【障害者と性風俗産業】
 数年前から、通常の半値(千七百円)で髪をカットしてくれる理髪店が増えてきた。しかも、六十五歳以上は千五百円だと言う。年金で暮らしているお年寄りには、ありがたい話である。しかし、店側も慈善事業でそうしているわけではなく、半値でも十分に経営が成り立っているのだろう。店側とってもお年寄りに優しい店と印象づけながら、しっかり採算が取れるのだから、申し分のない商法だ。私もそのような理髪店を利用しているが、普通の理髪店と何ら変わらない。一体四千円前後という通常価格は、何なのだろうか。

 ところで、割引料金と言えば、障害者たちにもある。公共機関の乗り物に関しては、身体障害者手帳を提示すれば、JRは百キロ以上の乗車料金は半額。飛行機も半額。介助者が必要な人であれば、本人・介助者共に半額だ。路線バスでもそれを提示することにより、半額料金になる。また、レジャー施設などでも、障害者は割引になる場所もある。

 少々、俗っぽい話になるが、性風俗産業にも早朝割り引きがあるそうだ。性風俗産業と言っただけで、毛嫌いする方もいるだろう。女性を商品としか扱っていないとして女性団体を初め世間は良くは見ていない。

 しかし、そうした世界と障害者とを重ねて考えたことのある人がいるだろうか。健常者の中には障害者と性風俗産業を、別世界のことと思っている人もいるかも知れない。しかし、障害者も性欲はあり、それなりの方法により、個人個人で解消しているのである。

 介助を必要とする重度の障害者がソープに行き、身体の隅々までソープ嬢に洗ってもらい、セックスもそこで初めて経験し、感激した話を何かの本で読んだことがある。セックスとは一生無縁と諦めていた彼等にとっては、仕事と割り切って自分たちの相手をする若い女性でも、天使に見えたのではないか。それこそ、人生観そのものまでも変わるに違いない。

 私自身男性であるので、このことに関心がないと言えば、嘘になる。ただ、悔しいことにもまだその様な経験をしたことがない。別に、倫理上抑えているのではない。手と脚、言葉に障害があり、そのような場所に行くことに躊躇しているのだ。
 性的交渉をめぐって健常者の男性の考え方と私たち障害を持っている男性の思いとでは、当然異なるはずだ。健常者の場合、自分の一瞬の性的欲求(性的快楽)を満たすことがまず第一になる。一方、障害者(特に重度)の場合は、機会があれば、実際そういう経験をしたいという切なる欲求があり、それが実るわけである。
オーバーと言われそうだが、その感激度には天と地の開きがある。そしてその思いは、健常者には永遠に理解できないことかも知れない。

 すべての性風俗産業で、障害を持った者を快く受け入れているとは思えないが、中には、それこそ障害があろうと、なかろうと差別することなく受け入れてくれる店もあるのだ。

 風俗業と言えるかどうか分からないが、成人映画専門の映画館の中には、障害者割引がある映画館もあるそうだ。また、偶然目にしたダッチワイフのカタログも障害者割引で販売していた。
 伝言ダイヤルによる犯罪や援助交際など、マスコミの性風俗に関する報道は概ね否定的である。しかし、その一方でそれらの産業のいくつかは、障害者たちの性欲解消のために貢献しているのだ。どうしてマスコミはこのことを報じないのだろうか。
 しかも、セックスはもちろんのこと、マスターベーションすら、自分一人では出来ない人さえいることを知って欲しい。繰り返すが、どんなに障害が重たかろうが、性的欲求は人間である以上存在するのだ。
 スウェーデンでは、身体障害者だけでなく、知的障害者の方々にも、障害者同士のセックスに手を貸す「セックスボランティア」がいるそうだ。日本ではまだそのような発想はないが、「障害者と性」について関心を寄せてくれる健常者がそろそろ現れても良いのではないか。

 近年「障害者に優しい社会」と言うことがしきりに叫ばれ始めた。行政も知識人もマスコミもさまざまな団体も、それなりに主張するようになった。が、この人々に共通して「欠落している大きな部分」がある。「障害者と性」の問題だ。そこに光を当てない限り、ストーリーは完結しないと思う。食欲と性欲は人間の根源的な二大本能であり、そして障害者も人間なのである。