【柿沼弘子の勝手にシネマ



イースト/ウエスト 遥かなる祖国


監督:レジス・ヴァルニ
出演:サンドリーヌ・ボネール、オレグ・メンシコフ

14th Dec. 2001

 第二次世界大戦が終結をむかえると、世界は東側諸国と西側諸国が睨み合う冷戦時代に突入した。タイトルの“イースト/ウエスト”とは、まさに東側諸国と西側諸国のことだ。ソ連は戦争で疲弊した国力を回復させる策として、大戦中に西側へ亡命していたロシア人たちに特赦を与え、戦後のソ連再建のために帰国することを許可した。そんな中、フランスに亡命していた医師アレクセイは、祖国再建の使命感に燃え、フランス人妻マリーと息子を連れて祖国へ戻る。しかしそれは実際には、特赦に名を借りた反革命分子狩りだった。彼らは船から降ろされた途端、医師や特別な技術者など国家にとって“有用な人物”とそれ以外の“不用な人物”に選別される。不用と判断された者は、党によって即座に収容所送りにされてしまうのだ。実際、ほとんどの帰還者が収容所に送られたそうだ。アレクセイの妻マリーはフランス人ということで西側のスパイの容疑をかけられ、党による厳しい監視のもとに置かれてしまう。スターリンの恐怖政治下では、少しでも党批判や、西側寄りの考えを持った人間は、周囲の密告によって、収容所に送られてしまう。アレクセイたちの下宿先のおばあさんも、マリーとフランス語で会話をしたという理由で、翌日党職員に連行されてしまった。すっかり事態を把握したマリーは、自由を求めてフランスへ戻ろうとするが、党のエリート幹部のアレクセイはそんな妻の行動に危険を感じ、妻の行動を抑止しようとする。やがて夫婦の間には深い溝が生まれる。果たしてマリーはフランスへ戻ることができるのだろうか。そして一家はどうなるのだろうか。そんな歴史の流れに翻弄された一家の物語である。

 世界には、私たちの想像も及ばないような事実が多く存在する。これらの事実は誰かが気に留めて発表しない限り、歴史の闇に埋もれ、誰にも知られることなく葬り去られてしまう。以前、張戎の『ワイルド・スワン』を読んだ時、毛沢東政権下の中国共産党による信じられない状況を知り、ひどいショックを受けたことがあるけれど、今回もそれと似たショックを受けた。私たちと関係の薄い社会主義・共産主義国の情報は、当局のプロパガンダによって規制された情報しか、私たちの耳には入ってこない。中国、北朝鮮、ロシアなどは、日本から目と鼻の先のところにあるというのに、私たちはその真実の姿をまったく知らないのだ。監督のレジス・ヴァルニエは、中央アジアを旅した時に偶然この事実を知ったそうだ。そして彼はこの映画化を決意すると、念入りな調査の末、出会ったキエフに住むフランス人女性の証言をもとに、シナリオ執筆に着手した。彼の努力が無ければ、この事実も危うく歴史の闇に葬られてしまうところだった。

 フランス人女性マリーを演じるのは、『仕立て屋の恋』のサンドリーヌ・ボネール。その妻を深い愛情で支え続ける夫アレクセイに『太陽に灼かれて』、『シベリアの理髪師』のロシア人俳優、オレグ・メンシコフ。危険を承知でマリーの国外脱出に手を貸すフランスの大女優ガブリエルにはカトリーヌ・ドヌーヴが貫禄ある存在感で演じている。制作費12億円を投じたこの作品は、フランスでの成功はもちろん、物語の舞台ロシアでも大成功を収めた。とにかく泣ける1本だ。★★★★★