【柿沼弘子の勝手にシネマ



ビヨンド・ザ・マット

監督:バリー・W・ブラウスティン
出演:ビンス・マクマホン

17th Oct. 2001

 この作品は、熱狂的なプロレスファンである脚本家バリー・W・ブラウスティンが、なぜ自分がプロレスを愛するようになったのかを探るために、そして、自分を魅了するレスラーたちの正体は一体何であるのかを知るために、5年もの歳月をかけて、彼らとその家族の素顔を追いかけて作ったドキュメンタリー・フィルムである。そんな訳で、これは商業主義とは程遠い作品であり、ほとんど個人の趣味のために作ったような作品である。にも関らず、この作品は全米のみならず、日本でも一部の人々の間で密かなブームを巻き起こした。単館系の映画館で、しかもレイトショーでの上映ということもあり、公開当初は連日札止めで、なかなかの盛況ぶりだったらしい。配給会社の予想を遥かに越えたヒットは、おそらくこの作品の出来が、プロレスファンのみならず、映画ファンまでを満足させるに十分な内容だからであろう。
 作品は、全米プロレス界の主要人物たちのエピソードで構成されていて、主にWWFの話が中心となっている。WWFを仕切るビンス・マクマホンの話に始まり、APEというインディーの団体からWWFの入団テストを受けた二人の男の話や、大蛇を使った攻撃を得意とするジェイク・ロバーツというレスラーの話、“マンカインド”ことミック・フォーリーの引退試合や、“伝説のレスラー”と呼ばれるテリー・ファンクの引退間近の様子などが克明に描かれている。それらのエピソードの中で、一番印象に残ったのは、1997年に行われたテリー・ファンクの引退試合だ。当時テリーは膝と腰に爆弾を抱えていたにも関らず、医者と家族の心配を振り切って試合に臨んだ。しかも相手は全米で最も過激な団体と言われているECW。試合後、テリーは頭から血を流しながら、「ファンは満足したかな?」とポツリとつぶやく。この言葉は冷めた私の頭に鋭く突き刺さった。
 彼らに共通して言えるのは、彼らは痛みを受ける事にきちんと苦痛を感じているということ。決して、他人から痛めつけられて喜びを感じるマゾヒストではない。有刺鉄線のトゲが好きとか、火あぶりにされて気持ち良いと思っているわけではないのだ。それでは何が彼らを奮い立たせているのか。それは危険な場面であればあるほど、興奮し熱狂するファンの声援だ。まるでステージでファンの声援を浴びて陶酔するミュージシャンのように、彼らはファンの声援を受けて、より危険な技(というより拷問)に挑んでいく。
 はっきり言ってこの作品を見るまでは、私はプロレスにさっぱり興味は無かった。他の多くのプロレスに無関心な人々と同じように、プロレスなんて八百長だと思っていた。まあ確かに八百長といえば八百長だ。この映画がしっかりそれを証明している。しかしプロレスは、演出家も脚本家もカメラマンもデザイナーも音楽家もいるショーなのだ。テリーも「俺達はエンターティナーだ」と断言している。映画と同じようにエンターテイメントであり体を張った芸術なのだ。やり方がちょっと派手なだけなのだ。しかし映画と違う点は、彼らの肉体は本物であり、彼らの流す血は本物であるということ。まさに命懸けの演技なのだ。そんな一面を見てしまった今、プロレスに対する私の偏見は少しずつ変わり始めている。★★★★★