【柿沼弘子の勝手にシネマ


キッド

監督:ジョン・タートルトーブ
出演:ブルース・ウィリス、スペンサー・ブレスリン

27th Sep. 2000


 TVコマーシャルで評論家のおすぎがこの作品を絶賛していた。確かコメントの最後の方で「ピーコも泣いたキッドです。」と言っていたようだが、私には一体どこでピーコが泣いたのか分からなかった。私は泣かなかった。頑張って泣いてみようと思ったけど、何も出てこなかった。「今のあなたは“あの頃なりたかった大人”ですか?」というキャッチ・コピーは素晴らしい。アカデミー賞でコピー部門というのがあれば間違いなくこの作品が受賞するだろう。世の中にはそういった類いの褒めかたもあるのだ。(最近また村上春樹を読み始めたので、口調が春樹っぽくなっている。)
 主人公ラス・デューリッツ(ブルース・ウィリス)の仕事はイメージ・コンサルタント。スキャンダルに巻き込まれた大物政治家や芽の出ないタレントたちに、服装や喋り方、マスコミの対処法までアドバイスし、イメージアップを図る仕事である。ある日、ラスが家に帰ると、玄関に見覚えのあるおもちゃの赤い飛行機が置かれていた。裏に“ラスティ”と書かれたそれは、彼が子供の頃大事にしていた宝物だ。その夜、ラスの目の前に突然あらわれたラスティ・デューリッツ(スペンサー・ブレスリン)という男の子は、なんと子供の頃の自分だった。そして子供のラスティは大人になった自分があまりにも夢見ていた姿とかけはなれているのに失望する。
 ラスは多忙なビジネスマンだった。あまりの多忙さに、ある日デパートのレジの前でもたもたしているおばさんに我慢できず、ついその人の分まで支払ってしまった。ストレスから目の下が時々痙攣する。それをラスティに指摘される。余計イライラする。いつも時間に追われて心にゆとりがないのだ。つい最近までの私もそんなラスと同じようだった。些細なことにイライラし、心に余裕がなかった。やりたいこともできず、ストレスばかりが溜まっていた。休日は何をする気にもなれず、ただ寝ているだけだった。そしてこんな生活に嫌気がさして、ついに会社を辞めてしまった。今考えてみると本当に馬鹿馬鹿しい毎日だった。何のために生きているのかさえわからなかった。ただひたすら会社に行って蟻のように働いていた。この作品の主人公ラスを見ていると、まるでこの間までの自分を見ているような気がした。そしてそんなラスがラスティの力を借りて、どのようにして心を取り戻していくのかを知りたかった。
 しかし、この作品は私の想像とは違う筋を辿っていた。私が期待していたのはラスがラスティに刺激されて、前向きに生きようと自己変革を遂げていく姿だ。しかし実際のところ、自己変革を遂げたのは大人のラスではなく、子供のラスティのほうだった。おそらく、こんな偏屈な見方をするのは私ぐらいしかいないと思うが、大人のラスはなんとなく他人任せで、子供のラスティに人生を変えてもらっているとしか思えなかった。ラスがやったことと言えば、ラスティに導かれて過去の記憶を思い出しただけ。その記憶をたどっていくうちに、ラスとラスティは時空をこえて子供時代に戻ってしまう。そして過去を書き変え、現在と未来までも変えてしまうのだ。私は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見に来たのではない。「過去を変えて今を変える」のではなく「今を変えて未来を変える」ところが見たかった。テーマは古典的だけど悪くないと思うし、ブルース・ウィリスとスペンサー・ブレスリンというコンビも悪くないと思う。もう一ひねりすればもっと良い作品に仕上がったはずなのに残念。いろいろ悪いことばかり言ったけど、きっと素直な気持ちで見たら素敵な作品なのだろう。★★