169系急行志賀号は屋代駅まで急行信州などと併結され、屋代からは3両編成で河東線を入線、湯田中まで乗り入れていました。DC急行に始まった志賀号も乗客の減少により昭和57年11月15日のダイヤ改正により廃止となりました。当日、最後の車内では記念のタオルが配られました。
湯田中駅で2000系と169系
昭和37.3.1 上野〜湯田中(屋代経由)国鉄DC急行通年運転開始
昭和38.10.1 上野〜湯田中直通運転をDC急行から電車急行に切り替え
昭和57.11.14 さようなら運転実施
最後の入線をしてきた志賀号(湯田中駅)
奥の引込み線には2500系が。
2番線同様、1番線に特急が入線したときもスイッチバックでした。
ガムテープ張りに手書きのサボ
大勢の乗客を乗せて
反対側(須坂側)から
さようなら運転のヘッドマーク
2000系と
駅員も最後の撮影(今は使われない北口から)
最後の三連
「湯田中−上野」サボ
2000系と
2500系と
さようなら運転のセレモニー
運転手と車掌に花束贈呈
高社山に向かって
須坂駅にて
須坂駅でも花束贈呈。タブレットが懐かしい。
4308M最後の運転
さようなら