【柿沼弘子の勝手にシネマ



蝶の舌

監督:ホセ・ルイス・クエルダ 
出演:フェルナンド・F・ゴメス、マヌエル・ロサノ

nd Nov. 2001

 この作品は今年8月に公開されて以来、今週で16週目のロングラン上映となる。見に行ったのが金曜日のレディース・デーということもあって、平日の昼間だというのに席は8割がた埋まっていた。単館公開の作品で、目立たない存在だけど、女性を中心に口コミで広まって、つい最近まで単館系の観客動員ランキングで、長い間トップの座をキープしていた。原作は、マヌエル・リバスの「僕にどうしてほしいの?」の三つの短編「蝶の舌」「カルミーニャ」「霧の中のサックス」で、1996年スペイン国民文学賞を受賞している。
 舞台は1936年、ファシズムの陰が忍びよるスペイン内戦前夜。人民戦線派が総選挙で勝利した頃から、クーデター勃発までの最も緊迫した時期。ガリシア地方の小さな村では、小学校入学前の8歳の少年モンチョが、兄が学校で叩かれたという話を聞いて不安になり、なかなか寝付けないでいた。しかしモンチョの予想に反して、担任のグレゴリオ先生はとても優しく、生徒に対して決して体罰を下す事はなかった。それどころか学校はモンチョの好奇心を満たしてくれる楽しいところだった。先生は生徒を森へ連れ出し、大自然を題材にいろいろなことを教えた。ジャガイモは新大陸原産だということ。ティロノリンコという鳥は繁殖期になるとメスに蘭の花を贈ること。蝶には細くてゼンマイのように巻かれている舌があること。そして先生はモンチョに、いつか顕微鏡が手に入ったら、蝶の舌を見せてあげると約束をする。「蝶の舌は普段は隠れていて見えないけれど、蜜を吸う時に巻いていた舌を伸ばすんだ。」という先生の言葉には、やがて来る新しい時代への希望と、その日が来るまで、のびのびと自然の中を生きていてほしいという先生の願いが込められている。ある日先生はモンチョに、スティーブンソンの冒険小説「宝島」と、虫捕り網をプレゼントする。これは単なる小さな贈り物ではなく、少年の未来に向けての大きな“鍵”となる。しかし時代は急変し、赤狩りの波はこの小さな町にもやって来る。そしてとうとうモンチョとグレゴリオ先生との別れの時がやって来る。
 主人公の少年を演じたマヌエル・ロサノは、監督自らガリシア地方の小学校をまわって会った総勢2500人の子供の中から選ばれた。微妙な感情を表現する能力はとても映画初出演とは思えない。グレゴリオ先生役には、俳優、監督、脚本家、作家と幅広く活躍するフェルナンド・F・ゴメスが演じている。
 この作品はひたすら少年モンチョの視点で描かれている。モンチョの目を通して見、経験し、感じたことだけがストレートに描かれている。そこには内乱に対する批判めいたものや、社会に何か訴えようとするものはない。物語のラストで、「アテオ!(不信心者)、アカ!、犯罪者!」と罵声を受け連行される人々の中に、モンチョはグレゴリオ先生の姿を発見する。そしてジープで連れ去られる先生に向かって、必死にモンチョが叫ぶ「別れの言葉」は胸を打つ。ネタばれになるので何を叫んだのかはここでは書かないが、モンチョはこの言葉に、別れのつらさ、混乱、感謝の気持ち、果たされなかった約束、など様々な思いを託して叫んだのだと思う。そこには確かな「愛」とやがて来る「自由」への光がある。感動的なラストシーンだった。★★★★