『青麗』鑑賞                                                                                     
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田正子さんの第三句集『青麗』が星野立子賞を受賞しました。一緒に吟行を重ねてきたメンバーにはこの上なくうれしいニュースでした。
『青麗』の10句撰とともに、所収の句の生れる現場に立ち会った日のことをここに記録します。

 
   『青麗』 10句選

  剪定の一枝がとんできて弾む

  よく枯れてたのしき音をたてにけり

  母もまた母恋ふるうた赤とんぼ

  冬日濃きところにひとりづつ仲間

  ちと云うて炎となれる毛虫かな

  未草真昼の水を起ち上がる

  あをあをと山きらきらと鮎の川

  父に湯たんぽ父に家捨てさせて

  春コートから花びらのやうなもの

  もの買うて薄暑の街になじみけり

  雨よりもしづかにしだれざくらかな

       ※最後の2句は同率



剪定の一枝がとんできて弾む

 句集『青麗』の巻頭の句です。「万葉集」の巻頭の歌は、「籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち・・」
という明るい求婚の長歌です。
芭蕉の「おくの細道」は「月日は百代の過客にして・・」
「草の戸も 住替る代ぞひなの家」と、はじまっています。
『青麗』が「剪定の一枝がとんできて弾む」ではじまることで、これから広がる、清冽で豊かな正子さんの世界を予感します。

また、「草の庭」という章は、山口青邨の「夏草」「雑草園」を連想します。
青邨の剪定の句に、「ぽきぽきと柿の剪定午後もつゞく」「バラ剪定あはれ紅の芽ひかりとぶ」が、あります。
木を剪定すると、弾むもの、しなうもの、折れるもの。いろいろです。
正子さんの枝は、何の木だったのかと想像すると、楽しくなります。

青邨の本に、「常に一木一草の写生に帰って、物を凝視し、形態も色彩も、ついにはその感情までもとらえようと心がけている」という一文があります。
正子さんの句には、青邨先生の心杏子さんの眼差しが宿っているように思いました。


                    
 (博子)


秋の日の終の一滴沖に消ゆ

  第三回「星野立子賞」を受賞された正子さんの「青麗」の中の数多くの句の生れる現場にご一緒したことのある者として、今回の受賞は本当に喜ばしく思うし、正子さんの人となりを含めて一層身近に感じられる句集である。その中で僕としてはこの句を挙げたいと思う。
虚子らの「武蔵野探勝」で唯一遠出をしているのが、第七十七回目として昭和十二年正月に訪れた「新潟行」。生憎立子はこの「新潟行」の時には同行してなかったようだが、僕ら一行が「武蔵野探勝」に倣いその八十年近く後の平成二十五年十月十二日の虚子らの足跡を訪ねたその日には、立子や虚子らが何度も訪れた事があるらしい所縁の老舗割烹「かき正」「行形屋(いきなりや)」などにも立ち寄ってみた。翌日の朝は生憎の雨だったけれど、午後には長岡から出雲崎に出ることにした。芭蕉所縁の地に近づくにつれ天気は急速に回復。そして夕暮れ間近の深閑とした妻入りの佇まいの中の散策から宿の近くに戻るころには、水平線近くまで沈んでいく太陽が、その動きに取り残されたかのように手前の海上上空に漂う多少の雲を赤く染めていく。宿裏の海に面した神社の石段に坐り込み、佐渡の島影の左方、遠く日本海の奥に沈んでゆく今日の入り日を暫くは皆黙りこんで見つめていた。掲句はその時の句である。
大自然の営みとして日々に繰り返される現象ではあるけれども、太陽が海に沈んでゆく直前に凝縮されてゆく終の輝き。その凝縮された輝きがまるで真赤に融けた液状の鉄のように海に溶け込んでゆく一瞬。雄大な景の中でその日その時だけの一瞬と一点にフォーカスされた出来事。そしてもはや沈みきってしまった後の海の静寂と空の残照の中で、僕ら皆の心に残ったのは移ろいゆく自然の摂理と儚さ。この句は僕らの思い出と共に、その時の情景と抒情を余すところなく伝えてくれている。                    
                
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薔薇園に集まつてくる山の霧

 吟行にはなかなか参加できていないけれど、「薔薇園」と「山霧」なんて、生田周辺をホームグラウンドにしている新百合藍生倶楽部ならではの取り合わせ。
 季語に「秋薔薇」はないみたいだけれど、秋のバラもなかなか美しくて、里山をあふれ出てくる霧の中、山懐の薔薇園の佇まいが、秋の点景として、しっとりと伝わって来る。
 句はあくまで「霧」の句。けれど、目の前に広がる思いがけない光景に、オッと思う。その軽い驚きが、下五に過不足なく詠みこまれていると思う。下五は真っ直ぐ上五に還って、作者と共にバラ園の「秋」を楽しませてくれる。山霧の中の薔薇園。深紅のバラもいいけれど、所々に群れ咲く黄色いバラが何となく心に沁みる感じ。
 秋の生田にこんな光景があった… いいなあ。  

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薔薇園に集まつてくる山の霧


 新百合AOI倶楽部が定点観測地の1つとしている場所に生田緑地があります。ここの薔薇園は、向ヶ丘遊園駅から府中街道に沿って少し行ったやや小高い丘に広がっており、約四千株余の薔薇が咲いています。この句はここを吟行した時に詠まれた句だと思います。
 以前に来た時は晴れた初夏の頃であり、色取り取りの花が競い合うように咲き、むせ返るような香りに満ちていました。 
 今回は小雨模様。雨粒の重さで、やや俯き加減の花もありましたが、濡れた花の色はしっとりとして、それはそれで美しかったです。
 この薔薇園の上空に山々の霧が集まるように流れてくる。地形からそうなるのかもしれませんが、これによって広がりと動きが出てきており、景を大きくしていると思いました。澄んだ山の空気に包まれた薔薇園を思い出させます。後の句会でなるほど、そうなんだと思った句でした。   

                   (ちあき)




対岸に武州を望む涼しさよ


 河か、ひょっとしたら東京湾かも知れない、ともかくたっぷりとした水を挟んで武蔵野を見渡している作者。木陰に腰を下ろす作者の背景には、時を隔てて、「鹿島」や「香取」があるのではないかしら。
 家事に一先ず区切りをつけて、少し遠出をしている作者だけれど、「涼しさよ」の「よ」からは、やわらかな、日常的な自足感が伝わって来る。『花実』でもそう思ったけれど、正子さんの、俳句する時のライトモチーフの一つに「涼しさ」があるようで、『青麗』では、日常にある「涼しさ」が、一層トリートメントされた形で示された感じがする。
 炎天を槍のように過ぎる「涼気」や、樺美智子の死を視野に囲いながら、社会的な多義性を伴った「涼し」からは少しニュアンス的に離れながら、同時にそうした季語との対話も交えながらの「涼しさ」。最後の一文字の「よ」からは、正子さんの、俳句作者としての確信が伝わって来るように感じました。


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すぐそこといふあき風のかなたかな

2012921日の武蔵野探勝吟行・川越(奇北)での句です。秋分の日の夏と秋の狭間の風をみなが感じていました。

〈海からは百五十三キロ秋の風〉

〈大利根の分くる大地や雁渡し〉

以上2句はその句会でのものですが、正子さんの季語の捉え方は他の追随を許さない、まるで3D画像を見ているような気がします。風を詠んだ句は多くとも、風の彼方をこのように「すぐそこ」ととらえた俳人はいないのではないでしょうか?

               (かしこ)



にほの子も負はれて育つとは知らず

2012726日の武蔵野探勝古利根の時の句。ほんとうに、にほのお母さんは子どもを背中に乗せるのです。にほの子が「おかあちゃん、おんぶぅ」と言っているような風景を目の当たりにして、皆で興奮したものでした。

正子さんには掲句のほかに

「にほの子のさざなみにまた見えずなる」もありました。

句座で他の人が

〈かいつぶり親指ほどの子を連れて〉

〈にほの子の黒きつむりを数へたり〉

などを出していました。

正子さんの句は素直に初体験を述べて、それがまた共感を呼んだと思います。

(かしこ)



あをぞらの届かぬところ凍りけり

2014114日武蔵野探勝明治神宮の時の句。寒中だから当然とはいえ、寒かった。そこで正子さんはひたすら氷に着目されたようです。この句のほかにも3句作られています。

神前のかならず凍りゐるところ

氷見るためのベンチとなりゐたり

これよりを神域となす厚氷

連衆の中にも、

〈この池に神降るごとき氷かな〉

というのがありました。景の大きさは類を見ない気がします。これも季語を3Dで捉えている句だと思います。

このほかに、正子さんの傘の句は今後ご注目いただきたく。

日傘まはせばどこまでも歩けさう

は、ほんのご挨拶。正子さんは雨傘・日傘ともに凝っていらして、なかなかに面白い傘を所持しておられます。それが、模様といいデザインといい実に楽しい傘で、雨の日も日差しの強い日も、この傘さえさしていれば、楽しさに変えられる、というような、魔法の傘の気がします。この句でお分かりのように、ルンルンという音符が想像できる、正子さんの傘なのです。  

                  
(かしこ)


いかのぼり貸しておくれよとも言へず

子どもらの手作り凧の空低し


2013
1月、武蔵野探勝吟行「隅田川春色」をたどる吟行句会での句です。
この吟行の詳細は、洋さんがブログに書いていますので省略します。
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句選に入れなかったのは、作品の背景が私の脳裏に焼き付いている句だから選ぶ、ことになるのを避けたのだと思います。

隅田川沿いの公園で、園児たちが手作りの凧を揚げていました。
なんと、虚子ご一行の吟行当日も、この同じ場所で凧揚げをしている風景があったのです。80年前の大川ならば当然の風景、でも、今の子供たちが高層ビルに囲まれたウォーターフロントで凧揚げをしているとは・・・。
揚げているといったって風があまりありませんし、小さな子供たちのこと、凧揚げの技術もありません。ですから、走っても走っても凧は地上に落ちてしまいます。空低し・・・まさに、凧凧揚がれ、天まで届け、にはほど遠い風景。
見ている大人にとっては、ちょっといらいらする風景、「貸しておくれよ」という表現に、やってみたい、自分ならば揚げられるかも、という遊び心が満ちあふれています。
凧を揚げる風景を句にしようと思うと、どうしても子供たちと凧と風との関係で終わります。そこに、眺めている作者の心をさりげなく添える、という句に、私は句会で驚嘆しました。そして、選句しながら「やっぱりこの句は正子さんに違いない」と。
この吟行で、正子さんは凧の句を、確か5句以上は出句していたと思います。
同じ素材をとことん追求して、様々な句を作る・・これが正子さんの吟行なのです。つまりは、修行なのです。
私が迷いなく選んだ句が句集に載っていたことに感動しました。                        

               
(玖美子)



明るさに果して鴨の来てをりぬ

神奈川県座間の谷戸山公園は私たちが何年にもわたって通い続けた親しい吟行地です。田んぼがあって、雑木山があって、葦の茂る湿地があって・・・、広い園内ですが、「水鳥の池」と呼ばれるこの池に寄って奥の泉に向かうのが正子さんの定番コースだったよう。池の辺に三脚を立てて何かを待っている地元のアマチュアカメラマンと言葉を交したり、手前にあるベンチでお弁当をひろげたりする姿をたびたび見かけました。掲句は初冬のよく晴れた日のこと。

明るさに・・・この明るさは光や色彩だけでなくある気配を含んだもの。第六感にはたらきかけてくるような明るさではないでしょうか。

果して・・・ドキドキ・・・

鴨の来てをりぬ・・・やっぱり!!!

この臨場感。言葉をともに辿るだけで、読み手を鴨のみえる池のほとりまで連れていってくれる、そんな力をもつ一句と思います。

 一方でともに現場に立ち同じ体験をしている私たちにとっては、この句を唱えればいつでも瞬時にあの「水鳥の池」に集合できる、という合言葉のような一句でもあります。正子さんの句だけれど私たちの句でもある・・・新百合AOI倶楽部の大切な一句なのです。 

              
(銘子)



銀の日のあと金の月泉鳴る

 この泉が例の泉かどうか定かではありませんが、この句は先の鴨の句とともにY.泉の章に収められています。彼女の泉の句は、句会でもたくさん見ているような気がするのに、集中に「泉」として詠まれているのはこの一句のみのようです。そう思って読むと、すべてを詠んですべてを捨てたあとに残った泉のかたちであるように思えてきます。作者の心の中に湧きつづける泉、とでもいうべきでしょうか。写生を丁寧に真摯にかさねてゆくことで得られた、写生を超えた泉なのだと思います。
                    (銘子)


早梅のしづ香にあふれくる香なり

金色の蘂寒梅をあふれつつ


空へ近づく笹鳴をくりかへし

私には、吟行や句会でご一緒した折、お仲間の作句の中で、自分が好きな句を蒐集する癖があります。
2014年1月29日、生田緑地へ正子さんとご一緒させていただいたときのこと。
この新百合AOI倶楽部吟行では、他の方々の句とともに、正子さんの四句を蒐集していました。そのうちの三句が以下の句です。

吟行句
早梅のしづかに降りてくる香り

金色の蘂寒梅をあふれ出す

空へ近づく笹鳴をくりかへし

『青麗』の「空へ」三十五句の中に上記の三句を見い出し、いささか興奮いたしました。 
「空へ近づく」は吟行句のままで完成形。
ほかの二句はその推敲の力に、目を見張る思いです。 
「しづかに降りてくる香」が「しづかにあふれくる香なり」に、「寒梅をあふれ出す」が「寒梅をあふれつつ」に変化しています。

二句ともにゆるやかで確かな、残像をひく動きが、一句の中に立ち現われてきているのではないでしょうか。
寒梅を、季節の移ろいを、愛でている目差しが、よりたおやかで、しなやかなものに変化しているのが感じられます。
また句の格調もより高いものになっていると思うのです。
恐るべし推敲の力、と私はひとりごちいたしました。
その力に、いささかでも触れることのできた喜びと興奮を覚えています。 
                   
                 (伸子)

まん中の湿れる色の刈田かな

2009
1022日の定点観測のひとつ座間谷戸山公園の吟行句会の句です。
この公園は、1993年に全国ではじめて「自然生態観察公園」として開園され、今も谷戸の樹木、草地、湿地、湧き水の池などの自然がそのまま 保たれています。

小田急線の座間駅から徒歩10分程で西入口の長屋門に着きます。

門を入ると直ぐに一反程の田んぼがあり、春に応募された親子が、田植えから収穫までをし、秋の公園まつりの参加者に振る舞われる田んぼです。

吟行の日はお天気で、もう田んぼは刈田となっていました。
正子さんは入ると直ぐに、田んぼのまん中の湿りを残す土の色に気が付かれたのでしょう。
残された湿りの色に、その日の掛稲や畦の乾きも、秋色に染まりはじめた谷戸の深さまでもが、
見えてきます。正子さんはいつも句の対象を丁寧に見ておられ、明日には消えているかもしれない湿りの色に、秋へのなごりさえ感じます。
正子さんは、その日水鳥の池の鴨も、山辺の柿の木も詠んでおられました。それは、すこし早くやって来る谷戸の過ぎ行く秋でした。吟行句会の句は、その日を共に過ごしたことで、よりふかく味わえる気がいたします。

             (喜美子)

花の下にて単線の発車待ち

「狼の護符」に導かれて参加した一昨年の春の御嶽吟行の折の句である。
同じく〈駅ごとの遅き桜をなつかしみ〉
とともに、あの日の青梅の澄んだ青空と晩春の風景を彷彿とさせる。

狼の護符については以前御嶽に登山に行った時に、その独特な絵柄に魅かれて購入し、
家の柱に貼っていたことがあった。まだ俳句を始めていなかった何十年か前の昔のことである。

新百合AOI倶楽部としては、定点を離れての珍しい遠出。
当日、経路をよく調べて行ったはずなのに、私は青梅駅で乗り換えるべき電車が目の前に来たのに、勘違いしてみすみす乗らずに電車を見送ってしまった。次の電車はたしか30分以上も後である。呆然とホームに取り残された私に桜吹雪が舞った。自らの思い出と重なる正子さんの一句である。この日の御嶽吟行は、昔ながらの伝統、昔ながらの生活を残した山村の空気を身のすみずみまで吸った思い出深い吟行となった。


             (淳子)

花の下にて単線の発車待ち

2012年4月18日武蔵御嶽吟行の句です。
『青麗』でこの俳句に出合ったときすっと時間の流れが変わり奥多摩線の車窓が思い出されました。

集合駅御嶽へ向う山間の風景に、私はだんだんと自然の懐に帰っていく気分になっていました。山の中腹の桜も沿線の桜もみずみずしさに満ちているように見えます。よく晴れた日の鄙びた駅に電車はゆっくり止まります。急ぐという言葉が日差しに溶けてしまったような時間、その時間が俳句から蘇ってきました。

その日廻って来た清記用紙にのどかな雰囲気を湛えた桜が立ち上がっていました。
作者はゆったりと待っています。一句の醸し出すものが優しくて、控えめに詠まれながら桜が枝を張って咲いています。「花」が美しいと思いました。自分で見ていながら詠めなかった桜を私は句会で発見することになりました。
また出合えた桜。『青麗』の中にこの桜がいつも佇んでいることがとてもうれしいです。
桜のみほとりに漂う空気感が表現されて、そこに作者の気持ちも詠み止められています。
切り取るものは桜のみならず空気感と作者の感性であるので、類句類想を退けていつも新しいのです。
句会で出合った正子さんの俳句が『藍生』に投句されているのを拝読する時、そして句集『青麗』を拝読した今、正子さんの真剣勝負の俳句作りに感嘆します。

定点観測吟行をしていた新百合AOI倶楽部の遠出、それが武蔵御嶽吟行でした。
掲示板に『オオカミの護符』の本が紹介されたことから読書の輪が広がり、感想が書き込まれ、狼を「大口真神」として祀る武蔵御嶽神社へ行きたいと、強い思いが書き込まれました。
吟行することが決まってから、多摩センター駅近くに狼の護符を貼る家々があると書き込みがあり、土曜日の午後、雨の町を歩きました。書物に読んで写真で見ていた「狼の護符」が門口に貼られているのを見ながら、「昔から繋がっている今」という当たり前の、でも忘れていたことを思いました。「狼の護符」を実際の生活の場で見たことは強く印象に残りました。昨年、秋川市の野菜無人販売所の壁に見つけ、はっとして、そして懐かしく眺めました。

(千惠子)

駅ごとの遅き桜をなつかし

2012年4月18日御嶽山駅に10時集合ということで、早起きしたメンバー8名がそれぞれ電車を乗りついで目的地に向かいました。みなの心意気が通じたのかその日は快晴でした。都内で残花だった桜は、御嶽山山頂ではまだ莟でした。ちなみにこの年、都内の桜の開花は331日でしたから半月ほどの花の生長を一日のうちにまのあたりにすることとなりました。
 御嶽山山頂の茶店で句会をしました。〈駅ごとの遅き桜をなつかしみ〉はそこで出逢った句です。単線の電車は停車時間が長く、ドアが開くたびに桜の花が目の前にひろがりました。一読その光景が立ちあがってきました。旅人にとってどの駅の桜もみごとで、慕わしく、離れがたいものでした。「なつかしむ」が今日の桜と少し前の東京の桜の日々の両方にかかっているようにも思いました。        

                              (玲子)