【柿沼弘子の勝手にシネマ】


アメリカン・ビューティー


監督:サム・メンデス
出演:ケビン・スペイシー・アネット・ベニング、ソーラ・バーチ

26th May 2000

 今回ほど見に行く前にワクワクした映画はありませんでした。なぜならこの作品は、私の大好きなケビン・スペイシーが主演のうえ、今年のアカデミー賞で、作品賞をはじめ5部門を受賞した作品だからです。ケビン・スペイシーといえば昨年『交渉人』でサミュエル・L・ジャクソンと共に弁舌さわやかな交渉人の役が記憶に新しいのですが、これまでの知性派イメージから一転した「ダメ親父」役は必見です。
 舞台は郊外の新興住宅地。雑誌社で広告の仕事をしている42歳のレスター・バーナム(ケビン・スペイシー)は、郊外に買った家で、妻キャロリン(アネット・ベニング)、娘のジェーン(ソーラ・バーチ)と暮らしています。キャロリンは不動産ブローカーとして活躍し、雑誌から抜け出したような生活を愛しています。ジェーンは典型的なティーンエイジャーで、怒りと不満で常に情緒不安定。父親と、まともに口をきこうとしません。一見どこにでもありそうな平凡な中流家庭ですが、レスターはある日突然会社からリストラの勧告を受けてしまいます。こんな状況の中、彼の目の前に現れたのは娘の同級生の美少女アンジェラ(ミーナ・スバーリ)。こともあろうにレスターは彼女に一目ぼれをします。急に何かが吹っ切れたのか、ムラムラと燃え上がった中年男の恋心が、すべてを危険な方向に変えていくのです。初めてアンジェラを見た時の放心状態のケビンの顔といったら、まるで何か大事なネジが抜けてしまったかのような間抜け顔で、下手な役者がやったら、それこそ目もあてられないでしょう。それから、この作品を面白く見せている要素の一つに、バーナム一家の様子を隣に住む盗撮マニアの息子の手持ちビデオの映像を通して垣間見せるテクニックがあります。隣人の目から見る一家の様子はまるでヒッチコックの『裏窓』を思わせるような作風に仕上がっています。
 この作品に出てくるティーンエイジャーたちは、セックスのことしか頭になかったり、バイトで麻薬の売人をしたり、盗撮マニアだったりと、一見普通ではないように見えるのですが、実はそうではなく、本当におかしいのは親の方なのです。子供達は表面的な行動は外れていますが、子供同士や心を許した者同士の会話では実に素直です。この作品はブラックなユーモアに交えながら「親が健全でないから子供が健全でなくなるのだよ」と言っているように思えました。隣の家の少年リッキーも、父親が頭の固い超軍隊主義者でなければ、麻薬を売ったり、盗撮マニアにもならなかったであろうし、ジェーンにしても、父親がもう少し娘のことに関心を持って接していれば、破壊的にならなかったであろうと思います。最近仕事ばかりで家庭をかえりみない父親が増えていますが、最近の凶悪化した子供達の犯罪もそういった親側に責任があるのではないでしょうか。アメリカの歪んだ社会を風刺的に描いたこの作品は、アカデミー賞受賞作品というお墨付きが無ければ、日本での興行はたぶん難しかったと思います。この作品の日本でのプロモーションは「アカデミー賞最有力候補作品」あるいは「ケビン・スペイシーがダメ親父を演じるヒューマンドラマ」くらいにしか宣伝されていないのが非常に残念でなりませんでした。この作品は今の現代社会について私たちに問題を投げかけていて、本来はかなり深刻な内容なので、もう少し違った見方で見てもらいたいと思います。★★★★