【柿沼弘子の勝手にシネマ】
クリクリのいた夏
監督:ジャン・ベッケル
出演:ジャック・ガンブラン、ジャック・ヴィユレ、アンドレ・デュソリエ
4th Oct. 2000
監督は『殺意の夏』、『エリザ』のジャン・ベッケル。『奇人たちの晩餐会』のジャック・ヴィユレ、『嘘の心』のジャック・ガンブランら、フランスの演技派俳優が顔を揃えた注目作。昨年フランスで公開されるや、観客動員200万人の大ヒットを記録した。21世紀を迎えようとする今、古き良き時代を振り返るフランス映画久々の佳作で、愛らしい少女クリクリの視点を通して描かれる人々の出会い、交わり、そして別れが、美しい情景の中に微笑ましくもちょっぴり切なく描かれている。
舞台は1930年代初頭のフランスのとある片田舎。緑豊かな沼地に、自然の恵みを受けながら、貧しくも悠々と暮らす人々がいた。主人公の独身男ガリスとその隣に住むリトン一家だ。クリクリはリトン家の末娘である。年齢は明らかにはされていないが、おそらく4、5歳くらいであろう。彼らは、近隣の豊かな自然の中で自生しているスズランの花をブーケにしたり、山や湖、沼地へ繰り出しては蛙やエスカルゴを捕って、それらを町で売りさばいて自給自足の生活を送っていた。その暮らしぶりは、今の私たちからは想像ができないほど優雅で、自由な時間を謳歌し、何よりも温かい人と人とのふれあいがあった。
そして、少女クリクリを取り巻く人々の個性が生き生きと描かれているのもこの作品の魅力の一つだ。頭が少し弱いせいでいつも周りに迷惑ばかり掛けているクリクリの父親リトンをはじめ、いつもその尻拭いをさせられる頼り甲斐のある隣人ガリス。リトンとガリスが行く先々で出会う素敵な街の住人たち。いつもエレガントな金持ちのアメデ。大きな洋館のお手伝いさんで、ガリスが秘かに好意を寄せる若く美しい娘マリ−。間抜けなリトンのせいで監獄へとぶち込まれるボクシングのチャンピオン、ジョ−。ふたりが庭の手入れを頼まれている上品なマダム・メルシエ。かつては沼地の住人だったが、やがて事業を成功させて大金持ちになったぺぺ。そしてクリクリが幼いながらに恋におちてしまうぺぺの孫ピエロ。
ここに登場する人々は身分や年齢の違いなどの垣根を軽々と超えて心を通わせている。そこには差別や偏見や無意味なプライドなどは一切存在しない。彼らによって人間の本当の豊かさというものをあらためて認識させられた。つまらないものに振り回されて生きている自分が恥ずかしくなった。ここに描かれている世界に単純にノスタルジーを感じることに対して、反対の意見の人もいるようだ。確かに、高度経済成長期以後に生まれ、物質的に豊かな世界で何不自由無く育ってきた自分が、貧しさの中で苦労している人々の生活を見て、彼らの苦労も知らずに昔は良かったと言える資格は無いだろう。しかしここまで極端に原始的な生活が良いとは言わないが、自分が子供の頃は、世の中は今よりずっとまともだったように感じる。この作品は良い時代の良い面しか見せていないが、多くのフランス人たちはそれを承知でノスタルジーを求めて劇場へ足を運んだのであろう。とにかくこの「癒し系映画」が心に一服の涼風を吹き込んでくれることは間違いない。心を癒されたいと思う人は是非見て欲しい。★★★★