さ
桜島・日の果て・幻化 梅崎春生 講談社文芸文庫 ★★★★
収録作品:風宴、桜島、日の果て、幻化。
戦後文学を代表する作家の割には、最近人気があまりない。是非読んでほしい。
彼の作品は、自身の体験を元にしていながら、どこか空想風で風味がある。
「日の果て」の主人公が死ぬシーンの描写は凄い。
どの作品にも戦争への風刺が溢れていながら、叙情性を失っていない。そして絶妙なタイミングでいつも作品が終わる。
桜の森の満開の下 坂口安吾 講談社文芸文庫 ★★★★★
これを読むまで僕はどちらかというと安吾があまり好きではなかったが、
読んだとたんに大ファンになってしまった。
収められている作品、どれも名作。表題作も良いし、初期の「小さな部屋」もサイコー。
サロメ オスカー・ワイルド 福田恒存・訳 岩波文庫 ★★★★★
やはり福田恒存は凄い。あそこまで過剰な装飾に施された詩劇を、こんなに容易く日本語に訳せてしまうのだから……
旧仮名遣いで書かれているのも、かえってこの作品の翻訳には合っているかもしれないし、
シェイクスピアの翻訳で素晴らしい業績を挙げた彼のことだから、何の心配もいらないのかもしれない。
そして、その作品を彩るビアズレーの挿絵の、醜くも美しいこと……
作品の中身は、いたってシンプルなストーリーの詩劇だ。宗教文学と断言してかまわないだろう。
キリスト教の預言者ヨカナーンに、ユダヤ人のサロメが恋し、ついにその首を切り取って口付けしてしまい、
そのためにヨカナーンに好意的だった実の父エロドによって、処刑される。
だが、そのシンプルな詩劇を彩る、美しい言葉の数々! それから、優れた倫理性も指摘せねばならない。
未だメシアは来ないと信じる頑ななユダヤ人(サドカイ派とパリサイ派)、あるいは信じているユダヤ人、
不気味な黒人、救世主は到来したと信じきるナザレ人……
それら(ユダヤ教・キリスト教)がかち合って融合したとき、なにか恐ろしいことが怒る……
ひょっとしたら、ワイルドはそれを予言したのではあるまいか?
ああ、何ということだ! 人間は二千年前から何も変わっていないというのか! 忌々しい人間どもめ!
でも、何故こんなに美しい劇を作ることができたのかしら?
ワイルドは自分をキリストの生まれ変わりだと信じきっていたようだが、僕が思うに、
彼はギリシャの神々とキリストのあいの子ではないか? どうもワイルドの耽美主義には、
キリストではなく、ギリシャの影がちらつくのだが……
サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇 オスカー・ワイルド 西村孝次・訳 新潮文庫 ★★★
これは酷い! 何が酷いって? 訳文がさ。決して作品が悪いと言っているのではない。
作品の出来不出来以前の問題だ。酷い翻訳で混乱して読めない。
「サロメ」なのだが、男言葉と女言葉の区別をつけないで、どいつもこいつも同じような口調で喋りやがる。
おかげで誰が誰だか把握できない。特にこの作品は予言的台詞が多く、翻訳が苦しいとは思われるが、
だからこそちゃんと訳して欲しかった。このテの作品は翻訳が不味いと何がなんだかてんでわからないのだ。
以降の「ウィンダミア卿夫人の扇」「まじめが肝心」のほうは、訳もなんとかまとまってはいるが、
肝心の重要作「サロメ」を翻訳できないで何が翻訳家だ!
西村孝次に関しては、「幸福な王子」の翻訳では違和感を感じなかっただけに、不思議でならない。
戯曲の翻訳は苦手なのだろうか? ともかく、これを読むくらいなら原文か、
もしくは評判の良い岩波文庫の福田恒存・訳のほうを読むことをオススメする。
あの方は、評論家としてはともかく、翻訳家としては非常に有能だからな。
山椒魚 井伏鱒二 新潮文庫 ★★★★
短編十二編収録。
山椒大夫・高瀬舟 森鴎外 新潮文庫 ★★★★
森鴎外の代表作。短編集。
三四郎 夏目漱石 新潮文庫 ★★★★★
この青春小説とも恋愛小説ともつかぬ独特の味をみせる作品は、
僕がネットで致命的なトラブルを起こし、二度とネットに触れることのなくなった時期に読まれた。
そのため、特に思い出深い作品となった。
漱石の描く女性は何故こんなに美しく儚いのだろう。
暗く、陰鬱で、それでいて、ベトベトした情感はなくさらりと渇いている。
漱石でしか描くことの出来ない小説だ。
三人妻 尾崎紅葉 岩波文庫 ★★★(絶版)
まだまだ。名作とはいえない。
し
ジーキル博士とハイド氏 スティーヴンソン 新潮文庫 ★★★★
有名すぎるかな? でも読まないのはもったいないよ。
シーシュポスの神話 カミュ 清水徹・訳 新潮文庫 ★★★★★
本書は、「シーシュポスの神話」というギリシャ神話に寓して、
その根本思想である"不条理の哲学"を理論的に展開追求したもので、
カミュの他の作品ならびに彼の自由の証人としてのさまざまな発言を
根底的に支えている立場が明らかにされている。
この作品は、「哲学的エッセー」といわれているが、決して「哲学書」ではない、
そこに留意されたい。哲学的な考え方であくまでも文学「エッセー」を書いているのであり、
哲学のように科学的ではない。実際、哲学書に比べればだが、驚くほど簡単で、
文学的表現を多用しながらこのカミュの理論は進められるので、
カミュの他の作品と同じ感覚で読んで、何ら問題はない。
カミュはここで、大事なのは、人間は「不条理」を受け入れることであり、
それを受け入れつつ、未来の生など信じず、あす死ぬかもしれない恐怖にかられながら、
それでも今ある人生を楽しく生きることが書かれてある。
いきなり「自殺」という言葉が多用されるが、動揺してはならない。
その絶望的思想でありながら、驚くほどこの書物は希望を含んでいる。数々のカミュの作品と同じように。
要するに、
「わからないものはわからないままでかまわないじゃないか。
それが、今日生きる上で何の重要性があるっていうんだ? わからないものも受け入れた上で
力強く生きることこそ重要なんじゃないか? わからないものを勝手に『神』だのなんだとの
名づけて一人悦に入ってんじゃねーよ」
ということをカミュは言いたかったのではないだろうか(要約のしすぎだ)。
カミュによれば、不条理を受け入れる状態で創作することによって、初めて優れた文学が生まれるのだそうだ。
そして、最も憎むべき愚かな作品は、「何かを証明するために作られた」作品だと言う。これは真理だと思う。
このように、全ての優れた文学に共通するエッセンスを、この本は要約している。
また、ドストエフスキーや、カフカなどに関する解析も含まれており、
それらの作家の作品だけでなく、あらゆる優れた小説の格好の解読書ともなっている。
優秀な作品を理解するための「鍵」を本書は持っているのである。読まないでどうする?
虐げられた人びと ドストエフスキー 小笠原豊樹:訳 新潮文庫 ★★★★★
「ドストエフスキーにしては失敗作」などと語られ、事実今日読まれることは少ないこの中期の作品だが、
発表当時、ドストエフスキー作品の中で最も読まれた小説でもある。
確かに、この作品には多くの大衆迎合的な破綻がある。主人公ワーニャは、死の床でこれを書いている設定だが、
何の魅力もない、ただ情景を語るだけの操り人形となっているし、最後が一見安直なハッピーエンド的に
(実は、このワーニャは世間から見捨てられて死の床にいるのだから、そうではないのだが)
書かれていることも、後年完璧な作品を次から次へと発表する「ドストエフスキーにしては」と
言われる原因になるのだろう。しかし、早急な判断は待って欲しい。この作品は、
大衆文学的面白さと、純文学的な深さを、同時に兼ね備えたものとなっている。
ホフマン風の怪奇・神秘主義、ディケンズ風の感傷主義と、当時の読者の心をつかんで話さない要素に加え、
現代の人も、一度読み始めたら、面白さのあまり絶対に最後まで読んでしまうエンターテイメント性を持ちながら、
時々頭が真っ白になりそうなほどの恐ろしい場面を描き出し、人物の醜悪さを抉り出し、
最終的には、何か釈然としない絶妙なエンドを迎えるその恐るべき筆力は、
まさにドストエフスキーにしかできないものである。ここまで大衆的要素と純文学をうまく融合させることのできる作家は、
他にはディケンズや、シェイクスピアぐらいしかいないのではないだろうか。
人物の描写にも魅力があり、徹底した悪趣味によってオスカー・ワイルドの興味を引き起こした公爵、
ロシア風ツンデレ全開のイフメーネフ老夫妻、お調子者のアリョーシャ、そして同じく最高のお調子者なのに、
どこか憎めず、後に出てくる探偵小説の偉大な探偵たちを思わせるような魅力的な人物マスロボーエフ、
そして作品中最も重要な、ディケンズから丸パクリの美しくて複雑で、
現在にも続く少女趣味をふんだんに盛り込んだ少女ネリー、これらの人物が大団円に向かって収束していくさまは、
壮大なスケールの大河小説とでも言いたいくらいの魅力を含んでいるのだ。
シェリ コレット 岩波文庫 ★★★★
マイナーだけど読んでみな。
シェリの最後 コレット 岩波文庫 ★★★★
「シェリ」の続編。題名の通り、悲しい結末。
シェリー詩集 シェリー 新潮文庫 ★★★
「フランケンシュタイン」を書いたメアリー・シェリーの夫、シェリーの詩集。
悲しい詩人だった……。感動的な詩論「詩の擁護」収録。
地獄の季節 ランボオ 岩波文庫 ★★★★★
ランボーの何が凄いって、そのハードボイルドなかっこよさ。とことん文章に酔ってください。
彼の代表作「地獄の季節」「飾画」を小林秀雄の名訳で送る。
地獄変・楡盗 芥川龍之介 新潮文庫 ★★★★
読みなよ。
死者の奢り・飼育 大江健三郎 新潮文庫 ★★★★
大江の初期作品を集めた短編集。この頃からすでに大江は天才だった。
詩集 谷川俊太郎 谷川俊太郎 思潮社 ★★★★★
谷川俊太郎の後期の、1993年までに出版された詩集、
「定義」「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」「コカコーラ・レッスン」「日本語のカタログ」
「メランコリーの川下り」「世間知ラズ」を収録。
このうち前半の詩集は、相変わらず谷川が作風を模索している最中の作品で、詩も、実験的なものが並ぶ。
ともすれば単なる言葉遊びに陥りがちな前衛詩も、谷川の手にかかると一つ一つが何故か心を打つ。
そして白眉が「世間知ラズ」。老境に入った谷川俊太郎が、前衛的な手法をやめ、
突如として本音をシンプルな詩で語り始める。
その、独特の枯れた境地と、読む者の心を切り刻むような作品の数々は非常に印象深い。
“詩は/滑稽だ”
何百もの詩を書いてきた彼が言うのだ。あまりに重く、悲しく、真実を捉えている。
僕も今回の大地震で被災し、本などを読む暇がなく、長らく読書を中断していた。
そんな中、やっと最近読書を再開する気持ちになり、実に3ヶ月ぶりに本を読み終えることができた。
それが詩集で、しかも谷川俊太郎とういうのが、何か運命を感じずにはいられない。 2011/4/23記
自省録 マルクス・アウレーリウス 岩波文庫 ★★★★★
僕が今まで読んできた本の中でも、一番良いもののひとつだ。
本当に素晴らしい名言・格言の数々。読んでいるだけで気持ちが癒される。
まだ読んでいない人は是非読んでください。生きていくうえできっとためになるから。
自然と人生 徳富蘆花 岩波文庫 ★★★★
小説・随筆集。
死の家の記録 ドストエフスキー 工藤精一郎:訳 新潮文庫 ★★★★★
ドストエフスキーは、空想社会主義の思想に関係して逮捕され、
死刑を言い渡されるが、刑執行直前に恩赦され、四年間のシベリア流刑にされた。
そして、この流刑はドストエフスキーという作家の形成に極めて深い影響を及ぼした。
その事件を冷静かつ鋭く克明に記録した、古今東西の記録文学の最高傑作が、本書である。
本作によって、ドストエフスキーは、罪とは何か、人間とは何かを追求し、
その刑務所体験を深く分析することによって、人間の救いを求める文学を追求した。
一体、ドストエフスキーを「暗く、重い作品」と捉える人は多いが、誰がそんなデマをばら撒いたものだろう?
きっとページが真っ黒だから、読まないうちから先入観でそう思い込んでしまったのに違いない。
このあいだ、二人の女学生の会話を本屋で聞いた。
「ドストエフスキーって、どう思う?」
「う〜ん、読んだこと自体が偉くて、自慢したいって感じの作家かな〜」
僕は、その会話に、軽い殺意を覚えた。
ドストエフスキーほど、エンターテイメントを兼ね備えた純文学作家など、この世にいない。これは断言してよい。
並ぶ者はあれど、追い越す者など絶対出現しない。
言ってしまおう。ドストエフスキーは、いたって簡潔・明瞭である。暗くもない。
そして、読み始めたら、あまりの面白さに途中で中断することができなくなる。
少し笑えて、ユーモアたっぷりなシーンもある。
この作品でも、「死の家の記録」という重い表題ばかりが先行してしまい、暗く難解そうなイメージがあるが、
全然そんなことはない。「死の家」とは、刑務所のことで、それ以上でもそれ以下でもない。
刑務所にも、人間はいる。罪を犯した人間にも、良い人物はいる。
彼らの、常識外れで、極めて口の悪い、それでいながら、実は思いやり深かったり、
感傷に浸ったりする、道化師みたいな人格。
そんな罪人達の、笑いと怒りと悲しみと絶望の連続に満ちた、波乱(?)の刑務所生活を記録しながら、
ドストエフスキーは、「人間は、希望と目標を失ってしまったら、生きていけない」という真理に達する。
そして、この作品をきっかけに、「罪と罰」をはじめとする、次々と世界文学史上に輝く巨大な作品群を生み出していった。
もし、この作品が無ければ、四年間のシベリア流刑が無ければ、
ドストエフスキーは、「貧しい人びと」だけのセンチメンタルな作家で終わっていたかもしれない。
それほど、この事件は彼の思想に深みを与え、元々素質は持っていたドストエフスキーを、
更なる高み、即ち聖人へと進化させたのだった。
詩のこころを読む 茨木のり子 岩波ジュニア新書 評価保留
死の棘 島尾敏雄 新潮文庫 ★★★★★
読売文学賞などを受賞した、島尾氏の集大成的な作品。
全部で610ページもある大作で、文章も濃密なので、読むとかなり疲れる。
思いやり深い妻が、夫が浮気したために突然精神に異常をきたす。
発狂した妻は、毎日のように夫を言葉で責め立てる。彼女は分裂症にかかってしまったのだ。
はじめは詫び、許しを求めていた夫も、やがてノイローゼに陥り、お互いを罵りあい、
ついには自殺未遂、心中未遂事件なども起こす。
妻は夫の浮気相手をとっ捕まえて、殺してやると怒鳴りながら、暴行を加え、警察沙汰にもなる。
そして、ついに愛すべき二人の子供の心境にまで変化が訪れる……
読んでいて辛い作品だ。とにかく重いのだ。610ページ、ほとんど全部、修羅場の描写なのだ。
しかも、最後は精神病院にふたりとも入院するところで、ようやくこの作品は終わる。
だが、純文学を読んでいる人ならば気付いているはずだ。「救いがないことが、救いである」と。
坂口安吾も声を大にして言っていた。「救いなどいらない」。
この作品には、半端な救いなど存在しない。救いがないのが、いいのだ。
それが解らない人ならば、この作品は読むべきではない。
渋江抽斎 森鴎外 岩波文庫 ★★★★
森鴎外の名作史伝。
邪宗門 高橋和巳 朝日文庫 ★★★★
とある宗教団体をモデルにした、おそらくは史上初の新興宗教を舞台にした大河小説。
この作品は、読者に多くの問いかけをする。
新興宗教は確かに悪である。だが、だからといって既存宗教が悪ではないと言えるだろうか?
そして、新興宗教は信者も罪人なのか? いやむしろ、彼等信者は被害者ではないのか?
この世に新興宗教でなかった宗教などない。キリスト教も仏教も、およそあらゆる現代の巨大な宗教も、かつては新興宗教であった。
では、残ってやがて偉大な宗教となる新興宗教と、この「ひのもと救霊会」のように潰れていく新興宗教とは、何が違うのか?
それとも、何も違わないのか? どうして宗教と政治はいつも対立するのか?
……是非読んでおくべき作品だ。宗教というものの本質が見えてくるかもしれない。
ただ著者の思想が執拗なまでにマイナス思考に過ぎることは欠点として挙げねばならぬが……
車輪の下 ヘッセ 新潮文庫 ★★★★
悲しい小説。
十五少年漂流記 ジュール・ヴェルヌ 新潮文庫 ★★★★
素敵なおとぎ話だ。
縮図 徳田秋声 岩波文庫 ★★★★
戦時中に書かれたため、軍によって執筆を強制中断させられてしまった、未完の名作。
侏儒の言葉・西方の人 芥川龍之介 新潮文庫 保留
評価保留中。
守銭奴 モリエール 岩波文庫 ★★★★★
モリエールといったらこれ。
出家とその弟子 倉田百三 新潮文庫 ★★★★★
これ泣いたよ。マジで。日本文学史上最高傑作のひとつだと思うよ。
春琴抄 谷崎潤一郎 新潮文庫 ★★★★★
これも凄いよね。なんてったって文章が凄いよ文章が。俺これ読んでて、あまりの文章の美しさに卒倒しかけたよ。
日本語の文章が一番うまい作家の中に入るんじゃないかな?
小説 あらしのよるに きむらゆういち 小学館 ★
ラストが納得いかない。ああいう系統のオチは苦手だ。というか、演出が臭い。
この小説は才能がない。だいたい原作の絵本自体、過大評価されすぎだよ。
人生について、私、わかってますよーみたいな。糞くらえってんだ。
小説 不如帰 徳富蘆花 岩波文庫 ★★★★
昼メロ小説の元祖。
城 カフカ 前田敬作・訳 新潮文庫 ★★★★★
「測量師のKは深い雪の中に横たわる村に到着するが、仕事を依頼された城の伯爵家からは何の連絡もない。
村での生活が始まると、村長に翻弄されたり、正体不明の弟子をつけられたり、
はては宿屋の酒場で働く女性と同棲する羽目に陥る。
しかし、神秘的な<城>は外来者Kに対して永遠にその門を開こうとしない……。」
カフカの作品の中で最も長く、そして最も絶望的な雰囲気を漂わせている未完の長編。
何せストーリーが不条理によって全く展開しない。Kが何とか城の中に入ろうとすると、
それに必ず何らかの妨害が入り、その行為は絶対に成功しない。そしてKは、そのことを当り散らし、
周囲と激しい対立が起こり、お互いを誹謗中傷しあう。
たったこれだけの繰り返しが、延々と600ページ以上に渡って繰り広げられているだけなのだ。
もっとも、いくつかのことはわかる。ここは役人そのものが「掟」であり、
それに逆らった者は見るも悲惨な目に遭うこと、役人自体は滅多に外に姿を現さないこと、
そして誰一人として神経がまともな人物は、ここにはいないこと。
登場人物に好感を持てる人物が誰もいない。大体人々の会話からして矛盾しっぱなしである、
何せKを城に入れないことだけが全員の目的なのだから。
あることを言って、そのことに対してKが反感を持って反論すると、さっきとはまるで正反対な言葉を口走るのである。
そして、最終的には村人達はヒステリーになり、Kを追い出そうとやっきになって、半狂乱に陥る。
カフカはここでも「目的はある。だが、道は存在しない」というテーマを、そのまま表現している。
もはや「人間」は誰からも必要とされていないのだ。どこに行っても邪険にされ、
我々が持つ目標にはいつまでたっても絶対にたどり着けない。我々は、どこにも行く道がないのだ。
カフカは決してストーリーテラーではないが、僕等がカフカを読むときに舌を巻くのは、
その一貫したテーマを、ひたすら最後まで寸分の狂いもなく抽象的に提示し続ける、その表現の巧さに対してである。
そして彼の作品は抽象的であるが故、何十通りもの解釈の仕方が可能となる。
読者一人一人に、それぞれカフカの解釈が存在するのだ。
そもそもカフカを専門にする研究家にしたって、それぞれ意見が食い違う有様。
例えばこの作品を訳した前田敬作は、こう解釈している。僕にとって大いに参考になり、面白かったが、
それが決して正しいわけではない。ざっとこんな感じである。
「ひとつの世界には、その世界にのみ通用する生きかたのうえでのさまざまな約束や習慣の複合体がある。
これは、一般に道徳という呼称を冠せられているが、じつはその世界に所属し、
世界から存在の『是認』を得ようとする者が絶対に遵守しなくてはならないその世界の『律法』なのである。
これに従わなければ、世界から所属を許されず、したがって、存在することができない。」
「人間とは、『本来』なんであるか。実存哲学は、人間の『本来性』についての問いを絶望的に提出した。
しかし、人間の『本来性』などもはや存在しないことを知っていたカフカは、
そのような無意味な問いを発しなければ、それに答えようともしない。
存在するのは、職業的人間だけである。(略)職業人間は、ただ社会のメカニズムが命じる機能的役割を忠実にはたすだけで、
一片の良心ももたない。いや、良心をもつことをゆるされない。」
「今日なお多くの作家たちは、人物たちの職業がなんであるかわからないような、
あるいは、その職業以外の場所に人物たちのほんとうの生活があるかのような、つまり、
職業が人間の唯一の存在形式であることを忘れたような作品を依然として書いている。
徹底したリアリストであったカフカは、けっしてそのような作品を書かなかった。彼の作品に出てくる人物たちは、
職業的機能としてのみ描かれている。彼らが一見抽象的にみえるのは、そのためである。
しかし、それは、彼らが現実の人間の抽象化であるということでもなければ、
抽象観念の人間化(寓意的人物)であるということでもなく、
すでに現実の人間が抽象的存在に頽落してしまっているのである。」
神曲 ダンテ 河出書房新社 ★★★★★
いろんな訳を読んだが、この訳が一番わかりやすくて素晴らしい。
最近文庫化もされた。読むなら今だぞ。
真空地帯 野間宏 岩波文庫 ★★★★
野間宏の名をさらに高くした、軍隊を舞台にした問題作。
ラストが救いようがない。しかしそのラストまで文章は淡々と、それでいて野間独特のごつごつした文体で続いていく。
そして読者はいつの間にかストーリーに呑み込まれ、最後まで本を置くことができない。
新世帯・足袋の底 他二編 徳田秋声 岩波文庫 ★★★★
徳田秋声の傑作短編集。
審判 カフカ 岩波文庫 ★★★★★
カフカの代表作のひとつ。主人公Kについては、ごく平凡なサラリーマンとしか説明のしようがない。
ある日Kは、言われもない罪で突然告訴される。
彼は告訴されるいわれもなく、訴訟に巻き込まれても、何の罪で告訴されたのか、裁判所は全く説明してくれない。
彼はわけがわからないまま、混乱して窮地に追い込まれ、結局処刑されて終わる……。
僕は、カフカがこれで何を描こうとしたのかが今ひとつわからない。
ただひとつ言えるのは、カフカはどうしようもない不安感・絶望感をこの作品で表現しようとしたのだと思われる。
唐突に困難が突きつけられ、人物や場所が現れるのも、意図的な演出である。
解釈は自由だ。幾つもの解読方法があるが、僕は彼は漠然とした悪夢を描いただけだと思っている。
そこが僕の書く作品に似ているし(完成度は遠く及ばないが)、不思議と彼の作品に魅力を感じ、好感がもてるのだ。
未完に終わっている章がいくつもあるのも、親近感を感じる。
ちなみに、マックス・ブロートの曖昧な編集によって、カフカの作品は幾多ものバージョンがあり、
それによって作品の雰囲気も題名も変わってくるのが特徴だ。
いかめしい題名である「審判」という訳し方に不満を持つ方は、
光文社から出ている「訴訟」というもっと読みやすい訳で読んでみるのもよいだろう。
新編 風の又三郎 宮沢賢治 新潮文庫 ★★★★★
いやこれマジで神だから。
新編 銀河鉄道の夜 宮沢賢治 新潮文庫 ★★★★★
カンパネルラ……。
す
砂の女 安部公房 新潮文庫 ★★★★★
紛れもなく、日本の戦後文学の傑作のひとつである。
シュールレアリスムや実存主義、幻想、SF等が見事に溶け合っている。
安部公房は主人公と共に読者をありえない状況に突き落とし、試行錯誤させる。
その試みは実験的でもあり、あっけなくもある。そのあっけなさは、人生のあっけなさと同じである。
スノーグース ポール・ギャリコ 新潮文庫 矢川澄子:訳 保留
せ
青春の蹉跌 石川達三 新潮文庫 ★★★★
青年 森鴎外 新潮文庫 ★★★★
清兵衛と瓢箪・網走まで 志賀直哉 新潮文庫 ★★★★★
「年寄の云いなり放題になるのが孝行なら、そんな孝行は真っ平だ」
志賀直哉がまだパンクってたころ(第一期)の作品を集めた短編集。
狂気・恐怖を感じる作品もアリ。あなたの知らない志賀直哉の意外な一面。
狭き門 ジッド 新潮文庫 ★★★★
そ
続 あしながおじさん J・ウェブスター 新潮文庫 ★★★★
ウェブスターの書く書簡体小説は、お世辞にも読者をぐいぐい引っ張る力があるとは言いがたく、
文章の霊感にも乏しいが、格言的で透明な倫理観が、時々、はっと読者の心をうつ。
このあしながおじさんという作品は、児童文学・書簡体小説として、模範的な構成・内容を後世に示している。
読んでおいて損はないだろう。
ソクラテス以前の哲学者 広川洋一 ★★★★★
ソクラテス以前にも素晴らしい哲学者がいたことを知る。著作断片付き。
ソクラテスの弁明・クリトン プラトン 岩波文庫 ★★★★★
哲学書初挑戦。
その夏の今は・夢の中での日常 島尾敏雄 講談社文芸文庫 ★★★★★
特攻隊関係の文学と、シュールレアリズム色の強い作品、両方とも味がある。
ソラリスの陽のもとに スタニスワフ・レム ハヤカワ文庫 ★★★★★
当時SFに辟易していた僕が、珍しく最後まで読めた作品である。
というかもはやこれは純文学としてみても非常に傑作であると思う。
この良さがわからないのなら、難解だといって切り捨てるようなら……あなたは読書をやめたほうがいいと思う。