【施設にアダルトビデオ】
- 私は、脳性小児麻痺の障害により、手・脚・言語に障害がある。しかし、日常生活全般は、自分一人で出来るが、裁縫や細かな作業は難しい。歩き方も極端な内股歩きに、歩くたび頭が上下に揺れる。話すと、少し酔った人のように聴きにくい話し方になる。
- こんな私も大学を卒業し、一旦は自動車部品の組立会社に勤めたが、腰痛を起こしそこを辞めた。辞めてから新たな職を探したが、不景気もあり、なかなか就職することが出来なかった。学生時代、健常者の中にいた私は、就職しなくては生きて行けないものだと思い続けていた。失業し三年。段々自分は、このまま一生就職は出来ないのではないかと思うようになり、人中に出かけることを避け、自分の中に閉じ籠もるようになった。そして、不眠やイライラ等、心身症の症状が現れた。精神科のある総合病院にも通院し、もう一度環境を変えて自分自身を見つめてみてはと、言う医師からのアドバイスにより、身体障害者更生施設に入所した。
- ここでは、主に手や脚のリハビリと、日常生活を出来るだけスムーズに送れるためのリハビリを行っていた。障害も、交通事故や不慮の事故により、脊髄損傷や頸椎損傷の障害を負った人。卒中で倒れ片麻痺になった人。そして、私のような脳性小児麻痺などのような生まれついての障害者と、実に障害も様々な。
- また、障害の種類別に、日常生活を送る上での、知識や情報を話し合う時間も設けられていた。私は脳性小児麻痺であるため、そのグループの学習会に参加することになった。
- ここに入所している脳性小児麻痺による障害者は、ほとんど養護学校の高等部を卒業し、そのままここに入所していた。そのため、ここでの入所目的は、社会のルールを学ぶものであった。その内容は、一旦社会で働いたことのある私には必要のないもののように思えた。それは、小学生の中に高校生がほつんと入れされたようなものであった。
- そんなある日の学習会での出来事だ。私はいつもと同様気が乗らぬまま、その会に参加していた。
- 「さてと、今日は××についてみんなで話し合ってみようか」と、私と同年輩の三十歳前半の男性指導員が、言いかけたときである。
- A君が、ちょっとこんなこと訊いて良いのか迷いながら、「ずっと前から、訊こう思っていたことがあるんだけど。」と、口火を開いた。彼の口調は、少し怒っているようでもあった。
- それに気づいたのか、その男性指導員も、彼の怒りを和らげるためだろうか、「どうしたの?」と、とぼけた素振りで彼に聞き返した。
- 「あの、この前。黙ってそこのビデオデッキの下のラックを覗いたら、エッチビデオが入っていてびっくりしちゃった。なぜ、こんなモノがここにあるのか、不思議だったんだ」と、A君は答えた。
- 事情が分かった男性職員は、一瞬女性指導員に視線をやった。それは、決して見られて困るモノをA君に見られ、どのように答えて良いか分からなかったために、そうしたのではなかった。些細なこと、いやむしろこのことについてこの時間話合わせようかと、思ったのかも知れない。だから、指導員同士目で合図をしたのだろう。
- 「A君は、エッチビデオ見たくない?」と笑いながら、女性指導員が彼に訊いた。
- 彼にしてみれば、まさか指導員からの返答が予想もしなかったのだろう。「そんなエッチビデオ、不潔だし、施設でこんなモノ見て良いの?」と、ちょっと、指導員たちに不信感を抱き始めているようでもあった。指導員も、彼の頑なな態度にこのテーマで話し合うことは難しいと思ったのか、この話題を辞め、予定通りその日のテーマ内容に移した。
- 私も、A君の話を聴いていて、一瞬驚いた。どうして施設内にアダルトビデオがあるのか、不思議であった。まさか、指導員たちが仕事の合間に見ている訳でもあるまい。仮に指導員たちの私物であれば、自分たちのロッカーにしまって置くであろう。また、入所者に見られては困るモノであれば、入所者が自由に出入りが出来る場所には置くまい。
- アダルトビデオが売買されることは問題かも知れないが、セックスやマスターベーションは、人間として生まれてきた以上、そのような欲求が生まれることは自然なことである。だから、指導員にしてみれば、この機会を利用して、性の問題を話し合わせたかったのではなかったのだろうか。しかし、一体、なぜ、何のためにアダルトビデオがここにあるのか、分からなかった。
- そんなある日、職員室で指導員と話していると、入所者の男性のBさんがやって来た。そして、職員に「ビデオを見たいんですが」と、そばに私がいるので、少し恥ずかしそうに言っていた。
- 対応していた職員も、すぐにその意味が分かったらしく、「じゃ、二階の会議室で」と言った。その二階の会議室は、いつも脳性小児麻痺のグループの学習会で使う部屋であった。Bさんは、二階に向かって行ったようだ。その職員は、机の棚から一冊のノートを取りだした。何気なくそのノートの表紙を見ると、「ビデオ貸し出し帳」と言う文字が目に入った。
- それを見て、なぜ、あすこにアダルトビデオが置いてあるのかが、分かった。職員や指導員が見るのではなく、入所者のために置いてあったのだ。
- 施設は集団生活の場であっても、個人のプライバシーは尊重されるべきである。性の問題にしても、当然のごとく発生する。それを個人個人の問題として、タッチしない施設側が多いと思う。ある種黙認したり、その行為を禁止しているる施設もある。それを当然の欲求として、認めているこの施設の進歩的な考え方に感服した。
- 後日、男性指導員にどうして施設にアダルトビデオが置いてあるのか、その経緯を訊いてみた。
- すると、これらのビデオは、かつて入所していた方の使用物であったそうだ。居室では十インチのテレビしか持ち込むことが出来ず、AV機器は許可されなかった。ただ、AV機器がある小会議室での鑑賞は許されたようだ。その部屋が、脳性小児麻痺の障害の人たちが学習会を行う会議室であったのだ。
- アダルトビデオを持っていた入所者は、AV機器のラックの中に置いてまま退所したそうだ。
- 施設側としても捨てることも考えたが、別に見たいと思う入所者に見せても特に問題はないと思い、そのままAV機器のラックの中に置き、申し出た希望者に見せているそうだ。
- 私はその話を聴き、性について過敏になっている施設が多い中、この施設はこの面では開放的だと思った。
-
- まだ私の脳裏に、施設にアダルトビデオがあることに憤りを見せていたA君、そして指摘されたときのあの指導員の笑顔が、浮かんで来る。
-