【柿沼弘子の勝手にシネマ


ニュー・シネマ・パラダイス

監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
出演:フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン、サルヴァトーレ・“トト”・カシオ

18th Jan. 2001

 公開は1989年。もっと古い映画(70年代くらい)かと思っていたら意外と最近(でもないか)だった。「何か泣ける映画を見たい…」と思い借りてきた。一言で言うと、古き良き時代の映画館を舞台に、老映写技師と少年の心の交流を描いたヒューマン・ドラマ。時代はおそらく第一次大戦直後。トトのもとにアルフレードの死を伝える電話がかかってくるところから物語は始まる。アルフレードは少年時代のトトに映写機の使い方を教えてくれた映写技師。そしてトトが自分の少年時代を回想するかたちで物語りは展開する。アルフレードとの出会い。そして青い瞳の美少女との恋。様々な経験を通して、少年は少しずつ大人になっていく。そして、トトの運命を決定付けたパラダイス座の火災。当時のフィルムは非常に燃えやすく、映写技師がちょっと目をはなしたすきに摩擦で出火することがしばしばあったそうだ。そういえば、日本でも1984年、国立近代美術館フィルムセンターの火災で、約400巻の貴重なフィルムを焼失した事件がある。原因は空調が停止していたことによるフィルムの自然発火だった。
 アルフレードの葬儀に参列するために、故郷の村に戻ったトトが目にしたものは、時代を象徴するかのように、閉館し朽ち果てたパラダイス座の姿だった。そしてトトは昔を思い出しながら、取り壊される直前のパラダイス座の中に入り、昔を懐かしむのだ。そして帰り際にアルフレードの未亡人から1巻の形見のフィルムを受け取る。最後にパラダイス座がダイナマイトで爆破されるシーンは、アルフレードの死とともにトトの古い郷愁(過去に対するわだかまり)がすべて破壊され、過去と決別することによって、未来に向かって歩き始めることができることを象徴している。この手法は『ジョン・ジョン・イン・ザ・スカイ』(監督ジェファソン・デイビス)でも使われている。
 この作品を見ていると、最近では「能書きタレ」ばかり多くて、なんとなく高尚な趣味のようになってしまった映画が、当時はいかに大衆娯楽であったかが良く描かれている。パラダイス座という名前に象徴されるように、そこはまさに大衆にとっての楽園であり、人々はそこで映画を見ながらスクリーンに映る登場人物と共に歌い、喜び、涙を流すのだ。この作品には結構笑えるところもあって、最初の方の場面で牧師が映画を検閲するところは面白かった。配給された映画を人々に公開する前に牧師が検閲をするのだが、片方の手に鐘を持ち、キスシーンなどのきわどい場面になると鐘を叩いて映写技師にカットする場面を知らせる。牧師は物語にのめり込みそうになりながらも、そういう場面になると反射的に鐘を叩く姿が面白い。でもこんな些細な場面が実はとても重要な意味を持っているのだ。最後まで見ればわかります。粋なラストシーンには本当に感動させられます。ちなにみ音楽はエンニオ・モリコーネ。昨年(一昨年だったかな?)公開された『海の上のピアニスト』で、モリコーネ&トルナトーレ組が復活している。まあ、こちらはいまひとつだったけど。★★★★★