【柿沼弘子の勝手にシネマ】
アシッド ハウス
監督:ポール・マクギガン
出演:ユエン・ブレンナー、ケビン・マクキッド、スティーブン・マッコール
9th Jun. 2000
この作品は『トレインスポッティング』の原作者アーヴィン・ウェルシュの短編を映像化した3話のオムニバス形式のブリット・ポップ・ムービーです。監督はポール・マクギガン。サブタイトルに「たとえば、こんな堕ちっぷり。」とあるように、3作品ともイギリスの労働者階級に属する若者の掃き溜めのような生活を描いています。そこにはドラッグ、暴力、セックスの入り交じった退廃的な日常と、そこに潜む空虚感がシュールでケミカルな映像で描かれています。「アシッドハウス」とは、シカゴでDJピエールによって発明された非常にドラッギーな「ハウス」の変種で、テクノやドラムン・ベースの祖先でもあります。87年にイギリスに上陸し、その後10年以上続くレイヴ文化のきっかけになっています。ここでは本来の意味より「アシッド(LSD)の家」という感じで使われています。
第1話の「ザ・グラントン・スターの悲劇」は度重なる不運に襲われた男の衝撃的な1日を描いたブラック・コメディー。クラブチームのサッカー選手ボブは成績不振から、ある日突然レギュラーを外されてしまいます。それからが運の尽きで、信じていた恋人には振られ、両親からは独立して家を出ろと言われ、会社もクビになる。とことんまで落ちたボブがパブで酒を飲んでいると、目の前に自称神様が現れ、その男に蝿の姿にされてしまう。蝿になったボブは自分を不幸にした者たちに対して仕返しを始めるのですが、最後に自分の親に蝿たたきで潰されてしまう。飛び回る蝿の視点で捉えた映像は面白かったのですが、本物そっくりに作られた蝿のフィギアがあまりにもリアルで気持ち悪かった。第2話の「カモ」は、周囲の人間にあまりに簡単に操られる主人公ジョニーの愛と裏切りの物語。お人好しが災いし、とんでもないアバズレ女とできちゃった結婚させられたジョニー。悲劇は悲劇を生み、同じアパートに越してきたとんでもない男にさんざんな目にあわされる。あまりの主人公の哀れさに、見ていて胸が悪くなってくる。第3話の「アシッドハウス」はLSDでトリップしている最中に突然他人の赤ん坊と心が入れ替わってしまったヤク中のフーリガンの話。結婚と赤ん坊と過度の薬物乱用を題材にしたシュールなコメディー。この作品で使われている赤ん坊は実はロボットで、、顔の表情や手足の動きはすべて機械で制御されています。まるで本物の赤ん坊のように動き、特殊材質で作られた皮膚も人間そっくりで不気味です。
今回は「トレスポ」の時ほど不快なシーン(公園の汚い便器の中に頭から吸い込まれていくようなシーン)は出てきません。ここに描かれている若者たちは庶民感覚にあふれ、どん底にあっても妙にユーモラスではあるのですが、彼らに同調できない人々にとってはこの作品の映像は単に不快感を与えるものでしかないでしょう。最後に余談ですが、原作者のウェルシュが公園の管理人役で登場していますのでお見逃しなく。★★