遡る事、四月――――
県立陽ヶ崎高等学校・大会議室では、三人の生徒が難しい顔で考えを巡らせていた。
一人は、陽乃海市内における女子高の一つである私立桃桜女子高等学校の新生徒会長・宗像花音。一学期になってから早々の生徒会役員選挙で見事代表に
選ばれたばかりであり、ゆるくウェーブのかかったセミロングの黒髪は優雅ではあるものの、その表情はどこか緊張を感じさせる。
もう一人は、桃桜女子高とは姉妹校の間柄であり、共通する「桜」の名前から二校は二本桜とも称され、また陽乃海市内に存在する高等学校の中では最も
伝統ある女子高・私立天望桜女子高等学校において、同校の生徒会にも少なからず影響を与える運動部会執行部の副部長・間宮巴。短い部類に入る髪の長さ
は巴自身がソフトボール部の部長を務めていると知れば誰もが納得するもので、春にも関わらずやや日焼け気味な肌色と女子の平均よりも高い身長は、いか
にも運動少女というイメージを想起させるものでもある。
そして、残る最後の一人。
背中を通り過ぎて腰まで届く、真っ直ぐな黒髪は室内であっても煌きを失わず、令嬢かくやという雰囲気を纏う少女こそ、この県立陽ヶ崎高等学校の歴史
において十年ぶり二度目の二期連続で生徒会長を担う今村冴霞。県内の対外模擬試験においては常に一位を維持し、尾ひれが付いているとはいえ数多の噂に
違わぬ能力と実績を有する、陽ヶ崎高校が誇る大生徒会長である。
そんな三人が集まって視線を向けているのは三枚のA4用紙と、そこに印刷された内容に他ならず、他の二人に比べて実績の乏しい宗像花音は萎縮しなが
らも口を開かずにはいられなかった。
「……間宮さん、今村さん。さすがに学校行事の変更というのは、今からでは難しいのではないでしょうか? 学生側からの都合だけで、先生方やPTAの
方々が協議の末にお決めになられたことを覆すというのは、到底……」
「その決めた事に問題があるから、こうして協議の場を設けたんでしょうが。市内の高校で、兄弟姉妹でバラバラのところに通ってる生徒が何人いると思っ
てんの? これは明らかにこっちの都合を無視した大人の都合ね!」
花音の言葉を封殺し、ふんっと鼻息も荒く椅子の背もたれに体重を預ける巴。その荒れた態度に花音はさらに委縮してしまい、ちらりと冴霞に視線を送る。
視線の先の冴霞は、頬杖を突いて三枚の用紙を見比べていた。それぞれの紙には陽ヶ崎高校、天望桜女子、そして桃桜女子の年間スケジュールが簡易的に
紹介されている。
陽乃海市には現在、公立私立を合わせて九つの高等学校が設置されており、二年後には十校目が置かれる予定となっている。隣の市ともアクセスしやすい
環境ゆえ市外の高等学校に通う者も少なくない現状では、十校というのは適度な数と言えるだろう。
そんな現状で、それぞれの高校は公立私立に関係の無い良好な関係を築いている。時に競い合い、時に協力し合う事はあっても、いがみ合って争うような
事は十年前から一度も起きていない。その仲裁役を果たしたのはかつての陽ヶ崎高校生徒会長の手腕によるものであり、また当時も女子の生徒会長だったと
いう共通点もあってか、今村冴霞はその再来ではないかとまで囁かれる事もあった。
また、陽ヶ崎高校と天望桜女子、そして桃桜女子は他の高校に比べても距離が近い部類になっており、十年前の件よりも前から親しい間柄にあった。無論
共学である陽ヶ崎高校と女子高である二本桜は、親しいとはいえ節度ある関係を教員やPTAからも求められているので、表立って親密には出来ない。あく
までも近隣に位置する高校同士という前提を踏まえて、年間行事にも調整が組まれてきた。
しかし――――それは昨年、大きな変化を迎えていた。
「文化祭の日程……元々天望桜と桃桜は二日間でしたね?」
頬杖を解いて、冴霞はA4用紙から視線を上げて巴と花音を見る。その視線に応えて二人は首を縦に振り、冴霞は軽く溜め息を落とす。
「まぁ……これはある意味、私の責任でもありますね」
「それって?」
「どういう事ですか、今村さん?」
巴と花音がそれぞれ疑問を呈する。その疑問に答えるべく冴霞が取り出したのは、『昨年』と『一昨年』の陽ヶ崎高校の年中行事予定表だった。
「一昨年まで、陽ヶ崎高校の文化祭実施期間は一日のみでした。しかし昨年からその期間は延長され、三日間に変更されています」
その言葉通り『一昨年』は十月六日の日曜日に文化祭の日程が組まれているが、『昨年』は十月四日(金)〜六日(日)という表記に変更されている。
「文化祭の期間がこのように変更されたのは、他でもない私の施策によるものです。生徒の創作意欲や知的好奇心を発表し、また新しい文化を築き上げる機
会をわずか一日に留めておくのは勿体無いとして、私が行った生徒会活動の一つでした。しかし、元々の実施日数が二日間だった天望桜と桃桜は早い時期に
文化祭を消化する為に、十月の第一週……今年で言えば十月六日と七日の土日に組み込んだのでしょう。もしかしたら、陽ヶ崎に対する競争心も有ったのか
もしれません……こればかりは、それぞれ昨年の生徒会役員や教員の方々に聞かなければ分かりませんが」
昨年度の九月より生徒会長を務めている冴霞が掲げた公約の一つが、文化祭実施期間の延長だった。かつてはスポーツにおいても県内上位に食い込む事も
あった陽ヶ崎高校だが、ここ数年は一部の部活動を除いて低迷期にある。加えて元々進学校であり、また現在も陽乃海市内では偏差値高めの陽ヶ崎高校はこ
れまで文化祭や体育祭といった、学生らしい行事にそこまで熱心に力を注いでいなかった。無論、青春を謳歌したい学生は陽ヶ崎高校にも多く、勉学第一と
知りながらも不満の声はそこかしこに存在していた。
そして、昨年の新生徒会長・今村冴霞による大改革。掲げた公約は大多数の生徒に支持され、また委員会活動からの実績と信頼は教員たちを説得するに充
分な要素であり、加えて冴霞の優秀な成績も説得の助力となって、陽ヶ崎高校の文化祭は生まれ変わる事となった。
しかし、それは既に二日以上の文化祭開催予定を組んでいた他校からすれば他ならぬ競合相手となってしまう。加えて陽ヶ崎高校は公立高校、近隣の私立
高校である天望桜と桃桜は少なからず対抗心を抱き、このような形で日程を組んだとしても不思議ではない――――例えそれが、生徒の意志で無くとも。
「迂闊でした……今年からは三日間になる事ばかり考えていて、日程の調整を昨年と同じ第一週に考えていましたから。校長先生にもそのように進言してい
ましたし、他校の動向にまで配慮していませんでした。申し訳ありません」
頭を下げる冴霞。だが巴も花音も、冴霞の言葉一つで校長に年間行事の日程を決めさせるという発言の方に呆気に取られており、反応が遅れてしまった。
「あ、謝る事じゃないわよ、今村さんは何も悪くないんだし! 悪いのは三日って事を知っていながら被せてきた学校の方なんだから!! ねぇ!?」
「そ、そうですよ! ……でもどうしましょう、残る期間は半年ですけど、今からどうにか出来る物なんでしょうか……?」
花音の言葉には諦めも感じられる。いくら各校の生徒会代表格がこの場に揃っているからと言って、その場での決議が即採用される事などあり得ない。ま
してや相手は大の大人であり教育者、学生の言葉など一時の戯言として封殺される事は想像に難くない。
そう、それこそが普通の考え。大人の定めたままに従い過ごす、当たり前の子どもの思考。
だが。
「どうにか出来る、ではなく――――どうにかしてしまいましょう♪」
立ち上がり、今村冴霞は悠然と、そして笑顔で宗像花音を見下ろす。その凛とした様はなんとも魅力的で、差し出された右手は花音の答えを待っている。
「もちろん、私ひとりの力では何も出来ません。この場にいる私と間宮さんと宗像さんの力を合わせても、遠く及ばないでしょう。ですが、私たちの学校が
力を合わせれば、新しい道が開けて来ると思いませんか?」
「学校……それは、桃桜と」
「天望桜の生徒が、協力するって事?」
立ちあがった花音と巴の手が冴霞の手に重なる。その手を包むように冴霞は左手を重ね、しっかりと頷いた。
「ひとりひとりの声は小さくても、みんなの声なら届く。ひとりでは開けられない重い扉も、みんなの力で開放しましょう。そしてみんなが笑顔で文化祭を
迎えられるように……全員で頑張りましょう!!」
普通ならば成し得ない事。成そうと思う事さえ出来ない、とてつもない事をやろうとするのならば、それは能力以前に実行する人間の意志が最も重要とな
る。この団結はその為の第一歩であり、同じ生徒会長として尊敬の念を抱いている冴霞に言われれば、花音の心も決まる。
「は……はいっ! 頑張りましょう、今村さん! 間宮さん!」
「天望桜(うち)の生徒会にもこの話はちゃんと挙げておくわ。どう転ぶかは分からないけど、精一杯やりましょう!」
その後はいくつかの方針を話し合い、今後も頻繁に意見交換を行う事を第一にと決めて、会議は終了となった。花音は一度桃桜に戻り、生徒会で会議を
開くと嬉しそうに語っていた。
「お疲れ様、冴霞っ」
ぽん、と冴霞の肩を叩く巴。幼稚園からの幼馴染同士でありながら、お互いの立場を考えて行っていた今までの堅苦しい名字呼びから解放され、冴霞も溜
め息をこぼす。
「お疲れ様、巴ちゃんっ。今日はわざわざありがとうね♪」
「本当よ〜、新米生徒会長さんは自信なさそうだし。あたしが乱暴に言わなかったら会議どころじゃなかったでしょ、アレ――――まぁ、最後にはなんとか
なったっぽいから良いけど」
「悪役を押しつけてゴメンね……でも、おかげでなんとかなりそう。金松会長にもよろしく伝えてね」
金松会長こと金松恵里奈。天望桜女子高等学校の現・生徒会長である。
「はいはい。でも冴霞、今更だけど……どうして『あんな案』を出したのよ? 日程をずらす方がまだ簡単だと思うんだけど?」
「だって高校生活最後だし、私が関われる最後のイベントだし、何か大きな事をやりたいなぁ〜って思って。巴ちゃんとも楽しみたいし、それに――――」
「それに?」
巴のオウム返しに、冴霞はクスッと微笑んだ。
「新しい友だちとも、一緒にいられたらと思って!!!!」