、と西野の首に腕を回し、快活に笑う智子。西野もそれにつられるように笑い、謙悟もやれやれといった感じで溜め息をつく。

「まあ、その点で言えば新崎なら心配要らないな。今村の事もちゃんと引っ張っていけそうだし、支えてくれそうだ。……敦司の代わりに、私の旦那になる

気はないか? その気になれば無職でも食わせてやるぞ?」

「ヒモ生活はお断りします。西野先生とお幸せに」

 あっさりと拒否する謙悟。智子もくくっと笑って、西野をホールドしたまま口元の煙草から煙を吹かす。

「村上先生の事は私達からも教頭に話を通しておくよ。少なくとも文化祭の間は手が出せないよう、釘を刺しておいてくれとね。お前たちは心配しないで、

精一杯接客業に従事して来い。それから、労働報酬として後でタダ券追加だ」

「はいはい……水島先生、西野先生。ありがとうございます」

 西野を引き連れて背中越しに手を振り返す智子。その後ろ姿に礼をしてから、謙悟は家庭科室へと戻るべく回れ右をした。

 

 

「こんにちは、初めまして新崎くん」

 客席に戻ろうとした謙悟に声を掛けてきたのは、冴霞ほどではないがそれなりに背の高い女性だった。長袖のニットカーディガンに、短めのスカート。

顔立ちも整っており、十分に美人といえるレベルだ。

「えっと……どちら様で?」

「おっと、これは失礼。驚かせちゃったわね……あたしは間宮巴。冴霞と彩乃の幼馴染で、親友よ。名前くらいは聞いたことあるんじゃない?」

 確かに冴霞から巴の名前を聞いたことはある。幼稚園の頃は冴霞をいじめていた事もあったが、それがきっかけとなって彩乃を含む三人の関係は変化し、

今では十年来の付き合いになる大親友だという。しかし出会い頭に自分から『親友』発言をするとは、かなり自信があるのだろう。

「どうも、新崎謙悟です……一応、初対面ですから。いきなり声をかけられたら、誰だって驚きますよ」

「それもそうか。ゴメンね」

 晴れやかな笑みとともに向けられる謝罪。そして巴はまじまじと謙悟の顔を見て、上から下へと舐めるように謙悟を観察する。均整の取れた身体つきと、

良く絞り込まれた筋肉。長身と相まってかなり恵まれた、それでいて理想的な体格をしている。それに顔の方も写真で見るよりもかなりいい男だ。自分で

言っておきながらだが、冴霞とは似合いの二人だというのが改めて納得出来る。

「ふむふむ……受け答えも礼儀正しいし、性格も悪くなさそうね。彩乃ってば何が不満なんだか……」

「それは……まぁ、自分の大事な幼馴染を、俺みたいな不良男に盗られれば、不満も出るでしょう?」

 巴の言葉に答える謙悟。それを聞いて巴は再び謙悟の顔を呆気に取られたような表情で見上げ、ぷっと吹き出した。

「あははっ、そっか。キミもちゃんとそこには気が付いていたわけね。でも新崎くん、キミが不良っていうのは周りの人が言ってるだけのデマなんでしょう?

冴霞が彩乃に怒りながら言ってたわよ?」

「どうなんですかね、自分では素行がいいとは言えませんよ。成績だって良くはないし」

「大丈夫よ。冴霞はそんなことでキミを見る目を変えたりしないし、彩乃だって本当はちゃんとキミのこと認めてる。もちろん、あたしもね。だからキミに

会って言っておきたかった事は一つだけ……それが何だかは、分かるわよね?」

 つい先程までとは打って変わって真剣な眼差しの巴に、謙悟もきりっと真面目な表情に切り替わる。臆する事のない、熱い炎を秘め宿したような真摯な瞳。

その瞳を見ただけでも、謙悟の気持ちというものが理解できた巴だが、言い出しておきながら何も告げずに去るような無礼をしないのが、間宮巴が間宮巴で

ある証拠だ。

「……あたしと彩乃が一番大切に思っている親友と肩を並べて歩くんだから、きっちりケジメはつけてもらいたい。付き合い続けるなら付き合い続けるで

良いし、もし別れるのならちゃんと報告はして。その上で冴霞が泣くような事があれば、キミの横っ面を彩乃の十倍は殴ってあげるから」

「いや間宮さん、それ脅迫。それに俺は冴霞を泣かせることはしません。別れるようなことも」

 謙悟がそう言うと、巴はニヤッと笑って謙悟に一歩詰め寄った。

「それは事実上、冴霞へのプロポーズと取っていいのかな? 新崎謙悟くん?」

「え、なっ……き、汚いですよ間宮さん!? 誘導するなんて!!」

「あらららら、何の事かしら? お姉さんは身に覚えがありませんわよ?」

 楽しげに、からかうように笑いながら巴は慌てる謙悟の肩を叩く。

「何はともあれ、あたしの親友をよろしくね。新崎くん!!」

 

 

 

「冴霞さん、これをお願いします。テーブルナンバーは伝票に書いてますから」

「はい、行ってきます」

 メイド服のスカートをくるんと優雅に翻して、ウェイトレスとしての職務をこなす冴霞。継や愛、その他のメンバーの見様見真似だが、冴霞の適応能力は

要の予想以上に高いらしく、ほんの数回厨房側カウンターと客席を行き来しただけで、ほぼ完璧に近い接客能力を見せている。これならば心配ないだろう、

と要が安堵の吐息をつく一方で、厨房の一角では熱い戦いが繰り広げられていた。

「だーかーらー、あんな格好のメイド喫茶風レストランで和風の膳を出す馬鹿がどこにいるっていうのよ!! もう少し考えて作んなさいよ、樹希!!」

「ミスマッチだというのは僕だって分かっている。だけどそのギャップが面白いんじゃないか! 安全なものばかりでは、進歩も成長もないだろう?」

 バチバチと火花を散らす女子と男子。またかぁ、と内心かなりウンザリしながら要が近寄ると、両名ともに掴みかからんばかりの勢いで要に近寄った。

「要! 要はどう思う!? カレーを膳に乗せて運ぶレストランなんて気持ち悪いわよね!?」

「気持ち悪いとは失礼だな! 黒の膳に乗った、茶と白のコントラスト。当然カレーは和風カレー。美しいとは思わないか、柊木!!」

「え、えっと……どっちでもいいと思うよ、紗雪ちゃん、久慈くん……」

「「ふざけるなーーーー!!!!」」

 喧嘩していながらも息の合った罵声のごときツッコミ。要はさっと耳を塞ぎ、敵対する東野紗雪と久慈樹希(たつき)は一瞬互いを見ると、「ふんっ!!」

と鼻息も荒く顔を逸らし、大股でズカズカと去って行った。果たして今度はどんなどうでもいい事で敵対してくるのかと思うと、辟易するのも面倒になって

きてしまう。

「大変だねぇ、要ちゃんも」

「料理研究会名誉会員なんかにさせられてるからなぁ、要は。ていうか、そもそもなんで料理研究会は副部長が二人もいるんだ?」

 継が疑問を上げると、愛も今気づいたとばかりにぽんと手を打つ。要はその経緯を知ってはいるが、実の所は話すのも馬鹿馬鹿しい内容なのだ。

「……あの二人が譲らなくって。我こそは部長なりーって宣言するから、前の部長さんが生徒会長に話を持ち込んで、大岡裁きを下してもらったの」

「生徒会長って……今村センパイ?」

「はい。喧嘩両成敗、二人合わせて部長として認めますから、個々人の役割は副部長とします。もし認めない場合は、予算の大幅な削減を行う事も止む無し

ですね……というのが、私が下した決定です」

 いつの間にか戻って来た冴霞が話に加わり、お疲れの様子である要の肩を揉み始める。要はそのまま椅子にぺたんと座りこんで、結んでいた髪をぱさりと

解いた。

「もう、うんざり……あの二人に付き合っていると、心労で倒れそうですよぉ……」

「少なくともあと二日は続くからねぇ〜。要ちゃん、ふぁいとっ!!」

 励ましつつもしっかりと追い討ちをかける女・秋月愛。その天然っぷりにがっくりダメージを受けながらも、要は見ているこっちが心配になるような微妙

すぎる笑みを返してきた。

「それでも、柊木を中心に厨房が回ってるのは確かなんだから。それをしっかりサポート出来るように、俺たちが頑張らないとな」

 冴霞の後ろから降って来た声に、一同はばっと振り向く。声の主である謙悟は目の前にいる冴霞の肩に右手を置き、空いているもう一方の手で拳を作り、

ゴン、と継の拳とぶつけ合う。愛も素早く要の手を取り、要もまた謙悟の言葉に応じるようにうん、と頷く。

 こうして、本当の意味でスタートした冴霞の文化祭は智子の約束通りに村上教諭の介入によって中断されることなく、最終日まで完走し。

 そして全てが終わった十月八日、謙悟と冴霞は村上教諭に呼ばれるままに生徒指導室へと出頭した。

 

 

 

 

 十月八日、生徒指導室。

「何か、言う事はあるかね?」

 開口一番に告げられる詰問口調の物言い。冴霞はスッと姿勢を正すと、村上教諭を見つめた。

「順を追って説明した方がよろしいのならばそうします。ですが、村上先生が求める事実を一言で述べよというのであれば述べましょう。私、今村冴霞は

こちらの新崎謙悟くんと交際しています。それが学生らしい清らかなものであると、自信を持って告げる事も出来ます」

 朗々とした、それでいて強い発言。村上は冴霞の思いもよらない言葉にやや気圧され、その隙を突いてさらに冴霞が続ける。

「私達の交際そのものを、村上先生は糾弾しようとお考えではないものと思います。学生である以上、異性との交遊は当然あって然るべきもの。そこに恋愛

感情が生じることは当然の結果です。先生はそれよりも先に、私と新崎くんに聞きたい事がある。そうですよね?」

「あ、ああ……い、今村、お前は――――」

「私が新崎くんを生徒会に加えた当時から、新崎くんと私の関係は既にあったのか。私が新崎くんと結託する事で、今は異動された朝岡先生を追い落とした

のではないか。それは全て村上先生の誤解と早とちり、率直に言えば勘違いです。私はあの事件が起きるまで新崎くんとこの陽ヶ崎高校に入学して以来、

一度たりとも会話をした事はありません。そして朝岡先生が転落した事も、間違いなく事故でした」

 言いたい事に全て解答を与えられては、村上教諭も唸る事しか出来ない。また冴霞の淀みのない発言のどこかに矛盾と嘘が含まれているのではないか、と

思い一言も漏らさぬよう聞いていたが、冴霞の言葉にはどこにもボロがない。

「また、先生はこうもお思いでしょう。新崎くんと交際する事によって、私に何か悪影響が出るのではないか。例えば決まりかけている私立陽桜女子大学の

特待推薦入試において、私が芳しくない成績を出してしまうのではないか。そういった事ならば、ご心配痛み入ります。ですが……私の気持ちは以前よりも

増して陽桜女子大学への入試を希望し、またそれに向かって邁進しています。そして新崎くんと出会い、交際する事で多くの友人と出会う事が出来ました。

悪影響など、微塵もありません」

「だ、だが、先日の文化祭での騒ぎはどうかね? あのような華美な服装で、人前に出て……な、なおかつ新崎と抱き合ったそうではないか!?」

「いいえ。あれは殺到する好奇の視線から私を守ろうと、新崎くんが身を呈してしてくれた事です。そうですよね、新崎くん?」

「……ああ、もちろんです」

「う、うぬぬ……し、しかし新崎は……」

 苦虫を噛み潰したような、文字通りの苦渋の表情を浮かべる村上教諭。そんな村上教諭を『教え』、『諭す』ように冴霞はゆったりとした口調で。

「村上先生。生徒の言い分も聞かずに一方的に『悪』を押し付ける事が、先生の生徒指導なのですか? 互いが互いの事を理解しようともせず、ただ目上の

高い立場から生徒を押さえつけるのでは、本来『善』であるはずの生徒でさえ『悪』へと転じてしまいます。これは極論に過ぎませんが、もしそうなって

しまった場合、先生こそがその『悪』を生む原因となってしまうんです。ですけれど、指導した側は本質的なその変化に気づくことなく、自己満足に溺れて

しまう。そうならない為にも、もっと新崎くんの事……いいえ、新崎くんだけではなく多くの生徒と会話してください」

 どちらが指導しているのか分からなくなるような、冴霞と村上教諭の会話。そしてそれに終止符を打ったのは、教頭である都築元治の鶴の一声だった。

「もう良いだろう、村上先生。問い詰めるようなことは何もないよ。それにもう朝岡先生の事は終わった事だ。今更蒸し返すような事でもないし、ましてや

新崎くんの是非を今になって問うのも、大人げないとは思わんかね?」

「は、はい……教頭……」

 都築教頭に諌められ、村上教諭もようやく手を引いた。それを認めると、教頭は好々爺のような笑みを浮かべ、朗らかに告げる。

「さぁ。今村さん、新崎くん。今日はもう帰りたまえ。わざわざ休みの日に呼び出してすまなかったね。思う存分とはいかないかも知れんが、休日を謳歌

しておいで」

「はい、教頭先生」

「ありがとうございます」

 早々に椅子を立ち、座ったままの村上教諭と立ち上がってくれた都築教頭に礼をし、退室する二人。その後ろ姿を最後まで村上教諭は見ている事が出来

なかった。そんな村上教諭の肩をポンと叩き、都築教頭が口を開く。

「今村さんに教えられたかね、村上先生。君の指導は確かに正しいが、白を黒と言わせてしまう強引さもある。自戒を込めて、より成長したまえ……と、

堅い話はここまでにしようか。どうかね? 私達も今日は一応休みだ。まだ時間としては早いが、少し付き合わんかな?」

「昼間から酒ですか……まぁ、そうですね。少しは飲みたい気分ですし、お付き合いさせて頂きます」

 

 

 

 そして、舞台は現在へと戻り。

 打ち上げ会場として設けられているのは、要の家が経営している欧風喫茶レストラン『ひいらぎ』だ。継と要の頼みで平日の昼間から貸し切り状態にして

もらい、今は参加を表明したおよそ四十名以上が立食形式で打ち上げパーティーを楽しんでいる。

「お! 今回の主役がご到着だぞー!!」

「って、なんでお前がいるんだ、勝人……」

「俺が呼んだんだよ。お前、白瀬とは剣道でライバルなんだって?」

 遠慮無しに謙悟の肩に肘を置く継と、ノンアルコールのシャンパンが入ったグラスを渡してくる白瀬勝人。この勝人は謙悟と継、それぞれのクラスの間に

ある二年四組の生徒であり、今回の打ち上げには何の関係もないはずだが、継の裁量で参加を許可されているという。他にも数名、三組と五組以外の生徒が

入り混じっており、打ち上げというよりもただのパーティー的な様相を呈していた。

「ライバルったって、向こうが勝手に言ってるだけだ。俺はそんなつもりはサラサラない」

「ま、剣道とか空手とかでお前に勝てるやつなんざ、同い年レベルじゃそーいないだろうけどな。そういう意味じゃ、白瀬も無駄な足掻きはやめときゃいい

のに」

「高平ぁ〜、そ〜いうこと言うなよぉ〜」

 ぐんにょりという擬音が聞こえて来そうな弛緩っぷりでテーブルに伏せる勝人。そこへ、追加の料理を抱えて要、愛、紗雪、そして橘姉妹の姉・美音と

その妹・鈴音が厨房から現れた。しかもその姿は――――文化祭の時と同じ、特製メイド服である。

「みなさぁ〜ん、おまたせしましたぁ〜♪」

「追加料理のご到着で〜すっ!!」

『いやっほぉ〜〜〜〜!!!!』

 一体どっちで盛り上がっているのか分からない歓声。そして料理がそれぞれのテーブルに並べられると、要がこほんと咳払いをして、やや緊張しながらも

大きめの声でゆっくりと始めた。

「え、えっと……皆さん。今日はお集まり頂き、本当にありがとうございます!! ここで今回のスペシャルゲストさんから、皆さんに重大発表があるとの

事ですので……どうか、拍手で迎えてあげて下さい!!!!」

 およそ全員がそのゲストの正体を知りながらも、期待と尊崇を込めて大きな拍手が店内に響き渡る。そしてその拍手の中から現れたのは――――他の五人

同様にメイド服に着替えた、今村冴霞だ。

「えー……本日は、文化祭における合同企画、『めいどれすとらんすりーふぁいぶ』の打ち上げにお集まり頂き、そして私(わたくし)、今村冴霞の参加を

快諾頂きました皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。皆様、本当にありがとうございます!!!!」

 頭を下げる冴霞に、一同が拍手の雨を降らせる。冴霞はそれを受け止めると、一度大きく深呼吸してから全員を眺めた。

「…………実は私、今回の文化祭まで一度も、クラスのイベントに参加した事はありませんでした。ですけどある一人の生徒に誘われて、こんな恰好をして、

皆様と同じ場所でイベントに参加が出来て……最後の文化祭に、最高の思い出を作る事が出来ました。そしてその人は……もう皆様、既にご存知の方も多い

でしょうし、いろいろな噂も飛び交っているでしょうから……ここで、正式に発表しようと思います!!!!」

 大歓声、口笛、拍手。そんな祝福の音が響く中、冴霞は世界でただ一人の恋人の下に向かい、その恋人である謙悟はそっと冴霞の手を掴んで、恥ずかし

そうに少々赤くなりながらも、冴霞に微笑みかける。

「えーと……何て言ったらいいのか、上手くまとまらないんだけど……そういうこと、です」

 途端、不満を訴えるようにブーイングが始まる。

「しっかりしろー、しんざきくーん!!」

「男らしくねぇぞー、謙悟ー!」

「すぱっと言っちまえー、この色男ー!」

 照れくさそうに頭を掻きながら、「うー」と小さく唸る謙悟。珍しい困り顔の彼をちょっと可愛いと思いながら、冴霞がきゅっと謙悟の手を握ってくる。

……頑張ってっ

 囁きよりも小さな、しかし確かな助言。しかしそれだけで、勇気を貰えた。

「……俺は、今む……冴霞と付き合ってます!!!!」

 他に言うことなどない、たった一つの真実。だがオーディエンスはそれに満足したように大喝采を上げ、さらに一つの要求をしてくる。

『キース! キース!! キース!!! キース!!!!』

「なっ……お、お前らなぁっ!?」

 割れんばかりの『キス』コール。流石の冴霞も赤くなりながら、しかし要や愛たちまでもがコールに参加している以上、退路は既に断たれている。ここは

いっその事、覚悟を決めてしまった方が楽になれるし、なにより確たる事実を示す事が出来る。謙悟もそれは分かっているようで、ふと冴霞を見下ろすと。

 ほんのり頬を朱に染めて、上目遣いに。そして微かに開いた口唇は、謙悟すらも惑わすほどの魅惑の誘(いざな)い。

 

 

 柔らかく、かすかに濡れた口唇の感触。周囲の声も、祝福の響きも、今は遠雷の様に遠く、しかし確かに耳朶に残るBGMのよう。

 

 

 文化祭の振替休日。

十月八日、今日という日に。

 新崎謙悟と今村冴霞は、誰に恥じる事も隠す事も必要のない、正真正銘の公認カップルとなった。





あとがき:

文化祭のアフター、そしてさらに続編にあたるS&Mへの中間地点的な役割を担うのが
本作になります。謙悟と冴霞がいかにして公認になったか、という大事な部分を埋めるための
エピソード。生徒指導顧問さえもものともしない冴霞の弁論術と、そのあとに続く発表。恐らく
冴霞のセリフが一番多かった作品ですね。
そしてチラホラと新キャラが出ていますが、彼らにも今後出番が回ってくる……かも??



管理人の感想

鷹さんより、新作――というよりは番外編ですかね。ASFとS&Mを繋ぐ物語を送って頂きました〜^^
皆さまの中にも気になっていた方はいることでしょう。あのドタバタ騒動の後、彼らはどうなったのか?
そんな後日談を語ると共に、なにやら意味深な新登場人物が数人。
これからも、BGMの輪はますます広がっていきそうです^^

内容は、どちらかというと謙悟より冴霞が主体のようですね。
全体的に、冴霞の心情が良く描写されていますし、生徒指導室での弁舌も見事なものでした。
しかしあれだけスラスラ言えるということは、同時にそれだけいつも心の中に思っていたということなのでしょうね。

それでは、今回もありがとうございました〜。



2009.5.10