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新百合AOI倶楽部「読む」シリーズ

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『水の扉』を読む

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昭和58年初版 牧羊社 
所収句数269句

序句/山口青邨〈瀧懸けて扉としたり山深く〉
 


*新百合10句選**

縄とびの子が戸隠山へひるがへる

かの世とてこの世に似たり薄紅葉

ずんずんと冷え声明のこゑの中

一人より二人はさびし虫しぐれ

くらがりへ祇園囃子を抜けにけり

かまくらへゆつくりいそぐ虚子忌かな

ひかり合ふ生簀の夜の囮鮎

瓜揉むやふたりのための塩加減

そば掻きやかなしきときのさらし葱

強がりの日記果てんとしてゐたり
        ・・・・・

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*わたしの11句目**

『水の扉』は、昭和55年秋から58年夏までの正味3年間の作品をまとめた句集です。昭和57年に『木の椅子』
で俳人協会新人賞と現代俳句女流賞をダブル
受賞し、1年間のインターバルを置いてまとめあげた、勢いのある一集と言えるでしょう。

新百合のメンバーが選んだ句も幅広く、ひとりだけが選んだ句の山のような数(集計の大変だったこと)は、
どの句も佳い、どれも魅力的と、まさに語っておりました。


にぎやかに墓山へゆく青山椒

墓参に行くのか、はたまた吟行地が墓域の先にあるのか、ともかく、にぎやかな一団が、墓山にさしかかる。
そのほとりで、ふと目にした「青山椒」。この季語ひとつで、夏の墓域(それも、ほかならぬ日本の)周辺の光
景が、過たず提
示された感があります。その味覚を慕って、集落のまわりに植えられる果樹はいろいろあって、それぞれに
季節を伝えてくれるのですが、地味ながらピリッとした味わいの実を着ける灌木に、「集落の夏」に向けた
挨拶も込められているように思いました。(潔)

鮎を煮て夜のにほひの一軒家

鮎の甘露の色と匂いの濃さが「夜」と呼応しています。家の内を思い浮かべたのち、私は夜に浮かぶ一軒家
全体を見ていました。戸を閉てた家から香ばしい匂いがこぼれています。昼なら「一軒家」の佇まいが見え
にくいかも知れません。夜の闇は人を孤立させ人は孤立するゆえに自分を取り戻して自由を得る、と思い
ますが、鮎を煮る家は夜の自由を得たように、輝く匂いを漂わせています。この「一軒家」の存在は幸せを
感じさせます。(千惠子)

あかあかと沖一枚の烏賊火かな

烏賊釣舟のこの風景は二度見たことがあります。佐渡と下北。俳句を始める前のこと、ただただ幻想的な
風景に見とれました。
真っ暗な海に灯満載の舟の群。「沖一枚」の表現に驚きました。舟は、たくさん集まれば灯もたくさん海を
照らすことが出来て烏賊もたくさん集まるのでしょう。

「幻想的」といううわべだけの印象ではなく、ぶっきらぼうな「沖一枚」のことばには、そこに夜を徹して働く
男たちの営みが見えてくるように思いました。
次々と釣られる烏賊のかなしいような躍動も。(玖美子)

秋潮や突堤にきて犬の耳

夏の海は明るく賑やかであったが、秋の海は澄んだ空気のもと、深くくすんだ色をし、波も多少高くなってき
て侘しさを感じさせます。そんな海に張り出した突堤に飼い主と散歩に来た犬。海原を前にしてじっと遠くを
見やっています。
何を見、何を聴き、何を感じているのか。あるいは何も考えずに、ただ見ているだけなのか。いずれにしても
耳を立ててしゃんとした様子をしており惹かれる光景です。
時折海をみたくなることがあり、この句を選びました。(ちあき)

国境や屋根にころがる種南瓜

みなさんの選句の集計結果を見て、うなりました!
11句目が難しい。今回は「薄氷や 」の句との2択でした。

日本は周りが海なので、国境の実感がないと思います。この句のできたインドなどは、地続きの国境があります。
あれぇ?越えちゃったの?というあっけない国境もあれば、兵士が銃を構えてにこりともしない国境もあります。
(銃を構えてニコニコしていたらおかしいかな?)
この句の背景はおそらく前者。道路にみすぼらしい、というか、ちゃちな建物があって、それが国境の監視塔。
電車の踏切よりもちゃちなのがあって、それを通ると「国」を越えたことになる。その前に旅行者は、プレハブに
毛の生えたような建物に行列してパスポートにはんこをもらう。入口と出口が別で、出口から出たら、踏切を越
えたことになっていて、別の国。
昔の関所破りのことを思ったら、なんて簡単!

だから、この国境のそばで、普通に、屋根の上に南瓜が、それも忘れられたような種南瓜がころがっているの
どかな風景は、日本人には俳句になるのだろうなぁと思いました。
何にも言っていない。「国境や」の「や」が、くだくだと述べた、地続きの国境に対する作者の、全ての感慨を伝え
ています。
南瓜が、のどかさを引き立てます。(かしこ)

ひきがへる師の一語また師の一語

7月15日の例会で先生が興味深いお話をしてくださいました。今は岩手県北上市に移築、復元されている雑草園
ですが、当時何匹もの蟇が棲んでいたそうです。青邨先生は雑草園のすべての蟇の貌を識別されていたとか。
つぶさに観察なさっていたのですね。
〈ひきがへる咽喉をましろに吾に対す 昭和26年〉〈蟇鳴くやかあをかあをと月くもり 昭和46年〉〈音立てて雨
が降るなり石の蟇 昭和62年〉これらの青邨先生の句を読みつつ、「師の一語また師の一語」のリフレインを
味合うのも鑑賞の醍醐味です。

本土に分布する蟇は2つの亜種にわけられ、近畿地方を境にして、東日本産は「アズマヒキガエル」、西日本産は
「ニホンヒキガエル」と区別されているそうです。蟇は陸生のカエルで、繁殖期以外は水に入ることはありません。
昼間は草むらや物かげに身を潜め、夜になると地面を這って餌となる小動物を探すという生活を送っています。
例会でわたしの隣に座られていたFさんのお宅にも蟇が棲んでいるそうです。名前を付けられています。先生が
「ケンゾー」ですか・・・とお尋ねになって一同どっと笑いましたが、ニックネームは「ヒッキ」だそうです。
(玲子)

鮟鱇に真水あふれて割かれけり

鮟鱇というのは不思議な形をした魚だ。ぱっと見、どこか目だか鼻だか分らない。平べったい茶色い石みたいだ。
開いた口はえらく大きい。一言でいって、醜い魚だ。
その魚を捌くのに、たっぷりの真水をかけて割く。その水があふれる。鮟鱇の体内を海水ではない真水が、まるで
海のようにたっぷんたっぷんと揺れ動いている。割かれてゆく魚への沈思に似た視線。
(伸子)

菩提子の莢をひろへば風の音

昭和57年中国行十五句の中の一句とあるので、中国のどこかの寺の境内なのでしょうかね。
菩提子の実は数珠玉にするらしいので、もしかすると人々が既にその実だけを拾い去ったあとの枯れた莢だ
けが二つ三つ落ちていたのかも。人々がそれらを数珠玉にして煩悩を断ち切る願いを掛けているのかも知れ
ない、などという事に思いを寄せながら莢だけを拾えば、広大な中国の大地にただただ乾いた風の音だけが
聞こえてくる。これも悟りの境地の句か? 
(洋)

惜しみなく高野春雪躙口

前後の作品から見ると涅槃会のころの雪のようです。高野山に降る雪であれば、春雪とはいっても実際はま
だまだ厳しく容赦ないものでしょう。にもかかわらず、この句にはあかるさがあり華やぎがあります。雪が大い
なる恵みのようにも感じられます。それは高野山という特別な地に身を置いた作者の心の昂ぶりであるかもし
れません。躙口のむこうにひろがる世界も思われます。

昭和57年ですから、先生が高野山の常楽会に通い始めたころの作品ですね。それから30年の月日が流れ
ました。この地で先生の出会われたもの、なされたことの数々を思うと、あらためてこの「躙口」が(実際にはど
のようなものであったにしても)新しい世界への入り口であったのかも・・・と思えてしまいます。
(銘子)

供華をみな頭上に運ぶ冬の靄

この句はインドの状景ですが、私はインドネシアを旅していたとき、寺院に若い女性が供華を籠に入れて頭の
上にのせて、器用に運んでくる姿を目にしたのを懐かしく思い出しました。季節が冬となると装いも天候によって
変わるのを想像しました。生活がゆっくりと確かに営まれている環境が見えてくる句だと思いました。
(信子)

みちのくの紅粉花剪りためて風袂

「雑草園の青邨先生」と前書のある句です。青邨先生が手ずから庭の紅粉花を剪っていらっしゃいます。
「風袂」は黒田先生の造語でしょうか。青邨先生は和服をお召しになっていて、袂が風をはらんでいるのです。
痩身長軀、丸い眼鏡の立ち姿が見えてくるようです。

黒田先生の思い出の青邨先生について伺ったことはありません。近く接することの多かった黒田先生ゆえ、
あまたのシーンを心にたたまれていることでしょう。が、この句の姿もたしかにその1つであろうと思えます。

「雑草園の紅粉花」は、もともとは昭和33年、青邨先生が山形県の尾花沢へ赴かれた際、紅粉花が欲しくなり、
後で送ってもらって庭にまかれたものだそうです。それを書いたり詠んだりなさったので、種をくれ、とか、根ご
とくれ、とかいうリクエストが増え、紅粉花の輪が広がっていったのだとか。

尾花沢は芭蕉が『奥の細道』の旅で「眉掃を俤にして紅粉の花」と詠んだ地です。「みちのく」は雑草園の紅粉花
の種のルーツのみちのくであり、青邨先生の出身地のみちのくであり、さらには芭蕉が訪れて句を遺したみち
のくなのです。
(正子)