【柿沼弘子の勝手にシネマ



A.I.

監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:ハーレイ・ジョエル・オスメント、ジュード・ロウ

11th Jul. 2001

 A.I.(Artificial Intelligence)が登場する映画は今までもいくつかあった。キューブリックの『2001年宇宙の旅』に出てきたコンピュータHAL9000や、『アンドリューNDR114』のアンドリューなどがそうだ。ロボコップなんかもA.I.と言えないこともない。まあ、こちらの場合は人間の脳髄を使っているから、本当の意味でのA.I.ではないかもしれないけど。ソニーが開発したアイボくんなんかも、ごく原始的なA.I.といえるだろう。この作品のテーマは愛。果たして人間は愛を埋め込まれたロボットを愛することができるだろうか。どんなに精巧に作られていても、ロボットはロボット。そこには肉も無ければ血も流れていない。一見「人格」というものが存在するような錯覚に陥るが、その人格も人の手によって細かくプログラミングされた結果に過ぎない。
 原作はブライアン・オールディスの短編小説「スーパートイズ」。キューブリックが長年温めていたアイディアをスピルバーグが実現した。舞台は21世紀半ば、環境破壊が続き極地の氷河が溶け、世界の主要な都市は海の底へと沈んだ。人類は、これ以上資源の浪費をくい止めるため人口抑制政策をとり、妊娠を許可制とし、一組の夫婦は一人の子供しか持つことができなくなった。そして、サイバートロニクス社によって人間の子供そっくりのロボット、デイビッドが作り出された。ロボットだって何かしら燃料食うだろ!という疑問はここでは杞憂だ。燃料は何だか知らんが、このロボットは何年でも永久に動き続けるのだ。そして、一度記憶にインプットした母親を永遠に愛し続けるのだ(父親は?という疑問もあるが…)。本物の人間の子供のように決して悪戯をせず、嘘もつかず、忠実に母親に従うようにプログラミングされている。サイバートロニクス社に勤めるスウィントン夫妻には不治の病の息子マーティンがいた。そして、いつか医療技術が発達し病気が治ることを期待して、マーティンを冷凍催眠装置で眠らせていた。そんな夫妻の事情を知った会社はデイビッドを実験的に育ててみるようすすめる。軽い気持ちで会社からの申し出を受けようとする父親とは対照的に、母親はなかなか受け入れようとしない。母親は最初人間そっくりに作られたデイビッドのことを気持ち悪がって避けていた。あるいは女性特有の感で、これから起こることを、本能的に察知していたのかもしれない。しかし、まるで本物の人間の子供のようになつくデイビッドを見ているうちに、彼を子供として育てようと決心する。時が経ち、不治の病からマーティンが蘇生すると、ついにデイビッドはお払い箱になってしまう。ある日、事故でマーティンをプールに突き落としてしまったデイビッドは、とうとう森に捨てられてしまう。ここが前半のクライマックス。このクライマックスで大泣きをした後、私の涙はピタッと止まってしまった。後半はまったく別の話になってしまう。テーマ自体がまるっきり変わってしまったという感じだ。デイビッドは以前母親から聞いたピノキオの童話を思い出し、本当の人間の子供になるために、自分探しの旅に出る。その行動がデイビッドの本質から来ているのか、コンピュータにプログラムされた行動によるものなのかは、見る人の選択に委ねられている。デイビッドの涙は心の底から流れているものなのか、そうプログラムされているから涙を流すのか。前者と見るか後者と見るかによって、ラストの感動の大きさは様々だろう。それにしても、ジュード・ロウのジゴロ・ロボットは説得力あるね。どこかに売っていないかしら。★★★★